ロシアの羽生選手ファンサイト 家族愛の温かさに満ちていたあそこに戻りたいな -2- 

ノスタルジー、もの懐しさ、郷愁、ピッタリの言葉は見つからないが、ロシアのファンのことを思い出すとそんな感情が湧きあがる。前回も羽生結弦選手のファン、オリンピック2連覇後「羽生フィーバー」という言葉も生まれ、海外でもすっかり有名になった日本人ファンについて書いた。ユヅル愛 「大人女子」は羽生選手を追ってフィンランドへ。-1- - ベルギーの密かな愉しみ

今私が静かに思い出しているのは、ロシアの羽生ファン、家族のような愛と優しさでずいぶん早くから羽生に注目し、温かい応援を届けてくれた人たちのことだ。

今や7000人もの登録者を持つ巨大ファンサイトがあるロシア。アメリカには更に大きなフィギュアスケートのフォーラムがあるし、イタリア、中国、タイの羽生ファンも熱く、数多くのコミュニティが連なる。私はもう何年もそうしたところに立ち寄らないのだが、さっき調べてみたら私の訪ねていた小さなサイトは、ソチ冬季五輪以降、投稿は少ないもののまだ存在していた。Yuzuru Hanyu

日本以外で恐らく一番早い羽生ファンサイト、元祖的な存在ではないだろうか。イリーナさん(1967年生まれ。カリーニングラード在住)という人が2009年7月に始めたものだ。ジョニー・ウィアーのファンだというから羽生選手に注目したのもうなづける。

イリーナさんはよく旅行する人だとお見受けするから、ブログ開設のまえにもう羽生の演技を見にいっているだろう。2009年の2月、世界ジュニア(ソフィア大会)のことだ。ブルガリア開催だからロシアと近いし。大会最年少(14歳)で出場した羽生は、転倒も一度ならずあって全体の12位に終わるのだが、今の羽生のすべてはあそこにあると思っている。私の郷愁の原因もほぼ10年前のこのジュニアの大会にあると思う。ラフマニノフパガニーニの主題による狂詩曲」(フリーの曲)が流れてきたりすると懐かしさがこみ上げる。これについてはあとでまた触れる。

話を戻すと、このファンサイトの人たちはロシアで大会があるとき、また都合のつく人はヨーロッパ内で試合があるとき必ず応援に出かけてくれた。時間をかけ苦心して作った応援バナーを携えて。

こちらがバナー。第一号というべきか。

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November 14th, 2010 - Yuzuru Hanyu

 

2010年ロステレコム杯(モスクワ)は、女子は安藤美姫選手が優勝した大会で、男子は羽生選手と町田樹選手が出場した。ちょっと2010年11月22日のブログを覗いて、みなさんのウキウキぶりを見てみよう。November 22nd, 2010 - Yuzuru Hanyu

ユーモアと温かさにあふれた、居心地のよいお宅にお邪魔したような気分になる。羽生への誕生日カードやクリスマス、新年のグリーティングカードなど、手作り感いっぱいのサイト。

http://stat.ameba.jp/user_images/20130214/02/rose11kaori/2e/2d/p/o0438059612418600709.png

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(写真:フリー演技 サラサーテツィゴイネルワイゼン」の衣装

(イリーナさんのレポート。ざっくりまとめです。読みが間違っているところはすみません。↑衣装を見ながら読んで下さい)

ユヅルの衣装の色に合わせて花を買おうと思ってね。ピンク、赤、ボルドー色の薔薇で花束を作ってもらった。だけどズボンのところについている黒い小花はさすがに無理。市場にはそんなの売ってなかったから。ラッピングは緑にした。そこに絵葉書を入れるのだけれど、なんて書こうか迷った。「最愛の孫へ」というのは却下。「愛を込めて」にした。・・・

いつ渡すかもちょっと気をつかった。なぜってユヅルは四回転を失敗して転倒もしたのでしょげていたから。結局花束は放り投げたの、子猫ちゃんの頭の上に。(2階席から羽生を呼び止めて受け取ってもらったという意味)

話しかけるチャンスをうかがっていたら、通路のむこうからユヅルが町田の手をひっぱってやってくるのが見えた。それですぐに近づいて、私たちはずっとあなたのファンです、成功をいつもお祈りしていますと伝えた。写真も撮らせてもらい、サインももらった。その間町田はサムライのように静かに待っていた。彼は可愛いわね。でもさっきの写真は操作を間違えて失敗だった。

神様に感謝よ。また一緒に写真を撮ることができたの。今度はばっちり、プロ級の写真よ。ユヅルは近くで見ると氷上に立っているときよりずっと幼く見える。瞳は真っ黒でとってもきれいで、細い目をしている。身長は170cm。彼の英語は私と同レベル、でもロシア語で「ありがとう」と言ってくれた。・・・(続く)

 

・・・とまあ、こんな調子でブログがアップされると、皆がわいわいとコメントを書いてくるのだが、私が驚いたのはこのときすでに羽生の応援バナーは5つあり、そのうち3つはロシア語だったというコメント。つまり自分たち以外に二つのロシア語のバナーがあったのだ。あとの二つは日本人かな。

2010年はジュニアからシニアに上がったデビューの年で、この大会は7位だった。羽生選手がどれだけ注目を浴びていたかがわかる。

 

「未来を見た」とユーロスポーツの解説者に言わせた2009年の羽生選手。(*2008~2009年シーズン。ジュニアデビュー)

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2009 J W Yuzuru Hanyu LP B ESP - YouTube

上にも書いた通り、14歳中学2年で出場した世界ジュニアは振るわず、全日本ジュニア選手権(名古屋)の総合得点より20点も低く、全体の12位だった。しかし映像を見てみればそのうまさは誰にもわかる。ジャンプもスピンも一級品で、軽やかで流れるような美しさがある。音楽の音を捉える才能もすでに備わっている。

解説はクリストファー(クリス)・ハワースさん(イギリスの元フィギュアスケーター。1980年全英チャンピオン。現在解説者・コーチとして活躍)。↓写真左の人。

www.youtube.com

(ビデオ:NICKY SLATER CHRIS HOWARTH - EUROS 2011 -このビデオは羽生選手と関係ないです、念のため)

みなさん、私たちが今日ここで何を見たか。そう聞かれたらこう答えます。未来を見ました。

ハワースさんといえば今やフィギュアスケートを見る人なら皆ご存じだろう。すばらしい解説者で、他国の解説担当も彼をお手本にしていると明言するほどの人だ。このハワースさん(と隣のニッキーさん)がここで未来のチャンピオン到来を予言してくれた。12位にもかかわらず。お二人が興奮気味に語るようすはこちらでどうぞ。2009 J W Yuzuru Hanyu LP B ESP - YouTube

このビデオでは羽生選手の演技がおわるころ、観客が連れてきた幼児の笑い声なども入っていて、私はそこが好きだ。揃わないまばらな拍手や観客の掛け声や、なんとものどかでアットホームな雰囲気がそこにある。張り詰めたシニアの大会とは大違い。

そしてもう私たちはそんなところへ戻れないのだ。羽生選手は今やメガスターだから。私の郷愁はそこから来ているらしい。今日はちょっと感傷に浸っておこう。

 

ではまた~!まだ続くかも。