世界一美しい本を作る男 -1-

ゲルハルト・シュタイデル

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天才たちに愛される完璧主義の男。(予告編の最初に出てくる言葉)

ドイツ・ゲッチンゲンにある小さな出版社シュタイデル。社を率いるのはゲルハルト・シュタイデルまるでラボの研究者とかお医者さんみたいな白衣の男。一年もの間、この男に密着したドキュメンタリーを見た。

2010年の作品なので「え、今頃?」と思われるかもしれない。ご覧になったかたもいらっしゃるでしょうね。

これがまあ凄い人だった。口角泡飛ばして語りたい…んだが、私がここに書くことでは伝わらないだろうとあっさり認めたうえでちょっとがんばってみる。

 

シュタイデル社で作っている本は、ノーベル賞作家ギュンター・グラスの著作集やアメリカを代表する写真家ロバート・フランクの写真集など多数。しかし普通の出版社じゃない。編集から装丁、印刷、出版まですべてゲッチンゲンの自社で、自社の敷地内でやるという徹底主義だ。出版に携わっている人から見たら羨ましくてたまらない、夢のような出版社。なのにシュタイデル氏は日本の和紙や伝統を羨ましがり、来世は日本に生まれたい、なんて言うのである。

本を作る前に欠かせないのが、著者やアーティストと直に会って対話を持ち、議論をすること。略歴だの世間の評判だのではなく、直接当人に会って話すため旅をする。ニューヨーク、ロサンゼルス、パリ、カタール、どこまでも。そしてこうした付き合いを長期に渡って大切にしている。

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紙やクロスなどの見本、途中までできあがった本などをぎゅうぎゅう詰めにした重いトランクをひきずって、何もわざわざ出かけて行かなくても、と思う。しかし顔をつき合わせて打ち合わせをすれば、数カ月かかるところが数日で済むのだという。それにすべての決定権はシュタイデル氏が握っているわけで、確かな知識と情熱、こだわり、アイディアなど、映画では次々と本作りの秘密が明かされる。

電子ブックのご時世にあって、この丁寧なコミュニケーションには驚かされる。日本の商業主義ではとっくに忘れられているものだろう。あえて職人魂と言おうか。

 

本はいい香りがするもの

映画のなかでたびたび耳にすることば、それは「いい匂い」「匂いを嗅いでみて」「触って」といった五感、身体感覚を大事にする表現だ。そう、みんな忘れている。本は手で重さを感じ、紙の質感を確かめ、パラパラめくり、紙とインクのかぐわしい香りを楽しむものでなければならない。ああ、あそこでいろいろな紙の匂いを嗅いでみたいなあと思った。シュタイデル社出版の本のコレクターは世界中にいるそうだ。

また、うるさいものと思い込んでいた印刷機の音も、シュタイデル社で聞くとリズミカルな音楽のように聞こえてくるから不思議だ。シュタイデル氏は社内を常にキビキビと動き回っている。打ち合わせをしていたかと思うと、印刷機のそばに、原稿を見たり、スタッフのようすをチェックしたりと。

社員は42人、確かな技術を持つプロ集団。一年に出版する本は200冊。刊行点数としては120冊が理想的だから減らしたいのだと言う。また会社を大きくする気はないそうだ。とにかく良質の出版物にこだわる。量より質。そしてギュンター・グラスブリキの太鼓』(撮影時2009年はちょうどブリキの太鼓』出版50周年にあたり、新装版が出た)のようなベストセラーで儲けた分は、利益を重視しない作品に回すのだと語っている。自分で意識しないうちに独自のマーケティングモデルを作っていたとも。

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上は映画の中でギュンター・グラスが筆を持ち、『ブリキの太鼓』と書かされているところを切り抜いた。まるでお習字の時間の児童みたいに何度も書かされる。先生であるシュタイデル氏はなかなかOKを出さない。ああ、やっと…と思ったら、今度はシュタイデルと書いて、と指示している。ここのSを直して…etc。

ギュンター・グラスはこの6年後に亡くなる。

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シャネルのデザイナー、カール・ラガーフェルドとの付き合いも長い。

 

18歳から本作りに

ゲルハルト・シュタイデルとはどういう人だろう。1950年生まれにしてはお若い。インタビュー記事()によると、家は貧しくて教育費も出ないほどだったから自分でお金を稼いだということだ。どうやって?

14歳のときにお姉さんが、コダックのレチナ(Kodak Retina) 35ミリフィルム用カメラをプレゼントしてくれた。写真というものが現実の複製もできれば、芸術表現もできると気が付き、写真家になろうと思った。現像やプリントのほか、シルクスクリーンエッチングリトグラフの制作や販売などをしたり、夏休みにアルバイトをしたりしてお金を貯めた。起業してよい年齢18歳になったときライセンスを得て、印刷機などを買い、年々設備投資をしていった。

写真家志望のシュタイデル氏だったが、共同経営をしていた仲間を見て、彼のような才能は自分にはない、アーティストとしてはずっと三流のままだ、と痛感し、技術屋としてやっていこうと決断する。22歳のときだ。しかしそれまでに創作のために学んだ知識は、その後出版でも大いに活かされていると言う。

*出典:世界一美しい本を作る男~シュタイデルとの旅 DVDブック 単行本 – 2015/9/18
『考える人』編集部/テレビマンユニオン 編 (著)

 

日本人は血にインクが流れている

インタビューで最も印象的なところである。インタビュアー中島祐介氏が

「もし生まれ変わるなら、日本で生まれて同じ仕事をしたいとおっしゃっていましたね?」と向けると、

ー日本人は血にインクが流れていると思う。ドイツ語のインクにはインク自体のほかに、「インクが流れている」というと「美しい詩や文学を作る」という意味がある。日本人は墨の書や切手など文字や印刷に関してよいセンスがある。印刷技術が発明されたのは中国だが、日本人が更なる高みに持っていった。だから次の人生で何をするかと聞かれれば、日本人になって同じ仕事をしたい。

(ざっとです)

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映画予告編

www.youtube.com

監督:ゲレオン・ヴェツェル(『エル・ブリの秘密 世界一予約のとれないレストラン 』) ヨルグ・アドルフ
出演:ゲルハルト・シュタイデル、ギュンター・グラスカール・ラガーフェルドロバート・フランク、ジョエル・スタンフェルド

原題:『How to make a book with Steidl』 2010年/ドイツ/88分/
協力:凸版印刷株式会社 印刷博物館、limArt、IDÉE  配給:テレビマンユニオン 配給協力:Playtime  宣伝:平井直子

 

映画公開に合わせ、シュタイデル氏はこのようなコメントを寄せている。

日本は、紙や表紙用の布など、世界で最も美しい本のためのマテリアルと技術を有する国です。色、印刷紙、印刷機など本当にすばらしい技巧の伝統を持っています。この豊かさを知っていますか。

 

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〈世界一美しい本を作る男 ここまで〉

長いので一旦切り、あすに続きます。

 

 

f:id:cenecio:20170806201027j:plainうちの娘

 

追記:①クーリエジャポンの記事

http://courrier.jp/blog/30628/

記事内のインタビュアー中島佑介とは

日本唯一のシュタイデル社公認書店「POST」のオーナーで、

当書店では、シュタイデル社の本を300冊以上扱っています。

 

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