文化侵略からオタク文化の受容-7(終)-交流する漫画家・BD作家たち 追記:2018年
浦沢直樹とフランス
マンガを全く読まない人に浦沢直樹(1960年1月2日ー)をひとことでどう紹介するか。日本の漫画界においてトップランナーの一人、そして手塚治虫の跡を継ぐ者、といったところだろうか。華々しい漫画賞の受賞歴を持ち、手塚治虫文化賞大賞を二度も受賞した、唯ひとりの漫画家でもある。
数々の作品のうち、私は『MONSTER』『20世紀少年』が好きである。『20世紀少年』といえば、映画公開は日本よりフランスの方が先だった。2008年夏、私はベルギー滞在から帰って、日本の情報に追いつこうとしているころ、TVのニュースでやっていたのだ。
浦沢人気はアングレーム国際漫画祭で『20世紀少年』が、最優秀長編賞を受賞したあたりから急上昇。現在もコアなファンがたくさんいる。
映画『20世紀少年』のプレミア試写会は、2008年8月19日、シャンゼリゼ大通りの映画館で催された。ニュース映像で見ると、黒山の人だかり。どうしたんだろうと思ったら、客席が400と限られており、入館できないファンが凱旋門のほうに100人以上も列を作っていたのだった。
↓ こちらの東宝さんのサイトからお写真2枚、お借りしています。
http://www2.toho-movie.jp/movie-topic/0808/0620thboy_pp.html
なぜフランスが日本より先か?それは漫画『20世紀少年』がフランスで大人気を博し、プレミアはぜひともパリで、という熱きラブコールに応えたからだという。
「唐沢さん、漫画のケンヂに比べて格好良すぎるんじゃありませんか」とフランス人にマイクを向けられると、唐沢は「いやあ、よくそう言われるんですよ」頭をかきながら、笑いを取っていた。
浦沢直樹が2012年のJapan Expoに参加したときも大騒ぎだった。いろいろな人がレポートしているのでそちらを見ていただき、ここには絵を描くイベント(youtube)をひとつ貼り付けておく。
絵をひとつ描くたびに「トモダチー!」
「ヨハン描いて!」「あ、テンマだー!」などと大きな声が上がっていた。
https://www.youtube.com/watch?v=2l1epjaOhmQ
浦沢直樹&フィリップ・フランク対談
「150YEARS JAPAN-BELGIUMベルギー・日本」(10月19日記事)の続きになる。東京と大阪でイベントがあり、私は大阪の方には参加したが、東京のは都合が悪くて申し込まなかった。
だれか行った人がレポートしてくれていないかな、とネット上を捜してみたが、見つからなかった。フランスではいち早く幾つかの新聞が、web上に対談のあらましを載せた。この二人の人気からして当然だと思う。補足も交えてざっとまとめてみる。
(上記プログラムの作家紹介)
写真:Manga d'Urasawa, BD de Francq, la confrontation de deux géants du dessin - 12/10/2016 - ladepeche.fr
フィリップ・フランク氏はベルギー人でブリュッセル出身、ハードボイルドのベストセラーBD作家。
ベデくんさんのTwitterにもこのように書かれている。(黄色部分→「母国ベルギーとフランスでは」と訂正させてもらいたい)
『ラルゴ・ウィンチ』なかをちょっとのぞいてみよう。こんな感じ。
http://www.actuabd.com/Jean-Van-Hamme-Philippe-Francq
1990年から、フランス語版だけでも1千万部以上を売り上げており、これまでに2度映画化されている、有名な作品だ。
Jean Van Hamme & Philippe Francq
(c) Nicolas Anspachhttp://www.actuabd.com/Jean-Van-Hamme-Philippe-Francq
写真右:フィリップ・フランク氏が作画。ストーリー担当は左のジャン・ヴァン・アム氏(1939~)、これまで何人ものBD作家と組んでヒットを飛ばしてきたが、『ラルゴ・ウィンチ』でフランク氏と組み、ここでも大成功を収めた。
そんな日仏の巨匠、浦沢直樹とフィリップ・フランクの対談である。
二人の年齢はほぼ同じ。二人とも4~5歳の時にマンガ・BDに出会っている。浦沢は手塚治虫の2冊『鉄腕アトム』と『ジャングル大帝』に強い衝撃を受ける。
フィリップ・フランク氏は、ベルギーを代表するBD作家エルジェ(1907- 1983)の『タンタンの冒険』に出会う。父親が全巻持っていたので母親の許可を得て、夢中で読んだという。しかし漫画家になるか、生物学を勉強するかは迷ったそうだ。結局、聖リュック美術専門学校へ進学。この学校には漫画部門(1969年設立)があって、優れた作家を多く輩出しているからだ。エルジェも協力していたらしい。卒業生の作家の一人に、フランソワ・スクイテン(すぐあとで触れるが、目立つように赤にしておこう)がおり、フィリップ・フランクが在籍していたとき、教壇に立っていたという。
浦沢が「あなたはせっかちでしょう。描き方を見るとわかります。僕もですけどね」というと、フランク氏がうなづく。この辺、浦沢はうまい。相手との距離をぐっと縮める。
マンガとBDのリズムが違うという話。それぞれ異なったリズムがあるため、必然的にコマ割りの仕方も変わってくる。
ストーリーの長さの話。フランク氏が羨ましく思うことのひとつに、マンガは描き始めたとき、話の長さ、つまりその話がどれだけ続くかが決まっていない点だという。BDは基本的に作家が一人で、あるいは原作者と二人で創作するもので、アシスタントに描かせることもないし、せいぜい彩色の助手を雇うくらい。そして自分があらかじめ決めたように創作する。出版部が口を挟むことはない。長い時間、時には何年もかけて作品と向き合うのだ。
日本ではマンガは雑誌に連載するのが一般的で、出版社の編集者との関係は密接だし、雑誌読者の反応は非常に大切である。当初の予定より話が膨らんで長くなっていくとき、登場人物の内面に深く入り、寄り添うことができる。読者は共感し、感情が揺さぶられ、涙をこぼしたりする。フランク氏はそこが羨ましいと言う。とても人間的だし、映画に似ている。あらかじめ長さを決めないやり方は便利だから、BD創作の中にも取りいれたいのだが、やはり無理だと言う。
仕事量について。浦沢は30年間で150巻もの作品を世に出した。ひと月に130ページくらい描いたこともあるという。月に10ページ程度だったらいいのに、と浦沢。
フランク氏は、一作終えたら4カ月休みを取るそうだ。それを聞いて浦沢は、たった一週間、正月休みを取っただけでもうリズムが狂って仕事にとりかかるのに苦労する、と述べる。
フランク氏は、マンガやテレビアニメシリーズから影響を受けているのだという。
マンガとBDは違うものだが、いまや両者は互いに影響しあって発展しているのだ。ここ数年、交流はますます活発で、毎年フランス・ベルギーからBD作家たちが日本を訪れ、イベントや交流会に参加している。BD作家の中にはマンガの手法を取りいれる者も増えているし、「manga-ka」も何人も出てきている。
今後、ベルギー・フランスのBDやマンガが、日本で多くの読者を獲得できるようになるといいな。ほら、漫画は「9番目の芸術」というでしょう。フランスでもベルギーでも日本でもね。フランク氏はこのように話を閉めくくった。(以上ザックリまとめ)
漫画 9番目の芸術
フランス・ベルギーでは漫画・BDは「芸術」扱いである。ブリュッセルにある漫画博物館は有名。年間20万人以上が訪れるという。(http://cenecio.hatenablog.com/entry/2016/03/17/000330)
ではあとの8個の芸術はなにかというと、
1.文芸
2.音楽
3.絵画
4.演劇
5.建築
6.彫刻
7.舞踊
8.映画
それだから先日紹介したルーブル美術館特別展のポスターも No.9 となっているのである。
漫画家とBD作家の交流
ここ数年、交流は盛んで、日・仏・ベルギーの作家たちが行き来し、刺激を与えあっている。本当にいい時代になったなと思う。あんなに蔑まれて「文化侵略者」と叩かれたマンガが今では世界中で認められる、日本の大切な文化コンテンツとなったのである。
メビウスは、2009年には5月3~10日まで訪日。シンポジウムやイベントが活発に行われた。浦沢直樹、夏目房之介、永井豪、谷口ジロー、荒木飛呂彦といった豪華な面々がメビウスについて、また受けた影響について語ったそうだ。浦沢はスケッチブックを取り出すと、メビウス風の絵を描いてみせたという。浦沢は「海外マンガフェスタ」の会場でこう発言したことがある。
「フランスに行くたびに、書店のメビウス・コーナーをまるごと“大人買い”していました。彼の描いた線を見ると、『さあお前も描け!』と言われているようで、ハッパをかけられるんです。僕の創作の原動力になっています」
(「メビウスx浦沢直樹+夏目房之介」シンポジウム ぷスター)
もえびうす、とプリントされたTシャツを着るお茶目なメビウスさま。こちらの方のブログでお写真見られます。↓
もえは萌えなのか。Moebiusはは本来ドイツ名でMöbius と表記するのだが、öがフランス語に存在しない文字なのでOEとしている。
こちら夏目氏(漱石のお孫さん)のブログ、お薦めです。
こんなふうにレポートしてくださると本当にありがたいです。
海外マンガフェスタ
豪華な顔ぶれ!(2013年5月のものです)
http://www.nippon.com/ja/views/b02202/
中に挟まれた4人の方々はスターBD作家。浦沢が影響を受けたというフランソワ・スクイテン★氏(右から二人目)。その隣のブノワ・ペータース★氏とコンビを組んでいる。二人とも1956年生まれでおさななじみ。
記事:日本マンガの巨匠が欧州BD軍団と対決! 浦沢直樹の巻
http://www.nippon.com/ja/views/b02203/
写真:http://www.institutfrancais.jp/tokyo/events-manager/livres121118/
さて最後にやっとたどり着きました。
フランソワ・スクイテン氏(★写真左)。メビウス、ビラルと並ぶ、偉大な作家です。
邦訳のあるスクイテン&ペータース氏の作品。
1985年、アングレーム国際漫画祭で最優秀作品賞を受賞。
小学館集英社プロダクション (2011/12/17)
浦沢はこう語っている。
『闇の国々』を誰から勧められたわけでもなく、湘南に出かけた際に入った書店で偶然手にとり、表紙の絵が『ただごとではないな』と思って購入した。(上記サイトより)
本の厚みは4センチもあり、400頁もあって第2、3巻と続く大作である。2012年には海外作品としては初の文化庁メディア芸術祭マンガ部門の大賞を受賞している。
最初に開いたときの衝撃は忘れられない。細かい描線に目を見張り、巨大な建築物(ナチスの建築家シュペーアの建造物を思わせる)に権力の支配を感じて圧倒される。奇妙な「網状組織」と呼ばれる鉄の立方体が増殖して町に広がっていき、人々に混乱を引き起こすのだが…。すっかり物語の中に入りこんでしまう。
ストーリーは三話とも全く違って、どれもそれぞれの魅力があるが、第3話『傾いた少女』から読んでもいいかな。最近ようやく本を入手。
ここで「文化侵略からオタク文化の受容」終わります。