映画『ボヘミアン・ラプソディ』観た日は祝祭日。フレディ-1-

クイーンの歌を聞くことは自分の大学生時代にタイムスリップすることだ。1975年の来日は大騒ぎだった。テレビ、新聞、雑誌・・・クイーン狂想曲だった。「ビートルズ並み」と言われたけれど、私はビートルズのことは不思議なくらい覚えていない。

それで行ってきました、フレディ・マーキュリーの伝記映画『ボヘミアン・ラプソディ』。朝一の9時半なのに、お年寄りから小学生くらいの子連れ夫婦、学生らしき若者がいっぱい来ており、熱気がむんむんしていた。この映画は私たちの平凡な日常にプレゼントされた祝祭のようなものだからね。お祭りに参加するのに年齢は関係ないし、どんな楽しみかたをしてもいいわけだし、映画評論家が低い点をつけても全然気にならない。

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私は別にクイーンの熱狂的なファンというのではない。それでも公開日を楽しみにし、お祭りが近づいてくるのを日に日に感じていた。感じる?それは過去記事フレディ・マーキュリーと和紙 ルリユール製本 - ベルギーの密かな愉しみをのぞきに来る人が次第に増えてくることでわかるのだ。フレディが和紙を爆買いしたエピソードを書いたのだが、それもフレディが訪れた東京日本橋の和紙専門店「はいばら」の前に立ったとき、突然思い出したことである。翌日は「クイーンの日」ということで、短い記事を書いたら多くの人がブログを訪問してくれた。Jennyさんjflkg4uは武道館コンサートに行ったことを教えてくれた。羨まし過ぎる。

はいばらで応対した人が証言するには、フレディは金箔模様の和紙を100万円分購入し、それでロンドンの家の壁を張り替えるということだった。この「壁紙」の話はまたあとで。

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(写真:約9000円。合成皮革。ベルギーのサイト↓でお求めください。今日からあなたもフレディ!Bohemian Rhapsody : le shopping pour se la jouer comme Freddie )

 

映画はすごくよかった。簡単な感想を書いておく。ブライアンは驚くほど似ていた。フレディ役のラミ・マレックは最初は違和感(フレディはあんなに歯は出ていないですよ)があったのに、進むにつれてフレディにしか見えなくなった。イギリス人が、マレックのイギリス英語の発音がダメ(マレックはロサンゼルス出身なので)だと難癖つけているが、フレディのしゃべり方をよく真似ていたと思う。予想をはるかに超えるすばらしい役作りをしていた。キレのある体の動きから小さな仕草まで、どれだけの時間をかけて研究しただろうか。また彼自身エジプトにルーツがあり、社会のマイノリティに属しているからこそ翳の部分が深く理解できるのだろうと思った。フレディの孤独やアイデンティティの模索などを…。フレディの生きたころは、人種差別や性的マイノリティへの偏見はものすごくあったから。

マレックのインタビューには、こんなはっとするような発言がある。

引用

「脚本を読み進めると、22ページ目にこう書いてあったんです。”フレディ・マーキュリー、逆さま()にピアノを弾く”。こんな難しいことがあるのかと(笑)。フレディって、何千万もの人を手の平で転がすような人です。僕にすれば超人ですよ。どうすれば人間として地に降ろすことができるのかと考えました。で、こう思ったんです。彼は何千万もの人を手の平で転がしながら、同時に誰かの手の平で包んで欲しいと願う人物なのだろうと。こう考えればフレディとつながれると思いました。フレディだって、人間臭い複雑さや、自分を見出すことに苦しんでいる1人の人間なんです。https://theriver.jp/br-jp-press/

*ここの「さかさま」という訳語は「後ろ手」の意味だと思う。 

フレディと父親バルサラ氏との関係も丁寧に描かれた。バルサラ家の物語、バンド・クイーンという家族の物語…家族賛歌でもある。フレディが生まれたのは、タンザニアにあるザンジバル島(当時イギリス保護領で、両親は、ペルシャ系インド人でゾロアスター教の信者。インド生活を経てイギリスに移住。驚くばかりの「ボヘミアン」一家であり、イギリス社会の超マイノリティーである。

父親は息子が音楽にのめり込むのが気にいらなかった。弁護士など社会で認められるまっとうな職に就いてもらいたかったのだ。父と息子は最後には和解するものの、長いこと不和だった。映画の初めのほうで父親が出てきた時、私は不覚にも早々と涙をこぼしてしまった。あの人だ、フレディの葬儀のとき、椅子に腰かけていた小さくしぼんだ老人。木でできた人形のように身じろぎ一つせず。

さいわい、映画は「エチオピア難民救援ライヴ・ライド」のコンサート・シーンで終わり、葬儀でなくて本当に助かった、涙腺が。間もなく命日、今月24日がやってくる。

映画を ライヴ・ライドのコンサートで閉め、新しいクイーン、蘇ったクイーンを強調したのはすばらしいアイディアだと思う。さあ、みんな、クイーンと一緒にまた冒険の旅に出かけよう、新しい章が始まるよ、という声明のようだった。

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↑実際のライブ・エイド写真:Freddie Mercury: His Life in Pictures – Rolling Stone

 

クイーンの魅力

私はなんといってもフレディの声、歌唱、クイーンの曲が好き。ボヘミアン・ラプソディでぶっとんでしまい、すっかり虜になってしまった。クイーンは他のバンドとは別のカテゴリーに入れている。「クイーン」というカテゴリーに。もちろん当時イーグルスとかエアロスミスも好きだったけれども。

クイーンの曲はみんなで歌えるし、ハモれるし、足踏みと手拍子だけでも歌えるところがいい。そういえば夏のサッカーワールドカップでも、優勝国フランスでは街のあちこちで We are the champions, my friends,
   And we'll keep on fighting 'til the end・・・

と歌っていた。フランス人でも歌詞が難なく口から出てくる。旗を振りながら、車から身を乗り出しながら。

クイーンはいつもそれまでの曲と違った曲作りをする。たゆまぬ挑戦や冒険心や遊び心があり、ひとつところにとどまっていることがなく、ジャンルの枠から自由なところがいい。そして20年間4人で築き上げてきた音楽は、これからもどんどん新しいファンを獲得していくだろう。

・・・というわけで私は「音楽」が好きなのだが、1975年来日当時、またはそのちょっと前から多くの女子がきゃあきゃあ言っていた、そのほとんどは、メンバー4人の、少女漫画から抜け出たようなルックスや長い髪、ひらひらの衣装や甘い声に対してだった。それもよくわかる。「きゃあ、王子様みたい」という入り方、別にかまわないではないか。あとから歌に入ればいい。確かにあんなに足が長くてきれいな容貌の人たちはそういないもの。ブライアンなんか本当に王子様に見えるもの。ロジャーなんか愛くるしい女の子みたいだった。

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大和和紀のキラ=クイーン(上の写真)というのもありましたね。

それと話は逸れるが、クイーンはちょっと珍しいほどの高学歴バンドでもあった。(詳しいことはここでは省略)

 

「壁紙」の話に戻る。

以前twitterに フレディの和紙爆買いのことを書いたら、リプが来てこうあった。

爆笑。フレディのねこが破いたろうな。

それではっとした。猫を何匹も買っていたのは知っているけれど(ピンタレスト画像で蒐集している)、たしかにうちの猫も赤ちゃんだった頃壁紙を爪とぎにして悲惨だったけれど、イギリスの邸宅を想像してみてほしい。壁紙は天井から床まで貼らないんじゃないかな。腰壁という壁の低い部分、人間の腰くらいの高さは木材が貼ってあって、それより上に紙またはクロスなどを貼るのが一般的だと思う。映画の中では着物が飾ってある部屋があった。たとえばあそこの壁に貼る。または美人画など日本画が飾ってあるところはどうかな。「金閣寺舎利殿御守護」というお札まで貼ってあったのには笑った。邸宅の再現度も高いのだろう。すごく楽しめた。

 

書きたいことは山ほどあるんですが、今日はここまで。

あとはおまけ^^ 笑えます。

インコ 

 

 日清 カップヌードル CMフレディマーキュリー降臨編

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 またね~!

 

🌸続き