ノラの仔猫エリその後 &猫って撫でたり抱っこできなくてもいいんだね。

ノラ猫との交情の日々を書いたノラの仔猫 ひと夏のお客さん は多くの人に読んでいただいた。アナリティクス(*下の表)で見ると9600pv(ページビュー)だった。後編ノラの仔猫 エリとの別れ も読んでくださった方は6000以上いらしたようだ。つい最近も、あの子どうなりましたか、続編を書いてくださいという丁寧なコメントもいただいたので少し書いておこうと思う。

ところで、猫って膝に乗せたり抱っこしたり頬ずりする、そんな生き物じゃないの?私は長いことそう思っていた。猫のほうからも「かまって」とスリスリしてきたり甘えるような鳴き声を出してくるし…。

わが家では9年前に二羽のカラスにつつかれていた仔猫を保護し、そのまま飼っている。親きょうだいは近くには見つからず、引き取ってもらうあてもないため飼うことにしたのだ。生後2か月と小さかったこともあり、家族にも環境にもすぐに慣れ、膝に座るどころか、エドワード・ゴーリーの猫(ネットですぐに写真が出る)みたいにたいてい私の肩に乗っている。鳥じゃあるまいし。

つまり私たちはほかに猫を飼った経験がなく、自分の猫しか知らないわけだが、それでもうちの猫とエリは違うなとなんとなく感じていた。ノラ猫というところは同じでも。説明しにくいのだが「愛玩」という言葉から遠い感じがした。

保護活動をしている人にその話をしてみた。「エリはもらわれていったけど慣れるかしら。私はついに触ったことがないのよ」。すると、現在も6匹の保護猫を自宅で世話している彼女は言う。生後半年のノラ猫をオス・メス一匹ずつ保護し、5年以上が経つが、メスのほうは絶対に触らせないし、自分がいきなり立ち上がると怯えたりしてなかなか気を許さないと。5年たっても!驚いた私は、ではどうやって病院へ連れていくのかと尋ねると「後ろからそっと洗濯ネットをかぶせるのよ。暴れるけどね」と言うのだ。だから無理にスキンシップをはかることはない。猫のほうも、この人間は信用できるとわかっている。もちろん遊びを通してコミュニケーションはちゃんと取れているから大丈夫、良好な関係だと話してくれた。

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エリは6か月の幼猫とはいえ、すでに自立した風格を漂わせていた。凛とした佇まいで、媚びる感じがまるでなかった。見た目の華奢さや、痩せて汚れた姿態に騙されてはいけない。かわいそう、助けてあげなくちゃ、という人間側の勝手な思い込みを寄せ付けない雰囲気があった。

人間に対しては非常に興味があるようで、物怖じせず近づいていくのに、境界線はきちんと引いていた。自分は猫に好かれる、慣れていると思っている人間たちが手を伸ばすと、ことごとくパンチを食らわせ容赦がなかった。食事係りの私に対しては、ちゅ~るがついた指を舐めてくれたことはあったかな。

猫の散歩はただの息抜きや気晴らしではなく、学びだということもエリから教わった。独り立ちし、そしてこれからも生き延びるには欠かせない学習だ。まずは乱暴な成猫のノラたちを避ける。公園など集まる場所も危険だが、うちの車庫にいたときでさえ、一度襲われそうになった。だから常に周囲を見渡して注意を怠らない。

それからよく匂いを嗅いでいた。植え込みや電柱の下、猫じゃらしがたくさん生えている茂み、大きな甕や鉢のうしろなどだ。いろいろな匂いにはいろいろな情報が詰まっているのだろう。

一度街路樹の根元をクンクンやっていたとき「エリちゃ~ん」と遠くから声をかけたことがあった。私の声だとわかる。しかし目の隅でこちらを一瞥しただけで「今忙しいの。気を散らさないで」といわんばかり。真剣そのものだった。そのまま5分くらい一つ所に留まっていた。そうやって匂いを学習し、整理し、頭の中に地図を描いているのだろう。昼下がりの散歩についていくことで私も多くを学んだ。

すべてが楽しく新鮮で、たくさんの時間を一緒に過ごしたにもかかわらず、前にも話したが、エリとの別れを惜しむ余裕はなくあっけない幕切れとなった。

エリを迎えに来る予定日、私は旅行中で留守だったのである。担当の人が捕獲機(jflkg4uさんがブログに載せているようなもの)を持ってきてエサを置き、車庫内に設置。その後エリを捕まえていった。もちろん事前に電話やメールで打ち合わせをしてはいたが。

喪失感は想像以上だった。シクシクとした痛みをこうも長く引きずるとは思わなかった。また華やいでいた我が家の前も、魔法が解けたように急にみすぼらしい場所に変わった。いつも人が集まってエリを取り巻き、にぎやかだったのに…。映画『パディントン』をご覧になった人ならわかってもらえるかな。ほら、パディントンが通るだけで街路がパッと明るく華やかになるような…。あの小さな猫がもたらした幸福を改めてかみしめたものだ。

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新しい飼い主さんは、エリを引き取りに行ったときの感想をこのように書いていた。

「捕獲機の中をのぞいたら、物凄く怖い顔で唸りあげてくれました。大人のオス猫顔負けの低くドスの効いた声、睨みを効かせた強い目…」

いかにもエリらしい。自由なノラ生活の終わり。あるいは幼年期の終わり。避妊手術もした。エリは最初の一か月は警戒して威嚇してばかりだったようで、飼い主さんは苦労したことと思う。

しばらくしてまた様子を知らせてくれた。夜鳴きが激しいという。昼は窓から外が見えるからいいのだが、夜になると望郷の念からか泣きわめき、障子をガリガリ破ってしまう。プラスチック製に張り替えても一晩持たなかったと。

これを読んで私は「喪失感」などと感傷に浸っていたことを恥じた。エリや飼い主さんがどれほど大変かちっともわかっていなかった。猫を飼っている方はきっと経験済みだろうと思う。猫にとって、引越や住む場所を変えるのは大変なストレスだ。しかもノラから家猫になる。病院で手術やワクチン接種を受ける。狭いケージの中で暮らす。エリは急激な変化にどんなにか戸惑ったことだろう。そして飼い主さん一家はそれを受け止めなければならないのだ。

以前知り合いから聞いた話を思い出した。そこのお宅はより広い新築のマンションに引っ越した。すると飼い猫が暴れる。それも壁をかじり、ドアに突進するといった風に。父親は止めようとするが猫は狂ったように泣き喚き、暴れまわる。ついに父親が怒って「わかった。外へ行け」とドアを開けてしまうのだ。猫は飛び出していった。その日は雨ふりだった。皆で近所を懸命に探したが、猫はついに見つからなかったという。実に悲しい話で、なんと声をかけてあげたらいいかわからなかった。

エリは多くの時間をケージの中で過ごし、そこへ先住猫が時々のぞきにくるという生活だった。だが先住猫は「王子さまのように」皆の視線を一身に集めて育ってきたので、エリの存在があまり気に入らないらしい。

エリは病院へ連れて行くのも一苦労だったようだ。しかしワクチン接種の二回目も終わり、最近はケージから出て閉め切った部屋のなかで遊んだり寛いだりしているようだ。

あれからもう二か月。つい最近の写真を見たら、ふっくらと丸く柔和な顔つきになっており、私たちの知るエリとは別の猫のようだった。飼い主さんとよく遊ぶようで安心した。あとは先住ちゃんと仲良くなってくれることを祈るのみ。

何でもよく食べると言っていた。よいことだ。エリは何でもおいしそうに食べてくれた。あるとき私は夕食用に、一本釣りのカツオを買ってきた。もしかしてエリちゃん食べるかしら。細かく刻んで持っていくとあっという間に平らげた。おいしかったというように舌をペロペロ動かし、まだ欲しい様子。だからまた持っていった。いっそのことダイニングテーブルで一緒に食べたいねえ。一緒になんか飲む?(あ、未成年だった!)そんな言葉もかけたくなる食べっぷりと満足げな顔つきだった。ホタテも大好きだ。

ところで話は逸れるが、酒を飲む猫といえば池波正太郎の猫を思い出す。手元に本があるのでちょっと引用する。

池波さん:「私には猫がいます。書斎で原稿を書いていて、夜遅くちょっとひと休みのとき、ウィスキーを一口。それを猫にも習慣づけましてね。はじめは逃げていたのに、この頃は原稿を書く手を休めるとそばに来て”ニャオー、忘れないでね”というように顔を見るんですよ」

『種を蒔く日々 九十歳を生きる』秋山ちえ子著より

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エリの近況報告がてら、思いついたことを書いてみました。

今日は終わります。

 

アナリティクス 過去12か月のスクショ(2019)

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このレポートは 2019/12/02 8:52:04 に作成されました

エリの話は 5番目の10月23日。

 

🌸ステキなツイート

トルコのSarper Dumanさん、すでに多くのフォロワーがいて有名な方です。前足が一本ない猫がすごく可愛い。ほとんどが保護猫だそう。