1. 『聲の形』(こえのかたち)A Silent Voice。大今良時
2.『予告犯』(よこくはん)フランス語のタイトル:Prophecy 筒井哲也
内容
1.胸キュンのKi-oon(キューン)出版
・風雲児アメッド・アニュ氏
・相棒のセシル・プロナン嬢
2.「発掘された」漫画家たち
・大今良時(おおいま よしとき)
・たきざきまみや
・筒井哲也
・森 薫
1.胸キュンのKi-oon(キューン)出版
ドラゴンボールアニメ世代アメッドのサクセスストーリーを紹介する。
(前回のグラフ:主なマンガ出版社一覧)
今日はここ、黄色い丸の出版社KI-oon(キューンと発音)。
2003年アメッド・アニュ(Ahmed Agne)氏が創業。
風雲児アメッド・アニュ
Ahmed Agne : comment j'ai créé les éditions de manga Ki-oon (1/5) - YouTube
Ahmed Agne, éditeur de mangas à la force du poignet
アメッドは、優れた嗅覚でもって漫画家を発掘し、大胆な宣伝・広告戦術を使い、瞬く間にマンガ市場に確固たる地位を築いた。現在パリ9区に社を構えているが、最初はパリ中心から列車で40分くらいのTrappes(トラップ*下に注があります)の一室、つまりアメッドの住まいが仕事場だった。
父親はセネガル出身の技術工で1970年に移民してきた。母親はモーリタニア人。低所得者用の集合住宅に、きょうだい6人一部屋という暮らしだったが、貧しくとも彼には「すばらしい武器」があった。図書館の入館証だ。図書館ではとりわけ、神話や歴史・考古学の本に熱中した。
もうひとつ特筆すべきは、父親の意見で中学を越境したことである。似た境遇の移民の世界から、いわばふつうのフランス人も混ざり住む地域、すなわち幾つもの社会階層が共生している地域の学校に行くと、そこにはこれまで身近にいなかったような医者や芸術家の子弟など様々な生徒がいて、地平線が一気に開けたようだったと語る。
そして1990年代といえば、クラブ・ドロテの時代。アメッドも『キャプテン翼』『聖闘士星矢』『ドラゴンボール』などに夢中になる。日本のアニメは感情移入しやすく、現実世界で味わうのと同じ感情、初恋や友の裏切りなどがそのまま描かれる。アメッドはマンガを原書で読めるように、自己流で日本語の独学も開始。好きなマンガの絵を真似て描く日々が続いた。
その後パリ第七大学で日本語を専攻し、1999年JETプログラム( 国際交流員を送る制度)で来日。鳥取県三朝町に2年滞在した(注2)。なにせ190cmの黒人男性なので、最初の日、バスを待っていたら、運転手が仰天のあまりアクセルをふかして走り去ったというエピソードを笑いながら披露している。(鳥取県のかた、情報をお持ちでしたらお寄せください)
相棒は大学の仲間セシル・プロナン(Cécile Pournin)
Avant Japan Expo – dialogue avec Ki-oon, éditeur de manga | Le Comptoir de la BD
http://www.paoru.fr/2012/02/10/itw-ki-oon-bilan-et-perspectives-dun-editeur-independant/
セシルも日本のアニメや漫画に熱中した子供時代を送った。仕事を始めた当初は、毎日マンガを読んで暮らせたらいいなあと思っていたという。
彼女は親戚の遺産三万ユーロを継ぐことになり、それを資金にアメッドと二人で出版社をおこし、手探りの冒険に乗り出す。だが日本の大手出版社が素人を相手にするはずもない。経験もツテもないゼロからの出発、しかも戦国時代の様相を呈したフランスのマンガ市場に参入するのである。無謀このうえない。出版社で門前払いを喰らったあと、二人はコミックマーケットを見てまわったり、ネット上に作品を発表している作家をあたりながら、自分たちの好みにあう漫画家を発掘していった。
この二人、実に最強のユニットと言えるだろう。日本語も達者だし、アニメ・漫画に対する理解と知識は深いし、情熱はありあまるほどだし、若いから失うものもなく失敗を恐れずに突き進む。加えて二人とも賢くて誠実な人柄である。漫画家たちの信頼も勝ち得て、大手では出版しないような作品を発表していく。歴史やファンタジーものが多いかなと思っていたら、最近は「青年」向けが主流のようで、問題作を次々と出している。
2.「発掘された」漫画家たち
アメッド&KI-oonチームの最も新しいマンガ作品はこれ。冒頭にも挙げた①『聲の形』(こえのかたち)である。仏語タイトルA Silent Voice。原作は大今良時(おおいま よしとき)、1989年生まれの女性漫画家である。岐阜県大垣市出身。現在映画が絶賛上映中。(実は私、もう観てきた)
小学生のとき、聴覚障害の少女をイジメていた過去を持つ主人公。その葛藤の日々を描き、開けるのが怖かった扉を開け、勇気を出して自分と向き合う話である。まわりの登場人物たちもすばらしい。あとで知って仰天したのだが、大今良時さんがこれを描いたのがなんと19歳の時だという。2008年「週刊少年マガジン新人漫画賞」受賞。
しかし受賞にもかかわらず、紙面には発表されなかった。障がい者へのイジメという深刻な内容だったためである。最初の投稿作をリメイクし、2013年に晴れて雑誌掲載となる。アメッドらはすぐにこの作品に注目。2015年始めにはフランスの店頭に並んでおり、ル・モンド紙ほかメディアがいち早くこれを取り上げた。
2016年の現在、映画が絶賛公開中であるが、雑誌掲載の『聲の形』を翻訳しているころは、これがフランスで成功するなど誰にもよめなかったはずである。大手出版社ならまずハンディキャップの人物を扱った作品に手は出しにくいだろう。アメッドらの嗅覚と信念と軽やかなフットワークに脱帽!
ではアメッドとセシルに一番最初に「発掘された」漫画家は誰だろう、と興味がわく。それはコミックマーケットで出会ったたきざきまみや
という女性だ。2004年 ”Element Line” (エレメントライン)でフランスデビュー。2作目、2013年”Ash & Eli ”はアメッドらに「注文」され、話し合いを(メールやスカイプを使って)重ね、アドバイスを受けながら創作したものだという。
アメッドとセシル、二人にどんな勝算があったのだろう。ファンタジーものはフランスで人気だから、この路線のアマチュア漫画家を捜そう。商業誌に未発表の、翻訳権が発生しない作品がいいね。そう考えてたまたま出会ったのがたきざきまみやだった。彼女は結賀さとる氏など、複数の漫画家のアシスタントをしながらマンガを勉強しているところで、現在は子育て中でもあるようだ。
話はとんとん拍子で進み、たきざきは原画を直接渡して、2004年フランスでデビューとなった。フランスでいきなり商業出版され単行本になるというのだから、前代未聞のシンデレラストーリーといえよう。
夜中の2時、筒井哲也に一目ぼれ。
これはインタビューで語ったアメッドの言葉。眠い目をこすりながら毎晩ネットのマンガを見ていて、これだ!と思った。運命の出会いだという。筒井はウェブ漫画として発表していた『Duds Hunt(ダズハント)』を出版社に持ち込むが、「興味がない」とすげなく断られていた。2004年にKI-oonから翻訳出版された。
偶然の出会いだった筒井だが、次作をスクウェア・エニックス(SQUARE ENIX)から出すことになり、今度は筒井がKI-oonを紹介することになる。おかげでスクウェア・エニックスの作品を出版できるようになり、日本との強力なパイプが一つできたのである。このころは翻訳も自分たちでやっていた。すべて一から作り上げていったのだ。
筒井哲也氏の『予告犯』(②)は映画にもなった。
ネット世代の漫画家、筒井哲也がフランスでウケる理由 | nippon.com
(フランスのオタク第一世代Laurent Lefebvreさんの記事をどうぞ)
『乙嫁語り』(おとよめがたり)森 薫
アメッドが森 薫を好むのはよくわかる。緻密に描き込まれた絵が強く印象に残る。アシスタントを使わず、自身で描くという。BD作家の絵のようだ。それと歴史ものであり、舞台は珍しい中央アジア…とくればアメッドが大好きな世界なのである。
(アメッドの事務所の写真、アメッドの後ろに絵が貼ってありますね)
森 薫(1978年生まれ)は『エマ』をすでにフランスで出していたが、売れ行きはよくなかった。アメッドが森 薫ファンで次作を自分のところで、と考えているのを知った同業者は言った「やめておけ」。しかし2011年『乙嫁語り』(おとよめがたり)を翻訳出版すると、2012年にアングレーム国際漫画祭で「世代間賞」を受賞した。日本でも数々の賞に輝いた。
ほかにもたくさんのマンガ作品を出しているKI-oon社、アメッドは「世界征服」を狙っているにちがいない。 (マンガの記事はここまで)
このイベントがどれほど規模が大きく、重要であるかは日本にいるとわからないと思う。毎年1月に開催され、来訪者20万人以上という、漫画関連では日本のコミケに次ぐ規模、ヨーロッパ最大の祭典である。漫画、と書いたがそれは正しくなく、ヨーロッパなのでBDであり、BDのみが受賞の対象になる。しかし日本のマンガでもアメリカや韓国の漫画でも、フランス語で出版され、BDとして評価しうるものであれば、ノミネートされる。
最近は日本のマンガのノミネートが増え、隔世の感があるなとしみじみ感じる。2007年の水木しげる『のんのんばあとオレ』が、最優秀作品賞を受賞したときは本当にびっくりした。以下、ウィキペディアから引用。
日本人の受賞
谷口ジロー『父の暦』(2001年、全仏キリスト協会コミック審査員会賞)
谷口ジロー『遥かな町へ』(2003年、最優秀脚本賞、優秀書店賞)
浦沢直樹『20世紀少年』(2004年、最優秀長編賞)
中沢啓治『はだしのゲン』(2004年環境保護に関する最優秀コミック賞)
谷口ジロー『神々の山嶺』(2005年、最優秀美術賞)
辰巳ヨシヒロ(2005年、特別賞)
水木しげる『のんのんばあとオレ』(2007年、最優秀作品賞)
水木しげる『総員玉砕せよ!』(2009年、遺産賞)
浦沢直樹『PLUTO』(2011年、インタージェネレーション賞)
森薫『乙嫁語り』(2012年、世代間賞)
辰巳ヨシヒロ『劇画漂流』(2012年、世界の視点賞)
鳥山明(2013年、40周年記念特別賞)
大友克洋(2015年、最優秀賞)
しかしこの国際漫画祭では、韓国側からの「慰安婦問題をテーマとした展示をめぐる問題」や「ノミネートはどうして男性ばかり?」といったさまざまな提起もされている。Riad Sattoufという作家は、自分がノミネートされているようだが、自分の代わりに高橋留美子やほかの女性作家を入れてくれ、とFACEBOOKに書いて話題を呼んだ。
注1. Trappes(トラップ)という地域について。パリの西、イヴリーヌ県(Yvelines)にあり、県庁所在地はヴェルサイユ。
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トラップはそのイヴリーヌ県にあるコミューンの一つ。トラップの隣の地域には「パリ日本人学校」があるMontigny-le-bretonneux。私はここに1年半通った。隣り合っていても社会階層は大きく異なる。トラップは低所得者の住人や移民が多い。
注2 国際交流員
おわり。
追記:2018年6月
Le film d'animation #ASilentVoice (Koe no Katachi) enfin au cinéma en France !https://t.co/7Kzosh3Zr5 #Cinéma #Animation #KoeNoKatachi
— Nautiljon (@nautiljon) June 14, 2018フランスでは8月に封切り。
追記:2018年7月30日 フランスで上映
Silent voice : un film qui donne de la voix au handicap
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ここからは個人メモ:4月16日
2018年3月16日 イスラム化が止まらないトラップ