リーネケへの手紙

積読(つんどく)の本が多くて反省しきり。反省だけじゃなく、少しずつ読んで片づけるべく、努力の日々だ。もう年寄りなんだから身辺をすっきりさせよう、そう思って週末、手伝ってもらって、部屋に一つ書棚を入れる。天井で突っ張るタイプのスチールラックのことなんだけど、車庫で埃をかぶっているアレを。

矛盾しているって?減らさずになぜ棚を増やすか。それは現在部屋にある書棚が全部、段の前後を使う二重構造になっていて、さらにその上に本を寝かせているため、いっぺん前列の本をどこかに移さないと整理が始まらないから。

ちなみにいつか記事にしたいが、「つんどく」も ”TSUNDOKU”でいまやインターナショナルに使われているから。

 

それなのに今一番読みたい本が buunanomeさんが紹介しているエトガル・ケレット 『あの素晴らしき七年』

イスラエルに住む家族の物語のようだ。 この本については、新聞などあちこちに書評が出ているが、kaseinojiさんのAMAZON書評が秀逸。

こちらは、kaseinojiさんのはてなブログ。さっそく読者登録した。

kaseinoji.hatenablog.com

早く読みたい。

いやまだダメだ。部屋をかたづけろ、ともう一人の自分が言っている。

 

部屋をかたづけていると、昔、小学生の子供たちを連れていったアムステルダムアンネ・フランクの家、つまり博物館になっている隠れ家の見取り図が出てきて、しばし思いにふけった。実物はA3サイズである。

 

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隠れ家は、父親が経営していた店が入る建物の奥に作られ、アンネは家族や親戚とともに、そこに潜んでいたが、戦争の末期、密告によってドイツ側に引き渡されたのだ。あとちょっとだったのに…。密告者の名前も今はわかっている。

唯一収容所から生還した父、オットー・フランクは再婚したが、再婚相手の連れ子だった女性が近年手記を出し、そちらも話題を呼んだ。

 

 リーネケの物語

今日は、やはりユダヤ人の少女だが、家族と離れて幾つかのオランダ人家庭にかくまわれながら、戦争を生きのびたリーネケの話をしたい。さきのエトガル・ケレットと同じく、戦後、オランダから家族でイスラエルに移住した。

これが本である。というか函で、中には

 

f:id:cenecio:20160616171318p:plainhttps://www.amazon.fr/carnets-Lieneke-Jacob-Van-Hoeden/dp/2211086624

タイトル:Les carnets de Lieneke –  2007年11月20日発行
著者:Jacob Van der Hoeden

出版社:L'Ecole des Loisirs

大きさ: 14 x 3,8 x 9 cm

 

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このような刺繍糸で背を簡単にかがった冊子が9冊おさまっており、リーネケ宛ての手紙を綴じたものである。

左下の紫の冊子は、リーネケの手記の形をとり、これを読めば一連の手紙の背景がわかるようになっている。

 

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(写真:父からリーネケに宛てた、絵入りの楽しくて可愛い手紙。)

2007年のクリスマスシーズンに、フランスの出版社から「お子さんへの贈り物にピッタリ」という触れ込みで出版された。ブリュッセルの書店で一目で気に入り、購入。包装はあちらでどうぞ、と言われ、クリスマスプレゼント用の包装特設コーナーへ。満面笑みの臨時の書店員に

「お子さんに贈り物ですか。これを選ぶとは、センスがいいですね」と、どっちも当たっていないのだけど、お愛想を言われてしまった。

この本は児童書で、分類としては「6歳から~」「ユダヤ人」「反ユダヤ主義」「戦争」「20世紀の歴史」「書簡体文学」。

戦争中のリーネケの日々は不安に満ちている。その厳しい時代を生き抜く希望の光だったのがこの父からの手紙で、現在イスラエルのロハメイ・ハゲタオット記念館に展示されている。

いち早くフランスが児童書に編んで出版し、2年後にオランダもそれを翻訳し、出版した。

のちにオランダ語版も買ったので、本の中身はオランダ語のほうを載せている。

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(写真:http://parfumdelivres.niceboard.com/t2018p270-quand-limaginaire-rencontre-la-realite-index-1er-message

一番小さい子がリーネケ。姉二人、兄一人、そして両親。

当時オランダのユトレヒトに暮らし、父ヤープは高名な獣医師で、動物から感染する病気の研究中だった。

リーネケが6歳のとき、第二次世界大戦が勃発。ユダヤ人狩りが進んでいくなか、リーネケはジフテリアに罹り、自宅で臥せっている。そこへナチス軍用車が轟音とともに玄関前にやってくる。家族もろとも収容所へ送られるのか、とおもいきや、ドイツ人はすぐに引き返していった。玄関ドアの ”INFECTIEZIEKTE”(この家には伝染病患者がいます)という札を見たからである。

しかし病気が治れば今度こそ連行される。父は子供たちの安全な潜伏先を、医師仲間やオランダ地下抵抗運動員の家庭や農場に見つけ、各自の偽造身分証を自分で精巧にこしらえ、約束事を確認・復唱させたのち、子供たちを各家庭に預けるのである。

そして自らは抵抗運動へ。病身の妻を気遣いつつ・・・。

                             (続く)

 

花の話題

その1.うちの朝顔です。(6月17日)

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自分で育てていても、「朝顔市」は行きます。うちは「 恐れ入谷の鬼子母神」の入谷(いりや)へ。

あと「浅草 ほおずき市」も。

 

その2.アンゲロニア セレニータ

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はてなの園芸家さんたちはご存じなのだろうけど、私は初めて教わった花。

夏の東京オリンピック東京都心を埋めるかも。

オリンピック委員会は、暑さに強いきれいな花を捜している。そこで専門家がこの花を押しているらしい。猛暑でも30㎝ほどの草姿をくずさずシャキッとしていて、花も色のバリエーションがあるという。

今度園芸店で探してみよう。

(終わり)

 

 

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ギアさまへ。青いアジサイ、珍しいなと思って写真を撮ったのを忘れていました。

あちらでは赤いのが優勢でしたからね。