ベルギーの密かな愉しみ

しばらくの間 お休みします。

『この世界の片隅に』 記憶の器として生きる-1-

呉といえば戦艦大和、軍港…えっと…

 それ以上の知識はなく、空襲のことにさえ思い至らなかった私は、ベルギーの書店で『この世界の片隅に』というマンガ(*)を見つけてかなり驚いたものだ。戦時下の呉市で暮らす、普通の人々の日常がまず丁寧に描かれる。主人公は広島から呉に嫁に来たすずという若い女性である。

Dans un recoin de ce monde
de KOUNO Fumiyo (Auteur) Editeur : Kana (23 août 2013) 

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https://www.amazon.fr/Dans-recoin-ce-monde-Vol-1/dp/2505018235

同作家の『夕凪の街 桜の国』(2004年)では広島原爆後の市民を描いているが、なんと2年後にはもうフランス語に翻訳されている。このKANA出版(*)は本当にすごいと思う。『NARUTO』&『デスノート』で稼いだ分を、自分たちがぜひとも世に送り出したいという作品に当てているのではないだろうか。

*KANA出版http://cenecio.hatenablog.com/entry/2016/02/20/000000 

この世界の片隅に』は高評価で、19/20(20点満点中の19点)をつけている批評サイトもあるほど。日本で封切りの映画のことも早くも話題になっていた。フランスならきっと劇場公開するだろう。 

初めて本を開いてみたとき、欄外に付される註の多さにビックリ。フランス人でなくとも、現代の日本人にも註なしではわからないことばかりだから、当然なのであるが。

トーンを使わない素朴なタッチの絵も印象的だった。しかし一番の驚きは、徹底的なリサーチだろう。文にしたら伝えるのに苦心することでも、図解してくれるから一目瞭然なのである。

たとえば

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左:タンポポの根と葉、大根の皮、かたばみ、卯の花などで作るおかず。

右:着物を解いて、裁って、縫ってこしらえる決戦服。 

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これは私が向きを間違えたのではない。フランス語版では註を読むとき本の向きを変えなければならないので大変だな、と思ったので載せてみたまで。

*上記2枚の写真は、フランス人の青年がyoutubeにあげている映像から取った。作品の紹介と批評をしている。[MALC] - Manga - Dans un recoin de ce monde #5 - YouTube

 

このような日々の細かい描写が魅力的で、次第に戦時下のプロパガンダに先導されていく暮らしが生き生きと描かれる。実家や嫁入り先の家族たち、隣組の人たち、人間模様、恋模様もおもしろい。

なんといっても宝石のように光るのは主人公すずである。読んでいくうちに誰もが魅了され、好きになるだろう。(もっと喋りたいが、ここはこらえて留める。どうしてもあらすじを説明してしまうので)。 

最後のほうのすずの言葉。

うちしか持っとらん

それの記憶がある

 

うちはその記憶の器として

この世界に在り続ける

しかないんですよね

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そしてこの作品はアニメとして来月、劇場公開。

konosekai.jp

いやはや作者のこうの史代さん、恐るべしです。調査・取材の分量と熱意が半端でない。史実を追うのでなく、普通の市民生活を綿密に敬意を持って徹底的に調べあげている。

軍港の施設、船や飛行機なども詳しく描かれている。おかげで駆逐艦やら重巡洋艦など、以前は興味がなかったのに覚えてしまった。

作品は「メディア芸術祭マンガ部門優秀賞」その他の賞を受賞したあと、「クラウドファンディングで3,374名のサポーターから39,121,920円の制作資金を集め、日本全国からの『この映画が見たい』という声に支えられ完成した」ということだ。

こうの史代(1968-)さんは広島市出身。広島大学理学部中退、2001年放送大学教養学部卒業。座右の銘ジッドの「私は常に真の栄誉を隠し持つ人間を書きたいと思っている」(ウィキペディアによる) 

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はてなのブロガーhogepongさまの「ほげポンの舞台探訪」

こうの史代の作品の舞台を訪ね、写真をたくさん撮っていらっしゃいます。

d.hatena.ne.jp

d.hatena.ne.jp 

 呉市美術館

この世界の片隅に』 劇場上映を記念して展覧会開催中。

 こうの史代「この世界の片隅に」展|呉市立美術館

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こうの史代「この世界の片隅に」展|呉市立美術館

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大和ミュージアム

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第24回企画展「呉の人びとと戦艦大和の記憶」 | 開催中(予定)の企画展・特別展等 | 大和ミュージアム(呉市海事歴史科学館)

 

海上自衛隊呉史料館 | 愛称「てつのくじら館」

さすがに呉市、いろいろな施設があります。

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http://www.kankou.pref.hiroshima.jp/sys/data?page-id=3832

 『この世界の片隅に』関連はここまで。

 

🌸おまけ

ついでに戦時中のプロパガンダを「写真週報」の表紙で見てみましょう。

枢軸羽子板!

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 『寫眞週報』第百五十一號 (昭和十六年一月十五日),

「近衛さんにはウルズラさん,ムッソリーニには明子さん,ヒトラーにはフランチェスカさん.枢軸羽子板と枢軸令嬢の組合せに新春の庭は微笑ましく,うららかだ」.

フランチェスカ:駐日イタリア大使館付武官ベルトーニ大佐の娘,

 明子さん :日本の画家荒木十畝の孫娘

 ウルスラ:駐日ドイツ大使オット少将の娘

ウィキペディア

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写真週報(しゃしんしゅうほう):内閣情報部による国策グラフ雑誌。1938年2月16日号~1945年7月11日号。最大で20万部発刊された1937年の「国民精神総動員実施要綱」が、刊行の契機となっているといわれる。

戦時の国民生活を写真によって誌面で特集した。統制による人々の窮乏生活を多彩な特集でやわらげ、銃後の団結を高める記事が組まれた。
写真は、木村伊兵衛(創刊号表紙)、小石清、土門拳、永田一脩、林忠彦入江泰吉、梅本忠男らが担当。公募等により、一般読者の写真作品も掲載された。
ウィキペディアよりまとめ)

続き:

『この世界の片隅に』 記憶の器として生きる -2-