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お初のおめもじなれば 日本語 -1-

 浪士さまのブログはコメント欄もすごい。浪士色満載で「浪士ワールド」といっても過言ではない。

 

先日、イノシシの話を読んで

 猪は落ちてきたら保険が降りる - 備後「あこう浪士」 釣り場の周辺

 ある方のコメントに行き当った。出だしを読むや、はて、どこかで同じような文に出会ったな。そう思った瞬間、イノシシ相手に風呂敷広げて、闘牛士ならぬ闘猪士の浪士さまの格闘を横目で見つつ、時空を飛んで遡ってストンと着地したのは台湾人の前だった。

なぜ台湾が出てくるかというと、ゆっくりと説明する必要がある。ともかく浪士さまの許可を得ているので、こちらを読んでください。ここは台湾とはなんの関係もないのだけれど。(記事のコメント欄から引用しています)


老師様

お初のおめもじなれば乱文ご容赦のほど、とお許しを乞うまでもなく 乱入、淫行、無礼講 なんでもありが電脳通信の世界にありますれば、私どもの闖入がごときは茶飯事かと。
老師さまとは誤植にあらず、
私ども世に横溢せしあまたのブログを散見すれど、師のごとき含蓄深く、気品高く、仁愛のこころ寛き文草には他所においていまだ接したる試しなし。されば、尊崇敬愛の念 発するところより「老師」とぞ呼び奉る所以にてございます。
さて、稚拙なる釣談義なぞとり持ちて老師の御裾元にて戯れたく候えども 他に所用もござりますれば 本日のところこれにてご免
あ~らあらかしこ あらかしこ

 

これに対し、浪士さまのお返事。

 これはこれは、老獪なる口上にてお出ましいただき、痛み入るところで御座います。
恥ずかしき事の数々、生き恥を晒しての電子通信文で御座いますから、隠れる穴の大きさなどそれは余程大きくなくては間に合いません。
 気品高く等と申されますが、省みますに粗雑で無教養その上、世上から捨て置かれる生業の雑文で御座いますから、とても世間様のお口に合うものではございません。
何卒今生のお慈悲を持ってお付き合い下さる事を。切にお願いいたすところで御座います。
あらかしこ・・・!

 

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(アントウェルペン動物園2016年3月)

 

恐れ入り谷の鬼子母神である。お二人で大いに釣り談義をやっていただき、活字におこして読ませていただきたいものである。

 

浪士さまが過去に、私宛てに下すったコメントを一部紹介しよう。(部分引用)

へい! 仰せの通りこらえて参りやす。ここが渡世人のつらいところで御座いますが、ご時勢と言うやつにはかないません。
ご町内の田淵様には知らぬこととはいえ大変ご無礼を働いたところで、今は深く反省などしておるところ、この度だけはご勘弁を願います。

記事とコメント全文を読まないと意味がわからないと思うが、おかしいのは浪士さまはちっとも反省なんぞしていないことである。

 

別のコメント

いけません。口上の切れ味流石のところで、粋な姉ちゃん振りが一層偲ばれる事と成って参ります。
朝から噴き出してまいりますから、勢いがついたところで「高下君シリーズ」涙なくしては語れぬところで、精出してみますかね。
昔から啖呵売には言葉のリズムといい、言い回しといい偏ったところの極致かなどと思っておりました。
都々逸にしても言葉遊びは粋なものでして、「けつの穴馬力」などと言う上品さはさておいて、上等に遊んでみたいものです。

粋な姉ちゃん(私)が「けつの穴馬力」などという言葉を使ってはいけない、とたしなめているのだが、実はこれ寅さんの使う地口なので、私のせいではない。(知らんぷり)

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(アントウェルペン動物園)

 

台湾に移る前に、こちら、よんばばさまのブログをどうぞ。この言葉も後で出ますので。(よんばばさま、楽しい記事、いつもありがとうございます)

小学生の「いたみいります」にびっくりして感心して大笑い - よんばば つれづれ

「いたみいります」なんて私も使わない、使えない言葉なので大笑いだった。 こう言われてなんと返したらいいのか、ご存じの方はぜひ教えてほしい。

以前外国人に「ありがとう→どういたしまして。じゃ、すみませんと言われて何と返しますか」と聞かれたことがあった。

「もうあまり使われてないけど、(いいえ)かまいません、と言うかな。もちろん身振りだけで示してもいいよね」

するとしばらくして「かまいません」を使ったら日本人に感心された、と報告してきた。

 

国際結婚家庭で海外に長く住んでいる子供たちの場合、家庭内の日本語は父、母、どちらかの親から学ぶことになる。そしてその日本語がすべてな場合もある。

あるとき父親が日本人という家庭の女の子が、東京の小学校に転入してきた。外国でも日本語の絵本や本を読んで育ってきたから不自由はまったくない。ところが同級生が不審がるのである。彼女は外国語の単語を混ぜて使っているのが変だと言う。その外国語の単語というのはー

・イミジクモ

・アンノジョウ

・シッペガエシ…etc

 

父親が普段使っている言葉を真似ていたのである。涙を浮かべ担任の教師に訴えると、「あら、全部正しい日本語ですよ」。クラス中が「え~っ!」と大騒ぎになったそうな。

確かに書き言葉に近い語彙で、父親の年齢や教養を伺うことができる。今なら「案の定」はヤッパ(リ)、「しっぺ返し」はリベンジ、かな。

 

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 (アントウェルペン動物園)

 

 

台湾の日本語

1987年以降、民主化運動が活発になり、日本に留学してくる台湾人学生はぐんと増えた。1990年ころの話だが、あるとき、台湾のお母さんとは日本語で手紙のやり取りをしているという学生と知り合った。

「え、中国語じゃなくて?」

「だってお母さんは日本語でしか書けないもの。家ではみんな台湾語をしゃべるよ。お母さんは北京語(標準語)がよくできないからね。子供のとき習った日本語で文を書くし、友だちとも日本語でおしゃべりしているよ」

この話を聞いたときは驚愕したが、台湾の歴史、教育の事情を知ってからは深く感じ入ったものだ。日本は台湾を清から割譲して植民地化し、1895年から1945年まで、日本語を「国語」と定めたのである。家庭の会話では台湾語、客家語、原住民のさまざまな言語が使われていたが、あまりに違い過ぎてお互いの意思疎通もできないのだという。日本語は国民学校から高等教育まで台湾の「国語」だった。

 

そして先の浪士さまのコメントのやり取りに戻る。お母さんの書く日本語はあのようなスタイルなのだ。教養があり、リズム感があり、女性なので美しい大和ことばをふんだんに使っていた。コメントの「おめもじ」で一気にあの頃に飛んだ。そして日本語、特に奥ゆかしく感受性豊かなことばや言い回しを再発見し、自分がいかにぞんざいに言葉を使っているかなどを考えるきっかけとなった。

お母さんが使ったことばで覚えているのは

・お目通り(おめどおり)願います

・お心配り(おこころくばり)、痛み入ります

・お手すきのときに

等々…メモをとっておけばよかったと悔やんでいるくらい。

そうそう、夕暮れを表す「逢魔が時(おうまがとき)」もあった。これは先日確かマミーさんが使っていて「さすが我らがマミーさん!」と思ったものだ。

 

『台湾人生』酒井充子(さかいあつこ) 文芸春秋社 2010年(映画にもなっている)

朝日新聞の書評で知った本だが、先ほどのお母さん世代のインタビューをまとめたもの。最初に登場する陳清香さんの発言から、少し紹介する。(台湾人の夫とは日本語で会話する。夫、子息とも医師)

公学校の同窓会は毎年あって、80歳を過ぎても20人以上集まる。(日本語の)校歌は毎年歌うから忘れないし、大きな声で歌う。女学校に行く台湾人はだいたい成績がよくて、日本人より上だからばかにされない。だけど表彰は日本人だけだった。

あのころは自分が日本人だと思っていたから日本に行きたかったけれど、昭和18年に客船の高千穂丸が沈み、富士丸、大和丸も沈んで日本へ行けなくなった。父親に「嫁入り道具はいらないから、台北で勉強させてくれ」と頼み、進学。2年後に終戦が来る。

(引用)

戦争が終わったら日本は出ていって、はい、さよなら。二十歳で今日から日本人じゃありませんって言われて、どうすればいいの?あなたが二十歳のときどうだった?わたしたちは日本に捨てられた孤児みたいなもの。(p12)

 

でもやっぱり、日本人好きなの。いろんなマナーもいろんなしきたりもお茶でもお花でも池坊でも、わたしちゃんといけますよ。

…略…

わたしね、あなたたちよりいろんな日本のマナーを全部マスターしてたのよ。みんなマスターしてきたんだから、ほんとの日本人。日本人と結婚しても恥ずかしくない人間だった。

(同席の夫)「そうだね(笑)」

(p29-30)

引用はこのくらいにして、興味のある方は図書館などでどうぞ。

ちなみに日本語は、現在でも台湾の一部地域ではリンガ・フランカ(共通語)として生きている。山地の台湾原住民が住む地域では、他部族とのコミュニケーションに欠かせないというし、村全体で日本語が使われているタイヤル族の村は有名だという。

 

(日本語、続きます)

 

おまけの写真は

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ちょっと笑える蹄鉄コレクション。(ベルギー王立軍事博物館)

 

飛行機は

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DC-3 DAKOTA(ベルギー王立軍事博物館)

日本映画『飛べ!ダコタ』(2013年公開)を思い出します。