文化侵略からオタク文化の受容まで -2-  マンガの時代

フランスにおける日本のサブカルチャーの広がりについて、最初に渡仏した1975年から2016年現在までの40年を、個人的にふりかえる試みです。見聞きしたことは多分に狭い範囲のものであり、無知ゆえの誤解や記憶違いなどあるかもしれませんが、ご指摘いただければ大変ありがたく存じます。

前回の記事(-1-)、その前の記事をお読みくださると、流れがわかるかと思います。

cenecio.hatenablog.com

目次

1.さようなら、地上波

2.東映の特撮テレビドラマ”San Ku Kaï”を忘れない

3.マンガ時代がやってきた

 ・初めてのマンガ作品”AKIRA”とグレナ社

 ・ピカ出版・KANA出版

 ・飽和状態 もうマンガは売れない

4.フランスのマンガ市場の「パールハーバー」か?

 ・トンカム書店( Librairie Tonkam)

 ・VIZ

 

1.さようなら、地上波

もしもの話、日本で劇場上映される映画が90%、アメリカ製になったとしたら、どう思うだろう。邦画は人が入らず儲からないからという理由で…。まあ今のところそうはならないし、今年は邦画が元気だし、ヨーロッパの地味な映画にも口コミや映画評により、人々が足を運んでいるようなので、喜ばしいことだと思っている。

スクリーンクォータ(Screen Quota)という制度をご存じだろうか。自国の映画を守るためにこの制度を設けている国もある。

自国内で製作された映画の上映を日数・スクリーン面数などの最低基準を設けて国内の映画館に義務付ける制度。日本では、昭和初期に制定されたが、1945年に廃止されて以降は行われていない。
2006年2月現在の実施国は8か国で、韓国(年間73日以上)・スペイン(73~91日)・ブラジル(49日)・ギリシャ(28日)・フランス(国内全スクリーンの40%)など。

ウィキペディアより。情報が古いのはご勘弁を)

フランスはTV番組にもこれを採用した。プライムタイムに放送される番組の60%はEU加盟国内で、40%は自国内で製作された番組を流すべしと定めた。

だけどちょっと待って、といいたい。子供向け番組の「日本アニメ専有率90%」という異常な事態は、フランスTV業界の儲け主義と視聴率競争が招いたものだったのに。そのせいで日本アニメは「暴力的」だと一律にレッテルを貼られてしまったのだ。新聞や有力テレビ雑誌(あとで述べる)で執拗に批判され、叩かれた。見てなくて書いただろう的な記事もあった。

ともあれ、アニメファンの視聴者は地上波局は見捨て、日本アニメ・ロスを癒すべく、自分たちで活発に積極的に動いていくのである。

 

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2.東映の特撮テレビドラマ”San Ku Kaï”を忘れない

マンガに移る前に、『UFOロボ グレンダイザー』のあと、フランスの少年たちを夢中にさせたSan Ku Kaïについて触れないわけにはいかない。みなさんはご存じだろうか。『宇宙からのメッセージ・銀河大戦』(石森章太郎)のことである。フランスではアンテンヌ2で1979年に放送され、大人気だったそうだ。私は見たことがないのだが、50歳前後のフランス人男性で、嬉々としてこれについて語りたがる人に何人も出くわしたことがある。

どこか既視感があるって?そう、77年の映画スターウォーズの衝撃があまりに大きかったので、どうしても影響を受けてしまうのだろう。でもかなり忍者っぽいから、フランス人には東洋的と映ったにちがいない。真田広之さん主演だから、アクションはきっとすごかったんだろうな。(日の丸鉢巻きみたいなのが気になるが…)

 

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3.マンガ時代がやってきた

90年代は衛星放送、後半はインターネットの時代である。日本アニメのファンたちはネットワークを作って繋がり、雑誌を立ち上げたり、英語圏の雑誌(特にゲーム雑誌)を購読して日本の情報を得たり、定期的につどって渇望や情熱を分かち合った。Japan Expo(前回記事の注参照)の原型は、1999年、ファンたちがある専門学校の地下に集まって催したファンたちのイベントで、そこではコスプレをしたり、アニメを見たり、日本のグッズを売ったりして楽しんだと言われている。

第一世代のオタクたちは直接、日本の漫画を買って読むようになり、日本語を習う人も増えた。別に日本語がわからなくてもいい、絵を見て想像したりしていれば喪失感が埋められた、という発言を読んだこともある。(失恋した人みたいだね)

ドラゴンボール』のマンガの翻訳は1993年から始まっていたのだが、TVの「クラブ・ドロテ」が終了すると売り上げがぐんと伸びた。

〔下のグラフ〕グラフもないと説明しずらいので、最新のものではないが引いてきて、作品名は私が、人気タイトルをとりあえず三つまで入れてみたものである。

ドラゴンボール』はTVアニメの爆発的ヒットを見て、グレナ社が翻訳出版した。ここは最も早くマンガをフランスに紹介した出版社として知られ、ご覧のようにメガヒット作品をいくつも持っている。

 

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http://www.mangamag.fr/dossiers/bilan-de-lannee-manga-2015/

色で囲んであるKI-oon(胸キュンの「キューン」と発音するらしい)については大変に興味深いので次回取り上げる。

それにしても出版社が多すぎる。20社を超えてひしめきあい、出版権争いも熾烈なようだ。

 

・初めてのマンガ AKIRA

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ドラゴンボール』で成功したグレナ社はもともとBDや雑誌を出版していた。BDとは bande dessinée (バンド・デシネ)の略語で、フランスやベルギーで出版されている、絵付きの読み物、とでもいおうか。厚い表紙に色刷りで値段も高いのがふつう。とにかく日本やアメリカの漫画やコミックスとは違うものと考えてほしい。作家たちは一緒にされたくないと思っている。これはアート、芸術作品であると。

BDは80年代まではまだ売れていたが、その後は下火に。そこで社長のグレナさんは日本へ売り込みに行った。BDは売れなかったかわりに、『AKIRA』を発見し、持ち帰った。(人が口々に繰り返し語る、有名なエピソードである)

AKIRA 写真左:1990年版  右:2001年版)

その後つぎつぎとマンガを紹介し、ヒットを飛ばし、会社も救うことができた。日本マンガブームの立役者なわけだが、私が評価するのはグレナさんがあくまでもBDを心から愛していて、パリではなくグルノーブルに相変わらず住み続け、BDの図書館まで作って開放している、という点である。写真を見るとカルチャーショックに身震いしてしまう。

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http://www.petit-bulletin.fr/grenoble/infos-article-48375-Case+historique.html

そしてこんな方が日本のマンガを支えていてくれて、なんだか私まで嬉しい。

 

・ピカ出版&KANA出版

グラフの2位はピカ出版。遅れてマンガ市場に参入したが、なんとあの巨大企業ラガルデール SCA(Lagardère SCA)の傘下にある出版部門「アシェット(Hachette)」の子会社である。フランスの出版市場の半分を占めるとも言われている、あのアシェットがマンガを出すだなんて、もう頭がクラクラする。あんなに低俗扱いされ、批判された日本のサブカルチャーが…。時代は変わったものだと思う。出版事業に組み入れなくてはならないほど、マンガが無視できないコンテンツになったことを表している。

ピカ出版はご覧のように講談社の作品を出している。『FAIRY TAIL』(フェアリーテイル)は、真島ヒロの作品で、フランス、ベルギーでは2008年からロングセラーである。

右は『進撃の巨人』。

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 3位はKANA(カナ)出版。カトリックの出版社であるのがおもしろい。ブリュッセルの南駅のすぐそばのビルに会社が入っている。『NARUTO』はメガヒットで「フランスのどんな小説家の作品よりも売れた」といわれる。

NARUTO』『デスノート』については過去記事をみてください。ブリュッセルで起きたデスノート絡みの殺人事件にも触れている。デスノートはコスプレも人気だったので写真も追加しておいた。出版社の仕事場拝見も。

cenecio.hatenablog.com

 

飽和状態 もうマンガは売れない

2015年の売り上げランキング。

タイトル(左)はだいたいわかりますかね。真ん中は巻数、右は出版年。

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一年に売れたマンガの冊数の変遷。

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http://www.journaldujapon.com/2016/02/25/bilan-manga-2015-ventes-et-ca-repart/

ご覧のように、ナルト&デスノートが社会現象だった2008年がピーク。残念ながら両方とも連載は終わってしまった。2015年は持ち直し、12億4千万部だった。大ヒットを飛ばす作品が出ないこともあるが、マンガはすでに売れすぎてピークに達し、数字的には下降していくだけになるらしい。

 

フランスのマンガ市場の「パールハーバー」か?

これに入る前に、伝説のトンカム書店( Librairie Tonkam)を紹介する。伝説の、をつけたのはもう閉店してしまったからだけでなく、これまでの出版社と違い、個人がその情熱と知識でもって切り開いたマンガ事業である。創業者はドミニク・ヴェレ氏。マンガを日本から輸入して販売するだけでなく、翻訳出版にも進出して、良質の作品を紹介したパイオニアであり、更にフランスの読者を啓蒙しようと、自前で雑誌まで作っていた人。日本マンガにとって恩人のような人だ。家族経営で事業を拡げてきたというのもおもしろい。

現在ヴェレ氏は、グラフ7位のDelcourt/Tonkamで仕事を続け、健在だ。

Tonkamの偉業は数多いし、草分けだった当時の編集者や翻訳家などの苦労談やエピソードは、これをドラマ化したら大ヒットするんじゃないかと思うほどおもしろいが、いずれヴェレ氏に自伝でも書いてもらうことにして。

ここでは、ヴェレ氏とTonkamの初めての翻訳マンガ作品ーこれだけ紹介しておこう。

当時、週刊少年ジャンプで連載されていた『電影少女』(フランスではVideo Girl Ai )で、1994年のことだった。桂正和によるSF恋愛漫画というもので、全15巻。

 

f:id:cenecio:20160930162615p:plain表紙の下のほうにTONKAMとある。

 

 VIZ

 ドミニク・ヴェレ氏がマンガと関わって20数年たったころ、ひとつの衝撃がフランスのマンガ市場を襲った。パールハーバーに例える人もいる大事件だ。

2009年、小学館集英社がじかにフランス市場に上陸した。Cedric Littardiが作ったアニメとマンガの Kazé(風)出版を買収し、自分たちの子会社VIZをたてる形で。

非難を浴びて当然である。私もニュースを聞いて耳を疑った。

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欧州における会社買収に関するお知らせ|小学館集英社プロダクション

VIZ Mediaヨーロッパ新社長に成田兵衛氏就任

( グラフでは 6位のKAZE/ASUKA)

 

特にグレナ社やKANA出版は、集英社のマンガを数多く出しており、全体の3~4割は占めている。両社がこれまでに扱ってきた作品の権利は継続できるとしている。

しかしVIZは、上記写真のとおり、集英社の新しい作品群を市場に投入してきた。今後はどんな展開があるだろう。

 

(続く)

 

 忘備:

Le marché du manga en France vit-il son Pearl Harbor ? / The manga market in France will see its Pearl Harbor?