ここ数年、ナチス時代やヒトラーとその側近、戦後処理などをテーマにした映画や出版が相次いでいるように思う。
私にとっては、2004年の『ヒトラー最期の12日間』(*)がすでにショックだった。つまりあの時代をテーマに描く映画は多々あったのだが、ヒトラーの秘書を主人公に立て、回想の中のヒトラーは事実上の主人公であり、その内面にしっかりと光を当てていたのだから。これを境にタブー視していた雰囲気は薄れ、多視点からあの時代を扱うようになった気がする。
『帰ってきたヒトラー』(2016年)のようなコメディータッチの映画まで現れて、隔世の感がある。ところで 『ヒトラー最期の12日間』は別の流行も生み出した。ニコニコ動画やyoutubeなどで、空耳&嘘字幕がついて広く楽しまれているあれ、そう「総統閣下シリーズ」である。
総統閣下がささいなことで怒り出し、キレるのだが、テーマはさまざま。世界中で流行していて、私が初めて見たのは2008年のオランダ人が作った話。残念ながら内容は忘れてしまった。
『わが闘争』(Mein Kampf)がベストセラーに
http://www.bbc.com/news/world-europe-36536317
昨年度、大きな話題を読んだ『わが闘争』の出版。戦後初めてドイツで出版されたのである。この本は1923年にヒトラーが牢獄で書き、1925年に出版されたものだ。戦後ドイツでは70年間発売禁止だった本がなぜ?と思うだろう。
この本の著作権はバイエルン州が所有していたが、2016年1月1日をもって著作権が切れた。切れるとどんなことが起こるか。発禁も解除になるわけで、誰でも出版してよくなるのである。
過激な右翼団体がヒトラーをまつりあげようと、この本を利用するかもしれない。それなら、注釈付きの学術書として出版しようということになった。国内の世論は真っ二つに割れたようだが。
この注釈版を出したのは、ミュンヘン現代史研究所(IFZ)という組織で、2巻本とし、2000ページにわたって何千という注が付けられているとか。(私は実物を見ていません)。 なお、ドイツで出版されても、オーストリアやオランダなど、相変わらず出版禁止の国は多い。
そしてベストセラーになったようだ。ヒトラー「わが闘争」、再版でベストセラーに ドイツ:時事ドットコム
同研究所によると、これまでに約8万5000部が売れたという。
再版により極右のイデオロギーが広まるのではないかとの懸念が上がっていたが、同研究所はこれを否定。その代わりに、今日の欧米社会で再び台頭し始めている「全体主義的な政治観」に関する議論を深めたと評価している。
同研究所が各地の書店が収集したデータをまとめたところよると、購入者は「政治や歴史に関心のある人や、教育関係者」が多く、「反動主義者や急進右翼」ではなかったという。
日本では発禁ではなかった。
わが闘争(上)(下)―民族主義的世界観(角川文庫) 文庫 – 1973/10
1936年版の翻訳が角川から出版され、版を重ねてきている。調べてみると、平成27年8月で改版30版だった。
私は大学で選択科目の「西洋史」をとったが、いくつかある講義の中から「ナチズム」を選んだ。そして『わが闘争』の上巻は読了した。扇動の手管に留意しつつ、批判的にメモを取りながら読むことが推奨されていた。講師は招聘していらしていた、高名な村瀬興雄先生だった。
膝まづいて何を思うヒトラー
ヨーロッパではいろいろな関連催しがあるので、少しずつ紹介していきたい。
2013年のポーランド、ワルシャワゲットー跡であった印象的な展示イベント。(フランス、ルモンド紙の記事から)
FUREUR – Une statue d’Hitler en plein cœur du ghetto de Varsovie | Big Browser
Photograph: Czarek Sokolowski/AP
Himーこれが作品のタイトルである。
イタリア人アーティスト、マウリツィオ・カッテラン(Maurizio Cattelan)氏がこのヒトラー像をワルシャワのゲットー跡に展示したのだ。ヒトラーはよく目にする軍服ではなく、一市民のスーツ姿である。
ワルシャワのゲットーは、数多くの小説や映像作品などで扱われていて、かなり有名だと思うが、第二次世界大戦中にナチスがワルシャワ市内に作ったユダヤ人隔離地域である。そこに40万人以上のユダヤ人が集められ、病気や暴力や飢えで死んだ人も多かった。また計画的に家畜のごとく列車に積み込まれ、絶滅収容所へと送られていった、そんな場所。
そんなところにヒトラー人形を置くのである。予想通り、ユダヤ人を中心にたちまち非難が巻き起こった。ヒトラーが許しを請うって?わけないでしょうと。
しかし、このヒトラー像、前から見るのではない。上の写真はスタジオかアトリエ内で撮ったもので、実は扉の穴から見る。
Maurizio Cattelan's Statue Of Praying Hitler In Ex-Warsaw Ghetto Sparks Emotion » GagDaily News
みなさん、穴を覘いている。ゲットー跡の建物の扉に空けられた穴。すると向こうに見えるのだ、ひざまずくヒトラーの後ろ姿が。
ヒトラーが何を しているのかについて、アーティストは一切説明を加えていない。見た人が自分で考えたり人と話したりすればよいのだ。
この展覧会の主催者はこのように言っている。
悪の本質について考えるきっかけになればいい、こんな愛らしい祈りを捧げる子供のような姿に偽装して、人を陥れる悪もあるのだと。
ポーランドのラビ(ユダヤ教の指導者)のトップであるMichael Schudrich氏も、モラルについて考えさせる強いメッセージになる、と理解を示したそうだ。
戦争の記憶が薄れ、悲惨な体験を語れる人々も減っていく。そうした抗いがたい現実はあるが、公の記念式典以外にも、ちょっとしたアイディアで人々の意識を刺激する企画を見るにつけ、感心する。しかもヨーロッパのあちこちの都市で。特に今は(来年2018年までは)第一次大戦の100周年だから、さらにイベントがあるわけで、手帳につけても追いつかないほどだった。
追記:昔のスクラップ帳から
「ヒトラーが政権をとって75年」
2008年の雑誌特集記事。
この写真がおもしろくて保存しておいたもの。若者たちの熱気がよく伝わってくる。
追記メモ
ユダヤ人は忘れていない。ホロコーストに繋がった1924年のアメリカ入国拒否を。
トランプタワーやホテル前で、イスラム教国からの入国停止に対する抗議デモを行った、ユダヤ教のラビ20人ほどが拘束された。