中国のことを話そう -1-

凄まじい勢いで変わる中国

話したいことがいっぱいあります。1976年の北京空港や、「日本って中国じゃないの?」と一切の悪気なく言われた思い出やら…。

その前に、下の「妖怪」エントリを書いたとき、記事末に載せた中国の天津市滨海図書館に対する反響の大きかったこと!皆さんに「近未来!」「クラクラする」と言ってもらえて大満足(笑)。ご覧になっていない方、写真だけでもぜひどうぞ。↓

浸透し深化する日本のサブカルチャー-3- 妖怪を愛するフランス人&水木しげる - ベルギーの密かな愉しみ

この建築家はオランダ人3人組で、私は以前からオランダ国内の建築物を見ては感嘆し、注目していました。記事末に作品をひとつ載せておきます。

あの図書館は、現在の中国の勢いを象徴していると思うんですね。以前読んだはんなりマンゴーさまの記事がぱっと頭に浮かびました。4月に上海に出張でいらして数回に分けてレポートなさってました。(ほかにフランス・インドなどの記事も書いていますが、大変興味深いです)

 

ほら、この写真を思い出したわけです。(お写真、お借りしました)

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hannarimango.hatenablog.com

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マンゴーさんは中国人の同僚たちを観察し、ものの考え方や買い物の仕方などを活写します。現金をもたず、スマートフォンと指1本で、いつでもどこでも何でも買ってしまう中国人。「ステータスシンボルなものを買う」から「私が本当に欲しいものを買う」にシフトしていることや、「愛国心の追い風を受けたブランドも製品の技術刷新が遅れたら途端に勢いを失った」など…。

私が大いに納得したのは「文化大革命」のくだり。すなわち、文化大革命は古来の文化や伝統を消滅させたが、そのことで逆に、足枷でしかなかった因習や固定観念を廃し、過去にこだわることなく、未来志向で突き進むことができること。

若い人は祖父母の貧しい時代や辛苦などさらさら興味がなく、自分たちがこれからどうやって豊かになるか、その一点に集中できること。

そして「数千年の文化因習すら整理の対象と捉えるのは それはそれでスケールがでかい。」とおっしゃる。中国の特徴はまさにこのスケールの大きさでもあります。

 

私は1980年代後半、中国人に日本語を教えていたことがあり、上海人が多かったのですが、帰国すると家族写真を送ってくれたものです。地理的にはちょうどマンゴーさまのホテルの立つところ、その辺で撮ったスナップを何枚も見ました。水辺にたつ建物は高層でない煉瓦造りで、異国情緒たっぷりの、おしゃれでのどかな都市という感じでした。

ところが今、マンゴーさまが見せてくれる摩天楼群にその面影はほとんどない。別の街です。あれから想像を絶する勢いで成長し、変化し続けている。それは北京・上海のような大都市だけでなく、中小都市にも広がって、天津市の図書館はそのほんの一例なのです。

マンゴーさんは「上海なら海外駐在もありかな」とおっしゃっている。私は上海人はほかのどの都市の人とも違うという印象を持っていました。垢ぬけていて好奇心旺盛、順応性があり社交的。実によくしゃべります。だから言葉もすぐにうまくなります。

昔は中国人学生に日本人の保証人が一人つく決まりでした。うちが保証人になっていた女性は、日本語学校から東京大学大学院にすすみ、帰国後研究者になったし、優秀な人が多かったと思います。

また上海語(ザンヘーオー、と私の耳には聞こえる)話者は北京語・広東語話者に比べて、発音が近似するものが多いのか、日本語の発音が特段にきれいでした。

留学生は90年代初めまではまだ上海・北京から来ていましたが、その後優秀な中国人学生はもう日本には来ないで、奨学金を得て米英およびヨーロッパに留学するようになりました。

同様に90年代前半までは台湾からも多かったのです。ビジネススクールに勤めていたとき、台湾人のきれいな女の子たちが多く、華やかな雰囲気を醸し出していました。

彼女たちに「秘書コースにいるんだから、卒業後は日本企業で働きたいんでしょう?」と聞いてみると「いいえ、親にまず日本へ行ってこいと言われたんです。これはいわば花嫁修業のようなもの」と言う。日本語と幾つかの資格を取得して、台湾で就職してもいいし、結婚してもいい。2年間東京で暮らしておしゃれや美容にも磨きをかける、ということでした。私の記憶の中でも90年代はまだ明るい色の塗り絵です。

現在日本語学校に来ているアジアの人たちは、「アルバイトをしながら勉強できる」という制度を利用しているのです。あくまで一定時間内のアルバイトということになっています。実際は違いますが。これは日本特有のもので、他の国では考えられませんね。不法労働の温床になってしまいますから。

親が学費を出せない人には願ってもないチャンスです。それとは別に、親が日本語学校から大学卒業までの学費を持ち、裕福な親はワンルームマンションを買って与えるケースもあります。一人っ子ですから、親は何でもします。卒業後は日本語が活かせる仕事につきたいと思っているようです。でも中国人はだんだん減ってきており、ベトナムミャンマー人が増えている、と5~6年前に聞きました。最近のことはよく知りません。

今は閉塞感漂う日本。日本の大学には魅力がない、日本から特に学ぶものはない、と考えている外国人も多いようです。

反対に日本人の学生もあまり外に出ていかない。国費留学生試験に学生が集まらない、と大使館員や教授たちが嘆いていました。外国語がネックなのか、意欲がないのか。留学しても一単位もとれずに早々と諦めて帰国するケースも見られます。かたや中国人は猛勉強をして評価も高い。フランスの大学の経済学部修士過程に留学した人が「うちではいつも中国人留学生二人がトップだった。互いにライバル心燃やして勉強していた」と話していました。

 

日本を知らない 人たち、蛇を食べるかと聞く人たち

2007~08年、ブリュッセルに1年住んで、移民学校でオランダ語を習っていた話は前に書きました。移民難民といっても、自国では教育が高く、戦火や政治的な理由で逃げてきている人もけっこういたのですが、そういう人は世界の地理くらい知っているから問題ありません。でも若い世代で特にムスリムやアフリカ(マグレブ以外の)から来た人たちは「日本」を知らない。台湾と混同しているならまだいいのですが。

「あなたも蛇、食べるの?」と聞いてきた若い女性は難民ですらなく、モロッコ出身の親のもと、ブリュッセル生まれ育ちのれっきとしたベルギー人でした。

「食べないわよ、それは中国人でしょ。私、日本人だもん」

「日本って中国じゃないの?」

「は・・・」

すると横からコンゴ人のハンサムボーイが

「日本は中国とは別の国だよ」。

呆れた私は、SONYとかTOYOTAとか言ってみたものの「日本」のイメージはないようでした。そしてアニメもムスリムの女性は見ないので知りません。

それに当時は(おそらくヨーロッパ中で)SAMSUNG天下だったんです。なんと液晶テレビのことをSAMSUNG(普通名詞化!)と言うくらいだったし。

ベルギー人と結婚して、新居のため電化製品を買いにいった人の話を聞いたときは耳を疑いました。売り場で展示されているのはほとんどが韓国か中国製。ケータイは100%SAMSUNG

なぜなら日本製品は値段が高すぎて、出しておいても売れないから引っ込めているんだそう。ベルギー人はあらかじめ値段や性能を調べてピンポイントで買いに来るので、日本製品が売れることはほぼないんだそうです。確かに我が家(ブリュッセルの家具付きアパート)の備品も全て韓国製でした。

一方で、当時はまちなかで見かけるカメラは圧倒的に日本製でした。会う人会う人しつこくチェックして喜んでいた私。韓国製を提げている人には心の中でダメ出し(笑)。

  

 日本のプレゼンスの低さを教わる

先ほどのコンゴ青年は、母親が国連に勤めていたという人で、ブリュッセルには母親の再婚という形で移民としてやってきた。コンゴにいるときは仕事でアフリカを広く旅行したという人です。この人が私にいろんなことを教えてくれました。

中国人はアフリカに大勢でやってきて、道路を作ったり線路を敷いたり、住民にも仕事をくれたし、農業でも工場でもいろいろな設備を作って残してくれた。だからみんな感謝している。白人と違って上から目線じゃないところがいい。

韓国人はケータイを売る人たちで(笑)、皆きさくですぐ親しくなれる。

日本の企業が来ているのは知っていたけれど、日本人ってまちなかに出てこないのはどうしてだろう。だからいないも同然。(「きっと透明人間なのよ」と私の悲しいジョーク)

また日本企業に勤めるベルギー人が教えてくれたことー ブリュッセル駐在のビジネスマンは日本人サークルで固まっている。ゴルフしたりカラオケに行ったり、食事はすしレストランといったふうに、ベルギー人とほとんど交わることはないのだと。コンサートには一度行ったことがあるけど。せっかくベルギーにいるんだから人脈を広げたり日本ではできないことに挑戦すればいいのにね、お高くとまっているように見える、とのことでした。

ああ、耳が痛いなあと思って、ため息がもれました。

今振り返ると、この頃(2007年)もうとっくに日本は存在感を無くしていたんだなとわかります。取り残されていることに気がついていたんだろうか。リーマンショックのせいでも、東日本大震災のせいでもない。競争に負けたのでもなくて、自分から勝手に滑り落ちて劣化していったんですね。

いや、それとももっと前?1990年代か?それについてはまた次回、展開してみようと思います。

 

衰退するニッポン

こちらは大連に出張でいらしたSPYBOYさまの記事です。

トピックスは幾つかあるのですが、大連旅行記の方は前・後編と読んでもいいと思いました。どちらともすばらしい記事です。

d.hatena.ne.jp

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TVのニュースを比較して日本のダメさを感じるところは、私も大きくうなづくところです。中国のテレビはトップニュースに国際情勢をやっているのに対し、日本は来る日も来る日も飽きもせず、相撲の傷害事件ばかりでした。

 

また働き方では

改めて思ったのは『あちらの人の方が日本人より一生懸命』、ということです。ボクが話を聞いた中国の人たちは仕事は極力 定時で上がって、そのあと勉強しています。大学にMBAを取りに行ったり日本語を勉強したりしている。日本人のようにダラダラ残業したり、ほぼ毎日飲みに行って会社の愚痴をこぼしたりなんてことはしない。もちろん全員じゃありませんが、中国でもベトナムでも、そのように向上心のある人はかなり多い。特に女性はそう。

・・・(略)
ボクが訪問した企業は中国人従業員の約3割が修士卒、6割が日本語を話せます。ついでに管理職は女性ばっかり(笑)。中国企業でも女性が幹部に登用されている例は多いと思います。

日本の衰退って日本人自身がもたらしていると思いました。日本の最大の脅威は北朝鮮でもなければ中国でもない、日本人です。男も女もパワフルで前向きな中国の人と比べると良くわかります。日本人は後ろ向き、内向き、現実を見ないで他人の足を引っ張るばかりです。やらないことの言い訳ばかりで、総理大臣や役人は内向きの嘘ばかりついてごまかそうとする。バカな国民は無関心で現実をみようとしない。少子化や産業構造の変化への乗り遅れを見て見ぬふりをする。

ぜひお読みください。

(読まないと損するよん!)

 

🌸今日の写真

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集合住宅「シロダム」(アムステルダム

海上に浮かぶ巨大客船のような集合住宅。建築家集団 MVRDVの代表的作品のひとつ。

MVRDV (@MVRDV) | Twitter

 

🌸続きです

cenecio.hatenablog.com

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