オオムラサキいなくなっちゃう!昆虫も鳥も減ったね(続)

ゆゆしき事態

先週、昆虫や鳥の減少が目立つという記事昆虫も鳥も減ったね。わが家の小さな自然-3- 蝶・メダカ・オオウバユリを書いたのだが、その二日後愕然とする記事を読んだ。環境省と日本自然保護協会が合同で行った調査の結果、蝶の減り方が凄まじいことがわかった。各紙報じているので皆さんもとうにご存じかもしれない。ノウサギゲンジボタルなども減少しているが、今日は蝶に限定したいと思う。

オオムラサキなど87種類の蝶を調べた。里山などに多く生息している、ほとんどが普通種といわれているもの、日常的に観察できる蝶だ。どのようにして調べるかというと、各地の住民や自然保護団体に協力してもらって発見数を数えるのである。すると34種で30%減、6種で90%減というショッキングな結果が出た。後者はレッドリストの中でも最も絶滅の恐れが高い部類に入る。これは関係者や専門家の間でも衝撃で、生息環境の保全にすぐさま取り組まなければ、と危機感を感じているという。

原因は様々で複合的だ。おもしろかったのは「鹿のせい」。蝶が生息する林の樹皮や下草を鹿が食べてしまうのだという。水質の汚染や農薬の影響も考えられるし、人が住まなくなった里山が荒れ、蝶の生息環境を支える植物が育たない…等。

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https://mainichi.jp/english/articles/20191116/p2a/00m/0na/023000c

(写真:オオムラサキ

前に書いた昆虫も鳥も減ったね。は4回言及していただいたのだが、そのお一人 Hoarding Examples (英語例文等集積所)のnofrillsさまもみかんの種を植えて食草にし、アゲハ蝶を飼育・観察していらしたという。最新記事とその前エントリとで「昆虫の減少という問題」(BBCの記事)を扱っていらっしゃる。こちら

go + 形容詞, 英文読解, -ing形の区別, thatの省略, 関係代名詞など(昆虫の減少という問題に、私たちは何ができるか) -

おことわりしてあるのでちょっと引用させていただこう。

( 引用)

私の住んでいるエリアでは、立派な庭があって庭木が植えられているようなお宅が近年次々とマンションやアパートに建て替えられていて、「庭木」というものがどんどん減っていて、住宅街の立派な一本桜(ソメイヨシノ)が姿を消した次の年には、隣の区画のヤマザクラが消えて、自転車で数分行ったところにあるハナカイドウやハナミズキに満たされた庭のある家が取り壊されて時間ぎめの駐車場になったりしている。かなり離れた場所だが、道路の拡幅のために家が立ち退いた場所もあり、そこにそびえ立っていた何の種類だかわからないが巨木もなくなった。昨年(2018年)10月の台風で公園の木が何本も倒された影響もある(巨木がすさまじい風に揺らされたため、根本が緩んで倒木の危険が生じたとかで伐採されたものもあるし)。寿命を迎えたというソメイヨシノの巨木が私が行動する範囲で数本切られた。一方で新築の豪華マンションの周りには若い木が新たに植えられているから、この先はまた環境が変わってくるのかもしれないが、ともあれ、今は目で見えるレベルで「緑が減った」と感じられている。 

そういう場合でも、昆虫が生きられる環境を人の手で作ることは可能だ、というのが今回の記事。(略)

 もうよくわかる。わかりすぎるほどだ。バブルの頃にすでに始まったこの流れ、ずっとやりきれない思いで傍観してきた。比較的大きな邸宅や日本家屋が壊されることはすなわち、庭木や植物、鳥や昆虫といった自然環境を丸ごと失うことである。また、その跡地は大抵無個性の集合住宅(ワンルームマンションが多い)やお決まりの賃貸駐車場に変身する。

nofrillsさまはまた、ヒサカキの植え込みにホタルガが大発生したことを書いてらっしゃる。私はまだホタルガを見た事がない。調べてみたら頭部は赤く、黒っぽい羽に白い帯模様があってなかなかおしゃれな蛾だった。幼虫は毒があり、昼間に飛ぶ蛾で住宅街でよく見かける、とのこと。今度注意して見てみよう。

わが家の近くに来る蝶は、アゲハ蝶(ナミアゲハ、クロアゲハ、アオスジアゲハなど)のほか、シマケンモン(うちにシマトネリコの木があるため)、カノコガ(きれいで可愛い!)など。

 

ニューヨーカーの試み

1990年代に読んだニューヨーク発の記事に感化され、蛾を育てたこともある。ニューヨークでは年々虫が減っている。虫がいない環境なんておかしいじゃないか。ベランダや空き地で草花を育てよう。

…とここまでは普通の話。東京だって温暖化対策などで「もっと緑を」と、同じことが言われていた。ニューヨークが違うのは蛾も同じ扱いだった。つまり蛾も生きられるように蛾の好む植物を植えよう!

初めはえ?と思ったが、私はすぐにやってみた。ヒョウタンである。自分で育て、中をくりぬいて容器にしたり飾ったりしてみたかったのだ。ヒョウタンはぐんぐん成長し、ベランダの物干しざおを占領し、それでもまだ足りずどこまでも伸びていく。そして素晴らしい贈り物をくれた。白い美しい花である。白い首を葉の間からツンと出し、月明かりに照らされて笑っている。するとそれに引き付けられ、蛾が集まってくる。蛾は受粉のお仕事をしてくれるのだから、産み付けられた卵から食欲旺盛な幼虫が孵り、葉を食い荒らしても私は気にしない。

 もっとも受粉は人間の手でもできるのだが、蛾の様子をみようとよくベランダで過ごしていた。そのおかげでコウモリが飛んでいるのも気づいた。どこから来るのかと調べたら近所の神社だった。楽しいヒョウタン栽培、懐かしく思い出す。

 

オオムラサキといえば…

miyotyaさまのオオムラサキ・レポートが秀逸。こちら→ 蝶ハウスにオオムラサキがいっぱい!2012-06-15

「高校の物理の教師をしていた時に、同僚が採取してきたオオムラサキの卵をもらって翌年に羽化させたところ、その美しさに魅せられたのがオオムラサキを飼育するきっかけになった」という方のお宅(茂原市)を訪問して、蝶ハウスをレポートしてくださっている。感激のあまり、パソコンにブックマークしてあるのですぐ取り出せた(笑)。みなさん、ぜひ読んでみて!オオムラサキの蝶ハウス、夢のような世界!(ため息)

それにしても蝶の急減のこと、その方はどう思うだろうか。miyotyaさまに聞いてみよう。

 

憎きヤツだと思っていたら…

nofrillsさまもmiyotyaさまも、蝶を飼育している人は皆書いている。蝶への寄生(寄生バエ、寄生バチ)というにっくき敵のことを。せっかく大きくなり、サナギになったと思ったら寄生されていることがわかり、泣く泣く土に埋める。ハチが孵る前に。

すると先日、あっと驚く記事を読んだ。こちら

寄生バチがシイタケを救う? 害虫のキノコバエを退治:朝日新聞デジタル

シイタケ農家の悩みの種、キノコバエというものがいる。シイタケを食べて成長し、ハエになる、まさに重大な害虫である。さらにこれまでは有効な防除策もなかった。

ところが、そのキノコバエの幼虫に寄生バチは寄生するのだという。「寄生バチがいるハウスでは、いないハウスに比べてハエの増殖が98%減った」とのこと。

驚くことは多い。虫の世界は奥深いなとしみじみ思う。

(終わり)

 

🌸通信欄 (コメントに対する簡単なお返事)

araresanchiさま、

私もさなぎを羽化させたときは面白い発見がありました。さなぎって意思表示するように激しく動くので我が子のように応援しちゃうんですよね。昆虫がいなくなると植物・農作物も育たないですから、人間の危機ですね。2019/11/12

ええ、サナギはけっこう動くので最初のころは驚きました。青虫が上に乗ってくると「やめて!あっちへ行って!」とブルンブルン上部を振ります。おもしろいですね。

II-O さま、

小動物が減ったというとすぐ気候変動(日本は温暖化)辺りになりがちだけど、電磁波なども可能性あるのかな? 逆に害虫は増加してるそうな。

電磁波というのは考えもしませんでした。「害虫は増加してる」ことは他の人も書いていますね。マミーさんとも話しましたが、ヒアリセアカゴケグモなど、恐ろしい虫も増えています。

BUNTEN さま

覚え書き:ヒョウタンでググったら大型のプランターでならいけそうな感触だった。植えるなら今持っている100円プランターの中の古い土の処分が先だが、いつ手が付くやら。→ずぼら俺

私もプランターでした。支柱は立てず竿に好きなだけ、気のすむまで巻き付かせておきました。ヒョウタンができるともう可愛くて可愛くて。今でも大切に取ってあります。

BUNTENさん、凝り性っぽいから巨大なの育てちゃうんじゃないですか。

URURUNDO さま、 

ついこの間まで、うちの小屋のドアには夜になると黄色、白、茶色などの大きな蛾が沢山の張り付いていました。昼間は蝶がヒラヒラ。蛾には全く興味が湧きませんでしたが来年が待ち遠しいです。瓢箪の可愛さ分かります

瓢箪の可愛さ、わかってくださる?嬉しいな。何であれ、自分が手をかけて育てているものはみんな可愛いし尊いですよね。東京のベランダでスイカを作っている人もいます。垂直でも生るんですね、驚きです。

isourounomituさま、

虫たちの減少は実感できます。人間による開発、温暖化・自然災害など複数の要因によるものでしょう。特に国蝶オオムラサキ(北海道中央部が北・東限)にはエノキが、雪虫はトドとヤチダモが無ければ生きられません。

国蝶オオムラサキ、北海道にもいたんですね。知りませんでした。

>人間による開発、温暖化・自然災害など複数の要因…

おっしゃる通り。原因は絡み合っていますが、一番悪いのは人間でしょう。里山が荒れていることはコメント欄にみよちゃ様が書いてますが、「開発」でなく「放置」「ネグレクト」です。人が手をかけないと植物もうまく育たないわけです。雑草ばかりの荒れ放題になって里山は死んでいきます。

ni-runi-runi-ruさま、

昔は(草肥としての?)蓮華畑が結構あって蝶々や蜜蜂が沢山居ました。それが化学肥料に代わり蓮華畑も無くなり、蝶々や蜜蜂の居場所が少なくなった?また蓮華畑を増やせば蝶も激減している蜜蜂も戻ってくるかも?

レンゲ畑!そうですね、考えが及びませんでした。懐かしい風景、風景遺産となりそうですね。化学肥料も怖いけど、もっと言われているのが除草剤。アメリカのは成分は枯葉剤だと園芸教室の先生が声を低くして話してました。

みなさま、いつもたくさんのコメント、ブックマークをありがとうございます。

 

🌸うちの花たちのスナップ

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広場と民主主義 &銀座無印で長野のリンゴ

広場のない日本は民主主義が根付いていないのか。

今週は、10日(日曜)に#1110原発ゼロ国会前集会、11日(月曜)に#WithYou #MeToo フラワーデモhttps://www.flowerdemo.org/と続けて参加した。多くのスピーチのなかから今日は、原発ゼロのスピーチをひとつ紹介しようと思う。

環境デザインが専門である廣瀬俊介氏が「広場」について話してくださった。首都圏反原発連合さんのツイートをちょっとお借りする。

ここでいう広場とは、遡れば古代ギリシャにあったアゴラのような所。市民が自由に集まって歓談し、政治の話や商用の取引などもできる場所。こうした広場は今でも西洋の街なら中央に配され、市民のためのなくてはならない大切な空間となっている。

日本には西洋にあるような広場がない、都市計画においても広場を造らなかった。それは日本人に民主主義が根付いていないからではないか。そう言う人もいた。

廣瀬氏は、戦後復興期に広場を造った石川栄耀という人物に触れる。石川栄耀は新宿歌舞伎町の産みの親であるが、戦後都市計画の一環として、新宿コマ劇場に皆が集える広場を配したのだという。

東京には非常に広大な広場がひとつある。皇居前広場だ。天安門広場よりも大きいらしい。先日も天皇陛下の即位を祝って、アイドルグループ「嵐」が歌を歌っていた。

戦前・戦時中は神聖な空間だったこの広場は戦後、堀を挟んで向かいに建っていた第一生命館ビルにGHQが置かれると性格を変え、一般人に開かれた空間となる。戦後初のメーデーには50万もの人が集まり、あの広大な敷地を埋めた。その後禁止になるまでの4年間、様々な集会や運動の舞台となって「人民広場」と呼ばれたことも。

広場でなくても、安保闘争ベトナム戦争反対運動では大学キャンパスの他、駅なども集会の場となった。(新宿西口地下広場、懐かしい!)

しかし道路交通法とか警察の規制などがあり、閉鎖や禁止に追い込まれると、もはや政治的な集会を開くのに適した場所がなくなってしまった。

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↑国会前集会、人が徐々に集まっている。 ↓スピーチを聞く人たち。

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そこで廣瀬氏は哲学者・思想家のハンナ・アーレントの言葉を引く。彼女は『人間の条件』のなかでこのように言っている。

「活動と言論は、それに参加する人々の間に空間を作るのであり、その空間は、ほとんどいかなる時いかなる場所にもふさわしい場所を見つけることができる。」(ハンナ・アーレント『人間の条件』志水 速雄 訳)

この国会前にも、首都圏反原発連合の呼びかけで「共に行動し、共に語るというこの目的のために共生する人々」が集まり、一種の「広場」を作っている。またSEALDsそして未来のための公共の人たちが後に続いていること、それは民主主義を守る上で大きいと思う。3.11以降の成果はそれなりにあがっている。この広場を今後も守り、日本の政治や社会を良くしていきましょう。(ざっと廣瀬氏のお話をまとめた。)

また国会前の原発ゼの集会については、SPYBOYさまが毎週書いてくださっている。こちらぜひ↓

spyboy.hatenablog.com

 

東京駅行幸通りでフラワーデモ。

場所ということを考えると、フラワーデモの場所は興味深い。なぜなら皇居前広場の延長線、つまり皇居と東京駅を結ぶ道、行幸(ぎょうこう)通りで行われるからだ。フラワーデモは毎月11日に開かれている。(写真は皇居を背にしている。)

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フラワーデモはこじんまりと静かな集会であるが、人々の真剣な眼差し、集中や張り詰めた空気、共感の波がこちらにもビンビン伝わってくる。男性の姿が意外に多いのにお気づきだろうか。

 この日は27都市で27の「広場」が作られたわけである。

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(整備され、ライトアップされた東京駅前の広場。月がきれいな日だった)

 

無印良品銀座で長野のリンゴを買う。

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無印でリンゴを買って夕食のデザートにいただいた。美味!

とここまでは普通の話だが、これは長野のリンゴ農家を応援しようという無印独自の試みで、12月上旬までに約1トンを販売する予定だという。「風や雨によって枝にぶつかり傷やシミができた」リンゴらしいが、せいぜいこの程度。1個130円。

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今回は「サンふじ」という銘柄だった。おや、長野?リンゴ?もしかして…

わっとさんが長野へボランティアにいらしたのをはたと思い出した。見てみたらやはり「サンふじ」の差し入れをもらったと書いていた。「ツイッターにこの写真を流したら一部誤解があったが、一人で全部もらったわけではありません。一人一個です。」という断り書きにクスリと笑ってしまう。笑ってすみません。ボランティア、ありがとうございました。
ちなみにサンふじは「食べるリンゴジュースのような濃い味わい」というウリだが、全くその通りである。

わっとさんの記事はこちら。

www.watto.nagoya

 

 ではまた次回!

昆虫も鳥も減ったね。わが家の小さな自然-3- 蝶・メダカ・オオウバユリ

虫が少なくなった。

よく家族で話題にしている。もう10年以上経つだろう。毎年繰り言のように同じことを…。虫が好きでない人はどう感じるのかわからないが、私はけっこう深刻に受け止めている。東京都心は意外に緑が多く、虫も鳥もけっこう身近な生き物だ。東京住まいなりに身の回りの小さな自然を愛で、季節を楽しみながら暮らしている。うちの子どもたちも自分の幼少の頃と比べて明らかに虫が減ったと言っている。たとえば、ひと頃あんなにうるさく鳴いて道でお喋りもままならないほどだった大群のセミたち、いったいどうしたんだろう。近所の神社に行っても、今年などは指を折って数えられるほどまでに減って本当に心配だ。皆さんの周りはどうでしょうか。

昆虫の減少については世界中で言われているし、ミツバチの失踪や大量死はよく記事になっている。去年ドイツの自然保護地区で行われた調査によると、昆虫は27年間で7〜8割減っているとのこと。全体的に虫(益虫害虫含め)が減った印象はイギリスの新聞‘The windscreen phenomenon’ - why your car is no longer covered in dead insectsが書いている。たとえば昔はよく、車のフロントガラスに虫が飛んできて汚れたものだが、最近ではそういった車を見ることも少なくなったという。フロントガラス現象(the windscreen phenomenon)と呼んでいるとか。

 

蝶もトンボも減った。

私は蝶を長く育てている。今年7月の長雨のあと、「さあ、8月だ。蝶がたくさん飛ぶぞ」と思ったら全く姿を見せないではないか。家族で「蝶見た?」が日々の合言葉のようになっていた。おかしいなと思っていると、北海道にお住いの居候の光さまが8月に同じ心配をしていらした。人は大義を成さずとも、心ある行為をしていればそれで良いのではないか。 - 居候の光

花が咲くのが遅いようだが、冷夏のせいかと問い、アゲハ蝶は「野原の遠くに2度ほど見ただけ」とおっしゃる。小さな野鳥が減ってきていると心配もしている。「昨年の強風による大量の倒木や、雨量不足、日照不足など、天候や自然災害の影響も大きいのだろう」…と。(ざっとまとめてしまい、すみません)

生態系が変われば人間の生活にももちろん影響が出る。というか大抵の原因を作っているのは人間の方だった。殺虫剤や除草剤、農薬、危険な肥料のせいもあるだろう。温暖化や異常気象も関係あるにちがいない。

さきほどの「蝶を見かけない」の話に戻るが、東京の我が家の周りでは8月は賑やかにいろいろな種類の蝶が飛び交うはずなのだ。そのために食草としてたくさんの柑橘類などを育てている。お腹一杯食べられるようにと。ところが8月に入って3週間もの間、一匹もやってこなかった。毎日全部の鉢を調べ、卵が産みつけられていないかチェックした。

そうして8月も下旬になってやっと蝶がもどってきた。喜びのあまり居候の光さまに知らせたほどだ(笑)。

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上の写真は今年新たに種から育てたもの。柑橘類を食べたら種をきれいに洗って植えておく。どれが何かはもう覚えていないが、白い札があるのはレモン、それだけは確か。

とにかくアゲハ蝶の幼虫は実に「はらぺこあおむし」でむしゃむしゃとよく食べる。夏の終わりには全部の木の葉が食べつくされてしまう。

こちらは今年の小さな鉢にうまい具合にサナギになり、羽化したアゲハ。机の上で毎日観察していた。

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はらぺこあおむし君は体を「く」の字に折り曲げてサナギになる準備をしている。

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(7月24日無事に羽化)

こうした写真は、千葉にお住いのみよちゃさまid:miyotyaが上手に撮っていらっしゃる。たくさんの記事や写真があってどれもすばらしいが、私は蝶や生き物、野草などの話題を特に楽しみにしている。中から今年3月の記事、越冬した蝶の羽化の喜びを綴っているのをお借りしたい。(ありがとうございます)

miyotya.hatenablog.com

コメント欄を今のぞいたら、私はアゲハ越冬組12匹が死んでかえらなかったことを嘆いている。よっぽど残念だったらしい。(どうもすみません。勝手なことばかり書いているようです)

しかし、下の写真、「東西南北にうまく位置取りしたサナギたち」は無事巣立っていった。

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サナギといえば去年はこれ。(全部かえりました)

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今年は地味にこちら。

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初め5匹で「ゴレンジャー」と言っていたが、いつのまにか7匹になっていた。来年無事飛び立てるといいな。

蝶と言えば忘れてならないのがツマグロヒョウモン(褄黒豹紋)。よくお目見えする蝶。東京に多いのか それとも?

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(ベンケイソウの花の蜜を吸うツマグロヒョウモン

幼虫の食草はスミレ類で、これまた食欲旺盛にむしゃむしゃ食べる。だからうちのスミレは見るも無残な様相。

蝶はその後、お天気の良かった9月にたくさんやってきて卵を産み付け、さらに10月末になっても台風のあとボロボロの羽で飛んできた。なんとか最後の卵を残そうと必死だった。健気で哀れでその様子をまたみよちゃさまに報告したものである。

したがってこの冬をわが家で過ごすサナギは大変に多い。ざっと40匹といったところ。来年の春また報告したい。

 

イトトンボのヤゴを発見

メダカが増えすぎて今睡蓮鉢と火鉢など屋外に6つ、ベランダ(外)に4つ、家の中に稚魚中心に4つある。何匹いるのか数えたことはないけれど200匹くらい?(少なめに言っている^^)

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そのうちの一つ、ガラスの水槽は外からよく見えるので、おかげでヤゴを見つけることができた。

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上は立ち上げたばかりの頃の水槽。まだとってもきれい。

9月、汚れてきたので掃除しなくちゃ、と思ったらメダカでないものがいる。何だろうと取り出して別の容器に移すとヤゴだった。わあ、いつのまに!何を食べて大きくなったんだろう。

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その後は木の枝に止まって、脱皮をして、いつのまにか飛んでいったようだ。

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10月、メダカの鉢のひとつ、ホテイアオイに花が咲いて感激。

温暖化のせいかメダカが10月末になっても卵を付けている。メダカ仲間のおじいさんが「普通は9月に入ると産まなくなって、したがって食欲もなくなりエサも食べなくなるのにねえ」と言う。東京は確かに気温が高い。

 

オオウバユリ(大姥百合)

再び居候の光さまのお写真をお借りする。オオウバユリ亡き友の庭で写した思い出の写真(その2) - 居候の光はなんといってもアイヌの人たちにとって大切な植物で食べ物である。北海道では普通に見られるのだろうか。

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オオウバユリは「本州の中部以北、北海道に分布し、やや湿り気のある林内、林縁に自生する。北海道札幌市北区屯田防風林では、アイヌ文化の保護の意味合いもあって、数ヶ所にオオウバユリの保護区域が設けられている。」

トゥレプの名で食用にされ、アイヌ民族が用いる植物質の食品の中では穀物以上に重要な位置を占めていた。」(ウィキペディア

驚くのは種から育てて花が咲くのは7年目ころだという。背丈が1.5~2メートルにもなるのは、種子をできるだけ遠くに飛ばし、子孫を残すためらしい。

このオオウバユリ、なんと実家に生えていたのだ。去年初めて気が付いて下の写真を撮った。父がどこかからもらってきて植えたらしいのだが、もう亡くなっているため聞いてみることもできない。狭い庭なのになぜ気づかなかったかといえば荒れているため、しみじみ眺めようという気にならなかったのだ。

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右下⤴が種で、平べったく大変に大きい。母が採取して私にくれたので、一応蒔いてはみた。しかし林に自生する植物だ。ベランダの植木鉢では恐らく育たないだろう、と思ったら案の定芽は出てこなかった。種はたくさんあるので条件を変えてまた挑戦してみようかな。もし何かご存じのかたいらっしゃったら教えてくださいね。

 

わが家の小さな自然 その3を終わります。

『キツネ』裏切りを許すか。友情は勝つのか。(続)

前回記事衝撃と奇跡の絵本『キツネ』再び。「私が目になるからあなたは脚に」 の続き。皆さまからいただいた熱いコメントの数々にお答えする形で再度扱ってみます。

 

裏切った者を許すか。

前回は私がハッピーエンドを提示した。「私がイヌだったら目が覚めてカササギがいないのがわかったとき、探しにいくのではないかと思う」。両者は再会し、ともに巣に戻るという終わり方。まあ、これなら子どもたちも納得するし、むしろ子どものほうが先に考え付く可能性は大きい。もっといいエンディングだってあるかもしれない。

たまうきさまni-runi-runi-ruのコメント:「犬は鼻も効くし、お利口なので、カササギが一部始終を話し出す前に 話さなくても事情は分かってる、一緒に帰ろう。というのでは」。犬好きで心優しいたまうきさまらしい。イヌはカササギのすべてを受け入れるのだ。

マミーさん(id:mamichansan)はこう言う。「イヌには裏切りとか、キツネの嫉妬とか、理解できないんじゃないかな」「二人だけの、閉じられた、完璧な、かけがえのない世界を、悪気なく危機にさらすのも、きっとイヌに違いない。って気がするのです。 純真でやさしく正しい性格って、時々たちが悪いのかも。」

それだから

「 朝、目覚めてキツネとカササギがいないことに気づいたイヌの頭には、「心配」しかないと思う。 何か事故があったのか?何かトラブルに巻き込まれたのか? いても立ってもいられずに駆け出すイヌ」(ここまでマミーさん)

テキストを最初からよく読むと、イヌの性格造形は「善良」、さらに「献身」「寛大」。だからよそ者のキツネをあっさりと自分たちのねぐらに入れてやる。カササギがキツネのことを不気味で怖いと訴えても耳を貸さない。結果的に、ほぼ分身ともいえる大切なカササギを危険に陥れるのだ。イヌは純真で一途だが単純すぎる、おめでたいほどだ。鈍感だともいえる。心の弱さや負の感情や機微に疎い。それはいくら説明したり警告したりしてもわかるものではない。イヌはそのように描かれる。

しかしまたイヌは「許す」存在だと思う。カササギがわけを話し、事情をとりあえず理解したイヌは、また一緒にやりなおそうね、と言う。そしてその後一層強いきずなで結ばれて暮らすのだと思う。

アンさんannenevilleの意見には目を開かれた。「この狐、別にカササギを殺して食べる訳でもなく、ただ誘惑して捨てる。 狐に、一見なんのメリットも無さそうな行為…」

カササギを殺して食べる!ちっとも考えてみなかった。なんたる手落ちだ。前回エントリにわざわざ「木々の間から火の舌(a tongue)のように赤い体がチラチラ見え隠れしている」という一文を入れておきながら!舌なめずりしているような強烈なメタファーだというのに!

しかしアンさんのおかげでわかった。殺して食べるより荒野に放置することでイヌとの関係を断ち切る。こっちのほうがずっと残酷だった。カササギは"It would be so easy just to die here in the desert"と考えるくらいだから。

これまた一度も考え付かなかったご意見は:

mamezouya id:mamezouyaさま「イヌが、カササギが、狐を許すのかどうか(許すことによる大きなカタルシス)、更には狐がそのことをどう受け止めるか…」。

イヌがキツネを許すかどうか、イヌがキツネについて何か思うところがあるかについては、私は一度も考えてみなかった。

ギアさま(id:sinsintuusin)キツネが「自分の孤独を理解して欲しいと訴えている様にも読み取れます。」「カササギも今回の事で狐を理解し、また不自由な身体で何とか犬に会いたくて必死に家路に向かうカササギを、実は他の動物に襲われない様そっと陰から見守っていた狐も結局、再び背に乗せ犬と出会いそれ以降三匹が幸せに暮らす。と言うのはどうでしょう?」

キツネを許すか。キツネの孤独を思いやれるか。三匹で幸せに暮らすエンディングはあるか。私はキツネに救いはないとずっと思っていた。テキストにはこのようにある。キツネが洞穴にやってきた頃。

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「夜になるとキツネの匂いが洞穴いっぱいに広がります。怒りと妬みと孤独(rage, envy, loneliness)の匂いが。」

キツネの性格造形はくっきり描かれている。幾分ステレオタイプな古来からある、狡猾で冷淡なキツネ像だ。(私はキツネが大好きなのでここは気に入らないのだが。とりあえずお話なので我慢する)

ギアさまは、キツネに救いはないと思った私とは正反対に、みんなハッピーな結末を考えてくださった。このことは非常に大事。というのも海外の学校やワークショップでは、「キツネのフォローはどうするか」について必ず考え、話し合うと思うからだ。すべての登場人物について分析し、その立場に立って考える。寸劇をやる。そうした作業を通じて理解を深めるのである。

 

友情ふたたび

カササギもイヌもキツネに負けなかった。自分たちが育んできた友情がどれだけかけがえのないものか、改めて気づき、これからも互いを大切にして仲良く暮らそうと誓い合ったことだろう。

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飛べないカササギがぴょんぴょん跳ねながら巣に戻ろうとする最後のページ。

ここに希望を読み取らずにはいられない。

 

ダンス劇『キツネ』

前にも紹介したように、絵本『キツネ』はオーストラリアの作家&画家によって書かれた。この夏、オーストラリアではこれをパペットとダンスの劇に仕立てたものが上演された。子どもから大人までみんなで楽しめる劇。ちょっと写真を借りてきたので貼り付けてみよう。

https://www.weekendnotes.com/im/009/08/xucf7www11.jpeg

https://scontent-lga3-1.cdninstagram.com/vp/ca9c3a4cd848c87c403e343818b86dfc/5DCCC10A/t51.2885-15/sh0.08/e35/s640x640/64527148_663836997413805_2880859831063237316_n.jpg?_nc_ht=scontent-lga3-1.cdninstagram.com

Photo: Simon Pynt

https://i.ytimg.com/vi/jhU1qYjiG04/maxresdefault.jpg

www.weekendnotes.com

みなさん、いかがですか?トレーラーは記事内にあるので興味のある方はどうぞ。他にも写真がありますよ。

 

では『キツネ』これで終わります。コメントに感謝いたします。

また~!

東京都心の庭園めぐり 困るのはアレだけです。

コスモス畑は同じでも

雨は降り飽きたらしくここ数日は快晴が続いている。

コスモスの写真を撮って帰ったら、わっとさんもちょうどコスモス(と菊)の話題だった:秋の花のイベント2件 - しいたげられたしいたけ。こちら東京も、あちら(岐阜の市之枝)もコスモス自体は同じように美しい。色とりどりなのも同じ。風にゆらゆら揺れて可愛らしいのも同じ。数はこちら30万、あちら300万とはいえ。

違うのは、東京都心だと背景がビル群になってしまう点だ。当たり前のことながら、わっとさんの写真を見て改めて思った。

これは浜離宮浜離宮恩賜庭園 - Wikipedia)。JR浜松町駅から歩いて10分ほど。紅葉前はこのコスモスが見ごろで、お天気の良い日にはピクニックの家族連れも多い。

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ビルなんかないじゃん、と思うでしょ。ここはいらないものが写らない絶好のポイントなのだ。反対側にまわるとこんなふう、ビルを避けることはできない。

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もっと離れると

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中央奥がコスモス畑。左に芝生に寝そべるお父さんの姿、右に外国人観光客のみなさん。恐らく東京湾岸のほうに向かっている。そこからクルーズ船に乗れるので。

ビルや高層マンション、後楽園に至っては東京ドームの屋根などがどうしても写り込んでしまう。それはもうしかたがない。

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クルーズですけど、こちら、皆さまも興味がありましたら。↓

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https://www.suijobus.co.jp/cruise/

集中的に庭園めぐり

三日間かけて都立庭園を6つ訪ねた。今の時期、紅葉には早くすぎてタイミング的にはよくないのだが、なぜかと言えば、こちら。スタンプラリーでカレンダーがもらえるのだ。

https://pbs.twimg.com/media/Dq51AnhVAAAGWce?format=jpg&name=large

https://pbs.twimg.com/media/EIPuE_xWsAAFh1O?format=jpg&name=medium

カレンダーと引き換えてきたので、今後は紅葉の真っ盛りを狙ってゆっくり楽しむことにする。

私は@ParksTeienさんをフォローしている。都立文化財庭園(全部で8つある。浜離宮恩賜庭園旧芝離宮恩賜庭園小石川後楽園六義園清澄庭園向島百花園旧古河庭園旧岩崎邸庭園殿ヶ谷戸庭園)の公式アカウントで、情報がいっぱい、写真もきれい、豆知識でちょっと賢くなるというわけ。

アルバイトの募集まである。考えてみてもいいなとさえ思っている。8庭園のうち、4つは自宅から自転車で行ける距離であり、身近な憩いの場である。

簡単に幾つか紹介しておこう。皆さんもお友達・ご家族と一緒に、またはお客さんをお連れするときの参考にどうぞ。ピクニックできるところは限られているのでチェックしてからね。

旧芝離宮恩賜庭園

先ほどの庭園の近く。浜松町駅1分。

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向島百花園

萩のトンネル。花はもう終わっちゃったけれど。

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旧古河庭園

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日本庭園 ハゼの紅葉が少しずつ進むのも楽しみ。


写真は多すぎるのでここまでにする。秋が深まって別の庭園へ行ったらまたUPするつもりです。
ところで薔薇は雨の日がいいと思うんだけど、賛成してくれる人、手を挙げて!

緑光 (りょっこう)を見るためだけに雨の日に行く…なんて最高ですね!

今日は終わります。

 

*明日、『キツネ』の続きをやります。シェルさまshell (id:shellbody)またいらしてください。

衝撃と奇跡の絵本『キツネ』再び。「私が目になるからあなたは脚に」

忘れ難い絵本 衝撃と奇跡の『キツネ』

以前マミーさんマミー (id:mamichansan)から教えてもらった絵本を、今日は再度とりあげてみようと思っている。ワイルド作、ブルックス絵の『キツネ』(2001年・オーストラリア)ーこのコンビでなくては成功しえなかった絵本である。世界中の多くの言語に翻訳され、大きな反響を呼び、大学などの授業でも使われ、教育学・文学・心理学専攻の学生たちにも広く読まれている。

キツネ

キツネ

 

絵本って子供の読むものでしょ?なんて思ったら大間違い。絵本や童話、昔話などには単純な教訓以上の、深く考えさせられる内容のものはいくらでもある。

この『キツネ』について旧絵本ブログ(=「子どもの領分」)で扱うと、コメントが40にものぼったほか、この本を自身のブログで扱ってくれた方々もいらして、あのころの熱さや興奮は今でも忘れられない。絵本ブログは閉鎖したが、記事のいくつかは縮めて当ブログに転載してある。Fox (Margaret Wild & Ron Brooks)衝撃の絵本『キツネ』 

『キツネ』(続)水の中のナイフ+コメント集 

さきほど「衝撃と奇跡の~」と書いた「衝撃」のほうはストーリー、「奇跡」のほうは原作者マーガレット・ワイルドの物語を完ぺきに理解し絵として表現したロン・ブルックスの手腕である。表紙をめくっただけでただならぬ不気味な雰囲気を感じる。全体として暗い背景に、直線の引っ掻き傷のようなタッチで絵が描かれている。タスマニア在住のブルックスは森林火災や過酷な自然を熟知しているので、ただ美しいだけの、のどかな自然は描かないのだろう。

何よりも驚くのはテキストで、子どもが書いたようなちぐはぐの文字、その上文字列も水平だったり垂直だったりする。最初のページで感じた胸騒ぎのまま、ざわざわと落ち着かない気分で息を殺し、読み進むことになる。(ブルックスは文字は利き手でない左手で書いたと言っている)

 

ストーリー

(簡単に)

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山火事のあとの森で、イヌとカササギが出会う。イヌは片目が見えず、カササギは羽が焼けて飛べなくなっている。初めは頑なだったカササギもイヌと一緒に暮らすことで互いに助け合えることがわかり、ハンディキャップのある者同士、強いきずなで結ばれる。カササギはイヌの目になり、イヌはカササギの羽になるのだ。

Fly, Dog, Fly!

I will be your missing eye, and you will be my wings.

 イヌの背に乗って走ると、風がカササギの体を通り抜け、まるで羽が生えて飛んでいるみたいに感じる。そうした幸せな季節がめぐって、ある日キツネが現れる。キツネは赤い美しい毛皮をまとい、傷ひとつない完璧な肢体である。

それが現れたとき、(原文He flickers through the trees like a tongue of fire ...)「木々の間から火の舌のように赤い体がチラチラ見え隠れしている」。今後の展開を予想させる不気味で美しい比喩。テキストはことばが選び抜かれ、簡潔で力強い。

https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/c/cenecio/20161228/20161228181315.png

 

善良なイヌはキツネを自分たちの洞穴に迎え入れる。カササギは危険を感じ、不安でならない。イヌがいないところでキツネはカササギを言葉巧みに誘う。自分はイヌよりもっと速く走れる。風よりも速く走れるのだ。イヌを置いて自分と一緒においで、と。

カササギはイヌを置いていけないと断るが、三度目に誘惑に負けてしまう。ある日、イヌの背に乗っているとき「こんなのは飛ぶことじゃない。わたしは飛びたいのだ。かつて羽があったときみたいに」と思ったのである。

キツネの背に乗って有頂天のカササギ。ビュンビュンと文字通り飛ぶように走り、砂漠の果てくらい遠くまでやってきた。するとキツネはまるで蚤(のみ)でも払いのけるかのようにカササギをふり降ろすと、こう言い放つのだった。「これでおまえもイヌもひとりぼっちがどういうものか、わかるだろうよ。」

残されたカササギは絶望しながらもイヌのことを思い、洞穴を目指して歩き出す。(終)

・・・

オープン・エンディングでお話は幕を閉める。その後、皆さんと議論したり分析したりして作品の理解を深めていった。あれから3年たち、私も少し成長し今は別のエンディングを考えている。以前はキツネのサイコパス的な面、嫉妬や羨望などに目が行った。イヌとカササギみたいに幸せになりたいと願うのではなく、あいつらが自分と同じくらい孤独で不幸になればといい、ひきずりおろしてやろうと考えるキツネだ。でもちょっと見回せば私たちの周りにもこういう人はたくさんいる。執拗に攻撃して相手を貶め、そうすることで自分の妬みを鎮め満足するようなふるまいは、社会の病巣のようにあちこちで見られる。また、誘惑に負けてしまうカササギだってどこにでもいる。新奇なものや刺激的な派手なものに憧れて、あるいは騙されて大切なものを見失う。かけがえのないものを失ってから気づく愚かさ。私たちそのものじゃないだろうか。

この本についての書評に「7歳以下にはお薦めしたくない絵本かも」(英ガーディアン紙)というくだりがあった。それを書いた人はたぶん後味のよくない読後感を抱いたにちがいない。自分の子どもに読ませたくないだろう。その線で行くと私は「マッチ売りの少女」もちょっときつい。アンデルセンは暗すぎて、大人の私にはおもしろいけれども子どもには薦めたくないと正直思っている。

でも私は今回イヌのことを考えてみようと思う。もし私がイヌだったら?皆さんがイヌだったら?裏切ったな、カササギのやつ許さないぞ!と思うだろうか。別のパートナーを探すさと自分を慰める?それもいいね。だけど私がイヌだったら、起きたときにカササギがいないのがわかったとき、探しにいくのではないかと思う。片目が見えなくてももう一つの目はあるし、何よりもイヌは鼻がきくのだ。あなどっては困る。まだ匂いは残っている。カササギとキツネのあとを追っていく。キツネが走れる距離はイヌだって大丈夫なはずだ。大切なカササギ、自分の片割れのような存在、長いこと友情を育んできたんだ。そうしてイヌは長い距離を走っていき、ついに向こうからよちよち歩いてくる、それともぴょんぴょん跳ねながら少しずつ近づいてくるカササギと出会う。カササギは涙にくれ、一部始終を語り…(省略)。

 

ハッピーエンドを考えたら心が軽くなり、ホッとした。最近でも時々どうしたことか私の過去記事キツネを訪問する人がいる。そのたびにマミーさんやshell (id:shellbody)シェルさんたち皆さんのことを思い出す。

そんな皆さんに今日はこのステキなお話を贈ります。

 

「私が目になるからあなたは脚になって」

people.com

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メラニーさんは生まれつき足にハンディがあるが、子どものころから家族といっしょにキャンプを楽しんで育った。男性のほうは5年前に視力を失ったそうで、趣味は山登りだった。そうした二人がスポーツ施設で知り合い、お互いが好きになってこの「ドリームチーム」を結成する。発案者はメラニーさん

“He’s the legs, I’m the eyes — boom! Together, we’re the dream team.”

二人で大自然と登山を楽しんでいるのだという。

最近読んだ最も心温まる記事。

では皆さん今日はこの辺で。連休を楽しんでくださいね~!

 

youtubeに読み聞かせを載せている方がいますね。

www.youtube.com

仏実写シティハンター『ニッキー・ラルソンとキューピッドの香水』。(カンボジア予告編がおもしろい^^)

溢れるシティハンター愛とオマージュと

「少年時代の夢がかなったよ!」フィリップ・ラショー(脚本・主演・監督)が原作者北条司氏からOKをもらいSNSで喜びを爆発させていたのはちょうど2年前。私はこれを記事にした。

cenecio.hatenablog.com

しかしまさか『シティハンター』の実写版がフランスで作られる日が来るなんて…。本当に?大丈夫なのか? かなり不安を感じたのは否めない。多くの人が同じだったろう。(フィリップは最初から自信があったのだが)。

実写化といえばジャッキー・チェンシティハンターをまず思い浮かべるが、あれは単なるジャッキーのアクション映画でしかなかった。北条氏も何かのインタビューで「仕上がりは、しっかりジャッキー映画でしたね」と言っている。

アニメ・マンガの海外での実写化はほかにも「デスノート」や「ドラゴンボール」などがある。ファンたちの目は厳しい。たとえばアメリカ版ドラゴンボールは酷評の嵐で興行成績もさんざんだった。ファンは決して忘れないものだ。あれから10年もたつのに当時を思い返しては怒りを新たにするファンの形相を見れば、「ベジータなんか穏やかな仏教僧に見えてくるほど」と仏ルモンド紙の記者がユーモラスに表現している。(→Draguer le grand public en respectant les fans : l’opération séduction de « Nicky Larson »)

それだからシティハンターの実写化が決まったときも、フランス国内では喧々諤々大騒ぎだった。そのことも去年記事にした。

cenecio.hatenablog.com

フランスの「新コメディ王」と評価の高いフィリップもこれでその地位を失うんじゃないかと心配する人も多かった。また、90年代にカルト的人気を誇ったシティハンターのアニメを「揺りかご」代わりに成長したかつての少年たちは、自分の大切なもの、少年時代の思い出を穢されるんじゃないかと恐れた。(アニメはドロテ・クラブという子ども番組枠で放映され、際どいシーンなどはあらかじめカットしてあった)。

私には別の心配があった。すなわちMeToo運動やセクハラ問題である。言及するまでもなく冴羽リョウは、凄腕のスイーパー&ボディガードの半面、女好きで偏執狂の男という設定。折しもMeToo運動の高まりの只中に映画化の話だ。まずいんじゃないか。私はシティハンターのファンでもフィリップのファンでも何でもないのだが、母心というのだろうか、叩かれるのを見るのがつらくて心配していたのである。

フィリップ・ラショーは元のストーリーにはない、全くオリジナルの脚本を持ち込んだ。北条氏は冴羽リョウの危機がアクション的なことや命を狙われるなどではなく、別の方法で作られる点に驚き、そのアイディアに感心したという。フィリップはまた原作の様々なエピソードやシーンをあちこちに散りばめ、その半端でないオタクぶりと、原作および北条氏に対する真摯な敬愛のきもちを全編に込めた。原作漫画を全巻揃えて弟ピエールと読みふけった少年時代の知識量と理解の深さがモノをいったわけだ。

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(2017年7月のフィリップのツイートから)

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昨年10月、北条氏は出来上がった作品を見にパリにやってきた。「すごく気に入ってくれたよ。インスタの写真を見ると反対のことを想像するかもしれないけどね」とフィリップは北条氏との楽しいツーショットを公開している。

そして今年2月に封切り。2週間で100万人を動員、4月の時点でフランス国内168万人、ベルギー・スイス合わせて97000人という驚くべき数字Nicky Larson et le Parfum de Cupidon をはじき出した。早くも続編の話が出ているそうだ。

また日本でも11月に全国公開。吹き替えの声優などはこちらで→NEWS|映画『シティーハンター THE MOVIE 史上最香のミッション』公式サイト

https://cityhunter-themovie.com/news/wp-content/uploads/2019/09/news_0919_poster-1024x1024.png

 

ハイタッチしたいような同窓会的な懐かしさ

うちの夫や息子は90年代にシティハンターのアニメをよく見ており、今年の3月には二人ともパリのロードショー上映へ。私は7月発売のDVDまで待たねばならなかった。

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簡単に感想を述べると・・・
文句なしに楽しめた。最初から最後までテンポよく笑いっぱなし。様々な批評はあるだろうし、好き嫌いも分かれると思うが、フランスのコメディとして成功しつつ、シティハンターの基本路線には忠実に、最後までぶれないところがすばらしい。脱帽だ。フィリップ、心配だなんて言ってごめんなさい。

MeToo関連でも心配しなくてよかった。フィリップは思いもかけないプロットを用意し、「この手があったか!」と北条氏に言わせ、批判してやろうと手ぐすね引いて待っていた人々も黙らせた。期待していなかったのだがアクションが予想外にかっこよかった。ほろりとする場面もよかった。ギャグは万人にわかる単純なのからフランスならではのドギツイのまでたくさん。日本ではモザイクがかかるだろう。

90年代にフランスに滞在した私たち一家にとっては、懐かしい顔ぶれがカメオ出演でお目見えし、同窓会さながらだった。まずはドロテお姉さん(ドロテクラブの顔で進行役→フランスの子どもたちを日本アニメオタクにした番組 「ドロテ・クラブ」)は空港職員だった。そしてアニメ「ニッキーラルソン」の主題歌を歌っていたセザリ氏(Jean-Paul Césari )もショーで歌を歌っており、変わらぬ美声を披露。ニッキーの声、声優ロピオン氏(Vincent Ropion)はインタビュアーとして登場。

驚きなのはアメリカの女優パメラ・アンダーソン。90年代の大ヒットTVドラマ『ベイウォッチ』はフランスでよく見ていたのだが、ここでパメラに会えるなんて。フィリップは他にも人脈を生かし、配役に工夫を凝らしていた。エキストラは出演者の家族や友人、孫やいとこといった人たちが数多く参加したそうだ。

最初にフランスのポスターを見たとき、出演者欄にラファエル・ペルソナ(赤矢印)の名前を見つけて驚いたものだ。この位置だとそれほど重要な役ではないかもしれないなと思ったら…

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大切な役柄だった。何の役かは見てのお楽しみ。

ラファエル・ペルソナはこの人。

https://iwiz-movies.c.yimg.jp/im_siggQtRpGRbpezxKS3Muq.h3Zw---x680/c/movies/pict/p/p/26/b2/162472_01.jpg

考えてみればラファエル・ペルソナも1981年生まれでフィリップと同世代。80年代生まれのフランス人はドロテ・クラブ世代と呼ばれ、日本のサブカルから大きな影響を受けている。(前に書いた「揺りかご」の比喩はフランス国内でよく使われている)

目配せがいっぱい!

”XYZ”シティハンターを見たり読んだりしたことのある人ならご存じとおもうが、仕事を依頼するときの暗号で新宿駅伝言板に書かれる。映画でもパリの駅構内の伝言板にXYZと依頼者の名前が見える。ローラ(=かおり)がやってきてスマホでパシャっと写す。そのとき聞こえる駅のアナウンスが日本語(「ドアが閉まります。ご注意ください」なのが笑える。

ニッキーとローラが暮らすアパートの(外観も原作にそっくりだが)内部にも目配せがあちらこちらに。テーブルの食器類が日本のものだったり、壁に掛かる騎士の絵”Chevalier du Zodiaque ”は「聖闘士星矢」のフランス語タイトルだったり…とまあ多すぎてキリがないが、人の名前だけでもランマやアタッカーYOU!キャプテン翼などが、ドロテ世代の観客への目配せとしてサービス精神たっぷりに出てくるのである。

 

音楽では気になっていた"Get Wild"(TM NETWORK)も最後に使われ安心した。また冴羽リョウがめちゃめちゃ強いときの音楽"Footsteps"も要所要所で流れる。それからめちゃめちゃノスタルジーを感じる”TAKE MY BREATH AWAY”(『トップガン』バンドBERLINは今どうしてるのか?)がぴったりの場面で使われ、皆が大爆笑するところ。個人的にはララ・ファビアン(Lara Fabian )の絶唱”Je t'aime”が心に沁みた。

 

フランスの予告編

www.youtube.com

「キューピッドの香水」というのはいわば惚れ薬のことで、これを守ることを依頼されている。パメラ・アンダーソン(左)とジルベール役のジュリアン・アルッティ(下に解説)、この二人の絡みが秀逸。

予告編も何度かに分けて少しずつ長いバージョンが公開された。ファイナルである当バージョンを見ると内容がちょっとわかるかも。

 

最後に公式ポスターから登場人物の紹介を。左から

マンモス(海坊主。似すぎるくらい似ていて笑っちゃうほど。よく見つけました)

ローラ(かおり役。フィリップ組。エロディ・フォンタンは私生活でもフィリップのパートナー)

ニッキー冴羽リョウ役、監督・脚本のフィリップ・ラショー。弟のピエール(*下に写真)も脚本に参加。日本公開が決まり、先日兄とともに来日した)

ジルベール(ジュリアン・アルッティ)今回脚本でも参加。フィリップ組で映画やバラエティにたくさん出ている。

ルテリエ氏(帽子・ネクタイのほう。映画では依頼主という設定。最後まで目が離せない^^)。有名な俳優のディディエ・ブルドンが出るというのでビックリした。ブルドンは来年日本で公開のフランス映画『母との約束、250通の手紙』でも重要な役なので今から楽しみにしている)

ポンチョ(タレク・ブダリ)フィリップ組で欠かせない人。

https://pbs.twimg.com/media/DzNYLZHX0AAOCAk?format=jpg&name=900x900

鴨(左下)カモも重要な役で、出番も多いし活躍もする。

カラス(右下)シティハンターではシラケたときに飛ぶがこの映画でもお目見え。100トンハンマーと同様に必須アイテム。

 

以上、感想をざっとまとめてみました。

ではまた~!

*ラショー兄弟

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https://twitter.com/cityhunter_2019/status/1186154773004705794?s=03

 

 追記:カンボジアは4月封切り。全国70館で上映。カンボジア版トレーラー

ノラの仔猫 エリとの別れ (後編)

(前回の続きです)

「エリちゃん来た!」

わが家の朝はその仔猫が来たときに始まる。たまに朝焼けを連れて5時過ぎに現れることもあった。窓からのぞいて報告するのが私の役目、いや特権だ。たいていは6時から7時の間に玄関前の、ヤマホロシの枝から下がったハロウィーンの飾り、ジャコランタンの横に座って待っていた。

姿を見せるのが遅れると、皆が口々に心配を始める。「おかしいな」「どうしたんだろう」「遅くても7時には来てたよね」「何かあったのかな」不安を打ち消そうと誰かが言う。

「他のところで朝ごはんをもらったのかもしれないよ」「そうそう、うち以外に世話してる人いるかも。あんなに可愛いんだもの」。最も楽観的な推測は「朝寝坊しただけかもね!」。その観測に対しては首を傾げ、力なく笑った私だが、エリが8時半に現れて、猛烈な勢いで朝の食事を平らげる様子を見たら、そうか、朝寝坊もありえるのだと思ったものである。

多くの時間を我が家の周りで過ごすようになったが、夜はどこで寝ているのか知らなかった。うちの車庫で寝てもいいのに。簡易の寝床も作ってあるのに。どうしても帰りたい場所があるんだろうか。

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(写真:ボケて残念ではあるが、9月初め。車の下、奥の方にうずくまっている。うたた寝していても音などに反応してパッと目を覚ます。毛がハート形^^)

しかしなんせ別嬪のアイドル猫だ。「夕方、あとをつけてみたらお寺に入っていったよ」と報告してくれた人がいる。えっ、あそこのお寺は猫嫌いなんだけどな。まあ、入ったことはないけれど敷地はたしかに広い。また中学校から現れるのを見たという人もいて、なるほど夜は静かだし隠れるところもたくさんある。賢いエリのことだ、安全でよい場所を知っているにちがいない。

「母猫がりっぱにしつけたのがよくわかるわね」。あるとき、エリの食事の仕方を見ていた人がそう言った。つまり、いきなり食べるのではなくまず匂いを嗅ぎ、よく調べてから口をつける。食べているときも警戒を怠らない。幾度となく顔をあげて周囲を見る。人に背を向けない。エサ皿の入った箱(最初は段ボール、あとでキャリーケースの下半分)に完全には体を入れない、後ろ足の片方は出している等々。

そうか、エリは独り立ちを始めたばかりの猫なのだ。世界と人間について好奇心全開で学んでいるところだが、警戒は忘れない。それにしてもエリはそれほど用心深いのに、物怖じせずに知らない人にも近づいていく。矛盾しないのか?エリの中ではしないのだ。

ある朝エリは玄関前ではなく、通りの向こうの歩道に立っていた。どうも通勤途中とおぼしき若い女性と話をしているようだ。女性は「何も持ってないのよ、ごめんね。今会社に行くところだから」などと声に出して言っている。見上げていたエリも「じゃ、気をつけてね」の言葉に送られて、またこちらに戻ってきた。

またある日は「猫ちゃん、危ないよ」の声に驚いて外を見ると、道路の真ん中にエリがいた。トラックの運転手と同僚が車を降りてきた。「ノラかな」「堂々としてるね」「ご飯はちゃんともらってるみたいだね」などと話をしている。二人を見上げて内容が全部理解できるとでもいうように、じっと耳を傾けているエリ。道路の真ん中で二人と一匹、不思議な光景だった。

エリちゃん劇場の傑作寸劇はいくらでもあるが、あと一つだけ。

ある夕暮れ時、歩道にエリとおばあさんが立っている。おばあさんは小さい子どもか飼い猫かを探しているようで、顔をあちらこちらに向けながら名前を呼んでいる。エリがすぐそばまで近づいていった。まさかエリはあそこの家の子?そんなのいやだ!

おばあさんはエリに気づいた。顔を下に向け、言った。「あんた誰?どこの子?」。それからまた名前を呼びながら立ち去った。夫と一緒にその様子を見ていた私はほっとして言った。「ああよかった、あのうちの子じゃなくて。連れていかれるんじゃないかとドキドキした」。

道路に飛び出すのも心配だったが、小さな体いっぱいの好奇心と冒険心で行動範囲をどんどん広げていくのにも不安はあった。もう坂を上った地域まで開拓していた。いつか戻ってこなくなるんじゃないか。季節は進み、秋も深まれば発情期に入る。どこかで赤ちゃんを身ごもったらどうしよう。それに台風や冬の到来、ノラにとって厳しい環境が待ち受けている。

エリを保護することは最初から決定済みだった。貫禄たっぷりの年老いたノラ猫を家猫にする話ではない。まだ幼い猫は家庭に引き取られ、愛情たっぷりに育てられるのが望ましいと思う。

  

エリを家に迎えたい

わが家に迎え入れるのはどうだろうか。しかしうちには9歳の先住猫がいて、かなり繊細な神経の持ち主だ。エリとうまくやっていけるかは大いに疑問である。でも試してみてもいいだろう。どうしてもだめだったら譲渡先を探す手もあるし。心強いことに助っ人も周りにたくさんいる。

まずはケージを買って組み立て、必要なものはすべてそろえた。心がウキウキする作業である。エリの毛布、エリのエサ皿、エリのキャリーケース…。

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しかし私たちは計画を断念した。様々な事情があってここでは述べないが、振出しに戻って「エリをどうするか」を改めて考えねばならなかった。季節が動くように状況も少しずつ動き、熟していった。自分は年だから飼えないが猫好きの若い同僚に聞いてみようと言ってくれた人。庭もある日本家屋に叔母と住んでるけど頼んでみてもいいよ、世話をするのは私だよ、とエリのことが気にいっている人は笑いながら約束してくれた。

貰い手はいつかは見つかるにしてもいつ?いつ保護して誰が医者に連れていくのか。ヒリヒリする思いでカレンダーとにらめっこするのも、10月に入ると私も夫も留守がちになり、家庭内の重要なイベントも複数あって計画が立てづらくなるからだ。

「エリちゃんをお迎えしたい」

一通のメールが着信した。ああ、動いた!ついに運命が動いたなと思ったその瞬間、胸のつかえが一気に消え去り、家じゅうが幸福感に包まれた。私はいただいたメールを読み上げた。それでは足りずプリンターで刷りだしてきた。皆で何度も繰り返し読んだ。長文のメールだった。なんとラッキーなエリちゃん!そのご家庭はこれ以上望めないほどの、私が想像できる最高の引き取り手なのだよ。エリちゃん、幸せになるね!

そうなると無事お渡しするまでが私たちの責任である。しかしお互いの日程をつき合わせてみると、エリを保護する日には私も夫も留守で不在だった。それはまったく構わないと言ってくれた。エリの午後の食事時間を見計らって車庫に来て、捕獲するという計画で、私たち家人がいる必要はないのであった。

エリの里親が決定すると、近所の人たちも皆喜んでくれた。スーパーに買い物に行ったとき、エリのことを通して親しくなったアパートの人と会い、朗報を告げた。「よかったよかった!」するとスーパーの他の客たちにも報告していくではないか。人々の顔に笑みがさざ波のように広がっていった。

 私の心の中のさざ波は性質が違った。さみしさとすでに喪失感の混ざったもの。もう少しで会えなくなってしまうエリ。

 

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(チャオ・チュールが大好き。直接袋から食べるので、至近距離まで近づけるチャンス。猫にも人間にとっても至福の時間)

 

「猫ちゃん、いないんですか」

エリがもらわれていってからも通る人に聞かれる。いきさつを話すと皆一様に喜んでくれる。「でも寂しくなりましたね」とも言ってくれる。エリのいない玄関前や車庫は急に寂びれた殺風景なものになり、ジャコランタンがオレンジの顔をして笑っているのも憎らしい。

つい先日、お向かいのご主人が自転車を止めて「猫ちゃん、もらわれていったんですってね」と声をかけてきた。「家内がお宅の猫を見ていつも事故を心配していました」

ここのお宅にはエリがたびたび細い隙間を抜けて潜り込んでいた。閉め切って使っていない部屋の外だ。縁側みたいになっているんだろうか。ともあれ誰にも見られない良い場所だ。ある時そっと覗いたら、のんびり毛づくろいしていた。昼寝もしただろう。もしかしたらトイレも…。ご主人はご存じないだろうが、エリはずいぶんお邪魔していたのだ。すみません。

「うちにもよく来てくれましてね」

ああ、知っていらしたのか!私は思わず声をたてて笑った。ご主人も笑った。

「あそこはいい隠れ家ですよ」

同感である。

 

*エリの話はこれでおしまいです。前・後編にしましたが、もしかしたら続編があるかも?

エリは本当は別の名前です。その名前ごともらっていただけたので、このブログでは使うのを避けました。

ノラの仔猫 ひと夏のお客さん (前編)

 体調を崩して沈んでいた話

ちょうどチューバッカが、レイア姫R2-D2のところに逝ったあの時期と重なるが、過労と腰痛で寝込んでしまった。4月末のことである。ギリギリで母の日のプレゼントを買ってきてそのままダウン…。

美しい5月はまるまる棒に振った。6月になっても7月になっても不調は続いた。信じがたいことだ。というのも私は子どもの頃から体が頑強で、熱すら出したことがなく、医者にかかったのは妊娠出産のときだけだったから。

初めは楽観的に考えていた。3~4日ゆっくり休めば治るさと。しかし酷い腰痛で全く動けない。それも治る気がしない感じ。不安が募る。もう旅行にも行けないんじゃないか?だって30分と座っていられないんだもの。新幹線や飛行機でどこか行くなんてもう無理なのか…。細かいことは端折るが、3か月の間に外出したのはたったの2回。京橋の国立アーカイブへその日限定上映の映画Let the Corpses Tan - Wikipediaを見にいった(かたつむりのようにノロノロ歩いていった)のと、海外赴任する息子を羽田空港へ見送りに行ったとき。なんとその日だけ奇跡的に普通に歩けたのである。(笑。母親だな)

7月は東京は雨続き。どうせどこも行けない夏だ。こういう時は読書や勉強だと思い、前からやりたかったインドネシア語の学習を始めた。これから具合が悪くなるたびにアジアの言語を一つずつかじったら旅行のとき役にたつんじゃないか。英語も今回はまじめに再開し、それなりに充実した時間を過ごせたと思う。

そのかん、SNSやパソコンから遠ざかったことはとてもよかったと思っている。それまでは「浸かっていた」といっても言い過ぎでない。その前はいったいどうやって暮らしていたんだろう。たとえば2014年、2015年などは?そう思って昔の手帳を取り出してみると、最低でも1週間に3冊は本を読んでいたし、映画やドキュメンタリなどたくさん見ていた。よく歩き、いろいろな人と会っていたな。なんとも私は変わってしまったものだ。

そんなどこへも行かない2019年の夏。ある日突然ノラの仔猫が現れた。まるで贈り物のように天から降ってきたような子。(ここではエリと呼ぶことにする。本当は別の名前)

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 (写真:現れて1週間くらいのエリ。前肢をきちんと揃えて車庫の入り口に座っている)

 

美しい仔猫の登場で地域が華やいだ

その猫は玄関ドアの前に静かに立っていた。8月も末、夜7時ころ。食事の前にちょっとそこのスーパーまでひとっ走り、と思ったそのときに。今思い出しても何から何まで不思議な気がする。まるで訪問客のようだった。私ががさつにドアを開けてもびくっともせず、じっとこちらを見あげている。「この辺では見ない猫だ。」それにしてもずいぶん小さいなあ、痩せてるし。いったいどこから来たんだろ。飼い猫じゃないね、汚れてるもの。おなかがすいているんだろうか。

やや見つめあってから、私は大きな声で家人に呼びかけた。「冷蔵庫のカツオ(=いなばの猫用おやつ)持ってきてくれる?猫のお客さんが来てるの」

カツオをおいしそうに食べたあと、まだなにか欲しそうだったので、夫がキャットフードを用意した。その間に私は買い物に行き、戻ってくると猫はまだ同じところにいて私をじっと見ている。スマホで写真を撮った。玄関灯の下で影を伸ばして立つ猫の写真。

翌朝6時、私は寝室の窓を開けるなりすぐ下を見た。「いる!」ゆったりと横になって体を伸ばし、玄関の方を見つめている。うちには家猫がいるので、猫用の食べ物はかなりの品ぞろえがある。明るい日の下でよく見ると、成猫用のドライフードは食べにくそうだった。6か月くらいか?1歳にはなってないなと思った。すぐに夫が仔猫用のエサを買いにいってくれた。

迷い猫ではなかった。そのことは動物愛護団体の人が調べてくれた。近所の人にリサーチすると、皆ほどんど同じ回答を返してくる。「突然現れた」「自分の家の前や植木鉢の間にうずくまっていた」「駐車場の車の下で眠っていた」「小学生と遊んでいた」。ただひとつ、気になったのは「警戒心がない。なさすぎる」「道路の真ん中で座っていたよ」

エリと名付けたその猫はそれから毎日、朝と夕方やってきて車庫の前で食事をとった。ぷんぷんといい匂いのする温かいウェットフードを平らげると、まだちょうだいという目で見る。今度はドライフードを入れてやる。全部食べることもあれば、寛いで体をなめ、時間を置いてから食べることもある。それから遊びに出かける。近所の探検、学びの散歩だ。鳥や虫をとらえようとジャンプし、からころ転がる枯葉をパンチする。いかにも子どもらしい尽きることのない好奇心で、世界をつかまえようとしていた。

これまでだってノラ猫にエサをやったり、触れ合ったりしたことはある。初めて会った猫だってもっと親しみを見せてくれたりもした。しかしエリは違った。触らせてくれないし、鳴きもしない。口を三角に開けて小さく息を吐くのだ。シャーと言っているつもりなのか。かといって物怖じする風はなく、我が家の周りに集まってくる猫好きの人々を寛大に迎えていたものだ。

別嬪さんの猫がいる、という情報は2週間もたたずに広まって、キャットフードを寄付したいんですけど、と大袋を下さる人や、チュールをあげてもいいですか?と持ち込む人まで現れた。学校の行き帰りに立ち寄る小学生。毎朝うちの前を自転車で通り、「おはよう、ニャン子ちゃ~ん!」と大きな声で挨拶する男性。「お宅の猫ですか。可愛いですね」と何度も声をかけられた。最近うちの周りに増えてきた民泊に泊まる、外国人の観光客も写真を撮っていった。どこから撮っても様になるエリ。フォトジェニックな猫だった。

エリを通して、それまで一度も話したことのない近所のアパートの人たちとも親しくなった。皆が自分の飼い猫のストーリーを語りたがった。その多くは既に飼い猫を亡くしていた。私はいっとき、その人たちの人生の一部分にお邪魔し、時に涙し、たくさん笑い、猫という不思議な生き物についてさらに理解を深めていった。とりわけ私には全く知識のなかったノラ猫の生活全般について。啓蒙してくださったのは、地域猫の保護活動をしているボランティアさんたちだ。9月半ばにエリを見にきた。長くノラ猫の活動をし、猫に慣れている人に対してもエリは声にならない「シャー」で威嚇した。

この幼猫の、凛として媚びることのない態度が気にいって、「そうそう、エリちゃん、皆にシャーを言えばいいのよ」などと思っていた。どこにも行ってほしくない。誰かが「うちの飼い猫に」などと言い出したらどうしよう。いや、もちろんエリの今後についていずれ決めなければならないことはわかっている。それをちょっとだけ先延ばしにし、エリとの日々を楽しみたい。それが私の願いであった。触らせもしないし、もちろん抱っこもできないのに、まるで飼い猫のような錯覚に陥ることが幾度もあった。

私が近所の人と植木やメダカ談義をしていると、私の脚元で横になってゆったり構えて話を聴いている。そのように見えるのだ。じっと聴いている。話し相手が気づいて「お宅の猫?」と聞くと私は決まって「そうです」と言っていた。

またある暑い日、草むしりをして汗をぬぐっていると、すぐそばの大きな鉢の後ろに陣取ってこっちを見ている。「あら、エリちゃん、そんなところで日向ぼっこ?」エリは私の仕事が終わるまでずっとその場所にいた。

私たちの心配の一番は交通事故だった。前にも書いたが、警戒心が薄くよく道路に座り込むのだ。通りの向こうの側溝にいるのを見かけて、私が大きな声で「えーりー」(音階でいくと「♩ソー♩ミー」)と呼ぶ。するとその声を聞きつけてこちらを向き、走ってやってくる。スマホのシャッター音が聞こえても同じ。それが私であることをわかっているのだ。音がする方を向き、私の姿を見つけるとやってくる。

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ボール遊びをしてもおもしろい。けりけりしたり、パンチしたり。そのボールが向かいの家の塀に転がっていくと、自分で回収してきて、また車庫の前で遊び始める。そこがエリの居場所なのだ。

 

*長くなりすぎるので、次回に続きます。

 

おまけ

これ凄い!猫がどこにいるかすぐにわかりますか。答えは下に書きました。

https://twitter.com/TAKASKE_/status/1183555034929225728

 答え:左上。丸くなって寝ている白猫。

 

続きです。

cenecio.hatenablog.com

台風19号ハギビス

みなさま、こんにちは。

お久しぶりです。

まず台風ですね。被災された方々、心よりお見舞い申し上げます。死者も増える一方で、ニュースを見るのも恐ろしく、言葉もありません。

みなさまの地域ではいかがでしたか。怖い思いをされたのではないでしょうか。私の住む地区ではさいわい被害はありませんでした。しかし3日土曜の午後から「避難準備」のアラームがスマホから何度も何度もけたたましく鳴りました。川が近いわけでも崖があるわけでもないんですが。しかも避難場所が六義園という、歩いたら結構離れた場所を指示しています。さらに台風は夜10時前には去ったのに、静かな夜更けの2時半にも鳴ったのです。実に不思議です。

東京は「夜6時から風雨が強くなり、9時ころがピーク」と言われていました。「過去に経験のない」台風で、「【台風19号】直撃なら死者8000人、被害総額115兆円の予測も 東京23区は3割浸水」というアエラの記事を読んでいたので、今回は危機感を持って準備をしました。ベランダや植木の片づけはもちろん、重くて動かせない睡蓮鉢と火鉢以外のメダカ水槽を家の中に避難させ、自転車が飛ばされて迷惑をかけないよう、車庫の奥に収めました。停電・断水対策の他、水嚢(すいのう)というものも今回初めて作りました。トイレや風呂の排水口の逆流を防ぐため、豪雨時に推奨されている対策です。ビニール袋を二枚重ね、水を入れて作ります。特に一階には夫の書斎があるため、トイレの水が溢れて水浸しになったら大変…。そうしたもろもろのことを一人でやらなければなりませんでした。というのも間の悪いことに夫がちょうど留守の期間だったのです。

さきほど「(予報では)夜6時から風雨が強くなり、9時ころがピーク」と書きましたが、お昼過ぎにはすでに雨が強くなり、雨音の激しさでテレビの音も聞こえなくなりました。今の時点でこの風雨、じゃあこの先どれだけ激しくなるんだろうと非常に心配しました。しかしそのなかで心強かったのはラインやメール、twitterです。あちらこちらと繋がっていることができ、不安をやわらげてくれました。結局予想したほどの猛威ではなく洪水も起こらず、避難もせずにすみました。ありがたいことです。

こちらアンさんはどんなにか心細かったでしょうね。ご無事でよかったです。

anneneville.hatenablog.com

 

 

「お互い様」は死語なのか。

政府はこれだけの台風が来るとわかっていたのだから、前もって対策本部を設けるべきだったんじゃないでしょうか。気象庁に丸投げしていましたね。さらに「まずまずに収まった」 など二階幹事長の呆れた発言。

もう怒りも頂点に達したのが、台東区の避難所に路上生活者が入れてもらえなかったことです。twitterのタイムラインで流れてきたときすぐには信じられませんでした。この風雨の中、どこにいろと?しかも多くの商業施設が閉鎖され、ちょっと身を寄せるスペースもないというのに。

台東区といえば、浅草や上野ミュージアム群を抱える有名な観光地です。一方で、山谷(さんや)地区があり、上野公園や隅田川沿い、河川敷で野宿する多くの人たちの存在は日常の風景となっていて、行政は見ないふりすることができないはずなんです。拒否はもちろん避難所の職員の判断ではなかった。職員は対策本部に問い合わせ、「避難所は台東区民が対象である」という回答を受け、頼ってきた二人の男性を断ったということです。のちに二人でなく三人だったこともわかりました。

外国人観光客の人々のために、上野駅のそばの「東京文化会館」が開放されていました。公園内には公共の施設はほかにもいろいろあります。開放する気があればできたはず。もともと排除する方向でしか考えていなかったのかな。ここでも自己責任論なのか。しかもさらに腹がたつのは、批判を受け大騒ぎになり、BBCTyphoon Hagibis: Homeless men denied shelter in middle of typhoon - BBC Newsなど海外のメディアでも報道されてしまい、区長はいろいろ言い訳を述べてしかたなく謝罪した感があることです。

「被災地NGO協働センター」(神戸市)の村井顧問が阪神淡路を振り返り、こう言っています。

「災害の前では皆『お互いさま』だから、人を分け隔てなんてしない。避難所にはホームレスの人も不法滞在の外国人も入った。神戸に百万人ものボランティアが全国から集まったのも『困っている人がいるから手伝う』という一心だった」(東京新聞10月16日朝刊)

世田谷区では10日から多摩川の河川敷に住む野宿者を訪ね、「チラシを配って台風と避難所の情報を知らせた」そうです。13日まで担当者が河川敷を回り、取り残されている人はいないか調べたそうです。

渋谷区でも同様に避難所に野宿者を受け入れたということです。

世田谷区長の保坂氏保坂展人 (@hosakanobuto) | Twitterは台風のさなか、まめに情報発信して状況を知らせたり、渋谷区・目黒区などと積極的に連携を図ったりしていました。頼れる区長さんですね。

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さて最後に、ゴーストタウン化した東京の各地の写真、twitterで楽しませてもらいましたが、一番印象的だったこちらを貼っておきます。

それとラグビーカナダ代表のボランティア、素晴らしい!

「こんな時だからラグビーより重要なものが存在する」

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 今日はこの辺で。またすぐに続けて書きます。去年は8か月も空けてしまい、そのくらい休むと書くのが億劫になりますね。

では~!