ムスティクのぼうけん

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子どもが眠くなるのはどうしてか?

 

それはね、眠りの精の「砂売りおじさん」が 目の中に砂をたらしこむためなんです。

ヨーロッパではそう言い伝えられており、子ども時分はみんなが信じています。

 

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『ムスティクのぼうけん』 Moustique et le marchand de sable

 

なに、それ?きっと誰も知らないお話でしょうね。

私が子どものころのフランスの児童文学・・・ちょっと古いけど。それは写真を見てもわかります(笑)。箱がボロボロ。本の表紙は箱の絵と同じです。

ポール・ギュット( 作)塚原亮一( 訳)センバ太郎 (絵)

シリーズ名 新しい世界の童話シリーズ 11 学習研究社1966年(*)

f:id:cenecio:20160602112315p:plain原書。少年の名前がムスティク。

Moustique et le Marchand de Sable Cartonné – 1 janvier 1957
 PAUL GUTH (Auteur)

 

ムスティクは という意味。なぜってちびで手も足も小さく細く、なのにびっくりするほど元気いっぱいだから。朝、顔を洗う時、水を天井まで飛ばすし、歯ブラシは喉につまらせるし、服を着るときもズボンを破いたり。

学校でもじっと座ってなんかいないし、家に帰れば口いっぱいに食べ物をほおばり、庭に飛び出したかと思うと跳ねまわり、木登りし、また食堂に舞い戻ってはパンで遊びだすしまつ。

夜もなかなか寝ません。お母さんが言う。

「目をつぶってごらん。すぐに砂売りおじさんがやってくるわ」

するとムスティクは、砂売りおじさんに会いたいからずっと目を開けている、と言い張ります。幾晩も遅くまで起きていますが、おじさんには会えません。とうとう風邪をひいてしまい、熱にうかされて見た夢のなかで、白マントをはおり、口ひげをはやした男に出会います。ガラス瓶をぬっと差し出すや、ムスティクの目にさらさらと砂を流し込むのでした。

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ムスティクはこちらから出向くことにします。何週間もかかって食料をためこみ、準備をし、両親に手紙も書いて、さあ出発!

海岸行きの汽車に乗り、浜辺に着きました。そこで砂売りおじさんを捜しますが見つかりません。ひょんなことでホテルの支配人と知り合ってエレベーターボーイの仕事をもらいます。仕事をこなしながら、世界地図を研究し、アフリカに向かうことに。

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マルセイユまで列車で行き、そこからアフリカ行きの汽船に乗せてもらいました。

ムスティクはアルジェの南にあるサハラ砂漠が、世界中で一番砂のたくさんあるところだと知っていました。

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陽気なトラック運転手三人と知り合い、トラックに乗せてもらいます。彼らもちょうどサハラ砂漠にむかうところだったから。

ムスティクが砂売りおじさんを捜しにいくことを告げるとおれたちも同じ方面に行くのだから手伝ってあげるよ」。

空の星も砂漠の砂とおなじようにたくさんあるなあ、とムスティクは感心しています。砂漠の王様は砂売りおじさんで、空の王様は神さまです。ムスティクの頭の中で、砂売りおじさんと神さまがごちゃ混ぜになってしまいました。

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 砂売りおじさんは熊手で砂をかき集め、空では神さまが星をまきちらします。

 

地下に広がる町

サハラ砂漠の熱いことといったら!おじさんが見つからないのは、もしかして涼しい地下で暮らしているのでは?ムスティクはそう考えます。

地下の町にはエレベーターで降りていくのです。するとパリのコンコルド広場よりも広い広場に着きました。

その広場は「とびきり上等の砂の広場」という名前で、砂の像が立っています。太古の昔から砂を作ってきた、有名な砂つくりの偉人たちの像です。

 

12本の通りのなまえがおもしろい。下のページでどうぞ。

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それぞれの通りには砂でできた家がならんでいる。砂でできたテレビ画面には、砂でできた写真が映っていますが、ひっきりなしに崩れ落ちている。

砂をつくる工場やベルトコンベヤーのあるところを通りぬけて、「砂売りおじさんの広場」にやってきました。

砂売りおじさんの玉座は金色でぴかぴかと眩しくて、おじさんは玉座にどっかり座っていました。

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おじさんは労働者たちに指図をしています。そこでつめている砂は、「とてもとても細かい砂一号」という種類でした。びんというびんには、子どもたちを眠らせるときに使う砂がぎっしりと詰まっていました。女工さんたちはびんを小さな箱に詰め、送り先の番地を書いていました。

ムスティクは切手集めをやっていたから、小箱に世界中の切手が貼ってあることに気が付きました。驚いたことに、自分宛ての小箱を見つけました。

「ムスティク用。送り先、両親の家…」

両親の家、という字にハッとして目をさましました。トラックに揺られながら眠っていたのでした、

両親は自分を捜しまわっているだろう、どんなに悲しんでいるだろうかと考え、泣き出したいきもちになりました。

朝の太陽が顔を見せたころ、砂漠の上に広がる空は薔薇色に染まり、遠くのほうに、高い鉄の柱と小屋が見えました。

「さあ、やっとついたぞ」運転手がいいました。

「あの鉄の柱は何なの?」

「あれは、石油をくみ出すための井戸だぞ」

トラックがとまると運転手が言います。

「さて、これから坊やを驚かせてやるぞ」

「じゃ、砂売りおじさんに会わせてくれるんだね」

働いている人たちが興味しんしんで、その子はだれだと聞いてきます。立ち並ぶ労働者用の小屋の3番目に来ました。

「さあ、ここだ」

小屋に足を踏み入れたムスティクは、思わず、あっと叫びました。

ひとりの男が椅子に腰かけてオレンジジュースを飲んでいました。それはおとうさんだったのです。

「やっ、ムスティク!わたしのかわいいムスティク」

おとうさんはジュースをひっくり返してしまいました。

砂漠の真ん中で砂売りおじさんに会えたらどんなに嬉しかったでしょう。でもおとうさんに会えたほうがずっとずっと嬉しいことでした。

おとうさんはフランスで一番の腕利きの石油技師で、これまでもいくつも油田を発見した人です。

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ムスティクが家を出てから、新聞やテレビに写真が乗り、ラジオも繰り返しムスティクのことを放送しました。

「名前はムスティク。小さな男の子です。小さな目、小さな顔・・・。」

トラックの運転手が新聞の写真を思い出してくれたおかげで、お父さんに会えたのです。

次の日、二人はフランス行きの飛行機に乗りました。

「砂売りおじさんはどこにいるんだろう」

「おまえが眠るたんびに、すぐにやってきてくれるよ。目をつぶらないと、おじさんは現れないんだ」

「じゃ、目をあけたら?」

「とたんに姿を隠してしまう。いいかね、この世で一番美しいものは、毎日の暮らしの中のあるのだ。しかもその美しいものは、目をつぶったときにだけ見えるのだよ」

「おやすみ。砂売りおじさん」

ムスティクは低い声でつぶやいて、そのままぐっすりと眠ってしまいました。

(おわり)

 

著者  ポール・ギュット(1910.ー1997)

フランスの小説家,ジャーナリスト。高校教師を経て文筆活動に入る。

自伝的な小説『世間知らず』 Mémoires d'un naïf (1953) とその連作小説ナイーブシリーズや『お痩せのジャンヌ』 Jeanne la Mince (60) シリーズなど、ユーモア小説で人気を博した。

児童向けではムスティク少年を主人公とする本書のほか、『ムスティックと青ひげおじさん』『ムスティック月へ行く』など。

 

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Paul Guth Stock Photos and Pictures | Getty Images

左:サイン会のポール・ギュット

右:書斎のポール・ギュット

 

我が家にあるギュットさんの

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中央の数冊がギュットの小説です。

たぶん今はもう読まれないでしょうけど、1950 ~70年代にかけては人気作家で、サイン会にはご婦人方に囲まれたようです。

  

追記:参考までに

(*)新しい世界の童話シリーズ (学習研究社1966年)

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みなさんはどれを読んだことがありますか。

 

”子どもの領分・Le Coin des enfants”では、絵本や児童書などについて語っています。我が家にある本の整理を兼ね、また個人的な忘備録を目的としているため、内容はかなり偏り、外国語の本も混ざります。語るに値するかしないかもとんとお構いなしです。
2016年5月28日~2017年4月13日まで、うちにある様々な子どもの本を扱いました。

ディストピアな世界 バンクシーのテーマパークとホテル

ポピュリズムの波をオランダでせき止める

ことばっておもしろい。

ポピュリスト、ポピュリズム、こうしたことばはすっかり定着した。アメリカ大統領選挙以前からヨーロッパでは極右政党、特にフランスのルペン氏やオランダのウィルダース氏が勢いを増すにつれて、その文字を見る頻度はあがっていった。トランプ氏が大統領に選ばれた悪夢の後、ヨーロッパでももしかしたら、と不安に思ったものだ。

「もうじきオランダ総選挙…ちょっと不安。オランダ人があの男、移民排斥&EU離脱を叫ぶ自由党(PVV)党首を選ぶようじゃ、ヨーロッパは終わりだな」

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De grote Jeugdjournaal Verkiezingsuitzending! | NOS Jeugdjournaal後列右端がその人

 

そんなことをつらつら考えていた。というのも、このウィルダース氏は「2016年の政治家」に選出されたのである。これはTV局の”EenVandaag”が毎年4万人を対象に行うアンケートで決まる。約四分の一の人がこの極右政治家に入れた。しかも前の年2015年も選出された。ついでにいうと2010年と2013年もそうだった。

ウィルダース氏は過激な言動はあるが、行動力があり、国民(おもに低中所得者)が抱いている不満を解消し、オランダを変えてくれるのでは、と期待したらしい。ウィルダース氏の反イスラムの主張には賛同しないが、高齢者医療を変えると言っているのは評価するという人も多い。(ちなみに2位は約10%の票で緑の党の人だった)。

結局選挙は、ルッテ首相率いる自由民主党(VVD)が勝ち、「誤ったポピュリズムと戦う」「欧州がポピュリズムの波に飲みこまれる前にオランダでせき止める」という約束を守った。ルッテ首相のVVDは33 議席。しかしウィルダース(PVV)は20 議席で、第2位につけた。

EU離脱という選択が消えたことはほっとする。株式関係の人たちは胸をなでおろしたようだった。(日本でも)

 

忖度する

そんたくする。これも毎日何度も何十回も聞くし、みなさん漢字も間違えずに書けるのではないかな。おもしろくもなんともない森友劇場が毎日TV/新聞などで繰り広げられているが、本当にうんざり。10字以内でまとめると「夫人の職権濫用事件」である。

斟酌する、体面を慮る、とは違うのだろうか。

 

ディストピア(dystopia)

ユートピア(理想郷)の反対の社会という意味で、私はずっとオーウェルの小説1984年』や『動物農場』の世界をいうのだと思っていた。

しかしトランプ氏が大統領になってから、あるいはその前からこのことばは盛んに広く使われだして、自分の知らない小説や映画について人々があちこちで語っているのを見聞きし、そんなにたくさんあるのかと驚いたものだ。30作品以上はあるのでここでは触れないのだが、欧米のメディアを通して知り、「これ、なあに?」と思っていたら、SPYBOYさまのブログで紹介してあった。そんな偶然もあるんですね。

そのビックリ映画”Ideocracy”はこちら。解説も写真もとってもおもしろいです。

d.hatena.ne.jp

SPYBOYさまいわく

「一部のマニアには有名なおバカ・コメディ

『26世紀青年』(原題:Ideocracy=バカ民主主義)という米映画」だそう。

 

https://ewedit.files.wordpress.com/2016/10/idiocracy.jpg?w=612

 日本ではやっていなかったのですね。でもおかげで私は知ったかぶりができる✌

Science-Fiction-Literatur – Fake News vs. Neusprech: Weshalb wir wieder «1984» lesen sollten - Kultur - SRF

 

ディストピアな世界をのぞいてみよう。

え、もうその中で暮らしているようなものだって?

いえ、ちょっと違うんだな。覆面芸術家バンクシー(Banksy)がプロデュースしたディストピアのこと。

バンクシーはみなさんご存知と思うが、1974年にブリストル生まれのイギリス人ということで、名前はロビン(Robert、Robin)というらしい。

まちなかの壁にステンシルを使って、政治的・社会風刺的なグラフィティ(絵や文字のこと、一見落書きに見えることも)をゲリラ的に描いている。

f:id:cenecio:20170328145012p:plain作品例

バンクシーのHP http://www.banksy.co.uk/

 

まずひとつめはテーマパーク“Dismaland”(ディズマランド)

2015年夏だけ、イギリスの海岸沿いの敷地にたてられた“Dismaland”は、当時話題になったのでご存じのかたも多いと思うが、初めての方のために簡単な解説を。

“Dismaland”という名前は、かの有名なネズミが主役の楽しいテーマパークをもじっている。あちらが「夢の国」ならこちらはバンクシーがプロデュースした「陰気な国」「憂鬱な国」。

下の予告編では、両親と子ども二人が“Dismaland”で過ごす1日が紹介されている。

 

www.youtube.com

 

写真: http://www.thisiscolossal.com/2015/08/dismaland/

http://www.thisiscolossal.com/wp-content/uploads/2015/08/dismaland-peek.jpg

 

https://i.guim.co.uk/img/media/2076f7b5ba2f52f25b5af6fea2bd28af3375873a/0_0_2413_1733/master/2413.jpg?w=1920&q=55&auto=format&usm=12&fit=max&s=524bc96604dd210e73a095d0284de9cc園内地図

http://www.thisiscolossal.com/wp-content/uploads/2015/08/disma-9.jpg

 

「ディズニー社の法定代理人の入場お断り」である。

敷地は約1万㎡。上の写真、歪んだ人魚姫アリエルと背景の荒廃したシンデレラ城。

 

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シンデレラのかぼちゃの馬車だが、ダイアナ妃の事故をモチーフにしているらしい。

 

http://www.thisiscolossal.com/wp-content/uploads/2015/08/disma-8.jpg

http://www.thisiscolossal.com/wp-content/uploads/2015/08/disma-11.jpg

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…とまあ、衝撃的な作品ばかり。上のサイトで他の写真もご覧ください。

〈テーマパーク、ここまで〉

 

もうひとつはホテルで、こっちは営業している。

世界で最も眺めの悪いホテル

(予約:http://banksy.co.uk/bookings.html

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窓から見えるのは壁ばかり。

そう、ここはイスラエル側とパレスチナ自治区を隔てる壁である。この壁に向き合うようにホテルは建てられている。

バンクシーは以前、"Flower Thrower"という絵をここの壁に描いた。手りゅう弾ではなく花束を投げる若者だ。

今はこのようなポスターになっている。

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他にも5点の絵を壁に残しているバンクシー

このベツレヘムにホテルを建て、人々の関心をもう一度この地に向けさせる意図のほか、ホテル内でパレスチナ人のアーティストたちの作品展を開く計画もあるのだという。

 

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ホテルのポーターはチンパンジー?

いえ、これは人形。

名前もニューヨークの高級ホテル The Waldorf-Astoria(ウォルドルフ・アストリア)をもじっている。The Walled Off Hotel(ウォールド・オフ・ホテル=壁で分けられたホテル)。

部屋は全部で10室、バンクシーの作品はあちらこちらに飾られている。

 

ベルギーの記者が撮った写真でホテルを拝見。

https://images0.persgroep.net/rcs/l5jlCzC67wmdAe4TUdOxXwE1w0M/diocontent/77232215/_fill/499/317/?appId=f215d2ebdcdad4aa3dc78550c5970d02&quality=0.90&format=jpg

 

https://images2.persgroep.net/rcs/hlPsYjnSEnLqlfbBLLnCteArr7Y/diocontent/77224823/_fill/486/324/?appId=f215d2ebdcdad4aa3dc78550c5970d02&quality=0.90&format=jpg

https://images4.persgroep.net/rcs/X6cNX2boimdCUZmnIs81rk9_B6M/diocontent/77223871/_fill/488/324/?appId=f215d2ebdcdad4aa3dc78550c5970d02&quality=0.90&format=jpg

https://images0.persgroep.net/rcs/u4y8tAvxMyV4JW6ThSfvH06KVSw/diocontent/77225832/_fill/489/326/?appId=f215d2ebdcdad4aa3dc78550c5970d02&quality=0.90&format=jpg

https://images1.persgroep.net/rcs/Uv0A1r57ocfE2BahS3E-ubL7xKc/diocontent/77225671/_fill/488/324/?appId=f215d2ebdcdad4aa3dc78550c5970d02&quality=0.90&format=jpg

 

https://images0.persgroep.net/rcs/X-C61CeJYUUcfyip4hLF0eswYSg/diocontent/77223513/_fill/486/324/?appId=f215d2ebdcdad4aa3dc78550c5970d02&quality=0.90&format=jpg

 

www.demorgen.be(ベルギー・オランダ語紙より)

 

以上、バンクシーディストピアな世界でした。

スカート男子におくる応援歌 -2-

スカート男子の第二弾。

 

え?と思う方、去年も書いていますので。(きれいな写真がいっぱいです)

cenecio.hatenablog.com

日本ではきっと肩身が狭いであろうスカート男子。

私も以前、上野近辺で何度か見かけたスカート姿の青年のことが気になる。セーラー服とロングのプリーツスカートだった。自宅から直接あの格好で出てこないだろうな、きっとどこかで着替えて、それから町に繰り出すのだろう。買い物をしたりアイスクリームを食べたりするんだろうか。ウキウキした足取りだった。ショートカットで遠目には女子に見える青年だった。

 

10月3日は「男のスカートの日」

ヨーロッパでは、ベルギーやオランダ、ドイツ、前回紹介したスウェーデンなど、男子のスカート事情はまた違っておもしろい。基本的に抵抗は薄い。

下はオランダの全国紙、テレグラーフ紙、2013年10月2日付け

「男もスカートをはこうよ!」という記事である。

Trek je man een rokje aan!|Actueel| Telegraaf.nl

そして写真を撮ってこちらに送ってほしい、とアドレスもついている。

実にオランダらしい。というのもオランダにはもともと「スカートの日」がある。

1996年にパロール紙のコラムで、Martin Bril氏(作家、詩人、コラムニスト。1959-2009)が提案したもので、4月22日ころ。決まった日付けではないが4月中旬ということだ。

要するに春になって暖かいのだから、女性のみなさん、スカートをはいて生足で歩いてね、ということらしい。私はオランダに住んだことがないのでそうした光景を見たわけではないのだが、はっきり言えることはひとつ。

この用語「スカートの日」(Rokjesdag)はオランダ語で最も信頼されているVan Dale 社のオランダ語大辞典(Van Dale Groot woordenboek van de Nederlandse taal)に載っているくらい、浸透したステイタスを勝ち得ている。

(日本にも「ミニスカートの日」があるのだが、辞書に載ってはいないと思う)

 

スカート男子の日を提案したのは、Sterre Roos氏という人。

”西洋社会では100年以上、男はスカートをはいていない。ファッション界では様々な試みがあるが、定着していない。男子の衣服のバリエーションを増やすためにもいいと思うよ” そうしてFacebookを開設した。

http://powervrouwen.blog.nl/files/2013/10/MR1.jpg

http://powervrouwen.blog.nl/files/2013/10/MIS4.jpeg

http://powervrouwen.blog.nl/files/2013/10/MIS6.jpg

Nederlandse kerels vandaag allemaal in rok naar hun werk! | Powervrouwen

(これらはすべてモデルさん)

 

おしゃれなキルトの着こなし!

http://werkimpuls.nl/wp-content/uploads/2014/04/Mannen-in-schotse-rokken.jpg

Power methode | WERKIMPULS advies & training

 

オランダ スカートをはいてデモ行進

2015年の暮れから2016年の初めにかけて、ドイツのケルンでは「集団性暴行事件」という凄まじい規模の事件が発生した。ケルン大晦日集団性暴行事件 - Wikipedia

(略)

新年行事中に起きた移民の関与が疑われている暴力事件の被害届が516件に達し、うち4割が性犯罪絡みだったと発表した。

移民・難民に寛容な政策を取ってきたアンゲラ・メルケルAngela Merkel)首相への突き上げが、さらに強まりそうだ。

ケルン暴行事件の被害届500件超す、4割が性犯罪 計画的犯行か 写真5枚 国際ニュース:AFPBB News

移民や難民を中心に、1000人という大人数の、しかも計画的な犯行だと伝えられ、メルケルさんにとって痛手となった。

このあとヨーロッパ各地でデモがあったのだが、オランダではちょっと普通と違うアイディアで行われた。

「参加する人はミニスカートをはいてきて!」

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https://nos.nl/data/image/2016/01/16/248573/xxl.jpg

nos.nl

 

トルコ人男性も怒りのデモ行進

2015年2月のデモ。

これは、トルコのイスタンブールで起きた女子学生の殺害事件に抗議して。20歳の女子学生が性的暴行目的のバス運転手に殺された、なんともやりきれない事件だった。

女性に対する暴力を根絶させよう、とスカートをはいた男性たちが数十人集まった。

https://scontent-nrt1-1.xx.fbcdn.net/v/t31.0-8/12466332_963953260307414_6528442844581255755_o.jpg?oh=16b5d9db491efb057e99bac43ac8baa9&oe=59731E1F

https://www.facebook.com/events/1710708689160577/

https://www.ctvnews.ca/polopoly_fs/1.2247790.1424742604!/httpImage/image.jpg_gen/derivatives/landscape_620/image.jpg

すばらしい。トルコの男子にエールをおくりたい。

もちろんあの大統領には気にいらなかったんだけどね。

 

仮面ライダーが お裁縫男子に変身!

ねえ、みなさん、NHKグレーテルのかまどご存知?

ヘンゼルこと瀬戸康史くんとかまどの掛け合いが楽しい。甘いものはほとんど食べない私でも楽しめるすばらしい番組。

で、思い出したんだけど、瀬戸くんスカートはいてなかった??

はいてたよね。そう思って調べたらあの映画。

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グレーテルのかまど - NHK

 

映画『ランウェイ☆ビート

http://www.runbea.jp/

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めちゃめちゃおしゃれで可愛いスカート男子だった!

ランウェイ☆ビート <映画> 瀬戸康史 - OZmall

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記事を読むと

・「仮面ライダーが変身して素敵なお裁縫男子に!」とか

・「ビート(主人公、瀬戸)がデザインする洋服は、男子のスカートファッション、タータンチェックなどをふんだんに取り入れ、高校生が兼ね備えた爽やかさと大胆さを表現…」

などとあり、原田マハ(2012年『楽園のカンヴァス』で山本周五郎賞受賞、直木賞候補にもなった)による大人気のケータイ小説を映画化、ということで関心を持っていた。

 

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しかし

本当にお気の毒なことに3月19日公開の前に、東日本大震災に見舞われてしまった。

2月にはファッションショー『神戸コレクション2011SPRING/SUMMER』で出演者が衣装を着て出演もし、テレビ特番も用意してあったのだが、放送中止。試写会やイベントも中止となってしまった。

ちなみにこのころ、やはりファッション映画の『パラダイス・キス』(北川景子向井理)も地震のあおりを受けた。

asahi.com(朝日新聞社):10代のモード、映画に 「何をもっておしゃれとするか」 - 話題 - ファッション&スタイル

朝日の記事で、両映画の魅力をまとめている。

 

こちら横浜にある男子用スカートの専門店

メンズスカート専門店 Cross Gender(クロスジェンダー)

チェックのスカートがどれもすてき。

 

 

そしてチェックと言えば、キルトです。

Garry Knight氏のすばらしい写真。

タイトル:「バグパイププレーヤー」。

Kilts by a Wall

Kilts by a Wall | Bagpipe players. It was nice and quiet unt… | Flickr

 

最後にジェームズ・ボンド

https://s-media-cache-ak0.pinimg.com/564x/00/d1/e3/00d1e39791a883fe9c41fdde8ccd9510.jpgショーン・コネリーのキルト姿

 

日本では今のところ、ミュージシャンやファッション関係の人だけですが、ちょっとしたきっかけで男子スカートブームが来るかもしれません。

わかりませんよ。

漫画家谷口ジロー氏へのオマージュ (パリ国際ブックフェア)

忘れてしまうので取り急ぎ。間もなく開催の、パリ国際ブックフェア(サロン・ド・リーブル)で、先日亡くなった谷口ジロー氏を追悼します。

谷口 ジロー(1947年8月14日 - 2017年2月11日)鳥取県出身。多臓器不全により死去。満69歳没

 

1か月前のあの日2月11日、一報を聞いたときには全く信じられなかった。そんなはずはない。ラフカディオ・ハーンを素材とした作品を用意していると以前読んだのに…。

気も動転しながらすぐにチェックしたのはフランス紙。ああ、どこも訃報を載せている。自分はやっていないながら必ずチェックしている、フランスの編集者たちのTwitterも。皆が一斉に谷口ジローさんの死を伝えていた。Nooooooh!と叫んで…。

なんということだ。60代なんて早すぎる!

それにしてもおかしい。記憶を手繰ってみた。2015年は谷口さん、パリにいたよね。そう、アングレームのあとで。

http://i.f1g.fr/media/ext/805x453_crop/www.lefigaro.fr/medias/2015/01/31/PHO99d9594c-a957-11e4-8a06-ea48e3659485-805x453.jpg

f:id:cenecio:20170322140106p:plain   展覧会の建物

写真:La CIBDI d’Angoulême – something's got to give

 

毎年フランスで開催されるアングレーム国際漫画祭(Festival international de la bande dessinée d'Angoulême)で、2015年には大規模な谷口ジロー原画展を開催したのである。谷口はフランスはじめヨーロッパで非常に高く評価され、愛されている漫画家である。漫画の重要な賞は一度ならず受賞しているし、フランス政府から勲章(芸術文化勲章シュヴァリエももらっている。作品はほぼ全部翻訳されて、2000年に入った頃から広く読まれ、特にフランス、ベルギーに熱烈なファンが多い。

展覧会に集まった人たちを見ても、老若男女広い年代の読者を獲得しているのがわかる。朝の9時だというのにこの行列である。

http://i.f1g.fr/media/ext/300x400/www.lefigaro.fr/medias/2015/01/31/PHOe879e3ae-a958-11e4-8a06-ea48e3659485-300x400.jpgこれは展覧会で披露された鳥取県モチーフのバッグ。

フィガロ紙: Angoulême 2015 expose les majestueuses rêveries de Jirô Taniguchi

谷口はそのあとパリへ移動し、友人のBD作家ブノワ・ペーテルス氏の展覧会

Revoir Paris l'Exposition | Francois Schuiten & Benoit Peetersを訪問した。

https://www.altaplana.be/_media/events/jiro_taniguchi_visiting_revoir_paris/4cec9572-580d-4db3-b3c0-eeb43e101510_home.jpeg?w=600&h=800&tok=e278f4

Jiro Taniguchi visiting "Revoir Paris" | Francois Schuiten & Benoit Peeters

 ブノワ・ペーテルス(左Benoît Peeters*1 とコリンヌ・カンタン(翻訳家・出版エージェント Corinne Quentin )と共に。↑上のサイト、貴重な写真がたくさん

 

同じく3人が、今度は東京のベルギー大使館にて。 

f:id:cenecio:20170426093010p:plainhttps://www.altaplana.be/albums/l_homme_qui_dessine

↓アシスタントさんたちと一緒の写真もあります。↓(貴重!)

http://www.bodoi.info/beaux-livres-pour-noel-jiro-taniguchi-lhomme-qui-dessine/

 

 

HOMMAGE À TANIGUCHI「タニグチに捧げるオマージュ」

f:id:cenecio:20170319191222p:plain

Taniguchi - Salon Livre Paris

パリ国際ブックフェアにて、谷口の作品を翻訳出版している4つの出版社(Rue de Sèvres, Kana, Futuropolis, Casterman. )が共同で展覧会と講演会を主催する、という。

 

追記:3月25日

f:id:cenecio:20170425141004p:plain

 パリ国際ブックフェアにてシンポジウム。Christel Hoolans (@ChristelHoolans) | Twitter

 

 

 

http://boutique.lesinrocks.com/services/file/desc_243574-9.img

 

 

谷口ジローの魅力

谷口は仏・ベルギーのBD(バンド・デシネ=ヨーロッパの漫画)の影響を強く濃く受けている。

「40年前、まだアシスタントをしている頃ですよ。洋書店でバンド・デシネを見てびっくりしたんです。

まずその絵のバリエーションの豊富さ。それからセリフなどが多く、ストーリーがテンポよく動かない。でも読みにくいのも一つの魅力なんですね。

僕自身『何か違うものに挑戦したい』と感じていたので、バンド・デシネとの出会いは衝撃でした」

http://toyokeizai.net/articles/-/60953?page=2

谷口は巨匠メビウス(本名ジャン・ジロー*2)フランソワ・スクイテン(*3)、エンキ・ビラル(*4)といった作家たちから学び、さきにあげたブノワ・ペーテルスと親交を結ぶのである。(ブノワ・ペーテルスとフランソワ・スクイテンは一緒に仕事をしている。下の過去記事参照)

日本の漫画を全く読んだことのない世代でも、谷口の世界には、自分らが馴染んだBDの匂いがあって、すんなり入れるという。またフランスではもともと日本映画、小津安二郎らの人気が非常に高いのだが、似た雰囲気を感じるのだという。

谷口もよく日常のささやかな出来事を描く。そこに潜む小さなドラマや心の機微や深み、詩情あふれる風景をヨーロッパの読者は味わうのだ。じっくりと時間をかけて読み、確かな画力の、洗練された絵を楽しむのである。

またフランス語でいう protéiforme,変幻自在なところ、つまり様々な分野の作品を手掛けるのも驚きで、信じがたいほどの広さだという。

谷口は1966年に上京してアシスタントをやりながら漫画の勉強をした。『嗄れた部屋』(1971年)でデビューしたあと、上村一夫のアシスタントを経て独立。

そのあと、関川夏央漫画原作者と組んで、ハードボイルドや動物もの、冒険、格闘、文芸、SFと多彩な分野の作品を手がけた。ウィキペディアから)

http://i.huffpost.com/gen/5093578/thumbs/o-JIRO-TANIGUCHI-570.jpg?6

数年まえに『柳生秘帖〜柳生十兵衛 風の抄〜』1992年)復刊。時代劇まで描いていたとは!

2010年には『遙かな町へ』(2002年アングレーム国際漫画祭最優秀脚本賞、優秀書店賞)を原作に、舞台をリヨン近郊としたフランス映画 Quartier Lointain”が作られた。

http://books.shopro.co.jp/bdfile/130227_top.jpg

www.youtube.com

監督は『やわらかい手』などで知られる名匠サム・ガルバルスキ。
美しいフランスの街並みの中で、『遥かな町へ』の世界観を見事に映像化した本作は、ヨーロッパで高い評価を受けている。(日本でもDVD発売)http://books.shopro.co.jp/bdfile/2013/02/dvd.html

谷口氏、語る。 

「向こうのサイン会に行くと、小さな子供が並んでいるんですね。

『何が書かれているのか分かるんですか』と聞くと、『分かります』と。絵本を読むようなもので、じっくりと文章を読んでくれる。テンポ良く読み飛ばしていく、という作品とは違うものとして評価されているのだと思います」。

歩くひと』では、郊外の一軒家に妻、飼い犬1匹と住まう男が近隣を散歩する、その情景が淡々と描かれる。セリフが一言も出てこない回もあるぐらい、言葉による説明は極限まで省かれている。しかし“行間を読む”と表現すべきか、細密に美しく描き込まれた自然や動物、家々、登場人物の表情やしぐさなどから、じんわりと温かいものが伝わってくる。

http://toyokeizai.net/articles/-/60953?page=3

 

https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/510nfvm2BGL.jpg

 ダウン症の少女の物語ーフランス人作家と組む

”Mon année『私の一年』Version crayon Edition Limitée Deluxe Vol.1 Relié – 11 novembre 2009

原作は1969年生まれのJean-David Morvan氏。ダウン症の少女キャピュシーヌの、10歳から11歳までの一年間の物語。学校が受け入れてくれないことや、自分のせいで両親が疎遠になったのではないかと悩むが…。

https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/5166oKTC%2BwL.jpg(未翻訳)

 

おなじみ 孤独のグルメ

http://www.tv-tokyo.co.jp/txcms/media/others/d3/5c/c952fa551408b22c63748701115f.jpg

孤独のグルメ Season6 』4月7日(金)スタートだそうです。

原作の久住昌之さんのインタビュー記事がおもしろい。

変わる食:「孤独のグルメ」 みんなおなかがすく そこを面白おかしく - 毎日新聞

谷口ジローさんに描いてもらうというのは編集者の希望でした。谷口さんは、手塚治虫文化賞マンガ大賞を受けることになる「『坊っちゃん』の時代」ですでに偉い先生だったから、こんな漫画を描いてもらうにはかなり編集者のゴリ押しがありました。94年から96年まで連載して、PANJA休刊に合わせて単行本にしました。

(略)

 漫画はすでに8言語(日本、イタリア、フランス、スペイン、ブラジル、中国、韓国、ドイツ)で出版されています。台湾での出版に続いて今年中に中国、そしてポーランドデンマークでの出版も決まりました。

おいしそうに食べている人を見ると、誰でもおいしそうと感じるんですね。「イタリア人がこの面白さ、わかるんですか?」なんて言う人がよくいる。高崎の焼きまんじゅうの味がイタリア人に分かるかって。

でも、このマンガを好きなイタリア人に実際会ったら、「たしかに高崎の焼きまんじゅうの味はわからない。でも主人公がおいしそうに食べているから、無性に食べたくなる」と。

(略)

漫画を描くって大変な労働ですよ。谷口さんは1コマに1日かける人だから。アシスタントを2、3人使って、たった8ページを1週間もかけて描いたら、赤字じゃないですかね。谷口先生はそれでも手を抜かず描く人なんです。「孤独のグルメ」が長く読まれているのは間違いなく谷口さんの絵の力です。今年、18年ぶりに第2巻が出る予定です。

(略)
(Copyright 毎日新聞

本当におもしろい記事、おすすめです。

谷口氏については、フランスで対談本が出たり、ドキュメンタリーが作られていたり、書きたいことはまだたくさんある。私がベルギーで初めて作品と出会ったときのことなど。

ですが、とりあえず今日は終わります。

 

注:フランス・ベルギーの作家についての過去記事。

ブノワ・ペーテルス*1フランソワ・スクイテン*3

http://cenecio.hatenablog.com/entry/2016/10/25/162917

メビウス*2http://cenecio.hatenablog.com/entry/2016/10/12/162930

メビウス*2エンキ・ビラル*4)http://cenecio.hatenablog.com/entry/2016/10/16/180420

 参考:ルモンド紙 訃報記事 (泣けてきます)

www.lemonde.fr

 

 

*谷口作品を翻訳出版している4社のうちの一つ、カステルマン(Casterman)社から出ているもの。(カステルマンはベルギーのワロン地方、トゥルネーにある出版社)

http://bdzoom.com/wp-content/uploads/2012/11/Casterman1-555x751.jpghttp://bdzoom.com/wp-content/uploads/2012/11/Casterman2-555x750.jpg

 

追記: 谷口ジローのドキュメンタリ(2015年)・・・

アングレーム国際漫画祭は2015年、谷口の優れた仕事に対し、オマージュを捧げるため、「谷口ジロー原画展」を開催したことは先に述べたが、30分のドキュメンタリも用意していた。 Nicolas Finet とNicolas Albertの二人は、谷口の出身地鳥取に向かい、谷口作品の舞台となった各所を谷口とともに訪ねて歩いた。2014年9月から11月にかけてのこっとである。

ありがたいことに現在、youtubeで誰でも見られる。貴重な美しいドキュメンタリである。

www.youtube.com

http://www.bdangouleme.com/744,dans-les-pas-de-jiro-taniguchi-l-homme-qui-marche

Découvrez un chouette documentaire sur Jirô Taniguchi | 9emeArt.fr

 

* 谷口関連の記事 単なるメモです。

f:id:cenecio:20170425132436p:plain

 

*世界中の人が集めたインタレスト画像

fr.pinterest.com

 

私が気にいっている写真

https://www.livreparis.com/REF/REF_LivreParis/images/2017-LP/content/Programmation/Animations-expositions/expo-Taniguchi-400x600.jpg?v=636245851665437531Exposition Taniguchi - Salon Livre Paris

Planning de Jirô Taniguchi à Angoulème, 08 Janvier 2015 - Manga news

 

ご冥福をお祈りいたします。 

メビウスさんと存分に語り合えますね。

チェルノブイリから30年、石棺で覆われて &成熟した国スウェーデンの防災マニュアル -2-

(前回の「チェルノブイリ原発事故から~」の続きです)

 

 スウェーデンに感謝した日

あの日、あのニュースを聞いたとき、旧ソ連に向かって(心の中で)呪詛と罵詈雑言をつらつらと並べ立てたあとで、スウェーデンには感謝のきもちでいっぱいになりました。チェルノブイリ原子力発電所事故1986年4月26日発生)を世界に知らせてくれたこと本当にありがとう、です。そして今振り返るとあらためて背筋の凍る思いがします。

 

ソ連は二日も隠していた。公表もしなければ住民の避難措置も取らなかった。ソ連のことだからさもありなん、機密漏洩を恐れて隠ぺいするつもりだったなと思った私。日本で同様の事故が起きることは、想像すらしてみなかったおめでたい私でした。

 

発覚のいきさつはこうです。事故翌日の4月27日にスウェーデンフォルスマルク原子力発電所(首都ストックホルムから北に訳120㎞)で、ある作業員の靴底から驚くような高レベルの放射線が見つかりました。

その日は雨でした。作業員は「放射線管理区域」から外へ出てトイレに行きました。戻るとき必ず測定器のチェックを受けるのですが、警報が鳴り響いたのです。そして同じ原発の他の場所でも、測定器が高濃度の放射線の検出を知らせました。

ここの原子炉から放射能が外に漏れたかもしれないーそう考えるのが普通です。すぐさま危機対策本部を立ち上げました。国の関係機関に連絡をし、道路を封鎖し、専門家を集め、ニュースもメディアを通して流れました。

http://www.holmon.info/wp-content/uploads/2015/04/1986-Tjernobyl-3-AP.jpg

チェルノブイリ原発4号炉が「メルトダウン」ののち、爆発)

 

f:id:cenecio:20170317154848p:plain

(従業員が避難するところ。写真は下のサイトから。スウェーデン語)

http://web.archive.org/web/20061230004308/http://www.ssi.se//tidningar/PDF/lockSSN_PDF/SSN_1_2006.pdf

ですが、放射能がどこから漏れているか突き止めることはできず、そのかん、国民の不安は募ります。

ここで国防軍の登場です。というのも当時はまだ冷戦のさなかで、60年代みたいな核実験は減ってはいても、軍属防衛研究所は飛散物質の観測を続けていました。フィルターを回収し分析器にかけてみると、異常な濃度の放射性物質が検出され、どこかの原子炉から飛来してきたものだと推測できました。空軍の偵察機バルト海上に飛ばし、6個の収集装置を使ってサンプルを採集しました。それを調べた結果、発生源はソ連領内ということがわかったのです。

ソ連はやっと事故を認め、4月28日、世界中にその驚愕の知らせは広まりました。

しかし恐怖の日々はここからでした。

前回の記事に貼ったyoutube画像、再度掲載します。

www.youtube.com

Accident de Tchernobyl: déplacement du nuage sur l'Europe (26 avril - 9 mai)

画像は、セシウム137を含む雲の動きを表している。1986年4月26日事故当日から、5月9日までの2週間です。

スウェーデンチェルノブイリから吹く風を2日間受けたのと雨が原因で、高濃度の放射能で汚染された地域ができてしまいました。

下、スウェーデンの地図で、色が赤いほどセシウム137の濃度が高い。また地域によってかなり違いが出ているのがわかります。資料によると、チェルノブイリからのセシウムの5%がスウェーデンに降り注いだ、という推定もあります。

 

http://www.holmon.info/wp-content/uploads/2015/04/198605-SGU-Cesium-Sverige.png03. Energi | Holmöns framtid

 

人々がまだ何も知らない4月27日は晴天の日曜日で、野外を散歩したり、キノコやブルーベリーをとったり、草花を摘んだり…と、市民は穏やかな春の一日を楽しんだはずです。もっと早く事故が知らされていて、措置が取られていれば…。

 

前回記事ではイノシシでしたが、今日はトナカイです。

スウェーデン世界遺産のひとつ、最北端のラポニア地域Laponia)にはサーメ人がなんと5000年も前からトナカイと共に暮らしているそうですが、原発事故後は多数の食肉用トナカイが廃棄処分されました。トナカイは地衣類(コケなど)を食べます。餌が放射性セシウムに汚染されてしまったのです。1986年から87年には73300頭が処分され、その後数年間は毎年15000~30000頭、さいわい1997年以降は数も大変少なくなりました。

農業と畜産業には長期の汚染対策と途方もない補償が必要でした。


http://trustrad.sixcore.jp/images/food/sweden.pngトナカイや魚などを食する人向けのパンフレット

 

スウェーデンの防災本(実践マニュアル)が凄すぎる

スウェーデンや北欧の国々には感心ばかりしていますが、この本がまたすごい。

どこの国もこれを手本にマニュアルを作るべきです。こんな優れもの、今まで知らなかったのが恥ずかしい。そして3.11の前に知っていたらどんなによかったことか。

この本は、チェルノブイリ事故の経験をもとに、情報を共有し、また国民の疑問に答えるべく、国防軍研究局が中心となってまとめたものです。防衛大学、農業庁、スウェーデン農業大学、食品庁、放射線防護庁の協力のもと、1997年から2000年にかけて取り組んだプロジェクトの一環として、2002年に刊行されました。経験や調査・研究を遺産として伝えていくわけです。仮にどこかで事故が起こってもパニックになったり愚かな行動をとらなくてすみます。

それにしても、スウェーデン政府は英語版も出してくれたらよかったのに。

 

https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/51urt2972PL.jpg

 

スウェーデン放射能汚染からどう社会を守っているのか 』
高見 幸子 (翻訳), 佐藤 吉宗 (翻訳)単行本: 172ページ
出版社: 合同出版 (2011/12/30)

翻訳の高見さん、佐藤さんに感謝します。私はこの本を参考にさせてもらっています。

日本でも、防災の一環として共通のマニュアルが必要ですが、政府や関係機関がどこまで正直に情報を出してくれるか疑問ではあります。

 

スイス

前回、スイス南部のティチーノについて書きましたが、ビデオを貼り付けるのを忘れました。去年のビデオ、チェルノブイリから30年という節目に、事故当時、放射能対策の責任と対応を一手に引き受ける羽目になった男性が語る、興味深い内容です。

チェルノブイリ事故、スイスで過剰反応 - SWI swissinfo.ch

その男性とは、マリオ・カマーニ氏、スイス南部ティチーノ州環境保護局(SPAAS)局長です。

ティチーノは、スウェーデン同様、天候のせいで放射能汚染が起きた地域です。前回記事に地図と説明があります。

カマーニ氏は、人々のパニック状態について語ります。特に妊婦に対してほとんどの医師が中絶をすすめたという事実がショックです。障害児を産むかもしれない不安で、母親たちは悩み、電話をかけてきます。

放射能の影響よりも過剰反応が多くの命を奪ったのではないか。癌の症例がいくつあったかわかっていないが、中絶の数はわかっている。そう話しながらカマーニ氏は途中で涙ぐんでしまいます。

ところでカマーニ氏は物理学者ですが、原発事故のことはスウェーデンの研究者仲間から電話で知らされるのです。

ヨーロッパは地続きで狭い。どこかで原発事故が起こったら無傷ではすみません。事故じゃなく原発を狙ったテロでも。

 

ベルギー

そしてほぼ1年前、原発テロ計画は実際にあったと報道されました。場所はというと、ちょうど私が滞在していたアントウェルペンアントワープ)です。

Exclusif: les kamikazes des attentats de Paris visaient nos centrales nucléaires ! - DH.be

原発がなければ美しいスヘルデ川のほとり、のどかな田園地帯です。

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風車と原発なんてひどい組み合わせですね。

去年、あるグループの家宅捜索で押収されたものの中に、隠しカメラ画像があったのです。原子力発電研究センターの所長の自宅が何時間にもわたって隠し撮りされていた。所長を襲って人質にし、発電所内部に侵入するつもりだったということでした。

なんとも恐ろしい話です。そしてその2か月後、ビックリするような発表がありました。ベルギー政府が国民全員(ベルギー居住の外国人も含む)原発事故の備えとして、ヨウ素剤を配るというのです。こういうものです。

f:id:cenecio:20160531153334p:plain

地図を見てください。(カタカナを入れたのは私)

f:id:cenecio:20160531151634p:plain

http://www.lesoir.be/1194420/article/economie/2016-04-28/nucleaire-toute-population-belge-recevra-des-pilules-d-iode

これまでは原発の20km以内(小さな赤い円)に住む人たちだけだったのですが、配布を受けられる範囲を広くし、100km以内にしました。そうするとベルギーなんて小さいですから、全土がすっぽりおさまってしまうので、じゃあ国民全員にしようというわけです。薬局でもらいます。

円を見るとわかりますが、隣国ドイツ、オランダにもかかるので、その両国でも対策がとられます。オランダでは40歳までの国民と妊婦には優先的に配布するとのこと。

ちなみに福島の原発事故のとき、東京に住むフランス人やオランダ人などの知り合いは、大使館に行ってヨウ素剤をもらっていましたね。「べつに特効薬でも何でもないんだけど、あると安心かな。でも年齢の区切りがあって、ぼくはもらえたけど、年上の妻はもらえなかったからけっこう複雑…」などと話していました。

 

原発はベルギーには全部で7基あり、これまでにも様々な頭の痛い問題が起こっていました。まずは老朽化。あちこちに亀裂が入り、火災が起きたこともあり、一時は止めるとベルギー政府は言っていたのですが、あと10年使うと言い出したため、ドイツとルクセンブルクが猛反発しています。

 

チェルノブイリ 放射能100年間遮断できる石棺

Tchernobyl : les étapes clés de la pire catastrophe nucléaire de l'histoire

http://i.f1g.fr/media/figaro/805x453/2016/11/29/XVM4dcac678-b560-11e6-bf76-e1dbf4b7eab3-805x453.jpg

 

チェルノブイリ原子力発電所ですが、去年、これをすっぽりと覆うかまぼこ型の石棺が完成しました。向こう100年は大丈夫のようです。

この巨大石棺を建造したのは、オランダの企業マムート社(Mammoet)です。事故後、急いで石棺を作ったのですが、これが老朽化したため、新たな強固なものが必要だったのです。多くの国(日本も含まれる)が資金などで協力しました。

長さ165m、幅260m、高さ110mで「パリのノートルダム寺院をすっぽりと収めることができる」そうです。これを原子炉にかぶせる画像がyoutubeにあがっていますが、格納庫のような石棺が少しずつ移動して進み、5日間かけてすっぽり原発を覆うさまは、実に壮観で美しく、必見です。

 

www.youtube.com

でも100年たったら…?

 

私たちもみんなわかっているはずです。

こんな地震大国なのにこんなにもたくさんの原発があって、おびえながら暮らしているのはおかしいでしょう。

電気料金やほかのエネルギーのこと、放射能についての正しい知識、事故が起こった時の冷静な対応など、自分の頭で考えたり学んだりしていかなくてはならないと思います。それと、政府のいうことは常に疑って(笑)。

 

最後にスウェーデンのあの原子力発電所の写真を載せておきます。

https://vfit1343eaprod.blob.core.windows.net/scaledimages/c3_forsmark_biotext_vind_820x450_0_83630.jpg

フォルスマルク原子力発電所Forsmark - Vattenfall

 

チェルノブイリ原発事故から30年がたっても  ・象徴としてのイノシシ -1-

 イノシシ、食べますか?

私は食べたことないんですが、ヨーロッパ、特にフランスやベルギーではいわゆる「ジビエ料理」として人気の高級食材です。ジビエ (gibier)というのは狩猟肉のことで、畜産肉との対比で使われるフランス語です。

 

http://s2.lemde.fr/image/2012/08/31/534x267/1754276_3_4c7d_une-grouse_341918f78906d568b4329a325173492d.jpg写真:ライチョウ(grouse)

La grouse, gibier précoce(仏ルモンド紙より)

フランスではライチョウも食べる、と聞いたときは驚いたものです。日本では特別天然記念物ですから。

動物ではシカ、クマ、イノシシなどがジビエです。イノシシは日本でもぼたん鍋(猪鍋)として有名ですよね。ですが、今日は珍味やグルメの話ではなく、これを読んだら食べる前に考えるようになるかも、という話です。

 

フクシマのイノシシ

先日、この1枚の写真が世界中、といっても過言ではないほど、各国のメディアで紹介されました。(*参考までにオランダの記事、一番下です)

f:id:cenecio:20170314170558p:plain

 

この福島のイノシシを撮ったのは

ロイターのカメラマン花井亨さん。Toru Hanai(@toruhanai)さん | Twitter

ロイター3月8日付の写真で、福島県浪江町の路上をさまようイノシシです。

あの大震災以来、人の消えた町や田畑はイノシシにとって格好の住み家となり、山から下りてきた多数のイノシシによって荒れ放題になりました。その数、何千頭、いえ万の位にも達したほど大繁殖です。

そして避難指示が解除されて、町に戻った人、これから戻りたい人にとっても脅威となっており、実際に襲われたりして負傷者が出るなど大変危険ということです。罪のないイノシシにとっては災難ですが、人間は対策を講じることにしました。

猟友会の人たちが捕獲隊を結成して、罠をかけて捕らえる。そしてすべて撃ち殺すのです。カメラマンの花井さんはその様子を静かにカメラにおさめています。

Wild boars overrun deserted Fukushima town | Reuters.com

その後イノシシを焼却するわけですが、これがまた大問題。イノシシが100㎏以上あって重いから? それもありますが、汚染された作物や野山の恵みを食るイノシシもまた汚染されているのです。放射性物質の拡散を防ぐ特殊な焼却施設がどうしても必要でした。

去年相馬市にイノシシ専用の焼却炉が完成、イノシシの体内にある放射性セシウムをフィルターで99%以上回収できるといいます。でも1日にたった3頭しか処理できないんですけどね。

福島)相馬にイノシシ専用の焼却施設、1日から稼働:朝日新聞デジタル

 

https://pbs.twimg.com/media/C6Zb-pJWUAAhEIQ.jpg

 

ロイターの写真がすばらしいです。

 

https://pbs.twimg.com/media/C6Zb_NDWMAAS5-U.jpg

 

 

チェルノブイリから30年たってもいまだに欧州では・・・

福島だけの話じゃない。ドイツやスイス、イタリア、チェコ共和国でも同様のイノシシ問題があります。イノシシだけじゃなく他の動物、ノウサギやシカなどもそうです。

1986年のチェルノブイリ原発事故からもう30年もたっているのに。いや、30年くらいじゃ消えないことは頭ではわかっているんですが。

1月にはチェコからもこんな報道が。(下の記事、2紙)

イノシシはキノコを好んで食べるのですが、チェコの山地でもキノコがセシウム137に汚染されているとありました。チェコではイノシシ肉でグラーシュ(シチューのようなもの)を作って食べますけど、当然こうした野生のイノシシはもう食べられない。もちろん肉は流通させていない、と断っていましたが。

zpravy.idnes.cz

Skoro půlka divočáků na Šumavě je radioaktivní. Může za to Černobyl | Blesk.cz

(本文チェコ語

http://img.blesk.cz/img/1/gallery/2807182_houby-hriby-les-sber.jpg

Nastal čas hřibů! Houby rostou v Česku ostošestAutor: Čtenáři Blesku

Více na http://www.blesk.cz/clanek/zpravy-udalosti/412782/nastal-cas-hribu-houby-rostou-v-cesku-ostosest.html?utm_source=blesk.cz&utm_medium=copy 写真:キノコ狩りはチェコ人の国民的ホビー。

 

 

ドイツではザクセン州バイエルン州などで、数年前からイノシシから高い放射能レベルが検出されているようです。毎年記事が出ており、ドイツ人がしつこく調べているようすがわかります。向こう50年はまだ影響が残るということです。

 

チェルノブイリ原発事故は1986年4月26日でした。今でもその知らせを聞いたときのことは忘れない。福島のときと同じように。

なぜならその1か月前に私は(幸いなことに)子供を連れてフランスから帰国しましたが、夫がまだフランスに残っており、とても心配だったものですから。

放射性物質は空中を舞って、ヨーロッパ各国を汚染していきました。低線量の被曝も含むと、ほとんどヨーロッパ全土が包まれたことになります。 

心臓が弱い人は見ない方がいいと思いますが、

youtubeにグラフ画像があがっていました。

www.youtube.com

Accident de Tchernobyl: déplacement du nuage sur l'Europe (26 avril - 9 mai)

セシウム137を含む雲の動き。1986年4月26日~5月9日

 

スイスのティチーノ

地図の赤いピンがチェルノブイリ、オレンジで書いた場所がティチーノ。

f:id:cenecio:20170316165137p:plain

http://wp.radenviro.ch/?p=1447&lang=de

http://www.raonline.ch/pages/edu/bio2/tscherno0104.html

あの事故のあと、わがやでは「もうイタリアのスパゲッティは食べられなくなるね」などと話していたものです。

しかしスイスのティチーノ州では今なおその影響が残っているそうです。こんなに離れたスイスやイタリアで…というところが恐ろしい。

まずいことにティチーノにはあの日、あの事故のあと、雨が降り出しました。放射性物質を含む汚染された雲から。雨は土壌を汚染し、農作物を汚染していきました。

調査によると土壌中のセシウム137の測定値は、ティチーノで、スイス北部などと比べて100倍以上の高さを記録しました。

 

https://img.nzz.ch/S=W540/O=75/http://nzz-img.s3.amazonaws.com/2016/11/13/3ea1e808-3401-49f2-a873-765d3511a752.jpeghttp://www.raonline.ch/images/edu/bio/tschernoG01.gif

すぐにスイス当局は、放射能の影響を受けやすい子どもや妊娠中の女性の保護に動きます。食品摂取に関する指導を徹底し、食べ物からの被爆を防ごうとしました。

2017年の現在もティチーノ州やその近隣ではセシウム137が測定されているといいます。あの豊かな森の中の地面に残っていて、そこに生えたきのこや動物の内部に蓄積されるのです。

美しい池にも影響が出ている。でもそれはチェルノブイリ原発事故だけでなく、1960年代の核実験も原因だと言われているそうです。
しかし、スイス国民で甲状腺腫瘍等が増加した事実はないそうです。

ウクライナの惨状は本当に気の毒で言葉もないですね。ウクライナ、ロシア、ベラルーシでは4000~5000件の甲状腺癌が発生したとされています。
 

あの1986年から原発に対する意識も変わりました。

よくイノシシ画像を見るのでまるでシンボルのようですね。

www.welt.de

ドイツのメディアから当時1986年の写真を拾ってみます。

f:id:cenecio:20170316160900p:plain

https://www.welt.de/img/wissenschaft/mobile102022542/0851625327-ci23x11-w780/deutsch10-DW-Wissenschaft-Freiburg-jpg.jpg

 フライブルク125カ所の遊び場で砂を調べている

 

https://www.welt.de/img/wissenschaft/mobile102022556/7181625327-ci23x11-w780/deutsch9-DW-Wissenschaft-Helmstedt-jpg.jpg

東ヨーロッパから来た車を調べている。東欧からの製品には高い放射線が検出されることがあるからだという

 

https://www.welt.de/img/wissenschaft/mobile102022566/5641620187-ci23x11-w780/deutsch3-DW-Wissenschaft-Berlin-jpg.jpg

 ベルリンにて。南ドイツからの野菜を廃棄している警官。

 

https://www.welt.de/img/wissenschaft/mobile102022575/9121621827-ci23x11-w780/deutsch5-DW-Wissenschaft-Speyer-jpg.jpg

化学者が野菜を検査

 

https://www.welt.de/img/wissenschaft/mobile102022577/7161627487-ci23x11-w780/deutsch11-DW-Wissenschaft-Frankfurt-Main-jpg.jpg

 町に繰り出し、原発廃止を訴える市民。

 

https://www.welt.de/img/wissenschaft/mobile102022493/8031621667-ci23x11-w780/deutsch4-DW-Wissenschaft-Muenchen-jpg.jpg

 バイエルン州の農民のデモンストレーション

 

https://www.welt.de/img/wissenschaft/mobile102022618/1891625397-ci23x11-w780/deutsch12-DW-Wissenschaft-Bonn-jpg.jpg

緑の党の人たち。

 

ざっと1986年を振り返ってみました。

今日はいったん終わります。

 

*英語や仏・独語でもたくさん記事が出ています。

これはオランダ国営放送のweb版です。

nos.nl

 

続きです

cenecio.hatenablog.com

子どもを社会全体で育てるフィンランド・子どもの名前あれこれ

子どもの名前

先日のマミーさんの記事

マミーさん、キラキラネーム作りに加担させられそうになって消耗してるの巻。 - こたつ猫の森

を読んで少し書きたいことが出てきました。マミーさん、ありがとうございます。

私も「名前」関係、けっこうオタクです。ご夫婦のお子さん、どんな名前に決まるのか興味しんしん!(あとでこっそり教えてね。…って、無理かな)

ひなた、人気の名前ですね。十数種類の漢字で表されたひなたちゃんが日本各地にいるようです。以前調べて唖然としました。

私などは「ひなた」と聞いて日向ヒナタ、つまりナルトの奥さんになった娘をすぐに思い浮かべてしまいますが。

そして話が飛躍したついでに、去年ビックリしたイベントの名前を思い出したので紹介します。

京都にある文化施設ヴィラ九条山。これはフランスが国外に保有する3つのアーティスト・イン・レジデンス(芸術家を招聘して創作活動や交流をすすめる目的の施設)のひとつです。1992年に建築家の加藤邦男氏が設計して、東山の丘の上に建設されました。フランスの公式文化施設としては最大級ということです。

この施設の2016年の企画はなんと

「L’Hokagé orangé de Konoha/木ノ葉のオレンジ火影」

だったのです。読みは このはのオレンジほかげ です。漫画(あるいはアニメ)のナルトをご存じないかたは、ここを読んでもちっともおもしろくないでしょうが、ナルトがフランスやヨーロッパで社会現象だったここ10年の総まとめ的な企画です。(私は展覧会に行っていなくてすみません)

きっかけは娘さんだと、エマニュエル・カレール(ジャーナリスト、小説家、映画監督で、この企画の発案者・オーガナイザー)氏はいいます。(ヴィラ九条山のサイトより引用)

(略)

エマニュエル・カレールの8才の娘ジャンヌは 3年前からこのマンガの大ファン。

そこで、父親の方も成長物語でもあるこの大河ロマンの魅力に取りつかれました。娘はナルトの国である日本に憧れ、父親は別の理由から日本に憧れていますが、娘の言い分こそがベストで、最も現実的で、最も生き生きしていると彼は考えています。こうしたことから、日本に滞在し、ナルトの足跡を辿るという考えが生まれたのです。

具体的には、このプロジェクトはナルトの原作者・岸本斉史が着想を得た現実の場所を見に行ったり、原作者とそのスタッフを訪ねたりするものとなります。つまり、マンガ作品が具体的にどのように制作されるのかを知り、ナルトが大好きな日本の子供、青少年や大人と語り合い、彼らの好きになり方が同じものかどうかを知ろうとする試み…(略)

http://www.villakujoyama.jp/ja/resident/emmanuel-carrere/

 

話が飛びましたが、戻します。

私もすでに2回以上、名前についての記事を書いています。

・これまで男子の名前だったものを女子につける流行。

盗聴するぬいぐるみの時代・女子に男子名をつけるブーム他-news-1- - ベルギーの密かな愉しみ

ポケモン関係の名前をつける流行、など。

ポケモンキャラの名前を子どもにつける親たち ・記念切手 - ベルギーの密かな愉しみ

 

子どもの名前は流行があって、世の中を知るにはなかなかおもしろい素材なのですが、最近のキラキラネーム(=DQNネーム)には呆れかえるばかりです。

親はよく考えて責任を持ってつけないと、将来どんなに子供が困ることか。簡単に改名できないわけですし。

ロード・オブ・ザ・リング』の登場人物の名前をつけようとしたのを、祖父母にとめられたという話を聞いた時は大笑いしたものですが、実際につけられていたらどうだったでしょうか

 

「あら、アラゴルンちゃん、こんにちは。学校はどうだった?」

https://i.ytimg.com/vi/4o6NE97HFRE/hqdefault.jpgアラゴルン

 

レゴラスちゃん、もう宿題終わったの?」なんて聞くわけ?

https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/515h9bJqoQL.jpgレゴラス

 

それともかっこいい名前だといって、本人は喜ぶのでしょうか。そうだとしたら私はとんでもない勘違いをしているのかもしれません。

 

最近読んだ記事でおもしろかったのは、アイスランドでは伝統を守るため、国が定めた名前しか付けてはいけないというもの。ジェニファー(Jennifer )可愛い名前だわ、うちの子につけようかしら。ハリエット(Harriet)っていい響きだな。これにしよう。

だめなんです。国が定めたリストにある3565 の名前から選ばなければなりません。(ちなみに女子用:1853 、男子用:1712。けっこう多い)

しかしそういった名前の多くは古めかしくて若い人には抵抗があるそうだし、移民も増えているため今後変わっていくかもしれない、とのことです。

 

またフランスでは男女両方につけられる名前のTOP15が挙がっていて、典型的なフランス名が少ないので驚きました。

prénoms mixtes pour garçon et fille - L'Express Styles

Camilleカミーユ、私ならすぐに女子を想像する名前)

Sacha(サシャ、Alexandreの短縮形)、③Noa、④Lou(ルー、Louiseの短縮形)、⑤Eden(エデンは有名なベルギー人サッカー選手、エデン・アザールで定着した感があるが、これを女子につけるのはかなり驚き!)

Charlie(シャルリ、 Charlesの短縮形)、

Alix(Aliceの古い形、中世バージョンとのこと)、⑧Loan

Thaïs(タイスといえば「娼婦タイス」という人もいるでしょう。アナトール・フランス作『舞姫タイス』やオペラなど。その名前を男子につけるなど想像できない…)

Maé(Maëlの短縮形)、⑪Andréa、⑫Elie、⑬Loïs、⑭Stéphane、⑮Morgan

 

また日本に住んでいる外国人家庭でも、子弟に名前をつけるとき、気をつけているといいます。子弟は日本で暮らし、日本の学校に通うから。例えば日本人はRの発音ができない。というよりRとLの区別はない。V/B, F/Hと同様に。なのでラファエル:RaphaelRaphaël)とかヴァレリー:Valerieのような名前は避けるとか。

発音ができるできないとは別に、カタカナで「ロラン」とあったらそれがLaurent なのか、Rolandなのかわかりません。ま、これは仕方のないことです。

 

http://www.kela.fi/documents/10192/3650400/2017_Ruokalappu.jpgフィンランドのお食事エプロン)

 

 

子どもを社会全体で育てる

 こちらiirei さまの記事、いつか必ず言及しようと思っていて、今日やっとです。

ありがとうございました。

d.hatena.ne.jp

誰でも初めてお母さん、お父さんになるわけで不安や悩みは多いですね。

私も振り返ってみてよくわかります。

フィンランドネウボラネウボ(アドバイス)+ラ(場所)〉は「悩み相談の場」という意味の、家族サポートセンター。妊娠がわかったらすぐに行って登録します。

妊娠から出産、育児、就学までを一括して支えるシステムです。所得制限などもなく無料であり、同じ担当者、同じ保健師助産婦)が継続して立ち会い、相談に乗ってくれます。まるで地域のかかりつけ医・かかりつけ薬剤師のようですね。

特徴的なのは「育児パッケージ」というプレゼントで、子育てに必要なもの、最初に揃えるべきもの一式が入っています。

http://www.kela.fi/documents/10180/268701/2017_Kaikki_tuotteet.jpg/5c3f077e-48ad-424d-9cb0-a4ec54889029?t=1488871701406

Maternity package - kela.fi

この箱に入ってきます。

箱は簡易ベビーベッドになります。

f:id:cenecio:20170314132137p:plain

 

中から一つずつ取り出して並べてみたようす。

f:id:cenecio:20170314132149p:plain

youtubeから画像を切り取っている)

www.youtube.com

 

デザインがよくて可愛いですよね。この「育児パッケージ」か 現金支給(約2万円)を選べるのですが、多くの人はパッケージを選ぶそうです。

赤ちゃんの衣類は質にこだわりたいため大人のものと比べると大変に高くつきます。

http://www.kela.fi/documents/10192/3650400/2017_Ulkohaalari.jpg?imageThumbnail=3

私もパリで出産して衣服を揃えましたが、冬の外出用のつなぎひとつで7~8千円はします。このパッケージは本当に助かりますね。

フィンランド1920年代、乳児の死亡率が高かった。というのも1917年にロシアから独立、1918年に内戦、と社会的に大きな変動の時期にあって、国も貧しかったのです。

そこから「子どもの健全な成長を基礎から支えたい」という団体が組織され、草の根の市民活動も活発で現在のように成長してきました。

 またネウボラで蓄えられたデータは幼稚園に入っても学校に上がっても、保護者の了解を得たうえで引き継がれていきます。子どもの成長に合わせて、切れ目なく支援が続く仕組みが大きな特徴です。

 

見守りとしての特徴

日本版ネウボラとしては、秋田県男鹿市の取り組みがよく紹介されています。
「おがっこネウボラという名前で、フィンランドの仕組みを参考にして独自のサービスを展開しているとのこと。

母子保健コーディネーターを中心に、保健師助産師、臨床心理士などで支援チームをつくるそうです。妊娠・出産・子育てから就学時まで、子育て世帯が直面するさまざまな問題の相談にのり、サポートしていくそうです。

妊娠・出産・子育て支援ポータルサイト おがっこネウボラweb

 

首都圏でも世田谷や浦安などで同様の取り組みがあります。

これはうちの近くの文京区です。

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文京区 ネウボラ事業

 

フィンランドとは国の規模も違うため、同じようにはいかないと思いますが、お手本にしたいところはたくさんあります。すでに似たシステムを導入している地域では、保健師助産師の数が足りなかったり、サービスも有料のものが多かったり、と課題はあるにしても改善しながら進んでいってほしいです。(フィンランドでは一人の保健師が担当する子供や妊婦の上限を設けているようです)

模範としたいところーそれは「見守り」です。地域で妊婦を見守る、赤ちゃんを見守る、家族を見守り、何か問題があったら芽を早く摘むよう気を配る、私はそうした側面に注目します。これは『さとにきたらええねん』という映画から学んだことです。

 過去記事

cenecio.hatenablog.com

  

コストや損失を考えるべき

少子化のなか、せっかく子どもが生まれても虐待で亡くなったり、学校内のイジメが原因で自殺してしまったり。毎日悲惨なニュースばかりに気が滅入りますね。

いったい日本はどうなってるの?なんとかしなくちゃいけないんじゃない、と思って焦りばかりが募ります。結局、健やかな子ども時代が送れないのは大人の責任です。日本社会が病んでいて、子どもを大切に育て上げることができない。それどころか、人間を大事にしない体質は戦前・戦時中からちっとも変わらないと思っています。

怒っていても始まらないので、子どもをまっとうに育てる、社会で地域で育てていく、という意識をみなで強く持たなければいけないと思います。

 

iirei さまがあげている記事から

「何がコストか?」も私たちは考えなくてはならない、というところを引いてみます。

フィンランドで出生率を伸ばし、児童虐待死を激減させた「ネウボラ」 つながる育児支援に日本も注目

 高橋睦子教授(吉備国際大学保健医療福祉学部)はこのように述べる。

特に0歳から3歳までの乳幼児期には、ご両親との関わりがとても大事で、お父さん、お母さんが同程度子育てに関わっていくのが大切です。

コストはかかるかもしれませんが、健やかで安定的な幼児期を過ごした乳幼児ほど、心臓疾患や精神疾患のリスクが低い、しっかり働いて税金を納められる大人になる可能性が高い。

(略)

 児童虐待によって生じる社会的な経費や損失は、日本国内で少なくとも年間1兆6000億円にのぼるという試算があるという(2012年度)。

(略)

隠れたマイナスコストを考えたら、ネウボラのように乳幼児期から子育てを支えるのが大事です。

日本の場合は、児童虐待があっても、相談に来るのはお母さん、警察に捕まるのはお父さんが多い。お母さんが孤立していて、きちんと安心できるサポートが受けられていないということです。

一方、フィンランド児童虐待による死亡率が低いのは、ネウボラの下支えが大きいと考えられます」

フィンランドネウボラ、多くのことを考えさせてくれますね。

 

メモ:

http://dual.nikkei.co.jp/picture/article/14_3454_01.jpg

フィンランドの切れ目ない家族支援「ネウボラ」 | 日経DUAL

すべての子どもとその家族を見守るフィンランドの「ネウボラ」 - 研究室

【フィンランド】日本の保育にもみられるフィンランドの保育の大切なこと―同じであることと異なることに着目して― - 研究室

 

 

ひと・もの・ときをつなぐ魔法 ルリユール-3-

 ルリユールは今日で3回目。

初めていらしたかたは、1と2を読んでからの方がわかりやすいと思います。

 

紙の発明→グーテンベルグの活版印刷→印刷出版業

とくるわけですが、フランスでは、ルイ14世が印刷と製本を完全な分業にしたため、製本術が独自かつ華麗な工芸分野へと発展を遂げたことなど、前に説明しました。

 

「ルリユール」ということばには
「もう一度つなげる」という意味もあるんだよ。

絵本『ルリユールおじさん』の中の言葉ですが、ルリユールの動詞はrelier、すなわち re-(もう一度)+lier(つなげる、たばねる。英語:bind, tie)。そして動詞lierの名詞形はlienです。

昨日の記事、いせひでこさんのパリでの絵本原画展、タイトルは「絆・lien」でした。お話の登場人物、ソフィーとおじさんとの出会いと絆、おじさんの父親との絆、400年ものルリユールの歴史、過去から現在・未来へのつながり、というふうに様々な意味が込められています。

また原画展は、そこに足を運んだ大勢のフランス人来場者をも結び付け、自分たちの伝統であるルリユールを再確認するきっかけでもあったでしょう。

さらに著者いせさんの物語でもある。パリの製本職人との出会い、その小さな種を大切に、苦心しながらもりっぱに育て作品にし、またそれを種として私たちの心の中にまいてくれた。みんなつながっている。

原画展では、パリっ子ならサンジェルマン界隈のことはわかるはずで、ここはあの通り、あそこはどこかしらと人と話しながら絵を見るのは楽しいことでしょう。

 

たとえばこの古い路地、800年以上前からある「ひばり通り」(Rue de l'Hirondelle )です。今、ルリユールおじさんがバゲットを持って、自分の工房にやってくるところ。

 

https://4.bp.blogspot.com/-zRwVdXFuRO0/VzmIw2AccBI/AAAAAAAAG20/qsOIeJiMSGAr-T4c8OHuq0V2hEiZ5gcsACLcB/s640/IMG_1186.jpg

Mon joli petit bureau: "Sophie et le relieur", Hideko Ise (Chut les enfants lisent/ 42)

 

現在も変わらず、こんなふうに美しい路地です。ウィキペディアから取ってきました。

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/5/5c/Rue_de_l%27Hirondelle%2C_Paris_6.jpg/800px-Rue_de_l%27Hirondelle%2C_Paris_6.jpg

Rue de l'Hirondelle — Wikipédia

今やGoogle Earthなるものがあって、非常に便利です。さっき、おじさんの工房が入っていた建物を見てきました。青い扉はそのまんま。

場所は赤いピンのところ。(ちなみに「病院」は私が長男を出産したところ。一角全部が病院です)

f:id:cenecio:20170311144353p:plain

 

読者のみなさんが凄すぎる(@_@)脱帽しました!

すぐにかえってくるコメントにまあ、毎回驚いているわけです。

こちら さぴこさん(ごめんなさい、全文じゃなくて)

さぴこ (id:sapic)

いせひでこさん、昔北海道立文学館というところで原画展をされていました。素敵な絵がたくさんだった記憶があります。会期中に柳田邦男さんの絵本と子育てに関する講演会があって、応募したのですがハズレてしまったんです(;´д`)

そのあと

絵本の読み聞かせに興味を持ちはじめたときだったので、いせひでこさんより旦那様の講演会の方に興味があって…。

でもたくさんの木の絵がすごいなぁと見入ってしまいました。

いせひでこさんが札幌出身だから、札幌で原画展が開かれたのかもしれませんね。

 そうなんです。ここでたいせつなワードは、「札幌」「木の絵」「柳田邦男さん」!

私が全部落としたことです💦

生まれ育った環境は大きな影響を与えるものです。いせさんにとってはいつも木がかたわらにあり、大きな木から赤ちゃんの木まで強い親しみを感じるのでしょう。

また柳田邦男氏はノンフィクション作家で、自身の著書の挿画・装丁を手掛けていたいせさんと再婚同士で結ばれました。そのまえに息子さんの自死があって、何カ月も放心状態だったと言いますが、ある日、ふらりと寄った書店で絵本を数冊買い、それがきっかけで救われたと語っています。そして「大人こそ絵本を」という呼びかけで全国行脚しました。

マミーさんやカメキチさんがすでに書いておられますが、『だいじょうぶだよ、ゾウさん』(ご自身の訳)をはじめ、大人にも薦めたい珠玉の絵本をあちこちで紹介しています。

 

アンヌさま、さらりとまあ、すごい。

anne neville (id:anneneville) 

 いせひでこさんですね。(^^) ゴッホと弟テオを主人公にした本、黄色が鮮烈なんですよ!を持ってました。田舎に送っちゃったかな?

そのとき、ルリユールおじさんの事を知り、ルリユール、ルリユール、と何度も頭の中で呪文のようにこの言葉を繰り返しました。 

 ゴッホの絵本は

『にいさん』

作・絵: いせひでこ
出版社: 偕成社 

https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/51ONwZV-l3L.jpg

ぜひ借りて読んでみたいです。 教えてもらって本当に私はラッキー!✌

 

志月さまには見事にまとめていただきました。

志月 (id:black-koshka) 

答えを考える前に、ルリユールの果たす仕事の大きさに圧倒されています。

思いをつなぎ、人をつなぎ、知識をつなぎ... 継承されて行くものへの敬意が、新たな芸術を生み出しているように思えます。

 

思いをつなぎ、人をつなぎ、知識をつなぎ..

ルリユールの仕事の本質ですね。特にルリユールは本を扱うだけに知識をつなぎ・・・を言ってくださり、ありがとうございました。

 

マミー (id:mamichansan)

マミーさんのレビューがまたすごいんですよ。前回記事に飛んで読んでくださいね。

ここでは抜粋でごめんなさい。 

(略)

ルリユールおじさんとソフィーの、
「自分が言いたいこと」を言いあって、でもどこなく通じている雰囲気、
おじさんを見上げる少女の首の傾げ方と常に細かい作業をし続けたおじさんの背中の曲がり方、
おじさんのお父さんの背中や手、今のおじさんの背中と手、
おじさんの思い出の中、幼かった自分の姿と、今、目の前にいる少女、

どのページも、継続する時間の流れと、受け継がれた思い、引き継ぎたい気持ちにあふれていて、感動せずにはいられません。

「名をのこさなくてもいい。ぼうず、いい手をもて」
のセリフは、職人の誇りと矜持が詰まっていて、職人の仕事に敬意を表するすべての日本人の心を打つものがあります。

(略)

「本」というものは、誰かと誰かをつなぐ。
今、生きている人同士でも、過去の人でも、未来の人でも。
そう思うと、ルリユールという仕事は、なんてすばらしいお仕事なんだろうかとしみじみします。

初めてこの「ルリユールおじさん」を読んだとき、次に生まれ変わったら、こんな仕事がしたいなあ、と思ったのでした。

(略)

すばらしい!

心からお礼を言います。ありがとうございました。

 

 さて今日はあの日から6年がたちました。

いせさんも震災のあと、絵描きとしてできることを考えたそうです。

そして生まれたのがこの絵本だそう。私もまだ読んでいないんですが、紹介しますね。

https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/41ZiCtD4%2BkL._SY376_BO1,204,203,200_.jpg

(インタビューの抜粋)

 実は,東日本大震災が起きたあの日,このアトリエで,当時生後6か月だった孫を預かっていたんです。あの大地震が起こったとき,「ああ,この子を守んなきゃいけないな」と強く思いました。そして,その後の被災地の惨状を知るにつれ,「自分の孫だけを守ればいいっていう話じゃない」という気持ちもわいてきました。

「絵描きとして,自分に何ができるんだろう」と自問自答した末,東京にいる私が,自分の目の前のこととして描けるのは,「赤ん坊」と「命」の話しかないという考えに至りました。それで,そのとき抱えていた他の仕事に優先して,「赤ん坊」と「命」の絵本を緊急出版してもらうことに踏み切ったんです。
制作当初は,木の赤ちゃんではなく,人間の赤ちゃんを動かしていこうとしていました。でも,人間の赤ちゃんだと,寝返りを打ったり這ったりしたところで,動ける距離は限られています。物語が展開していかず,すぐに行き詰まってしまいました。「赤ん坊」と「命」を描いていながら,これではちっともはるかかなたの未来までつながっていきません。それで,木の種,つまり木の赤ちゃんたちがすっ飛んでいく旅にすることを思いついたんです。そうしたら,話はどんどん動き始めましたよ。
描いていて感じたのは,「知恵を使って生き延びる」ことが,どんな植物の種にもDNAとして組み込まれているということ。人間も同じです。生きるように生まれついているんですね。

Story3 絵でしか生きられない | 伊勢 英子(画家・絵本作家) | 作者・筆者インタビュー | 小学校 国語 | 光村図書出版

 

答え

f:id:cenecio:20170310141709j:plain

問題:原書の日本版とフランス語版は、どうして違う?

おじさんがフランス語版に書かれていない理由は?

 

答え:(これは全部パリ在住の日本人で、私にフランス語版をプレゼントしてくれた友人から聞いた話です)

ルリユールおじさんはアンドレ・ミノス(André Minos)氏というかたです。

いせさんは何度も日本とフランスを往復し、最後の2年間はパリにアパートを借りて、スケッチや取材をしたそうです。本ができあがると真っ先に見せたい人はミノス氏ですよね。日本語版を送りました。

ミノス氏は、椅子に座って植木鉢を持っている自分の姿が気に入らなかったのです。少女が来てくれてアカシアの芽を手渡してくれた、なのに眠りこんでいるなんてありえない、と。自分はそんな老人ではない、と言いたかったらしいです。

そんなわけでフランス語版ではおじさんをカットして、ソフィーちゃんが図鑑を見たり抱きしめたりしている。ページをめくると巨木の前に佇む成人したソフィーの後ろ姿につながります。「二度と壊れることはなかった」という本を手にして。

 

というわけで、どなたも当たりませんでした。

ですが、りんさんの答えが気にいっています。

りん (id:miyamarin)

絆というのがテーマだということと、二人が出会う前は、左が少女、右が男性。

最後のページはアカシアの大木が両ページにまたがってあって、左のページに大人になった少女が立っている。

右には、学者になった少女が、出版した本をルリユールした本を持ったおじいさんが、椅子に座っているイラストではなく、写真!!!!

 (略)

人や物との絆と、それを継承するすばらしさ。

素敵な絵本との出会い、ありがとうございました。

 

もう、私の読者さんたちったら、凄すぎる!

ルリユール-3-終わり

 

おまけ

 私のと同じ製本機。写真はピンタレストから。

https://s-media-cache-ak0.pinimg.com/564x/a8/17/47/a8174786b03536f16740e7ecfc3553e1.jpg

https://jp.pinterest.com/pin/313352086559944414/

 

 私の製本

cenecio.hatenablog.com

 

『ルリユールおじさん』-パリの製本職人と少女のお話ールリユール-2-

絵本『ルリユールおじさん

f:id:cenecio:20170310125443j:plain

  

いせ ひでこ (著) 大型本: 56ページ  出版社: 理論社 (2006/09)

 

絆 ・LIENS

写真は上が原書。2006年発行、そして2007年にはフランス語版(下)が出た。絵本で日本→仏語訳が1年というスピードは異例と言ってよい。

もっと驚いたのは出版と同時に、パリでいせひでこさんの絵本原画展が開催され、オープニングのスピーチが、まだ存命であったミッテラン夫人(Danielle Mitterrand)だったこと。場所はパリ6区の区役所内ギャラリーだった。(参考までに→Mairie du 6ème arrondissement "Salon du Vieux-Colombier" place Saint Sulpice) 

原画展のタイトルは「絆・LIENS」という。フランスのメディアに取り上げられ、また口コミでも広まって大勢の人が来場したという。いせさんはこれでフランスでも一躍有名になった。

 

ルリユールおじさん

お話は、少女ソフィーが、壊れているけれどとても大切な植物図鑑を、製本職人のところに持ち込んで直してもらう - たったそれだけの話。帯にはこのようにある。

パリの路地裏に、

ひっそりと息づいていた手の記憶。

本造りの職人から少女へ、

かけがえのないおくりもの。

最初の見開き(p2~3)。

淡い青や灰色、緑色の水彩画が目の前にわっと広がり、ああ、パリの街の色だなと嬉しくなる。

左のページに青い服の小さな女の子が見える。右ページにはじょうろを持った男性が。

パリの街に朝がきた。

その朝はとくべつな一日のはじまりだった。

(p2~3)

f:id:cenecio:20170310125607j:plain

 次の見開き(p4~5*ちょっと色が濃く出過ぎてすみません。もっともっと淡いです)

 左のページに ベランダに立つ少女。装丁が壊れた本を持っている。

右は階段をおりていく男性の後ろ姿。

 

なんというアイディアだろう。左ページが少女、右ページが男性で、二人が出会うまでこうやって話が進んでいくのだ。

壊れた本をどこへ持っていったらいいの。少女はまちなかを歩きまわる。

セーヌ河畔の古本屋のおばさんが、ルリユールのところへ持っていけばいい、と教えてくれる。

https://1.bp.blogspot.com/-vTYMT1i65Jw/VzmIwxSUkkI/AAAAAAAAG2w/w7cO4-WuONo_CZ4HsTLu0-FqGYGa4FL-ACLcB/s640/IMG_1185.jpg

そして路地裏で製本職人の店をついに見つけ、植物図鑑を直してくれるよう、頼む。

ここから20ページほど、製本の工程が描かれ、初めて見る者でも大まかな流れがわかる。(本当にすばらしい!)

そのかん、ソフィーは職人のそばで、好奇心いっぱいに質問したり、手伝ったり、また自分の好きな「木のこと」について話をする。 

では、まず一度本をばらばらにしよう、とじなおすために。

「ルリユール」ということばには

「もう一度つなげる」という意味もあるんだよ。

(p25下の写真右

「もう一度つなげる」この言葉は深い。 

 

f:id:cenecio:20170310133420j:plain

 

 

二人で公園に行く。道を歩きながら、自分の父親の工房があった建物を教えてくれる。

 

それから公園にある、樹齢400年くらいのアカシアの木を仰ぎ見る。

わたしおおきくなったら、世界中の木を見てあるきたいな。

(p41写真右下)

f:id:cenecio:20170310133425j:plain

父はいつもいっていた。「ぼうず、あの木のようにおおきくなれ」

父の手も木のこぶのようだった。

だがなんてデリケートな手だったろう。

父のなめした革はビロードのようだった。

ルリユールはすべて手のしごとだ。

糸の張りぐあいも、革のやわらかさも、

紙のかわきも、材料のよしあしも、

その手でおぼえろ。

本には大事な知識や物語や人生や歴史がいっぱいつまっている。

それらをわすれないように、未来にむかって伝えていくのがルリユールの仕事なんだ。

60以上ある工程をひとつひとつみにつけ、

最後は背の革に金箔でタイトルをうつ。

ここまできたら一人前のルリユールだ。(p44~45)

 下の写真

「とうさんの手は魔法の手だね」

わたしも魔法の手をもてただろうか。(p46~47)

 

f:id:cenecio:20170310141301j:plain

 

ソフィーは直してもらった図鑑を引き取りに来た。窓辺に自分の本が飾ってある。(p53)

「ARBRE de SOPHIE」-ソフィーの木たち。本の題があたらしくなっている!

アカシアの絵は表紙に生まれかわり、金の文字でわたしの名前がきざまれていた。

 

なぜでしょう? 

そして最後から2ページ目。

興味深いことに上、日本語の原書と

下、フランス語版と絵が違う。あれ、ルリユールおじさんがいない?

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なぜでしょう?

考えてみてくださいね。宿題です。ちゃんと答えはあります。びっくりしますからね。

 

最後のページは、大人になったソフィーがアカシアの木の前に佇んでいる。

ソフィーは植物学者になっていた。

 

作家 いせひでこさん

ルリユールをやっていた私にはわかる。いせさんがどれだけの時間と情熱を傾けてこの本を世に送り出したか。柔らかい色調の絵で可愛い女の子が出てくるが、だまされてはいけない。なにか凄まじい気迫のようなものを感じる。p46 の手を描くところや、言葉少なのテキストから。

良い手を持つことが職人の資質の高さを表すのだろう。自分もそんな手をもてただろうかと、老境を迎えたルリユールおじさんは自問する。

フランスの歴史の重みや修練によってしか身につかない職人技、それを伝えていくことの大切さや難しさなどを考えさせられる。おそらく将来は閉めるであろう製本工房で、ルリユールおじさんは職人の誇りを胸に、子どもの依頼をききとげる。

またソフィーの成長物語でもあって、植物図鑑の修理を絆に、ルリユールおじさんとの心の交流が始まる。そして本のお医者さんみたいに、ソフィーにとって何よりも大切な宝物の植物図鑑を蘇らせてくれた。

「ルリユール」ということばには
「もう一度つなげる」という意味もあるんだよ。

図鑑の再生は未来の植物学者を生み出したわけである。

 

また私は内容ばかりに目がいっていたが、こちらマミーさまが大切なことに気づかせてくれた。

マミー (id:mamichansan)

特に表紙。あの大木の繊細な枝ぶりも素敵。

そう、言われてみて初めてアカシアの大木をじっくり見た。

推定400歳、すごい木だ。そしてルリユールも400年続いてきた。なんという壮大な時間の流れ。さらに未来へつながっていくのだろう。

もうひとつ言い忘れ。最後のページでおじさんが小さな植木鉢を手にしているが、あれはアカシアの木の芽。ソフィーが種から育てたのである。

 

たまうき (id:ni-runi-runi-ru)

表もそうですが、束ねるところはかなり技術がいるのではないかと思います。接着剤は膠❓編んだ糸はシルク❓

おっしゃる通り接着剤は膠です。ボンドも使うし、小麦粉と水を煮て糊も作ります。

糸はタコ糸みたいなのや絹糸など様々。太さも紙や本の厚みに合わせていろいろです。

 

id:iirei

ヨーロッパの墨流しは高度ですね。どうやるんだろう?イタリアのラテ・アートの技法と似ていますか。

思わず笑ってしまいましたが、「ラテ・アートの技法と似て」いますね、確かに。

 

りん (id:miyamarin)

世田谷ぼろ市で、いせ辰の古紙を売っていて、たくさん買っちゃいました

マジで?!ああ、羨ましっ!

 

shell (id:shellbody)

La reliureという貴重な本の中のページのお写真をのせてくださったことに心より感謝です。💕これはほんとうに宝物ですね!

shellさま、わかってくださいます?大地震が来たら持って逃げるもののひとつ(笑)。

 

みなさま、ありがとうございました。

最後に

いせさんの書いたあとがきから、一部を引用する。

旅の途上の独りの絵描きを強く惹きつけたのは、「書物」という文化を未来に向けてつなげようとする、最後のアルチザン(手職人)の強烈な矜持と情熱だった。

手仕事のひとつひとつをスケッチしたくて、パリにアパートを借り、何度も路地裏の工房に通った。そして、きづかされる。

本は時代を超えてそのいのちが何度でもよみがえるものだと。

      旅がひとつの出会いで一変する。

 

参考・個人メモ

 ルリユールおじさんは実在する人物です。1926年うまれ、アンドレ( Andre)さん。パリ6区にお住まいです。下のサイトにお写真があります。

http://www.paristribune.info/Andre-Minos_a6826.html

新聞記事

www.leparisien.fr

通りと建物

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自分の製本を載せています。

cenecio.hatenablog.com

 

 

 

工芸製本 めくるめくルリユールの世界-1- 

今日はヨーロッパの製本ルリユールの話です。

 

実はルリユールについては前にもちょっと触れているので、お暇なときにでも過去記事、読んでくださいませ。なぜ和紙が出てくるのか、フレディ・マーキュリーが和紙とどんな関係があるのか、とっておきのネタです。

 

cenecio.hatenablog.com

 

 はてなの皆さんの中にも、出版・印刷関係、書店勤務、作家の方々がいらっしゃいますね。本を扱うことではみんな仲間です。でもみんなが「本フェチ」とは限らないけれど。今は電子ブックを読むことのほうが多いかもしれませんね。

それでも子どもの頃、本を買ってページをめくるとき、匂いや音にわくわくしたことはあるでしょう。

私は装丁や表紙デザイン、紙質やフォントや文字の配列、余白の加減、丸背なのか角背なのかーそうしたことを見るのが楽しかったものです。

そんなこともあって、1980年代にフランスに住んでいたとき、製本を習うことにしたのです。フランス語ではルリユール( reliure)と呼ばれ、日本では工芸製本とか手製本と訳していますが、ここではルリユールで統一します。

羊や仔牛の革を表紙にはって、金箔や美しい文様で装飾された豪華な本、あれがそうです。

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左の方は昔の伝統的なデザイン、右に行くにつれ、現代風になっています。

(写真は下の本から。非常によくできた解説書で私の宝物。でも絶版ですが)

http://sun.evrard.pagesperso-orange.fr/biblio/images/livre-fr1.gifLa reliure

著者: Annie Persuy, Sün Evrard  出版社:Denoël 出版年:1983

 

 ルリユール( reliure)というのはもともと本を綴じ直すこと、もう一度束ねることという意味。動詞はrelier。フランスでは製本のことであり、独立した業界です。製本屋さん、製本職人はrelieur、日本語のカタカナ読みをするとやはり ルリユール。

印刷はまた別の業界で、本を印刷したら仮綴じ(簡易な表紙はつける)にして本屋におろす。この段階では本は高価なものではない。それを買った人がルリユールに持っていき、好みの装丁を施してもらう。これがフランスにおける従来のやり方でした。もちろん現代では日本と同じ印刷出版システムの書籍がほとんどです。

なぜフランスではこんなことをやっていたかというと、ルイ14世が大変な愛書家で、本をオブジェとして愛でたり、蒐集の対象にしたからです。印刷と製本を完全に分業にしてしまいました。そして王侯や貴族は優秀なルリユールのもとで、こぞって豪華な装丁の本を作らせました。

江戸時代にオランダやポルトガルから日本に持ち込まれた書籍もみごとですが、あれは現在のベルギーで作られたものです。アントウェルペンの印刷工房で印刷され、銅板の挿絵が入って製本されたのち、世界中に散らばっていきました。

工房はプランタン=モレトゥス博物館」*として世界遺産になっており、去年訪問記を書いたので下に貼り付けておきます。

 ルリユールが日本にない理由は、和綴じ本のあと、一挙に大量生産ができるイギリスのシステム、つまり工業製本を導入したからです。

 

パリのルリユール

パリでは少なくとも1980年代初めはまだ、地域に一軒ルリユールの製本屋がありました。たいてい家族経営で、見習いの人もいました。フランスでは相変わらず仮綴じ本が書店で普通に売られていたし、蚤の市で50円とか100円位で買う古本も仮綴じ本、それで十分です。古書店の製本された豪華本は、今も昔も大変な値段がついていますが。

しかし自分の好きな作家や詩人の作品、限定本(夏目漱石の限定特装本など、番号がふられているあれですね)などは特別な装丁、しかも自分好みの体裁を整えて書棚に飾りたいと思う。あるいは祖母の貴重なレシピを製本してもらって子孫に伝えたいのだが、仔牛の柔らかい革表紙で見返しの紙は美しいマーブル紙でお願いしたい…。

あるいは娘の誕生日に詩集を送りたいが、ルリユールと相談して特別な一冊に仕上げたい…。

そんなときルリユールに行くのです。他にも大型の辞書が壊れた、大切な画集に虫食いができた、本の背だけ替えてもらいたい、など、どんな相談にも応えてくれます。

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フランスだけではなく、ヨーロッパの都市にはどこでもルリユールはいました。フランスほどではないにしても。ドイツやベルギー、イタリアやスペイン、デンマーク、そしてカナダのフランス語圏など。美術大学の中に、また専門の学校(フランスとベルギーのが有名)もあって、日本からも毎年留学生が来ていました。

私は養成講座と個人レッスンで習ったのですが、趣味的ではあってもひととおり基礎を習得するのに最低二年はかかります。毎日、繰り返し練習できるように、自宅に工房も設けてしまいました。

昔は趣味として習う人もたくさんおり、有名な講師のいる講座は大盛況でした。世界の有名なルリユール作家たちの展覧会は、それはもう息をのむ美しさで、斬新なアイディアにため息がもれたものです。

 

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写真は作品の一例ですが、すばらしいでしょう?

よき時代でした。

 

日本の伝統工芸と同じように、ルリユールも斜陽化していき、街から製本屋は消えていくのです。店を構えているところも、「自分の代で終わり」とか「国立図書館の古書の修繕で生計をたてている」などと話していました。

現在ではルリユールは工芸の一部門として生きています。また貴重な書籍の修復なども大切な仕事です。

 

魅惑のマーブル・ペーパー

http://www.natsume-books.com/i_item/2011/05/31481.jpg三浦永年1988年/アトリエ・ミウラ 初版 カバー

まだ「本の本体」を作るところまでしか話していないんですね。ここに紙を染めるマーブリングや本の背にいれるタイトルの金箔押しなどが加わりますが、これも専門の業者がいます。

ただマーブリングは楽しい作業なので教室で一回は習います。みなさんも子どものころ、墨流しはやったことがあるのではないでしょうか。

上の本は私が1986年に帰国してから買ったものです。

初めのほうにこんなページがあります。

 

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”『西本願寺本三十六人家集』国宝。1112年ころの粘葉装(でつちようそう)の書写本。(略)現存する最古の墨流しが見られる。 ”とあります。

 

ヨーロッパのマーブリングは何十種類もあってとてもここには書けません。

なので例として3枚だけ写真を貼ります。

①ターキッシ(英語:Turkish Marble, Stone Marble, Agate Marble)

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②シェル(.Shell Marble)

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③オールド・ダッチOld Dutch Marble, Large Dutch Marble

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 今日はここでいったん終わります。

次回はルリユールおじさんです。お楽しみに!

 

参考: 

*「プランタン=モレトゥス博物館」

cenecio.hatenablog.com

 

追加:パリ 製本職人

listelor.com

listelor.com

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