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一度見たら絶対に忘れられない絵。ことばにならない強烈な印象を残します。しかもグリム童話? えっ、あめふらし?
絵を描いているのは 出久根育(でくねいく)さんというプラハ在住の女性のかた。
この本がパロル舎から出たのは2001年ですが、私が出会ったのはその10年後。
出会えてよかったな。これも日本経済新聞の記事のおかげでした。
記事は 今でも大切にとってあります。
バスタブに魚、そして縁に立つ赤い服の少年。
バスタブ!?
なんなんだ、この世界は。衝撃のあまり、すぐさま絵本を買い求めました。新聞記事は原画を使っているから平らですが、同じ絵が絵本ではこうなります。でも色がびっくりするほど深くて美しい。
この「あめふらし」で、出久根育さんは2003年ブラティスラヴァ世界絵本原画展でグランプリを受賞しました。記事によると
(略)日本人によるグリム童話の「あめふらし」は審査員に強い印象を与えた。
出久根はその時代の服装や意匠の質感、そして光線の加減までを自らの解釈で丁寧に描いただけではない。例えば湖をバスタブに、カラスの止まり木は衣裳のハンガーと、絵には物語を超えたファンタジーが宿る。まるで演劇の演出家のような独特の解釈と表現で、欧州の人たちは新鮮な驚きを持ってグリム童話を再発見した。
さてお話ですが、ご存知でしょうか。いかにもグリムらしいちょっと残酷なお話なんです。
ものすごく気位が高くて、千里眼を持つ王女がいました。高い塔の12の窓からは、何でも見通せて、王女の目を逃れられるものなどこの世にありませんでした。
そろそろ婿を迎える年ごろです…つまり婚活ですね。自分と勝負して、姿を隠しおおせた者と結婚しよう、敗れた者は首をはねられ、杭に串刺しにしてさらし者にする、というのです。案の定、誰も成功しません。王女の眼から逃れられないのです。
あるとき三人の兄弟がやってきましたが、上の二人は運がなく、98番目、99番目の杭に突き刺されました。末の弟は、3回チャンスをくれ、三度目にしくじったら命はいらないから、と王女に頼みこみます。王女は、どうせ無駄なことよ、と憎まれ口をたたきながらも、見眼麗しい若者だったので、願いをきいてやります。
このあと若者は森の中で三種類の生き物に出会います。
カラスを撃たないで助けてやります。絵がおもしろい。巣にワイヤーのハンガーがあるところや、若者がカラスの涙の粒を拾っているところ、くすっと笑ってしまいます。(カラスの巣にハンガーは他の国の人もわかるのかしら)
それから既に見ましたが、魚も助けてやります。
キツネも、恩がえしをしますから、と命乞いするので逃がしてやります。
さて、若者はいよいよ姿を隠さねばなりません。どこへ隠れよう?
若者は助けてやったカラスに相談します。
すると自分の巣のなかにある卵のひとつに隠れればいい、とカラスは言いました。
ところが王女には、卵に隠れている若者が見えているのです。
家来に命じてカラスを撃たせ、卵を運ばせました。若者は中から出てくるしかありませんでした。
次に若者は魚に相談します。
すると自分の腹の中に隠れるよう、提案します。
そうして魚は湖の底ふかく潜っていきました。
王女は見つけられるでしょうか。長いのでいったん切りますね。
今日の写真
グリム童話のカラスの種類は何でしょうねえ。
写真:近所の公園にいるハシボソガラス。
体は小さめで、おでこが出っ張っていないのが特徴です。
このときセミを食べていましたが、植物を好んで食べるそうです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
おはなし続けます。
Das Meerhäschen
魚の腹の中に隠れたつもりの若者ですが、王女は12番目の窓からのぞき、とうとう見つけ出してしまいました。
王女の頭、髪型というべきか、いつもシュールです。王女はこの国で絶対的権威だからどんな髪型もゆるされるのかな。
若者のチャンスはあと一回。キツネのところに行きます。これが最後です。キツネにはアイディアがありました。
一緒にまほうの泉に行き、中に潜りました。キツネは、動物を商う市場の商人に化けました。
若者も水の中をくぐらされ、小さなあめふらしに変身させられました。
商人に化けたキツネは町に出かけていき、この可愛らしい生き物を見世物にしました。たくさんの人が集まってきて、王女も見物にやってきました。王女はあめふらしが気に入り、買い取ることにしました。商人はすばやく若者に耳打ちしました。
「王女が窓のそばによったとき、いそいで彼女の髪の中にもぐりこむんですよ」
いよいよ王女が若者をさがす時が来ました。12番目の窓まできても見つからないので、王女は不安と腹立たしさでいっぱいになって、窓をたたきつけ、ガラスは粉々になってしまいました。
ふと髪に手をやると、あめふらしがそこにいるではありませんか。あめふらしをつかんで、ゆかになげつけ、
「わたしの見えないところにいっておしまい」
若者は泉に飛び込み、もとの姿にもどりました。そしてお城にむかいました。
結婚式がとりおこなわれました。王女は夫がみんな自分の才覚でやったものと思い、夫を自分より優れた者だと信じて疑いませんでした。
お話はここで終わり。おまけに こんな絵がついています。
子どもたちがあめふらしをつついて遊んでいます。
挿絵を描いた人
1969年東京都生まれ。絵本作家、銅版画家。1992年 武蔵野美術大学油絵科・版画専攻卒業。主に子ども の本のイラストレーションを制作。1994年に自身作の 物語に絵をつけた最初の絵本『おふろ』(学習研究 社)が出版される。以後、多くの本の挿絵を描く。 2011年にはチェコの出版社による、カレル・ヤロミ ール・エルベンのおとぎ話集の挿絵を手がける。 2002年よりチェコ、プラハ在住。
主な受賞歴 2003年 グリム童話『あめふらし』(パロル舎)で、ブラ チスラバ国際絵本原画ビエンナーレ、グランプリ 2006年 『マーシャと白い鳥』(ミハエル・ブラートフ/ 作 偕成社)で、日本絵本賞大賞
展覧会歴(グループ展、個展) ギャラリー巷房(東京、銀座)にて、版画やタブロー の個展を定期的に開く。また、ドイツやチェコ各地に
おいても開催。 1998年ボローニャ国際絵本原画展に参加 2004年ボローニャ国際絵本原画展招待作家として、 ボローニャにて特別展と、この年のカタログの表紙絵 を描く
主な作品 『はるさんがきた』(越智典子/作 鈴木出版) 『ワニ』(梨木香歩/作 理論社) 『郵便配達マルコの長い旅』(天沼春樹/作 毎日 新聞社) 『わたしたちの帽子』(たかどのほうこ/作 フレーベ ル館)
『マーシャと白い鳥』 『おふとんのくにのこびとたち』(越智典子/作 偕成 社) 『十二の月たち』(ボジェナ・ニェムツォヴァー/再話 偕成社)
自画像
出久根育『おふとんのくにの こびとたち』原画展開催&インタビューです。 | メルヘンハウス
出久根さんは今では世界的に活躍する有名な絵本作家ですが、ある人との出会いを抜きには語れません。それはスロヴァキアの絵本画家ドゥシャン・カーライです。この人のもとで学び、刺激を受けたことで出久根さんというアーティストが生まれたといってもいいでしょう。
こちら、ドゥシャン・カーライの代表作のひとつ、不思議の国のアリスです。
不思議の国アリス 大型本 – 1990/2
ルイス・キャロル (著), ドゥシャン・カーライ (イラスト), 矢川 澄子 (翻訳)
大型本: 109ページ
出版社: 新潮社 (1990/02)
おまけ 出久根さんマスキングテープ、人気です | 教文館ナルニア国
でも品切れらしいです。
追記:スロヴァキアが生んだ色彩の魔術師 ドゥシャン・カーライ
出久根さんのお師匠さんのひとりです。
タイトル「スロヴァキアが生んだ色彩の魔術師」は、もちろん私が考えたのではなくて、滋賀県立近代美術館の企画展から勝手に借りてきています。
不思議の国アリス
表紙と書誌情報は上に載せました。
天才と呼ばれて世界中にファンが多いドゥシャン・カーライ(1948年6月19日ブラチスラヴァ生まれ)は、栄誉ある国際アンデルセン賞画家賞を40歳のとき受賞しました。
絵本界のノーベル賞のようなものですね。当時のチェコスロヴァキア共和国で初めてでした。まだベルリンの壁崩壊の前です。
当時、チェコスロヴァキアのような社会主義国では、芸術家の運命は過酷でした。自由な表現や活動を尊ぶ彼らは、当局によって監視下に置かれたり、冷遇あるいは無視されたりして苦難の日々を送りました。共産党員であることが必須、また党の方針にそって芸術活動を行えば安泰でしたが…。
才能のある画家たちは画業をやめ、子どもの本のイラストを描いたり、絵本を作るほうに道を求めました。そんなわけで美術の才能はどっと児童書界に流れ込んだのです。そうした時代の果実を、日本に住む私たちは享受しているわけなんですね。
カーライの住まいはチェコ共和国ではなく、スロヴァキアのほうで、首都ブラチスラヴァの美術アカデミーで教鞭をとっているそうです。
1990年代から何度も来日し、ワークショップを開いて日本の若い画家と交流を続けています。
KADS New York | fine art print and publishing
*滋賀県立近代美術館の企画展 http://www.shiga-kinbi.jp/?p=9597
スロヴァキアが生んだ色彩の魔術師 『ドゥシャン・カーライの超絶絵本とブラチスラヴァの作家たち -『アンデルセン童話集』の挿絵原画100点一挙初公開-』
2010年4月24日 ~ 2010年6月27日
またその翌年にはこちらの展覧会。
非常によい紹介文なので引用します。
〈企画展〉東欧と日本を結ぶ 色と線の幻想世界 ドゥシャン・カーライ×出久根育 | 安曇野ちひろ美術館
シェイクスピアやオスカー・ワイルドといった文学作品の挿絵を多く手がけるカーライは、大切なのは、「いかにテキストを深く読み込み、自分のものにして表現するか」と語っています。
『魔法のなべと魔法のたま』(1989年)と『3つの質問』(2007年)との間には、18年の歳月が流れています。以前に比べ、一部に彩度のより高い色が使われるなど変化も見られますが、少しくすみのある柔らかなピンクをベースに、細かく線を重ね、微妙な色合いで丁寧に描くスタイルは、年を経ても変わりません。その作品からは、作家のつくった作品に向き合い、自身の世界観を表す真摯な姿勢がうかがえます。
本展では、アンデルセン賞受賞後の1989年に描かれた作品、未発表アニメーション作品、銅版画、1999年以降に制作され、当館初公開の新収蔵作品等を展示し、カーライの多様な仕事の魅力を紹介します。
さて 『不思議の国のアリス』はページをめくると、こうです。
おやま、これがアリス?黒い短髪で青のジャンパースカートを身に着けて、どことなく東洋風の顔立ちです。しかも生意気そうな強そうな子ですよ。そしてうさぎも、これまで見たのとはかなり違いますね。色も彩度が低く、細かい描きこみの線や点々がおもしろい。
そして小さくなったアリス!からかわれているような縮みようです。
鳥を二羽、切り抜いてみました。
鳥を描いてもカーライ・ワールドです。
頭になにか乗せるのが好きですね!
興味のあるかたは『不思議の国のアリス』のぞいてみてください。
旧ブログ「子どもの領分」のヘッダのイラストはドゥシャン・カーライ。お世話になりました。
タイトルは『満点をもらったおばかさん』(1983年)だそうです。とっても気にいっていました。