世界一美しい本を作る男 -2- アーティストが作りたいと思う本のコンセプトを完璧に実現したい

(前回の続きです)

ゲルハルト・シュタイデル この男の存在自体が文明批評 

シュタイデル社は1972年からゲッチンゲンのこの通りにある。シュタイデル氏の実家から50mくらいだそうだ。初めの一棟に次々と建物をつなげていったので、中はちょっと迷路になっているらしい。そしてギュンター・グラスが2015年に亡くなってから、彼の著作を納めるためにアーカイブを併設した。

 

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Die Düstere Straße in Göttingen, Sitz von Verlag, Druckerei und Grass-ArchivGerhard Steidl – Wikipedia

 シュタイデル社のある通り(写真:ウィキペディア

 

写真集を出すまでの長い道のり

前回も書いたようにシュタイデル氏は写真家志望だったから、写真集を出したいと切に願っていた。常に設備投資を怠らず、技術も磨いてきたのに、会社設立から20年以上たっても出さなかったのは、ひとえに彼の完璧主義にある。自分の撮った写真でテスト刷りし、書店に並ぶ写真集と比べてみて、満足できなかったのだという。

写真家がシュタイデル社でぜひ写真集を出したい、そう言って写真を差し出したくなるレベル、自分で納得のいくレベルまで高めるーそのために気の遠くなるような年月と努力が費やされたのである。そして1995年、念願の写真集が出る。

外国の写真家のビッグネームは皆さんもご存じだろうから、日本人でシュタイデル社から写真集を出している人を紹介したい。こちらのカッコいい人。

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/7/7d/TokyoPortraits4.jpeg/800px-TokyoPortraits4.jpeg https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/9/9d/TokyoPortraits5.jpeg/800px-TokyoPortraits5.jpeg

写真:ウィキペディア(2011年、東京写真美術館の展覧会にて)

鬼海 弘雄(きかい ひろお、1945年 - )氏。山形県寒河江市生まれ。法政大学文学部哲学科卒業。ウィキペディアをみると仏語・英語版の詳しさ・熱さに比べて、日本語版は随分とあっさり。

この人が浅草に30年以上通って、そこで出会った普通の人たちを呼び止め、写真に撮ったのがこちら。

Asakusa Portraits(浅草ポートレート

http://t0.gstatic.com/images?q=tbn:ANd9GcQFRdj1U5phDLJ0crtr76gFa7OSc2gA--vIXHjzXxUWVAwa1ugf

Asakusa Portraits, Hiroh Kikai Hardcover – May 1, 2008

Gerhard Steidl Druckerei und Verlag, ←ゲルハルト・シュタイデル印刷・出版社とある)

↓鬼海さんに興味ある方、こちらの対談がおもしろい。

写真家・鬼海弘雄さんスペシャルインタビュー 第1回 ハミ出す覚悟があれば、誰でも表現できる。 – salitoté(さりとて) 歩きながら考える、大人の道草WEBマガジン

 

シュタイデル社のサイトから

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Publisher - Steidl Verlag

 

ノーベル賞作家ギュンター・グラス

シュタイデル氏はたくさん読書をし、展覧会にもよく出かけて行く人だ。

1984年、あるギャラリーでギュンター・グラスリトグラフと銅版画を見た。(*ギュンター・グラスノーベル文学賞をもらうのは1999年)。

グラスの作品は『ブリキの太鼓』『猫と鼠』『犬の年』などすでに読んでいたが、彼がリトグラフなどを作るとは全く知らなかったそうだ。それで展覧会を見た後カタログを買おうとしたら作っていないという。そこでグラスに手紙を書いて、作品に感銘を受けたので何か関連書を推薦してくれませんかと頼むのである。その返事は

ーそのような本はない。あなたは印刷と出版をやっているなら、あなたができる仕事ではありませんか。

そして2年後1986年"In Kupfer, auf Stein "が出る。ところがグラスには独占契約をして

https://pictures.abebooks.com/SCHLOSSANTIQUARIAT/22408217387.jpgAbeBooks

いる出版社があって、そこから「不法な出版はやめてくれ」と苦情がきた。しかしグラスが言うには「彼らに自分の絵画作品の本をつくらないかと10回は申し出たのに、ノウハウがないからといって、いつも断られていた。君とやりたいんだ」。

その後、契約していた出版社が経営困難になり、グラスはシュタイデル氏に「著作権を買ってくれないだろうか」と聞いてきた。1993年のことだ。シュタイデル氏はグラスの世界中の著作権を買い取ったのである。

以来グラスが亡くなるまで一緒に仕事をした。つまり、本作りの様々な過程に参加するシュタイデルの流儀で。

 

私の情熱を受け取って あとに続け!

http://www.goettinger-tageblatt.de/var/storage/images/gt-et/kultur/regional/verleger-gerhard-steidl-wird-65/318262833-1-ger-DE/Verleger-Gerhard-Steidl-wird-65_pdaArticleWide.jpg

„Ich habe lebenslänglich“ – Verleger Gerhard Steidl wird 65 – Goettinger-Tageblatt.de

2015年、65歳になったシュタイデル氏(写真:地元ゲッチンゲンの新聞から)

シュタイデル社のスタッフは多国籍で、まもなくアジアからも何人か来てここで働くと話している。言語は英語と決まっているそうだ。

人を育てることにも情熱を注ぐシュタイデル氏。一人でゼロから出版社を興したのだから、他の人だってできる、後に続く人がたくさん出てきてほしいと語る。

本の未来についても「アナログは死につつある」と言ってすべてをデジタル化しようとしている人たちのビジネスモデルは西部劇のようだ。誰か追い出したい人間がいると、ライフルを手にしてその人間を撃ち、1万頭もの牛を自分のものにする、そんな感じがあると語る。

(インタビュー:世界一美しい本を作る男~シュタイデルとの旅 DVDブック 単行本 – 2015/9/18『考える人』編集部/テレビマンユニオン 編 (著))

http://www.newyorker.com/wp-content/uploads/2017/05/170522_r29995-690.jpg

Gerhard Steidl Is Making Books an Art Form - The New Yorker

そして印刷も本も死んでいない、だからこそ出版社の責務は大きい。よいデザインと印刷で上質の紙で美しい本を仕上げなければならないという。毎年2~3冊の高品質の本を買う。それが一生の宝となる。子どもが引き継いで自分の本棚を作るかもしれない。

本の出版の明るい未来を熱くかたっている。

sinsintuusin

日本の技術力の高さは様々な産業で言われていますが、本づくりが賞賛されるとは思いもよらないことでした。本は読んで楽しむだけのものでなく、観て匂いをかいで手で触って、正に五感全てを使って楽しむのですね

neputa 

"本はいい香りがするもの" 電子書籍で本をひらいたときに1番物足りないと思うのはこれかもしれない。

usausamode

本を持った時の感触っていいですよね。紙もつるつるして閉じる時、ペラペラとめくる時の音と匂いも好きです。だから本つくりに情熱を書ける人の気持ちすごくわかります!日本の本も作ってほしいー

yokobentaro

たしかに世間は、何でも電子書籍にしちゃえ! という風潮ですが、やっぱりインクの匂いのする本というものはいつまでも需要があるのでは、と思います!!!

happy-ok3 

私は、やっぱり紙とインク好きです。紙の肌触りは、それぞれちがいます。

happyさん、いつも感謝です。

bg4kids

インクの匂いにもこだわりが。活版印刷の発祥の地ドイツをも憧れるほどの日本の伝統的な紙の技術、国内では需要がなく斜陽産業となりつつあるところが心配ですね。

同感です。みなさま、ありがとうございます!!

紙は50%がドイツ、30%がスウェーデン、あとはスイス、オーストリア、スペインから購入とのこと。たまにアメリカのも買うが、ドルは変動が激しくて重版のときに困るそうだ。

いい匂いは紙だけじゃなくインクからも来る。どこで作られているんだろう、と興味があるでしょう?

ハノーバーの近く、200年の伝統を持つ家族経営のインク工場があってそこから8割を購入。使うインクはすべて植物性油をベースにしたもの。たとえば亜麻仁油は高価だがとっても上品な匂いがする。最高級のレストランが最高級の素材を手に入れると同じ事が印刷でも求められると語る。(同インタビューから)

 

https://www.pdnonline.com/prod/wp-content/uploads/2016/08/Gerhard-Steidl-V.jpg

Why Gerhard Steidl Is a Book Publishing Master | PDN Online

〈「世界一美しい本を作る男」ここまで〉

なにしろ書きたいことが多すぎて悪戦苦闘しましたが、ともあれ皆さま、チャンスがありましたらぜひドキュメンタリを見てくださいませ。

 

さて最後に私も製本(*1)をやっていたし、和紙(*2)もたくさん使っていたのだが、ヨーロッパにいてひしひしと感じる日本の製品への憧れは半端ではない。例えば質のいい和紙は簡単には手に入らない。似せた「和紙風」「なんちゃって和紙」のような紙があり、普通に売っていて、その名もsimili-japonというのである。

(*1)

ルリユール・私の製本(写真ブログより移動)+資料+世界一美しい本を作る男 - ベルギーの密かな愉しみ

(*2)

フレディ・マーキュリーと和紙・ルリユール製本 - ベルギーの密かな愉しみ

 

しかしヨーロッパの本格的な書籍修復では、よい素材を日本に求めている。欧米人にとって「三大垂涎(すいぜん)の的製品」というのが

和紙、のり、刷毛(はけ)

だそうである。時間がないので今日は和紙についてだけ触れておく。

透ける紙で、上から貼っても下の文字や絵が見えるという、なんとも魔法のような紙。高知県産の極薄和紙である。ヨーロッパの修復師は本などの傷んだ箇所をこの極薄和紙でサンドイッチするのである。

さっそくサイトへ行ってみた。

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ひだか和紙-製紙 | 土佐和紙 | 文化財・古文書修復用典具帳紙

掌に載せると手の皺がはっきり見える。

1平方メートルあたり1.8グラム。

すごいですねえ。薬品など一切使わず、天然繊維だけで極薄の紙をすく技術。そして修復するものに合わせて色をつけられるという、他社にはまねできない強みがあるという。世界中の図書館、文書館、博物館、美術館で使われているそうです。

yonnbaba

 シュタイデルさんが生まれ変わって日本にいらっしゃる頃に、日本の美しいものが滅び去っていないよう祈りたいです。

ええ、私も大きく首を縦に振っています。いつまでも日本のいいもの、優れた技術が残りますように。

(記事終わります)

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shellbody 

『人間が生きている中で一番贅沢な遊びは表現することだ』写真家 鬼海弘雄インタビューから(哲学者/福田定良の言葉) ♡

 yporcini 

 2014年にいつもの名画座でこのタイトルの映画を観ていました。アーティストが作品を作るのと同じように本という作品を作っているのだという言葉が心に残っています。

ああ、  yporciniさま、素晴らしい!封切りのころにちゃんと見ていらっしゃるなんて。お仲間を見つけて、私は今ハイタッチしたいような嬉しい気分です。いつもありがとうございます。

 

新聞記事 朝日新聞2014年10月30日

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