オランダからの手紙(戦争-3-) 〈追記アリ〉

大切な一通の手紙(写真左)

2年前の9月にオランダ、ハーグ(便箋右上にDen Haagと見える)から届いた手紙。その前の月、終戦記念日のころに私がオランダの出版社宛てに送った手紙に対する返事で、イギリスの田園風景の絵葉書も同封されていた。

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くださったのはこの本の著者ウィレム・ユーケス氏。写真右

95歳にして、戦時インドネシアでの日本軍捕虜生活を回想した。(下に表紙カバーを広げた写真を載せています)

 

『よい旅を』
ウィレム・ユーケス/著、長山さき/訳

1,728円 新潮社

 著者紹介(新潮社サイトより)

ウィレム・ユーケス Joekes,Willem

1916年、オランダ領東インド(インドネシア)スマラン生まれ。祖父は蘭印西スマトラ州長官。父は戦後、オランダ政府の社会福祉大臣を務めた。1918年、一家でオランダに帰国。1937年、勤務先の日本駐在員となり、神戸に暮らす。1940年、スラバヤに転勤。開戦後は日本軍の通訳を命じられる。スパイ容疑で有罪判決を受け、日本軍刑務所で過酷な日々を送る。終戦により帰国。オランダ経済省などに勤務。現在ハーグ在住。

http://www.shinchosha.co.jp/book/506771/

 

あらすじを書くつもりはなく、興味のあるかたは、120ページととても短いのでご自分で読まれたい。東京では、どこの区立・公立図書館にもある。

 

本が出たとき、オランダ人の民間人の回想というのは珍しいかな、と思った。またこの高齢で本を出し、日本語にすぐ翻訳されたいきさつも知りたかった。そして過酷な刑務所での体験、いわゆる「トラウマ」をどう乗り越えたのか…そういったもろもろのことが知りたくて購入した。

 

非常に淡々とした語りで、静かに人生を振り返っている。インドネシアからの引き揚げ者で、日本兵の残忍さ、野蛮さに恨みを抱き、トラウマを克服できなかった人たちとその遺族にとっては、「わたしの体験の肯定的な部分について聞く耳をもつのはむずかしいだろう」とまえがきに書いている。

ユーケス氏は、個人の日本人と組織、つまり軍の兵士としての日本人とは分けて考えている。その信条を支えるのが、商社マンとして二年半暮らした神戸の良き思い出の日々である。1937~39年、著者21~23歳のときだ。日本人の恋人もいたし、よい友人に恵まれ、自分で日本語教師を雇い、日本語を使って暮らしていた。インドネシアに渡るまえに、日本人について理解があったことで、ほかのオランダ人と違う視点を持てたようだ。

 

トラウマ

戦争がおわり、帰国して、療養所生活を経て3年たったときのこと。経済省に勤めていたユーケス氏は西ドイツへ交渉に行った。省の建物入り口にある回転扉を通った。するとドアの両サイドに、武装した日本兵が立っている。卒倒しそうになった。実はそれは占領軍(連合国側。アメリカやイギリス、フランス人)の日系アメリカ人兵士であったのだが、このように記憶が突如として蘇り、苦しめられるのである。

街中やホテル、店などで日本人を見かけても落ち着いていられるようになるには、数十年を要した。恐怖心がなくなったことをはじめて自覚して驚いたのは、日本の降伏から35年余たった1980年10月のことだった。

(略)

…レストランで昼食を取った。我々が立ち上がる直前に日本人の夫婦が二人の子供を連れて中庭に入ってきたのだが、わたしはまったく動揺しなかった。いまではどこで日本人に会っても、オランダでの滞在が楽しくなるように、と声をかける(*)ようになった。戦前の日本での暮らしがどれほど楽しいものだったかも話している。(P119)

*オランダでの滞在が楽しくなるように、と声をかける…

翻訳本のタイトル『よい旅を』はここから来ている。

原題はDoor het oog van de naald(2012) 針の穴を通って、つまり九死に一生を得るとか、命からがら、という意味。ギリギリのところを幾度もサバイバルして生きのびたからである。

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本のはじめに「推薦のことば」があり、カレル・ヴァン・ウォルフレンという人が言葉を寄せている。アムステルダム大学名誉教授で、ジャーナリストとして日本特派員だった。この人のもとに「日本人に興味を持ってもらえるだろうか」という問いとともに原稿が送られてきたのだという。またこの方は翻訳家の長山さんとも知り合いであるようだ。

 

最後にユーケス氏のメッセージ。128ページ、最後の頁である。日本政府のことを言っている。

 (略)だが謝罪はできたはずだ。とりわけ従軍慰安婦として働かされた若い女性たちに対して。謝罪がないかぎり、彼女たち、その家族や子孫は日本に恨みを抱きつづけるだろう。それは自分たちにはなんの責任もない過去のために外国人から反感を買ってしまう、一般の日本国民に対しても不当であると思う。

先祖を敬うという伝統を守り非を認めないことと、海外での日本の評価を考慮すること - そのどちらが大切であろうか?

日本の方たちにわたしの想いが伝わることを祈りつつ。(終わり)

 

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さて私たちの手紙だが、本音で話をした。

ユーケス氏の手紙の内容については書けないが、私のほうは本の感想(2枚びっしり)のほかに、私個人からのお詫びである。そしてお互いにユーモアを添えることも忘れなかった。大切な潤滑油であるから。

 

ラッパー?

この記事を書くのにネットで知らべていたら、ユーケス氏のお孫さんは歌手らしい。

本名Alexander  Spoorであるが、"Base"と呼ばれている。

ユーケス氏はイギリス人女性と結婚したのだが、娘さんがオーストリアで結婚し、生まれた子供を連れてオランダに移住した。父親ユーケス氏のお世話をするためかな。

現在ハーグに住んでいるようだ。

3voor12.vpro.nl

ゲーム(Game、1979年生まれ )という、アメリカの有名なラッパーで俳優でもある人の楽曲に参加しているらしい。バックで歌っているという。

 

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残暑 お見舞い 申し上げます。

 

みなさんのお宅同様、わがやも朝顔が咲き誇っています。今年は3種類しか咲かなかったけれど、とてもきれいで満足しています。

 

まだまだ暑い日が続きます。

お体に気をつけてくださいね。

 

追記

表紙の写真は、1938年にユーケス氏が神戸からオランダの母に宛てて送ったスプーンの写真だそうです。新潮社の編集部が心を尽くして装幀・造本したことがわかります。

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ユーケス氏は、ご自分の一番いい思い出、すなわち神戸のおみやげで表紙を飾りました。