上野の国立西洋美術館で開催中。
横チン (id:yokobentaro)さま、先日すれ違ったはずです(笑)。お仕事サボってぜひいらしてくださいね。私は上野は徒歩圏内で散歩コースですからよくフラフラしています。
公式HPはこのように非常に華やかでビックリします。ぜひのぞいてみてください。四季のシリーズからこの絵は「夏」(1572)です。なかなかイケメンの野菜・フルーツ人間を切り抜いてみました。
おいしそうなフルーツ、桃やブドウやリンゴ、サクランボのほかに、当時のヨーロッパでは珍しかったトウモロコシやナスなども描き込まれている。そう、大航海時代だから新大陸からたくさん珍しいものが入ってきた。それを全部持っている。神聖ローマ帝国皇帝の絶大な力をもってすれば何でも手に入る。それを全部見せてあげよう、というわけ。しかも男性の横顔を作ってしまうのだからなんともぶっ飛んだ発想です。のぞく歯はグリンピースかな。服の襟のところに画家の名前GIVSEPPE ARCIMBOLDO(ジュゼッペ・アルチンボルド)とサインまで入れて実に心憎い。
アルチンボルド(1527年 - 1593年)はイタリアのミラノ出身で、ハプスブルク家のお抱え画家でした。植物や動物だけでなく、人工物などを寄せ集めて肖像画をえがくことで有名で、当時は一世を風靡したのですが、長く忘れられ、20世紀になってシュールレアリストたちが発見し、崇める形で評価が高まりました。その影響力は大きく現代の様々な分野のアーティストたちの着想の泉となっています。一例として、記事末に蝶ダースベーダーの作家を載せておきました。
アルチンボルドの傑作「四季」のシリーズを展開する前に、まず私が子供のころ好きで部屋に飾っていた『司書』(1566)の絵を。
アルチンボルドとの出会いです。今回この絵も来ていたのですが、解説からいろいろ教わりました。いわく、ウォルフガング・ラツィウスという実在の図書館司書がモデルだそうで、彼は著作を多くしたが、質よりも量だったと。ああ、そうだったの、と思わず吹き出しました。知識偏重の諷刺なんでしょうか。たしかにラツィウスさん、堅物でおもしろみのない人に見えてきた。そばでじっくり見てみると絵もあまりうまくない。というより愛情がない気がする。 また私は製本(*)をやるので革表紙の本がとっても気になるが、あまり細密に描いていませんね。花布(はなぎれ)も描かないなんて!
とはいえアイディアは抜群。書庫の鍵で目、栞で耳…なんて誰が思いつきます?パラパラ開いた本が頭と髪の毛だったり、はたきの毛が髭になるのもユーモラス。(*)ルリユール カテゴリーの記事一覧 - ベルギーの密かな愉しみ
四季
四季連作はさきほど「夏」を紹介しましたが、なんといってもこの絵「春」の前で人々の足は自然に止まり、ため息がもれるのが聞こえます。まさに花の図鑑で、約80種類あるそうです。
四季を人間の人生の各段階に当てはめたらしく、「春」(1563)はうら若きお嬢さん。頬の薔薇が匂い立つようだし、赤い唇からのぞく白い歯は可憐な鈴蘭。イヤリングをして、結い上げた髪に白百合が映えます。襟を構成する白い花々、袖のふくらみ、服にあしらわれた様々な形状の葉など…時間を忘れて見入ります。
やはりここでも当時としては珍しかった植物が描き込まれ、宮廷画家だった特権(実際に見てスケッチできる)をいかしています。またこうした細密画の技法は北方のフランドルからイタリアに伝えられ、アルチンボルドも刺激を受けたでしょう。
「秋」と「冬」は人生の壮年と老年。秋はワインやバッカスの神を連想させ、冬は枯れ木がかなり不気味ですが、頭上の枝が月桂冠を思わせることから、神聖ローマ帝国 皇帝を暗示しているそうです。
皆さんもご存じだと思いますが、この世界の物質は 水・空気(または風)・火・地(土)の4つの元素からできているという、古代ギリシアからある思想。ヨーロッパでは19世紀ころまで支持されていた。アルチンボルドはこれをさきほどの四季と組み合わせることを思いつきました。またこれが彼でなければ考え付かないような奇抜なもので、私のお気に入りは「大気」(=春)と「水」(=冬)。我が家のほかのメンバーは「水」を賞賛しています。
まず「大気」はおびただしい数の鳥!頭の方はギッシリと大混雑で、フクロウなどしかわかりません。鳥博士さんなら結構特定できるのでは?
(shellさましかわからないと思うけど、ドゥシャン・カーライを思い出しますね)
「火」は夏、「大地」は秋。興味のある方はネットでご覧ください。
「水」、ギョギョッ!魚人間です。釣りの好きなかた、魚博士さんたちにはたっぷり楽しめる作品です。しかも何という調和、絶妙な色使いでしょう。珊瑚やエビの赤がきいていますね。耳は貝、真珠のイヤリングもついている。耳の上の愛らしいモンクアザラシ、わかりますか?目はマンボウ、鼻はウツボ、口はサメ、首にはウミヘビが巻き付いている。カメキチさま、ご心配なく、ちゃんといらしてますよ。アカウミガメ。その左にカニ、肩にはタコ、ほら貝も見えます。
四季と四大元素の絵はそれぞれ向き合う形で、宮殿の壁を飾っていたらしい。つまり自然と世界を支配するハプスブルク家の栄華と偉大、そしてその永遠性を表しているのだとか。アルチンボルドは自分の庇護者を称揚する作品を発表するだけでなく、ハプスブルク家主催のイベントのプロデュース、仮装の衣装デザインなど才能をいかんなく発揮して、プラハの宮殿でルドルフ二世に愛されました。
同じ絵を複数描いており、それらはフランスなどヨーロッパの大国に送られました。ハプスブルク家は「神聖ローマ帝国皇帝」と名乗ってはいても、称号を継承したのは15世紀半ば以降。ルーツはアルプスの地方豪族に過ぎなかったということです。だからプロデュースが欠かせなかったわけですね。
さて前回ブリューゲルの回に出てきたカール(カルロス)五世の息子、覚えていますか。誰でしょう。そう、フェリペ二世。(はい、ここ、テスト出まーす)
フェリペ二世はネーデルラントではあのように非情な宗教裁判を行い、嫌われ者でしたが、芸術愛好家でもあった。甥に当たるルドルフ二世は事情あって弟とともにフェリペ二世のもとで育ったので、やはり芸術にも造詣が深く、芸術家を積極的に庇護しました。
それだけでなく、錬金術師や天文学者、数学者、工芸分野の職人などを大勢プラハ城に召し抱えていました。政治には全く興味がなかったようで、晩年は奇人皇帝と呼ばれました。
プラハへ観光にいくとプラハ城のそばに「黄金小路」というところがあり、小さな家々が並んでいます。カフカの住んでいた家もあって観光客が写真を撮っていますが、そこはもとは城で働く者や錬金術師たちが住んでいたところでした。この時代の雰囲気を味わいたい人にお薦め小説があります。
帝都プラハとルドルフ二世、ユダヤ人豪商とその美しき妻、錬金術師たちが織り成す幻想小説。夜毎に石の橋の下で|国書刊行会
これから読む人が羨ましい。あのドキドキ感を味わえるんだもの。翻訳者の垂野創一郎 さんがこれまた凄い人で、読んでみればわかります。ずいぶん前からはてなでブログも書いています。http://d.hatena.ne.jp/puhipuhi/
ルドルフ二世の肖像画
『ウェルトゥムヌスに扮するルドルフ2世』(1590-91)宮殿を離れ、故郷にもどってから描いた集大成ともいえる作品。アルチンボルドは自作の詩を添えて皇帝に献上しました。
さかさ絵
『庭師』だそうです。当時はこうしたさかさ絵が流行していたとか。
自画像
いくつかありますが、私の好きな『紙の男』(1587)、合成肖像画に含まれるでしょうか。
巻紙で顔や髪、髭などが表現されています。おでこにある61という数字は「61歳」、襟の1587は制作年。これにより生年が特定できました。
アルチンボルド風(アルチンボルデスキ)
こちらの作品は写真家クラウス・エンリケ氏(Klaus Enrique)。
Darth Vader Copyright © 2015 Klaus Enrique
さしづめ「蝶とともにあらんことを」でしょうか。
メキシコ出身でNY在住。ほかに「トランプ大統領」などが傑作です。
アルチンボルドを追随するアーティストたちが次から次へと現れて、私たちを楽しませてくれます。
終わります。