絵本『ルリユールおじさん』
いせ ひでこ (著) 大型本: 56ページ 出版社: 理論社 (2006/09)
絆 ・LIENS
写真は上が原書。2006年発行、そして2007年にはフランス語版(下)が出た。絵本で日本→仏語訳が1年というスピードは異例と言ってよい。
もっと驚いたのは出版と同時に、パリでいせひでこさんの絵本原画展が開催され、オープニングのスピーチが、まだ存命であったミッテラン夫人(Danielle Mitterrand)だったこと。場所はパリ6区の区役所内ギャラリーだった。(参考までに→Mairie du 6ème arrondissement "Salon du Vieux-Colombier" place Saint Sulpice)
原画展のタイトルは「絆・LIENS」という。フランスのメディアに取り上げられ、また口コミでも広まって大勢の人が来場したという。いせさんはこれでフランスでも一躍有名になった。
お話は、少女ソフィーが、壊れているけれどとても大切な植物図鑑を、製本職人のところに持ち込んで直してもらう - たったそれだけの話。帯にはこのようにある。
パリの路地裏に、
ひっそりと息づいていた手の記憶。
本造りの職人から少女へ、
かけがえのないおくりもの。
最初の見開き(p2~3)。
淡い青や灰色、緑色の水彩画が目の前にわっと広がり、ああ、パリの街の色だなと嬉しくなる。
左のページに青い服の小さな女の子が見える。右ページにはじょうろを持った男性が。
パリの街に朝がきた。
その朝はとくべつな一日のはじまりだった。
(p2~3)
次の見開き(p4~5*ちょっと色が濃く出過ぎてすみません。もっともっと淡いです)
左のページに ベランダに立つ少女。装丁が壊れた本を持っている。
右は階段をおりていく男性の後ろ姿。
なんというアイディアだろう。左ページが少女、右ページが男性で、二人が出会うまでこうやって話が進んでいくのだ。
壊れた本をどこへ持っていったらいいの。少女はまちなかを歩きまわる。
セーヌ河畔の古本屋のおばさんが、ルリユールのところへ持っていけばいい、と教えてくれる。
そして路地裏で製本職人の店をついに見つけ、植物図鑑を直してくれるよう、頼む。
ここから20ページほど、製本の工程が描かれ、初めて見る者でも大まかな流れがわかる。(本当にすばらしい!)
そのかん、ソフィーは職人のそばで、好奇心いっぱいに質問したり、手伝ったり、また自分の好きな「木のこと」について話をする。
では、まず一度本をばらばらにしよう、とじなおすために。
「ルリユール」ということばには
「もう一度つなげる」という意味もあるんだよ。
(p25下の写真右)
「もう一度つなげる」この言葉は深い。
二人で公園に行く。道を歩きながら、自分の父親の工房があった建物を教えてくれる。
それから公園にある、樹齢400年くらいのアカシアの木を仰ぎ見る。
わたしおおきくなったら、世界中の木を見てあるきたいな。(p41写真右下)
父はいつもいっていた。「ぼうず、あの木のようにおおきくなれ」
父の手も木のこぶのようだった。
だがなんてデリケートな手だったろう。
父のなめした革はビロードのようだった。
ルリユールはすべて手のしごとだ。
糸の張りぐあいも、革のやわらかさも、
紙のかわきも、材料のよしあしも、
その手でおぼえろ。
本には大事な知識や物語や人生や歴史がいっぱいつまっている。
それらをわすれないように、未来にむかって伝えていくのがルリユールの仕事なんだ。
60以上ある工程をひとつひとつみにつけ、
最後は背の革に金箔でタイトルをうつ。
ここまできたら一人前のルリユールだ。(p44~45)
下の写真
「とうさんの手は魔法の手だね」
わたしも魔法の手をもてただろうか。(p46~47)
ソフィーは直してもらった図鑑を引き取りに来た。窓辺に自分の本が飾ってある(p53)
「ARBRE de SOPHIE」-ソフィーの木たち。本の題があたらしくなっている!
アカシアの絵は表紙に生まれかわり、金の文字でわたしの名前がきざまれていた。
なぜでしょう?
そして最後から2ページ目。
興味深いことに上、日本語の原書と
下、フランス語版と絵が違う。あれ、ルリユールおじさんがいない?
なぜでしょう?考えてみてくださいね。宿題です。ちゃんと答えはあります。びっくりしますからね。
最後のページは、大人になったソフィーがアカシアの木の前に佇んでいる。ソフィーは植物学者になっていた。
作家 いせひでこさん
ルリユールをやっていた私にはわかる。いせさんがどれだけの時間と情熱を傾けてこの本を世に送り出したか。柔らかい色調の絵で可愛い女の子が出てくるが、だまされてはいけない。なにか凄まじい気迫のようなものを感じる。p46 の手を描くところや、言葉少なのテキストから。
良い手を持つことが職人の資質の高さを表すのだろう。自分もそんな手をもてただろうかと、老境を迎えたルリユールおじさんは自問する。
フランスの歴史の重みや修練によってしか身につかない職人技、それを伝えていくことの大切さや難しさなどを考えさせられる。おそらく将来は閉めるであろう製本工房で、ルリユールおじさんは職人の誇りを胸に、子どもの依頼をききとげる。
またソフィーの成長物語でもあって、植物図鑑の修理を絆に、ルリユールおじさんとの心の交流が始まる。そして本のお医者さんみたいに、ソフィーにとって何よりも大切な宝物の植物図鑑を蘇らせてくれた。
「ルリユール」ということばには
「もう一度つなげる」という意味もあるんだよ。
図鑑の再生は未来の植物学者を生み出したわけである。
また私は内容ばかりに目がいっていたが、こちらマミーさまが大切なことに気づかせてくれた。
特に表紙。あの大木の繊細な枝ぶりも素敵。
そう、言われてみて初めてアカシアの大木をじっくり見た。
推定400歳、すごい木だ。そしてルリユールも400年続いてきた。なんという壮大な時間の流れ。さらに未来へつながっていくのだろう。
もうひとつ言い忘れ。最後のページでおじさんが小さな植木鉢を手にしているが、あれはアカシアの木の芽。ソフィーが種から育てたのである。
表もそうですが、束ねるところはかなり技術がいるのではないかと思います。接着剤は膠❓編んだ糸はシルク❓
おっしゃる通り接着剤は膠です。ボンドも使うし、小麦粉と水を煮て糊も作ります。
糸はタコ糸みたいなのや絹糸など様々。太さも紙や本の厚みに合わせていろいろです。
ヨーロッパの墨流しは高度ですね。どうやるんだろう?イタリアのラテ・アートの技法と似ていますか。
思わず笑ってしまいましたが、「ラテ・アートの技法と似て」いますね、確かに。
世田谷ぼろ市で、いせ辰の古紙を売っていて、たくさん買っちゃいました
マジで?!ああ、羨ましっ!
La reliureという貴重な本の中のページのお写真をのせてくださったことに心より感謝です。💕これはほんとうに宝物ですね!
shellさま、わかってくださいます?大地震が来たら持って逃げるもののひとつ(笑)。
みなさま、ありがとうございました。
最後に
いせさんの書いたあとがきから、一部を引用する。
旅の途上の独りの絵描きを強く惹きつけたのは、「書物」という文化を未来に向けてつなげようとする、最後のアルチザン(手職人)の強烈な矜持と情熱だった。
手仕事のひとつひとつをスケッチしたくて、パリにアパートを借り、何度も路地裏の工房に通った。そして、きづかされる。
本は時代を超えてそのいのちが何度でもよみがえるものだと。
旅がひとつの出会いで一変する。
★参考:
ルリユールおじさんは実在する人物です。1926年うまれ、アンドレ( Andre)さん。パリ6区にお住まいです。下のサイトにお写真があります。
http://www.paristribune.info/Andre-Minos_a6826.html
★通りと建物
🌸前の記事