移民学校の日々 -1-

ブリュッセルの移民学校でオランダ語を習ったことがある。

今日はその頃のエピソードと私のオランダ語学習について書いてみたいと思う。

 

またなぜ移民のコースか

夫の仕事の関係でブリュッセルに住むことになり、1年間の滞在許可証をもらった。これによりブリュッセル住民とほぼ同じ公共サービスが受けられる。フランス語はわかるので是非ともオランダ語を習いたいと思い、広報誌に出ていたアドレス、オランダ語教育の総元締め的な事務局に出向く。

Huis van het Nederlands Brussel

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事務局はこの美しい建物にある。

係りの人「日本人ですよね。いろいろなオランダ語講座がありますけど、たとえば大学の夜間講座などは?」

わたし「夜、外を出歩きたくないんです。それに大学はちょっと遠いので」

係りの人「じゃ、5月にすぐ近所でクラスがひとつ開講になるからそこに来ますか。やる気のある人、歓迎ですよ。はい、学校の住所はこれ。週4日午前4時間のクラスでOK?事務室でお金を払ってください。2か月間30レッスンでいち単位、30ユーロ。単位ごとに試験があって上がっていくしくみです」

試験もあったが、いわゆる論理テスト、たとえば南→北→東→〇 何ですか、といったぐあいで、問題はすべて図形だけで構成されていた。

f:id:cenecio:20160504131312p:plain赤:学校所在地

授業は、オランダ語の公立小学校の校舎2階を全部借り切って行われる。事務所で支払いをすませ、テキストやバインダー(プリントをファイルするため)などを受け取る。無料。ついでに毎回カフェテリアでもらえるコーヒーも無料。したがって30ユーロの授業料なんてタダも同然なのだ。

こうして私は、フランダース地方の住民の税金でまかなわれる、移民難民のための(タダも同然の)オランダ語講座に、事務局の人の厚意により在籍することになったのである。

f:id:cenecio:20160504122903j:plain教室のあった小学校

(学校名と住所 Vrije Basisschool -Sint-Joris  Cellebroersstraat 16  1000 BRUSSEL
2016年現在改修工事がまだ終わっていない様子)

簡単だったな。教室が町の真ん中でよかった。朝のバスや地下鉄は混むからね…などと思いながら説明の紙を改めてじっくり見た。すると

「若い移民のためのオランダ語講座」

とあるではないか。「若い」「移民」どれも合っていないが、本当に大丈夫なのか。若い移民集団のなかでひとり浮いている自分を思い浮かべ、ちょっと不安になる。

のちに新聞を読んでわかったことだが、ブリュッセルでは、オランダ語習得が就職に有利という噂を聞きつけてオランダ語学習希望者が殺到し、その年度は思い切って教室数を倍増したところだった。私のような者も入れる余裕があり、オランダ語を勉強してくれるなんて嬉しいじゃないの、ということだったらしい。

 

学習目標と計画

私の目標は、辞書を引いてオランダ語の新聞や小説が読め、テレビのニュースもおおよそわかるようになることだ。外国語学習で大切なのは、勢いと短期集中である。(これまでさんざん失敗したのでこれだけは声を大にして言う!)

1年、正確には10カ月をあてることにし、成果を見るために検定試験を設定した。ドイツ語のZMP(*)にあたるものがオランダ語検定にもあるので、ドイツ語試験対策の経験に基づいて、逆算して学習計画をたてた。

・初級文法、読み物、会話練習(CDを使用して)に2か月。つまり5~6月。

・このあと学校も夏休みなので、簡単な本をたくさん読む。

・中級の学習:9~3月まで。

ZMPとは、ゲーテ・インスティテュートがおこなう試験の一つ。ZMPの合格証明書は、ドイツ及びドイツ語圏の大学や専門学校で入学試験のかわりとして認められることもある。現在、名称が変わってGoethe Zertifikat C1という。

 

教材

独習用教材はいろいろ出ているが、フランスの出版社のASSIMIL初級と中級を選んだ。(下の写真左。私のはもっと古い版だが)

課ごとに会話や小話、新聞記事、小説の一部分がテキストとしてとられ、語彙の注釈、文法の説明、文化の背景など詳細な解説がついている。初級テキストの2か月は順調にすぎた。しかし中級テキストの終わりの方へいくと、論説文の難度が高すぎて降参。結局、全部終わらせることはできなかった。ほかに文法問題集を1冊。

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秋からは、独習者向けでない、クラス授業で使う中級教材 Taal totaal (上の写真右)のテキスト+ワークブック、付属CDと教師用手引き(授業の進め方、問題の答えや聴解問題スクリプトが載っている)も使った。余談だが、語学教材で有名なドイツのヒューバー社https://www.hueber.de/と関係があるらしく、イラストやテキストの作りが同じだった。ドイツではオランダ語は高校の第二外国語としてとれる。

辞書は1冊買った。辞書で定評のあるファン・ダール社の蘭仏大辞典だが、厚さが8センチくらい(!)だからあくまで机上用だ。

以上のものはすべて古本(*)で買うか、オランダ語図書館(**)から借りた。図書館には語学用教材が数多く揃っていて、音声教材は1ユーロ払えば2週間貸してくれる。

*古本屋 Pêle-Mêle ペルメル

 http://cenecio.hatenablog.com/entry/2015/12/17/003617

**下の写真、思い出いっぱいのオランダ語図書館。フランダース政府が運営している。オランダ語のほか、フランス語、ドイツ語、英語などの書籍、CD,DVD類、各国(語)の新聞雑誌など何でもある、一大文化センターといった感じ。

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クラスメート 

命からがら紛争地から逃れてきた難民、というのは実は少なくて1~2割くらい。おもにアフガニスタンイラクなどだった。 現在のようにシリアや中東から波のように押し寄せる時代ではなかったから。

クラスの半分はフランス語を解する移民かその子弟、つまり北アフリカのアラブ人やアフリカのフランス語を話す黒人で占められた。オランダ語ができると有利だ、くらいの軽い気持ちで来る若いアラブ人男子たちは、のきなみ試験に受からず、脱落していった。初等・中等教育でも同じだったのだろう。ベルギーは小学校から落第・留年があるのだ。

ロッコ人・アルジェリア人女性たちとは家に遊びにいったり、ラマダン前に甘いものを「食いだめ」したり、会話カフェに行ったりなど親しくつきあった。

アフガニスタンから戦火を逃れてきた人々も忘れ難い。つい一か月前は爆撃の音で眠れなかったのに、今は続けて眠れるのが幸せという人。自分も夫も大学を出ているのに、ここでは運転手や掃除しかさせてもらえないと嘆く、ほとんど鬱状態の婦人。戦闘パイロットだったという男性は実現しない夢の生活ばかり描いていた。

イラン人で、移民としてまずフランス語を習得し、ベルギー人女性と結婚して一児のパパという人。1980年代日本へ出稼ぎに(ダルビッシュ選手のパパのように)行きたくて申請したが抽選(?)で落とされたのだという。

コンゴ人も植民地だった関係で多かった。カメルーン人もそうだが、みなキリスト教徒で、好奇心旺盛でおもしろかった。

ベトナム、タイ、中国人にも会ったことがある。全員がベルギー人(白人)男性に嫁いでいた。これはかなり興味深い。

出会った人の国籍はゆうに40は超える。クラスではオランダ語以外禁止だが、休み時間のカフェテリアでは何語でしゃべってもいいわけである。旧共産圏の人は母国語のほか、片言のロシア語しか話せない。中東の人はアラビア語のほかスペイン語をちょっと。私はロシア語もアラビア語もしゃべれない。なのに楽しく過ごすことができる ーこれは驚きだった。相手の言うことはだいたいわかってしまうのだ。ほんとうに不思議な体験だった。

オランダ語が上達してくるともっと意思疎通が進み、悩みなども聞けるようになった。私以外のみなが新しい土地、新しい言語で不安を感じていた。まもなくそこに差別や孤独、疎外感が加わることに…。

 

クラス授業と教師

教師は優秀である。よく訓練され、人柄もいい。明るく世話好きで、この仕事に向いた人ばかりだった。

授業はオランダ語のみ、直接教授法で進める。生徒がじっと座って説明を聞いていることはほとんどない。教師と生徒、一対一すらない。常に全員参加、ペアやグループでの作業、チーム対抗など、さまざまなタイプのワークがあって、教師は習得事項の定着度を見つつ、ワークを組み合わせたり省略したりしているようだった。

初日でも、自分の自己紹介をするのではなく、隣の人の紹介をする。つまり名前や出身地、住所、趣味などをクラスのみんなに向かって話して聞かせるのである。ワークのアイディア、多彩さには感心した。長くなりすぎるのでここには書けないけれど。

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(学校の近くのバス停。淡い青がきれい!)

 

会話カフェ

オランダ語話者の市民がボランティアで開いている会話サークル。オランダ語を学んでいる移民やフランス語話者の市民が、仕事帰りなどに話し相手を求めてやってくる。コーヒーや紅茶など、菓子もついて無料である。この予算もフランダース政府から出ているのだと思う。オランダ語話者が教師役になり、3~4人でグループを作ってテーマにそったお喋りをする。語彙の不足からたいした議論にはならない。

堅苦しい感じはないが、元小学校の先生だった人のグループに入ったとき、間違いを丁寧に直してくれて、これが私にとってはとてもありがたかった。

ブリュッセルのどこかしらで毎日開かれているみたいで、住まいに近いところを選んでいけるし、予約もいらないし、便利である。

 

 

続きます。

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