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印刷の黄金時代を築いた工房 プランタン=モレトゥス博物館

紙の発明、グーテンベルグの活版印刷と続く文脈上、印刷出版も「情報革命」と呼んでいいと思う。

思えば日本も「解体新書」(オランダ語の「ターヘルアナトミア」を翻訳したもの)から西洋医学を学び、地理学、幾何学、造船学など大量の書物が江戸時代以降、翻訳紹介され、多大な恩恵に浴した。書物には精密な銅版画が挿絵として印刷されている。今見ても驚くほどの鮮明さ、精緻さだ。こうした書物や版画はどこから来たのだろう。

 

Plantin-Moretus House-Workshops-Museum Complex

アントウェルペンの旧市街にある印刷工房の博物館は、単体の博物館としては初の世界遺産になった。登録名「プランタン=モレトゥスの家屋・工房・博物館複合体」という。

住所:Vrijdagmarkt 22-23, 2000 Antwerpen

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プランタン‐モレトゥスの家屋‐工房‐博物館複合体
16世紀の大印刷業者クリストフ・プランタンの名にちなむプランタン-モレトゥス博物館は、元はルネサンスバロック時代に遡る印刷工場・出版所。パリやヴェネツィアと並び、ヨーロッパの初期印刷術を先導したアントワープにあり、活版印刷の発明と普及に大きく寄与した。建物自体に重要な建築学的価値があるだけでなく、16世紀ヨーロッパで最も多産な印刷所だった頃の活気や業績が、今も十分に読み取れる。印刷所は1867年まで機能していたが、現在では旧式の印刷機や大図書館、貴重な文書や芸術作品が保存されている。http://whc.unesco.org/en/list/1185/gallery/

(写真、解説とも世界遺産のサイトから)

グーテンベルグは1455年に初めて『グーテンベルク聖書』を活版印刷した。この技術を引き継ぎ発展させたのが、印刷出版界の寵児プランタン。

f:id:cenecio:20160421142955p:plainChristophe Plantin 

またはChristoffel Plantijn。1520~1589年。(しかもルーベンスが描いた肖像画だ。この辺からも大物ぶりが伺える)

 

16世紀はアントウェルペンが最も輝いていた時代だ。当時、富や物資が集まり、ヨーロッパの商業・金融・貿易の中心地であった。

プランタンの工房は異例の規模で、1575年には20台以上の印刷機と、80人もの職人(組版工、印刷工、校正係りなど)をおいていた。顧客もスペイン王や教会をはじめ、インターナショナルだった。

この博物館は、ルネッサンスバロック時代の印刷ビジネスがたどれ、稀覯本や揺籃印刷本(*)、版画や絵画のコレクションを見られるほか、16~18世紀の都市貴族の邸宅の一例としても興味深い。

揺籃印刷本:インキュナブラ。グーテンベルク聖書以降、約50年間に活版印刷術を用いて印刷された書物や一枚物のことをいう。

 

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玄関脇の一室。

 

プランタン=モレトゥスのモレトゥスというのは娘婿の名前で、プランタン亡き後、事業を継いだ。その後も子孫が200年にわたり、印刷出版業を発展させていく。

f:id:cenecio:20160423094159p:plainモレトゥス肖像画(やはりルーベンス作)

1830年ベルギー王国が独立してからは、アントウェルペン市に買い上げられ、博物館になり、幾多の戦禍も無事くぐりぬけて現在に至る。

 

オリジナルな状態の作業場

活字鋳造所(1622年)、印刷所(1579)、校正室(1700ころ)、書店(1700ころ)、事務所(1576)。現在でも使用可能な完全な状態で保存されている。

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世界最古の印刷機(1600年ころ)が2台、17~18世紀のブラウ(Blaeu)型木製印刷機が5台、など。

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鋳型(278)、父型(4477)、母型(15825)。ギリシャ語、ヘブライ語、シリア語、エチオピア語を含む約90種類のさまざまな書体を所蔵する。

 

アントウェルペンの発展のきっかけは大航海時代だ。毛織物や香料・砂糖や銀・銅などがアントウェルペンに集まり、売買され、神聖ローマ皇帝も自由な経済活動を保証していたから。カール五世の時代には人口も10万人を超えた。

 

美しい書物

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文字テキストの横に挿絵を入れるのは高度な技術だ。インタリオという技法に注目し、活用・発展させたのは画期的だという。彩色にうっとりする。

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原稿

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植物辞典

 

プランタンの仕事でもっとも有名なのは、「多言語対照聖書(ポリグロット・バイブル)」である。

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ラテン語に対し、ギリシャ語、ヘブライ語、シリア語、カルデラ語、アラム語の五か国語の訳を載せ、文法などの付録をつけた全8巻、4年がかりの大著である。

 

華麗な館

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中庭

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これは店舗入り口。客を迎える。

f:id:cenecio:20160421152826p:plain(写真:サイトから)

レジカウンター

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豪華なタペストリーや金唐革の壁紙、豪華な調度品で飾られる部屋。

 

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階段をのぼる。

2階には図書室や私室があるのだが、現在修理のため閉めている部屋が多く、職人部屋や日常生活がうかがえる居室には入れなかったのが残念だ。

以下えんえんと書物でギッシリの部屋が続き、圧倒される。f:id:cenecio:20160421151426j:plain

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プランタン印刷工房の書物を見て、いまだくっきりシャープな活字、色あせず鮮やかな挿絵にびっくりしてしまう。

当時木版が主流だったのに対し、プランタンはより精緻な画を求めて銅版画を採用した。きっと金に糸目をつけず、凄腕の職人たちを集めていたのだろう。

ほかにもプランタンはおもしろい人で、ワインの輸入販売や地図、地球儀、天体観測儀など、いろいろな商品を扱っていたという。

メルカトル図法の地図も、考案者ゲラルドゥス・メルカトル(Gerardus Mercator 現在のフランダース地方生まれ)自身に販売を任されていたという。

 

進取の気性に富むアイディアマンで努力家、広い人脈を生かし、商売に辣腕を発揮したプランタン。フランス出身の貧しい製本職人から一代で、これだけの偉業を成し遂げたのだ。

そんな特異な印刷出版業者の世界を、急ぎ足で見てきたレポートはここまで。

 

ショップでおみやげもいろいろ買ったのだが、一番のお気に入りはこれ。

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解剖学の骨格図がマグネットになって売られている。

なんともユーモラスでおしゃれで一目で気にいった。

今、我が家の冷蔵庫の扉で笑っている。

 

このあと中世への入り口を通って(中世への入り口 - ベルギーの密かな愉しみ

ビールを求めてPelgromへ。

以前にも来たのだが、(ビアカフェ bruine cafés /volkscafe - ベルギーの密かな愉しみ

あの博物館のあとにここへ来ると、

自分がいつの時代にいるのかわからなくなる。

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 アントウェルペンは本当に好きな町だ。

ただ原発がなければ…ね。