わたしは いままで うっかりしていたけれど…『でんでんむしのかなしみ』新美南吉と美智子さま -2-

前回の続きです。

マミーさんご紹介の本のなかに、新美南吉の『ごんぎつね』『手ぶくろを買いに』などが紹介されていました。懐かしいですね。

今では小学国語教科書で皆に知られている新美(1913- 1943年)の幼年童話です。29歳という若さで結核のため亡くなってしまい、したがって作品も50編とさほど多くはないのですが、「子どもにはこどもの非常に厳粛な生活がある」と言い、童話のなかに自身の哲学を存分に込めています。

http://www.nankichi.gr.jp/nankichi/nankichi-top/nankichi1.jpg写真:新美南吉記念館

 http://www.nankichi.gr.jp/

でんでんむしの かなしみ

きつねの話3作はどれも好きですが、『でんでんむしのかなしみ』は今でも何度も思い出しては考えをめぐらす作品です。

このお話を教えてくださったのは美智子さまです。おそらく皆さんの中にも美智子さまがおこなった講演を通して知った方、いらっしゃるのではないでしょうか。あの国際児童図書評議会での基調講演「子供時代の読書の思い出」(*)です。

まず『でんでんむしの かなしみ』はこんな内容です。

 

一匹のでんでんむしが ある日大変なことに気がつきます。

「わたしは いままで うっかりしていたけれど、わたしの せなかの からの なかには かなしみが いっぱい つまって いるではないか」

友だちのでんでんむしのところへ行き、「わたしは もう生きていられません」

自分はなんという不幸せ者かと嘆くのです。しかし返ってくることばはみな同じものでした。

「あなたばかりじゃ ありません。わたしの せなかにも かなしみはいっぱいです」

そこではじめのでんでんむしは気がつきます。

「かなしみは だれでも もっているのだ。・・・わたしは わたしの かなしみを こらえていかなきゃならない」

そして このでんでんむしが嘆くのを止めたところで終わっています。

 

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美智子さまとかなしみ

美智子さまの講演「子供時代の読書の思い出」は、珠玉のエッセイとも呼べる、後世に語り継がれるべきすばらしいものです。お人柄と教養もさることながら、文章が卓抜で、聞き手をぐいぐい引き込んでいく力強さがあります。

『でんでんむしのかなしみ』について一部引用します。

(略)…4歳から7歳くらいまでの間であったと思います。その頃,私はまだ大きな悲しみというものを知りませんでした。だからでしょう。最後になげくのをやめた,と知った時,簡単にああよかった,と思いました。それだけのことで,特にこのことにつき,じっと思いをめぐらせたということでもなかったのです。
しかし,この話は,その後何度となく,思いがけない時に私の記憶に甦って来ました。殻一杯になる程の悲しみということと,ある日突然そのことに気付き,もう生きていけないと思ったでんでん虫の不安とが,私の記憶に刻みこまれていたのでしょう。少し大きくなると,はじめて聞いた時のように,「ああよかった」だけでは済まされなくなりました。生きていくということは,楽なことではないのだという,何とはない不安を感じることもありました。それでも,私は,この話が決して嫌いではありませんでした。

また子供時代の読書とは何か、について語るところを一部引用します。(太字は私)

それはある時には私に根っこを与え,ある時にはをくれました。この根っこと翼は,私が外に,内に,橋をかけ,自分の世界を少しずつ広げて育っていくときに,大きな助けとなってくれました。

読書は私に,悲しみや喜びにつき,思い巡らす機会を与えてくれました。本の中には,さまざまな悲しみが描かれており,私が,自分以外の人がどれほどに深くものを感じ,どれだけ多く傷ついているかを気づかされたのは,本を読むことによってでした。

自分とは比較にならぬ多くの苦しみ,悲しみを経ている子供達の存在を思いますと,私は,自分の恵まれ,保護されていた子供時代に,なお悲しみはあったということを控えるべきかもしれません。しかしどのような生にも悲しみはあり,一人一人の子供の涙には,それなりの重さがあります。私が,自分の小さな悲しみの中で,本の中に喜びを見出せたことは恩恵でした。本の中で人生の悲しみを知ることは,自分の人生に幾ばくかの厚みを加え,他者への思いを深めますが,本の中で,過去現在の作家の創作の源となった喜びに触れることは,読む者に生きる喜びを与え,失意の時に生きようとする希望を取り戻させ,再び飛翔する翼をととのえさせます。

悲しみの多いこの世を子供が生き続けるためには,悲しみに耐える心が養われると共に,喜びを敏感に感じとる心,又,喜びに向かって伸びようとする心が養われることが大切だと思います。

そして最後にもう一つ,本への感謝をこめてつけ加えます。読書は,人生の全てが,決して単純でないことを教えてくれました。私たちは,複雑さに耐えて生きていかなければならないということ。人と人との関係においても。国と国との関係においても。 

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大切なキーワードが光る

「根っこ」は私たちが日本人として伝統や風土に結びつき、大切に守らなければならないものを今一度考えされられるし、「翼」「橋をかける」は偏狭で排外的にならぬよう、自分と異なった世界や考え方をも理解しようとする努力、開かれた柔らかい精神を言っているのではないかと思います。子どものうちから本を読むことでそうした翼を育むことができる。「壁を作る」発想の正反対ですね。

「どのような生にも悲しみはあり,一人一人の子供の涙には,それなりの重さ…」この部分は驚きました。新美南吉の人生観をよく表しているからです。

みんなが自分のかなしみを背負って生きている。すいぶんと醒めた人生観を年少の子どもに押し付けるのか、という意見もあるでしょうが、かなしみは他の負の感情、たとえば嫉妬や憎悪などと違って共存できる感情だと思います。かなしみやさびしさが自分の殻の中にあるからこそ、他の人のことも理解できる。少なくとも想像してみることはできます。「自分の人生に幾ばくかの厚みを加え,他者への思いを深めます…」とおっしゃっています。かなしみは「痛みを知る」ことでもあると思います。

そして「悲しみの多いこの世を」生きるには「喜びを敏感に感じ取る心」が大切であり、それは日々の生活からだけでなく、また読書を通して培っていくことができる。豊かな読書環境について大人や社会の果たす役割を痛感させられるくだりです。

最後のほうの

「人生の全てが,決して単純でない」

「複雑さに耐えて生きていかなければならない」

「人と人との関係においても。国と国との関係においても。」

2017年の今このくだりを読むと、大変メッセージ性に富んでいるなと思います。

http://www.toxel.com/wp-content/uploads/2014/06/snails02.jpgClose Up Photos of Snails

宮内庁のサイトに全文がありますから、どうぞじっくり味わってくださいね。

*第26回IBBYニューデリー大会基調講演 - 宮内庁

橋をかける (文春文庫)

橋をかける (文春文庫)

 

今日はコメント欄開いていますので、「殻のなかのかなしみ」についてご意見お待ちしております。

 

🌸前回コメントより

jerichさま、>「子どもの領分」好きです!

まあ、そんな優しいことを言ってくれてホントありがとう!

sapic さま、あのオオカミのビール、絶対お気に召しますよ。保証します。

yonnbabaさま、>お天気もグレーだけど、実社会も憂鬱のグレー

同感ですよ。今回ばかりは恥を世界中に知らしめた感があります。海外報道を読むと暗澹たる気分になりますね😢

mamichansan さま、いつもたくさんの本をありがとう!あの翻訳は出来がいいんですよ。ネットで読んで申し訳ない感じですけど。

SPYBOYさま、「くまちゃん好き」ですものね。>犬にのってパディントンが疾走< 

絶対見に行かなくちゃ!

anneneville

私も書きたい事いっぱいwこの狼ビールの壁絵をブリュッセルの町中で見ましたよ!写真とったはず。パディントン大好きですが大人になって読みはまりました。狼ってわたしも憧れます。旭川動物園でごろ寝してましたw

anneさま、ハイタッチしたい気分です💛

みなさま、いつもありがとうございます。

 

 *カタツムリの写真について

Vyacheslav Mishchenko - Photographer, Artist

このおとぎ話のような写真の数々を撮影したのは、ウクライナ人のヴァチェスラフ・ミシチェンコ氏。

「夢と現実の間にあるような美しくミステリアスな世界。一見、他の惑星に住むエイリアンのようにも思える」と表現する。

一連の写真で、アメリカのルーシー財団が主催する国際写真賞の2014年度「発見」部門の最優秀賞を受賞した。(COURRIER Japon 2015 5月号より)