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秘密諜報員

日本・日本語

将来の夢

小学生のころ、将来の夢はsecret agent、つまり秘密諜報員。しかし当時は国際スパイと言っていた。私と同世代なら「ああ、そう呼んでいたな」と同意してくれるだろう。産業スパイに対して「国際」なのか、よく知らないけれども。

国際スパイごっこも流行っていて、脇の下におもちゃのピストルを隠して、尾行・張り込みしたり、暗号を解読したりできなかったり、そこにモーリス・ルブラン(『奇巌城』)やエドガー・アラン・ポーからのパクリも加味されて、幼稚ではあるが、なかなか豊かな想像の世界を展開した。

訓練として、塀の上を走ったり屋根から飛び降りたり、水の中で息を止める競争をしたりなど、今考えると危険なのだが、当時誰にも、つまり大人たちに止められた記憶はない。それどころか、うちの父親もノッてくれて、こっそりと(←母親に対し)鉛で靴の中敷きを作り、靴に入れ、こうして足を鍛えるとよい、なんて言ったものだ。その靴をはいて学校へ行き、友人に見せたりしたが、早々に靴のほうが壊れてしまった。その後、鉛の中敷きは机の引き出しにしまい込まれた。

 

 憧れのスパイ

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なぜ「国際スパイ」かというと、アメリカのTVシリーズ0011ナポレオン・ソロ』(原題:The Man from U.N.C.L.E.)の影響である。0011は、ゼロゼロイチイチと読む。

1966年から1970年まで放送された、当時超人気のスパイシリーズ。アンクル(U.N.C.L.E.)というのは国際情報機関の名前で、エージェントとして、写真の二人の男性が活躍する。

左はナポレオン・ソロ(ロバート・ヴォーン)と右イリヤ・ニコヴィッチ・クリヤキン(デヴィッド・マッカラム)。始めの頃はイアン・フレミング(ジェームズボンドの生みの親、1908 - 1964年)が脚本に参加していたという。今になってそれを知り、びっくりしている。

 

私はイリヤの大ファンだった。

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イリヤ(デヴィッド・マッカラム)は脇役なのだが、冷静なキレ者、仕事人、亡命ロシア人、どこか憂いを秘めた男として描かれる。吹き替えの声優が野沢那智というのも大きかった。だから視聴者の女子はみんなイリヤにやられてしまった。

高校生の時、カリフォルニアの姉妹校から交換で来た女子グループに聞いてみたところ、「もちろんイリヤのファンだったわよ」と声を揃えて言っていた。ほらね、やっぱりとにんまりしたものだ。

デヴィッド・マッカラムは今でもアメリカのTVドラマで活躍しているが、一般の人々が最初に認識したのは、映画『大脱走』(The Great Escape1963)で演じた英国軍士官エリックである。

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逃走中、列車に乗る際ゲシュタポに見つかるが、仲間を生かし、自らは犠牲になって死ぬ。このときは全く無名だったのに、翌年1964年ソロシリーズがスタートしたら、たちまち超のつく有名人に。あまりの人気に、主役のソロが嫉妬したとか。1966年12月に大フィーバーの中、来日。

 

興味のあるかた、番組のイントロはこちら。


0011ナポレオン・ソロ 昭和40年 日本テレビ

 

懐古趣味でここまできたが、本題はここから。

スパイ志望とは、いかにも自分は「冷戦時代の子」だったなと思う。東西冷戦、キューバ危機、極左のテロや赤軍派の数々の事件・・・そんなニュースを毎日聞いて育ったのである。

その後、スパイ小説や映画などエンターテイメントに親しみつつ、実際の諜報員の生活は、地味で大変な忍耐と頭脳を要する過酷なものだとわかるようになった。フツーの平穏な暮らしでホントよかったな。

でも3年前だったか、「イギリスの諜報機関、MI6がスパイ募集中」などという報道を見て、えっ、まじ?どれどれ、と募集要項を真剣に読んでしまった。(英国籍の人対象でした)

 

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情報機関を作る  国際テロから日本を守れ

(文春新書) 単行本 – 2016/4/20
吉野 準 (著)

著者、吉野氏は「警察時代、公安・外事畑を長く歩み、テロ組織や外国スパイとの闘いに明け暮れてきた。北朝鮮拉致工作員を追い詰めるために、コードネーム「パンドラ」作戦も指揮した経験をもつ」。(失礼ながらあとは省略)

実例も豊富でわかりやすく、ワクワクハラハラもし、アネクドートもいっぱいで、一気に読める本です。

 

 ジャッカルの日

スパイ小説なんて非現実のフィクションでしょ、と思ったら大間違いである。巨匠、フレデリック・フォーサイスやジョン・ル・カレ(情報機関MI5,MI6に実際に在籍)の小説は、実務に即し、各国の治安・情報機関が参考にするほどだそうだ。

私も好きな映画『ジャッカルの日』(The Day of the Jackal1973年、原作フォーサイス)は、旧ソ連のKGBで、訓練用マニュアルの一部として使われたという。

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そして日本の警視庁も、1974年11月、フォード大統領の訪日に際して使ったというからビックリ!史上初のアメリカ大統領訪日を前に、極左分子やテロリストといった見えない敵を警戒して、警察にはただならぬ緊張感が走っていた。難しいのは、事前の警戒も含む長い期間、末端の隊員にわたるまで緊張を持続させることだという。

そこで警視庁の誰かが思いついた。まだ封切り前の映画『ジャッカルの日』を、配給先から借りてきて、警備部隊に見せたのである。映画の力はすごい。隊員に強い印象を残し、結束と集中を支えた。鼓舞する言葉だけでは足りないこともある。

 

「ジャッカル」というのは、フランスのドゴール大統領を暗殺するために雇われたプロのスナイパー。(カッコイイ!)

殺し屋VSフランス警察・情報機関という構図で、最後までスリル満点。フォーサイスはフランスに特派員として駐在していただけに政治情勢に詳しく、あらゆる筋から情報を集めてこの小説を書きあげたといわれる。映画ロケも、パリやフランス、ヨーロッパで広く行われ、楽しめる。アルジェリア戦争など、背景のフランス政治が全然わからなくても全く問題ない。

 

情報機関を作る

著者のあとがきの部分抜粋

(略)…対外情報の収集が話題になって、こう聞かれることがある。

「日本でそれを専門的にやっているところはどこですか?」

「日本にはありませんよ」

「でも、どこかでやっているでしょう?」

「いや、わが国にはそもそもそういう組織つまり情報機関がないのです」

皆さん、一様に驚く。そして深刻な表情になる。

およそ世界の主要国で、政治体制のいかんを問わず、情報機関を持たない国家は、日本以外に存在しないのである。

 

情報の収集

なにもアメリカのCIA(中央情報庁)やイギリスの情報機関のようなものを作る話ではない。日本は日本独自の「小粒の」ヒューミント(人が人から集める情報。HUMINT, human intelligence)の分野を開拓していこうという。どの国にも歴史的に、また地政学的に得意分野はある。各国の情報機関はいわば「ギルド」のようなもので、ギブ・アンド・テイクの原則で動いているらしい。

「世界で発生するテロは、年間1万件以上にも及ぶ。だが、情報機関が未然に防いだテロ計画は、この数倍にものぼると言われている」と本の紹介にある。私たちの知らないところで今日も情報戦が行われているのである。

 

情報の保護

仮に、ある海外のテロ組織が、日本で原発テロを計画していたとする。ある国の情報機関がヒューミントの力でその貴重な情報を入手した。具体的な計画もわかっている。さあ、すぐに日本側に知らせなきゃ!

そうなると思う?

ヒューミントは人の情報だから、必ず情報の通報者、あるいは機関が潜入させたエージェントが存在する。これを保護するのに各国の機関は、異常なほど神経質に配慮している。情報を受け取る側、つまり日本の秘密保護、防諜体制はどうなっているのか。保護が不十分なら情報は渡せない。新聞や週刊誌がすっぱ抜いて、先走って報道することはないのか。

 秘密情報の収集も保護もかように大変でデリケートなのである。

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美人には気をつけて

著者は「セキュリティ研修を導入せよ」と書く。だんだんOO7の世界に近づいてきたかな。

誰でも気軽に海外旅行に出かけていく時代。しかし日本では考えられないような危険に遭遇することも…。とくに、公務員、政治家、ジャーナリスト、経済界の人たち、企業秘密を抱える立場の人たちには研修が必要だという。実際、上海の美人局(ハニートラップ)事件もあった(2004年)。

「女には気をつけること」などの抽象論を聞かせても意味がなく、様々な罠や脅し、強要を想定してみる。具体的な例でもって対応を考え、危険を回避する。「絶対にひとりにならないこと」。そうはいっても、相手は狙った「ターゲット」をなんとか周囲から引き離そうと画策し、罠を仕掛けようとするのだ。

映画を見ればわかる。美人とふたりきり→飲み物に睡眠薬か毒物→・・・

 

最後に情報機関のエージェントに求められる資質について、著者は次の項目をあげている。

・強靭な精神力

・高度な知力

・異文化に対する強い関心

・愛国心

・ユーモア感覚

・人間味(他人への説得能力、他人からの信頼性)

 

こんな人いたら、ぜひお近づきになりたいわあ、と私は思ってしまった。

いや、いたな。ゾルゲほど凄くはないかもしれないが、私が思い浮かべるスパイといったら、レフチェンコ(1941年生まれ。ソ連国家保安委員会KGBの少佐)。結局アメリカへ亡命するのだが。詳しくは「レフチェンコ事件」ウィキペディアでどうぞ。

レフチェンコの証言が痛い。

「日本人の大半がソ連の対日諜報謀略工作の実態や目的について驚くほど無頓着。KGBによる対日工作は執拗かつ周到に行われている。日本には防諜法も国家機密保護法もないため、政府が外国諜報機関の活動に効果的に対処できず、日本人協力者に対して打つ手も限られている」と日本の防諜体制の弱さを指摘した。

 

(終わり)

 

前回、載せればよかった写真。ブリュッセル、2016年3月撮影。

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古い絵葉書やカードを大量に扱っている。

猫の絵葉書がたくさん見えるが、この画家はフランス人でMaurice Boulangerという。

一枚買ったよ。千円位だった。