ハンガリーとチェコの本:『ラチとらいおん』Laci és az oroszlán・『りんごのき』O jabloňce

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ラチとらいおん

文・絵: マレーク・ベロニカ
訳: 徳永 康元
出版社: 福音館書店

発行日: 1965年07月

ハンガリーの絵本は、これしか知りません。

だけど世界的に有名で、古典といってもいいくらいでしょう。翻訳者もかの有名な徳永 康元(1912- 2003。このファミリーは学者ぞろい)。言語学者、ハンガリー文学者で翻訳も多いのですが、古書通・愛書家としてもよく知られていました。

エッセイ『ブダペストの古本屋』を読んだことがあります。

 

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タイトル:Laci és az oroszlán
著者:Marék Veronika(日本と同じく、姓が最初、あとに名前が来る)

 

ラチは世界中で一番弱虫。飛行士になりたがっているが、そんな弱虫にはとうてい無理でしょ。

最初からこんなふうにバッサリです。

だって犬もこわい、暗いところもこわい、おまけに友達さえこわい。だからばかにされて、仲間外れにされて、いつも泣いてばかりでした。

 

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絵本で好きな絵がある。それはライオン。

「ぼくに、こんな らいおんがいたら、なんにも こわくないんだけどなあ」

ある日、目を覚ますと、小さな赤いライオンがいました。でもこんなちっぽけなライオンじゃ…と大笑いします。

らいおんは怒って、椅子を持ち上げてみせたりして、強いことを証明します。

強くなるにはまず体操をする。いち、にっ、さん!お手本を見せます。

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毎朝一緒にやりました。

ある日泣いている女の子に出会い、わけを尋ねると犬がこわいようです。

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らいおんがいるから、ラチはちっとも怖くなく、女の子の手を引いてあげます。

暗い所もこわくなくなり、

どんどん強くなり、

逆立ちもできるようになり、

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ある日、すもうをとって、ついにらいおんに勝ちました。

友達のところへいくと、新しいボールを取られてしょんぼりしています。

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ラチはとりかえそうと、のっぽを追いかけます。

みんな自分をこわがるのに、こわがらない子供が出てきたのでびっくりします。

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のっぽは木にのぼり、ボールを落とします。

友達はみんな大喜びしました。

ラチはらいおんにお礼を言おうと思って、ポケットに手をつっこみました。

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Marék Veronika - Laci és az oroszlán

あれ?

なかにあったのは

りんごでした!

ラチは走ってうちに帰りました。手紙が置いてありました。

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ラチはもう何も怖くない。

きっと飛行士になれるでしょう。

 

f:id:cenecio:20160702143044p:plainおしまい

 著者

マレーク・ベロニカ

1937年、ハンガリーブダペスト生まれ。国立人形劇場のスタッフとして働いた後、絵本作家に。その作品は世界中の子どもたちに、ずっと愛され続けている。主な作品として『ラチとらいおん』『ボリボン』『もしゃもしゃちゃん』(ともに福音館書店)、「アンニパンニとブルンミ」シリーズ、「キップコップ」シリーズ、『ぼくとおにいちゃん』『きのう きょう あした』『どうぐで なにが つくれるの?』『くだもの だいすき!』(ともに風濤社)などがある。

(著者詳細情報)マレーク・ベロニカ(まれーくべろにか) | 絵本ナビ | 作品一覧・プロフィール・インタビュー

f:id:cenecio:20160702151102p:plain  どれも可愛い!

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「ラチとらいおん」は、小さなことを一つずつクリアしていく成長物語です。

いわば王道ですね。

唐突ですが、『ヒカルの碁』のヒカルとサイ(藤原佐為)ですよね。(ふふふ、ここはさぴこさんに目くばせ(^_-)-☆) 

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赤いライオンくんのキャラクターグッズも多く出ています。

日本人はこういったものを作るのが好きですが、本国ハンガリーでも大歓迎だという記事を以前読みました。

 

写真: Budapest 1983年

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今見ると、戦争前の写真か?!くらいのインパクトがありますね。

これよりちょっと前、ポーランドへ行っていますが、馬車が石炭を積んでいましたから。すごいカルチャーショックでした。

 

りんごのき O jabloňce (Petiška)

昔はチェコスロバキアでした。長く連れ添いましたが、1993年に別れたんですね。

言葉はチェコ語スロバキア語ですが、大変近く、互いに意思疎通は問題なくできます。スロバキア(地方)にはまだ行ったことがありません。

f:id:cenecio:20160628141633p:plain りんごのき

作: エドアルド・ペチシカ
絵: ヘレナ・ズマトリーコバー
訳: 内田 莉莎子
出版社: 福音館書店 

発行日: 1972年3月10日

 

クレヨンで子供に汚されていますが、原書です。

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O jabloňce - Petiška, Eduard(著); Zmatlíková, Helena(絵);ALBATROS(出版)

チェコでは1954年発行ですが、うちにあるこの本は1979年のものです。

 

2016年のいま読んでも楽しいし、話の作りもよく、Zmatlíková(ズマトリーコバー)の絵が温かくていい。改めてよくできた絵本だと思いました。

(私はズマトリーコバーが大好き。チェコ語ですが他の本も何冊か持っています)

 

お話も左のページにたっぷりあります。絵は飛ばし飛ばしでいきましょう。

(だいたい全部コピーしてはいけないと思うので。これでも多すぎるんじゃ、とちょっとビクビクしちゃう)

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あれはリンゴの木だけど、葉っぱがついてないから棒みたいねとお母さんがマルチン君に言います。

外に出て木を見ると傷だらけ。ウサギが齧ったようなので、お父さんが網を巻き付けて、気の表面を保護してやります。

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春が来て犬が駆け回ります。

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花がいっぱい咲きました。みつばちはおいしいりんごがなるようにお手伝いしているの、とお母さん。

お父さんが薬を噴射して、虫からも守ります。

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りんごの実がふたつ。「あかくなったらたべようっと」はりねずみが嬉しそうに言いました。

マルチンは木に水やりをします。

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強い風が吹いて、いなびかりが光って、雷がなります。

マルチンは気が気ではありません。

風はりんごをひとつもぎとって、地面に投げつけました。マルチンは怒ります。

 

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ある日、木の葉がたんぽぽのように黄色くなっていました。

お母さんがりんごを取ってもいいと言ってくれました。

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ら、ら、ら、ら!と歌いながらりんごを手にうちにはいります。

きっと おやつに たべるんでしょうね!

(終わり)

 

 エドアルド・ペチシカのほかの作品も 世界中で愛されています。

とくに「ずぼん」が有名で人気ですよね。

絵の担当は、ズデネック・ミレル(Zdeněk Miler1921 –  2011) 。アニメにもなり、新しい世代のファンを多く獲得しました。

アニメ作品は数えきれないほどあります。キャラクターグッズもまた大変な数。誰でも一度は目にするのではないかしら。

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こちらがミレルさん。すてきですね。

 

そしてエドアルド・ペチシカ(1924-1987)

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子供の本を書いただけでなく、詩人、文筆家、翻訳家としても活躍しました。

(終わり)

 

 

f:id:cenecio:20160628175407j:plain(Praha 1978)

 私の知っているプラハは1970年代の、沈鬱で影の多い町。

 私の部屋。

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