小さな本屋さんの広大な宇宙 千駄木・往来堂書店 

「書店ゼロ自治体」が増えている

皆さんのお住まいの地域ではどうですか。

書店が地域に1店舗もない「書店ゼロ自治体」が2割強あるということです。

8月24日付の朝日新聞で読み、残念に思う一方で、東京在住の私がいかに恵まれた環境に暮らしているかをしみじみ感じました。

書店ゼロの自治体、2割強に 一方で大型店は増加

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もう10年、20年近くも言われていることだし、本屋に限らず、町の小さな商店もほとんど消えてしまったわけで、この流れは止められないようです。

かつては駅前に、まちかどに一軒はあった本屋さん。本屋はその地域の人々や子どもたちの集う場所、そして本好きのための文化拠点でもあったのに…。あなた、それは昭和の話でしょう、と笑われてしまいそうですが。

たとえば北海道の「ゼロ自治体」の人はどうするのだろう。車で近隣の自治体に買いにいく?それとも全部ネットで購入?

すると、書棚をあちこち歩いて楽しむひととき、思いがけない出会いの喜び、といったものは諦めざるをえないのでしょう。

 

7月に、こちらのgucchi-zuさまがすでにこの問題を扱っていらっしゃいます。共感するところが多かったので、言及させていただきました。

前編:

これから「街の本屋」と「小さな版元」が生き残るためには、を考える(前編) - Notes on the edge of paper

後編:

これから「街の本屋」と「小さな版元」が生き残るためには、を考える(後編) - Notes on the edge of paper

ありがとうございました。

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まちの本屋 往来堂さん

私はジュンク堂書店丸善など大型書店にもよく行くのですが、住まいの近くには小さな本屋もまだいくつか健在で、それどころか個性的で活気に溢れています。

そのひとつ、地下鉄千駄木(せんだぎ)駅近くにある、わずか20坪の往来堂書店。あえて新刊書店とことわっておきます。(東京都文京区千駄木2-47-11)  往来堂書店

1996年に安藤哲也氏がこの千駄木に開店しました。(安藤氏のことはあとで述べます)

以来、楽しい企画やチャレンジをたくさんやっていて、常に積極的に情報発信しており、谷根千コミュニティやねせん谷中・根津・千駄木)のなくてはならない顔、核のような存在となっています。この地域にいらしたら是非一度お寄りくださいね。

 

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( ↑入り口)

 一見したところ、なんだ、普通の狭い本屋じゃないかと思うでしょう。今では全国的にも名が知られ、業界人で知らない人はいない「町の本屋」なのです。

入ってみればすぐわかります。その人気と成功の秘訣、今日はそれをちょっと紹介しましょう。

 

文脈棚というもの

中に入るなり、「仕掛けられている」と感じます。棚の一番下の段(床)に雑誌が並んでいて、ひとつのテーマに関連した本、派生した単行本が上のほうに並べられます。視線を上げていくとき樹木が生えるみたいに一塊の小宇宙を感じます。隣の棚はまだ別のテーマの品ぞろえが…。

新旧取りそろえた本も、定番はもちろん外しません。そこに新しい知見の本、対立する意見の本も混ざります。本選びのただならぬ熱意と細心さを見ると、こんな生き物のような棚を作る店主はいったいどんな人だろうと興味がわきますね。

もちろん岩波文庫や人文科学・文芸書も、入り口左側にきちんと取りそろえてあります。絵本や児童書もカウンター前にあります。地域のミニコミ雑誌や東京街歩きの類、下町関連の文豪の作品なども一か所にまとめられています。

この独特の感性でつくるテーマにそった棚、これをオーナーの安藤氏は文脈棚と名付けました。これこそ書店員の醍醐味だと言います。そうでなければ書店のスペシャリストなんていらないわけですから。コンビニみたいに雑誌や漫画を配本された順に並べていればいいことになります。

 

本を売るっておもしろい!

安藤氏は1962年東京、大塚生まれ。明治大学卒業後、三つの出版社に勤務。わけあって土日だけ大塚の14坪の田村書店でアルバイトをすることに。田村書店の店長は以前、池袋リブロで雑誌を担当していた人で、その頃安藤氏は営業をやっていて知り合いだったのです。

ただのレジ番ですが、本を読んで客を待っているだけではつまらない。ベストセラーを買いにくるのがわかっているのだから隣に関連本を置いたらどうか。よし、『清貧の思想』の隣に、自分が読んでおもしろいと思っていたあのノンフィクションを置いてみよう。すると客は、両者を手に取って見比べ、両方を買っていきました。「本を売るっておもしろいじゃん!」

この調子でどんどん棚をいじって売り上げを伸ばします。そうして翌年に田村書店を任されると、漫画やアダルト、ギャンブルなどの本を外します。ちょうど近くにブックオフ大塚駅プラットホームからも見える大型店舗)ができたころで、代わりに学術書シリーズ、ノンフィクション、文芸書を入れて行きました。

売り上げも前年より50%、文芸書と実用書は60%以上もあったそうで、店の個性を打ち出せば売り上げにつながると確信し、この経験がのちの往来堂書店オープンへとつながっていくのです。(田村書店は2001年に閉店、現在はパン屋さんになっている)

 

町の本屋の復権をめざして

往来堂書店の「文脈棚」では、ひとつだけエピソードを紹介します。

ベストセラー、永六輔の『大往生』をどこに置くか。普通は「今週のベストセラー」「岩波新書」コーナーでしょう。

安藤氏は中高年女性に人気の健康雑誌『壮快』の隣に置きました。『壮快』という雑誌、私は読んだことがありませんが、発売日には開店前からオバちゃんたちがシャッターの前で待っているという、パチンコ屋の開店待ちにも似た人気を誇っているんですって。永六輔さんもラジオやテレビを通してアイドルのような存在でしたし。

オバちゃんたちが雑誌に向かって一目散にやってくる。『大往生』に目をとめる。あら、永さんの本が!…というわけで全員が両方買ってくれる。仮にこの本が岩波新書コーナーにあったら?オバちゃんたちはその棚の前に来ただろうか。

 

往来堂書店発のベストセラーの話も大変おもしろい。大河ドラマ『吉宗』で人間関係がよくわからない、なんかいい本ないの?と言ってきた客に、安藤氏は山川出版社の『日本史総合図録』を薦めるのです。高校の副読本で図版が多く、値段も安い。

客も喜んだので、店内でPOPを立てて展開します。仕入れた10冊が二日で売れてしまったため、山川出版社に電話をして50冊注文する。その後も注文が続く。調子に乗って『世界史総合図録』も並べてみたらこれも好調に売れて行った…。出版社も安藤氏自身も予想できなかったのは、その後3年間で合計千冊売ったことでした。

 

成功の秘訣としてもっとも大切だったのは、地域と密着に結びついていることです。安藤氏はわざわざこの土地、千駄木を選んだわけで、それを常に意識して売り場を作ってきました。今や有名になった『谷根千』(やねせん。森まゆみさんらが作ったタウン誌)を当初から置いていました。谷根千工房も歩いて5分くらいのところにあったのです。また電話一本で、近くの日医大付属病院に患者さんの「ベッドまで」お届けもしていたそうです。そうした活動は今もさらに発展して続けられています。

 

一箱古本市

不忍ブックストリート | 本と散歩の似合う街

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あなたもひと箱分の古本屋を軒先を借りて開けます。もう12年も続いているブックイベントです。早い話がお店屋さんごっこ。詳しくは上記HPで。

 

二代目店長を公募

2001年、安藤氏はネット書店bk1の方に新たな活動の場を求め、往来堂を引き継いでくれる人を公募しました。注目が集まる中、500坪の東京旭屋書店から笈入建志(おいり けんじ、1970年東京都出身。早稲田大商学部卒業)氏が転職してきたのも話題になりました。

笈入建志氏 。

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『POPEYE』2017年9月号の本屋特集で、好きな本屋を教えて!と言われて、お答えしました。 | 往来堂書店

 最後に安藤氏は今何をしているの?と気になりますね。

時々TVや雑誌に出ています。書店関係ではありません。2006年に、父親の子育て支援事業を展開するNPO法人ファザーリング・ジャパンを創立して、現在その代表を務めています。

NPO法人ファザーリング・ジャパン | 笑っている父親になろう! 父親の育児・家事・夫婦関係・子育て・働き方を支援します。

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夕暮れの書店前。若いお客さんが多いのも特徴です。(2017年8月26日)

 

 参考:『本屋はサイコー!』安藤哲也(新潮OH!文庫)2001年発行