ノルウェー人飛行士の造る日本酒・仏議員の「日本酒友の会」・駅弁売り場がパリの駅に・南部鉄器ファン -2-

 

 (前回 フランスの日本化がおもしろい!日本酒ブームの欧州&㊗『鬼火』銀賞受賞! -1- - ベルギーの密かな愉しみ の続き)

 

ノルウェーパイロット、欧州で最初に日本酒を作った男

北海道の人ならご存知でしょうか。chancepapaさまはこの日本酒ブーム、TVでご覧になったことがあるとコメントにあったので、もしや、こちらシェティル・ジキウン氏(kjetil jikiun、写真)の作る「裸島」の話?

スカンジナビア航空の旅客機パイロットのジキウンさんは、何度か日本に飛んでいるうち、あるとき日本酒と決定的な出会いをする。飲んだ瞬間たましいを持っていかれた、一目惚れだったと言います。

その後来日の度に飲み歩き、ついに大阪の大門酒造で醸造を学び、2010年からノルウェーで酒造りを開始…という、驚きの経緯です。

http://www.cdn.tv2.no/images?imageUrl=http%3A%2F%2Fwww.cdn.tv2.no%2Fmultimedia%2FTV2%2Farchive%2F00880%2Fsake5_880859a.jpg&width=1000&height=563&compression=75

Norsk bryggeri med sake-suksess i Japan

http://jizake.d.dooo.jp/hadakayon1.jpg写真:こちらからお借りしました。「裸島」ノルウエー産日本酒 吟風 酒屋たなかや

 ジキウン氏がもともとクラフトビール醸造所も経営していたことも、日本酒への挑戦のハードルを下げたと思います。

北海道の米「吟風」を使うのは、ノルウェーと緯度が近いから。山廃仕込みという、伝統的だが手間のかかるやり方を採用したのは、ノルウェーの自然の菌を活かせるからだといいます。

問題となる水ですが、グリムスタ(地図参照)の澄んだ雪解け水を使っているそうです。ミネラルのバランスがとてもよいのだそう。酸味が強くてパワフル、すっきりした後味が残る…こうした特徴はヨーロッパの人の口に合い、それも考慮に入れて酒造りをしています。

現在純米酒にごり酒など6種類を生産し、デンマークやカナダ、イギリス、アメリア、スペイン、イタリア、そして日本でも販売されています。

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(赤印 グリムスタ Grimstad。私はオスロやベルゲンには行きましたが、この辺はまだ)

 

gne ø 裸島

このノルウェー醸造gne ø(ヌグネ・エウと読み、その日本語訳が裸島ノルウェー作家ヘンリック・イプセンの詩に由来)は、昨年2016年の3月、”NHK WORLD”のなかでも、またさらに遡り2013年のNHK北海道放送の特集番組でも紹介されて大きな反響があったそうです。

ノルウェーも他の欧州諸国と同じく、和食ブームが押し寄せており、特に新鮮な魚介類がたくさんとれるノルウェーではすしバーが大繁盛です。すしをつまみながら日本酒をおちょこで飲むのが流行なのです。(↓おちょこで乾杯するノルウェー人たちの画像があります↓)

www.youtube.com

醸造所Nøgne øで日本酒担当は↑白い作業着のカナダ人、ベネット(Brock Bennett )氏。この人のエピソードも大変に興味深い。なんと化学者なのです。

製薬会社の研究者をしていたが、10年くらい前カナダの日本料理店で味わった日本酒に衝撃を受け、店で買うだけでは飽き足らず、ネットで作りかたを調べながら自宅で醸造していたという情熱の人。

そして2009年に大阪で開かれた日本酒のワークショップに参加したとき、ノルウェーのジキウン氏と運命的な出会いを果たし、二人は意気投合します。ベネットさんはバンクーバーに戻ると、醸造所”Artisan Sake Maker”というところでいったん働き始めますが、そのあとノルウェーへ誘われるのです。

 

「米、水、麹、酵母の奇跡に魅せられて」

今年の春読んだクーリエジャポンの記事がおもしろかったです。ベネットさんは

「Q:日本酒造りのどんな部分に魅力を感じるのか」という質問にこたえます。

カナダ人がノルウェーで醸すパワフル日本酒、その名も「裸島」|北欧の雪解け水が生んだ珠玉の一杯を! | クーリエ・ジャポン

米、水、麹、酵母から成る日本酒造りの過程すべてが大好きです。

この4つのシンプルな材料が、化学、直感、そして経験の絶妙な融合を通じて酒に姿を変えるところが素晴らしいと思いますし、神秘的ですらあります。

それに、酒造りは奥が深い。仕込みを経験すればするほど、よりよい酒を生むためのヒントが見えてきます。日本酒って、造るたびに進化していくんです。ですから、私の酒造りに対するモチベーションが衰えることはありません。

私の好きな日本酒は、山廃の純米酒純米吟醸酒。香りのなかにかすかな強さがあり、調和のとれた酸味とうまみ、さらに米と水の特徴がわかるようなものが、私の理想の日本酒です。

化学者と詩人と求道者の側面を併せ持つベネットさん。

ノルウェーの日本酒、これからもますます楽しみですね!

 

フランスの議員たちが「日本酒友の会」を結成

日本の議員が「ワイン愛好会」や「ベルギービールファンクラブ」(←あるかどうかも知りませんが)を作って集うのとはわけが違います。

2013年5月、フランス社会党のGilbert Le Bris氏は、社会党の議員たちだけでなくUMPの議員も巻き込み、「日本酒友の会」( l’association parlementaire des amis du saké japonais)の結成を呼びかけました。フランス人は、日本旅行でおいしい日本酒を味わったことや和食ブームも背景にあると思いますが、原発事故のあと、日本酒の蔵元が被災したことに心を痛め、日本の友人たちの力になりたい、日本酒のイメージを高めたい、という強い思いからだということです。

 

ドパルデュー氏も大のファン

http://static.mensup.fr/article/grande/un_vin_de_riz_en_passe_de_conquerir_la_france.jpg

このほか ”Becs Fins de Sakés”というフランスの日本酒愛好家の会もあります。この初代会長を務めたのはあの有名な俳優、ジェラール・ドパルデュー(Gérard Depardieu)氏で、自分も日本酒ファンなので日本酒の普及にひと肌脱ぎたい、とパリにある豪邸を試飲会の会場として提供してくれたそうです。こちら↓

 

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写真:サケマニア(sake mania)が集うドパルデュー邸。2012年9月↑

出典:Le saké, nouvel alcool chouchou des Français - L'Express   Sakémania

 

日本酒の話はまだまだあるのです。長すぎるので今日はここでいったん切ります。

 

ところで先日の報道

韓国のマッコリ輸出が5年で75%減 日本酒と対照的

安定した海外市場の構築に失敗して減少するマッコリ(韓国伝統の濁り酒)と、高級なイメージを確立して売り上げを伸ばす日本酒との対比が興味深い。

 

フランスに浸透するニッポンあれこれ

①お料理の本は数えきれないほど出ているのですが、クリスマスプレゼントの一案に、と楽しいアイディアが目をひきました。ポチしてみてください。12秒で中を見せてくれます。出版社「おまけブックス」omakebooksの本。

 

twitter.com

 

②”BENTO” はすっかりお馴染み

今やキャラ弁&デコ弁を作るフランス人も多い。この火付け役はトマ・ベルトランという京都在住のフランス人で、弁当をこよなく愛し、弁当箱の魅力を世界へ発信するべく、弁当箱専門店”Bento&co”を2012年にオープンしました。

当時日本でもフランスでも多くのメディアに取り上げられたので、皆さんもご存知かもしれません。現在は世界90カ国に輸出しているそうです。

フランス人は通販でここから好みのものを買って自分なりのお弁当を作ります。

とりあえず今日覗いてみたらサイトのトップはこんな風。可愛い~!

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La Boutique du Bento – Bento&co

 

③パリ・リヨン駅構内に 駅弁売り場が。

https://news.mynavi.jp/article/20160423-a183/images/001.jpg

JR東日本・NRE、パリの駅弁売店「EKIBEN」好評につき出店期間を26日間延長 | マイナビニュース

テロもあって、2015年も終わりから2016年の春は、暗く不穏な雰囲気でした。

私もブリュッセル空港が破壊されたために使えず、帰国難民になり、パリまで流れてきていました。そのころパリでは駅弁を売っていたんですね。当時は全然知りませんでした。たぶん皆さんは日本のメディアを通してご存じだったんでしょう。

JR東日本NREが、パリ・リヨン駅に期間限定の駅弁ショップ「EKIBEN」を出店しました。年末12月の予定が、テロのせいで3カ月遅れたのですが、これが好評を博したため、さらに一か月延長したということです。

シャロレー牛を使用した和風弁当「パリ・リヨン弁当」や「幕の内折詰弁当」など5種類の駅弁が販売されました。写真で見るかぎり、とってもおいしそうでした。

フランス人は日本への旅行を通して「弁当」にはかなり馴染んでいます。その素地があるから受け入れられるんじゃないかと思います。

〈フランスに浸透するニッポンあれこれ ここまで〉

 また次回に続きます。しばしお待ちを!

 

★・・・・・・・・・・・・・・・・・・★

アイディア次第でいろんな挑戦ができますね。いちご一笑 (id:sinsintuusin)さまが、

 長崎の離島の会社で焼き芋を真空パックし、電子レンジで加熱して食べる、という商品を販売している会社があって、海外に販路を広げたい・・・

と書いてらっしゃいました。いいアイディアだと思いますよ。ぜひ! 

よんばば (id:yonnbaba)

 日本酒にしろお茶にしろ、日本人が離れて消費が落ち込み、苦しんでいる生産者も多いいっぽうで、舌の肥えた外国人がその良さに気づいて広めてくれる。なんとありがたいことでしょう。
日本家屋や伝統工芸品などにもよくある現象ですね。日本人は、もっと自分の価値観でしっかりものを見る力をつける必要があると思いますが、日本の教育は自分の頭で考えることを教えませんから、日本の文化は外国人が支える、なんてことになっていくのかもしれません。

まったくおっしゃる通りなんで、私たちは自国の文化をよく知り、もっと積極的に売り込まなければなりませんね。今や南部鉄器(*註)はフランスの家庭に普通にあったりして驚きます。日本茶もよく飲まれています。「ないのは京都の水だけだね~!」と笑い、どらえもんの「どこでもドア」を欲しがっていました。

id:mangokyoto

 まさに花の香を昨晩、頂いたところでした。フランスの赤ワインビネガーと刻みエシャロットで食べる牡蠣は日本酒こそが合うのではないか、と密かに思っております。

前回記事で フランス人が選ぶ審査員特別賞だった、熊本の「花の香」を召し上がっていらっしゃるマンゴーさま。ああ、羨ましい!

フランス人の有名シェフが言っていましたが、魚介類のほか、卵料理(ワインは全然合わないと言い切っていたのが印象的)、キノコ料理、フォアグラなど、そしてスイーツにも日本酒はバツグンの相性だとのことです。

 

みなさん、いつもコメントをありがとうございます💛

 

追記:南部鉄器(*註)

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www.dammann.fr

diamond.jp

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追記:獺祭の社長の訴え

地元山口県の地酒ということもあり、安倍総理が来日したオバマ前大統領にプレゼントしたことでも話題を呼んだ「獺祭」。海外でも人気で、三ツ星レストランのフランス人シェフ、ジョエル・ロブション氏も認めるほど。パリ中心部に「獺祭」の名を冠した店を出店する予定もあるのだという。

 「獺祭」はその人気の高さゆえ、転売されるなどしてプレミアがつき、…

abematimes.com

 

追記:2018年4月

めちゃくちゃカッコいい旭酒造会長 桜井博志氏のインタビュー!

style.nikkei.com

フランスの日本化がおもしろい!日本酒ブームの欧州&㊗『鬼火』銀賞受賞! -1-

世界に浸透するWASHOKU そしてUMAMI

フランスの若者や子どもたちを虜にする日本アニメ・漫画に対し、日本からの「文化侵略だ」と大人たちが憤っていた80年代、90年代。今から振り返るとちょっと信じがたく、隔世の感があるとはこのことです。

今やフランスは日本のサブカルチャーのみならず、日本を代表する他のコンテンツ、文化や食などを率先して宣伝し広めてくれる国、ありがたいことです。「フランス人は保守的」ってほんとう?と言いたくなります。

ヨーロッパはだいぶ前から盆栽や太鼓がブームですが、その火付け役はフランス人じゃないかもしれない。でも食に関しては、あのうるさい人たちが好奇心満々で知りたがり、太鼓判を押して世界に紹介してくれたのです。

そして日本料理の食材や調理法を、伝統的なフランス料理に見事に取り入れるあたり、さすがフランスだなあと思うし、逆にわれわれにとっては日本料理の再発見にもつながり、学ぶことが多いです。

フランス人がUMAMI (旨味)と初めて遭遇した時の驚きはいかばかりであったでしょうか。つまり甘味、酸味、塩味、苦味に次ぐ第五の味です。

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2000年代に入ると世界的な和食ブームが起こり、フランス人シェフたちは日本に研修にやってきては、カツオや昆布などからどうやって出汁(だし)をとるかを熱心に学んでいきました。自分らが知らなかった新しい味覚を発見したのですね。(もちろん「旨味」は日本だけじゃなく広くアジアの料理に共通するものですが。)

ともあれ旨味の衝撃は、ヨーロッパのあちこちに”UMAMI”と名の入ったラーメン店・日本風の飲食店を出現させるに至りました。ベルギーでさえ数店ありますから。

フランスのブルターニュ地方・コンカルノにはかつお節工場が誕生しています。日本国内では最高品質を誇る鹿児島県枕崎市水産加工業協同組合と、かつおぶし関連会社9社が出資して設立した「枕崎フランス鰹節」の工場です。

これまでフランスに出回っているかつお節はほとんどが中国・韓国産で、日本とは燻しや乾燥の方法などが異なるし、味もよくなかったようですが、ここブルターニュで作るホンモノの日本のかつお節は、繊細な舌をもつ仏人シェフらを唸らせるそうです。

12月2日パリで、かつお節についての講演会があったらしく、どなたが喋るのかと思っていたらこちらの方。Du katsuobushi à Concarneau - Agenda - Maison de la Culture du Japon à Paris

https://static.actu.fr/uploads/2016/05/MER-Makurazaki-854x570.jpg

L’usine de katsuobushi se termine – actu.fr

やはり「枕崎フランス鰹節」支店長のグエネル・ペリラン(Gwenaël Perhirin)氏。本職は弁護士さんという変わったバックグラウンドです。

父親(銀行マン)の転勤で日本に13年住んでいたそうで、出身のブルターニュ地方に鰹節工場ができると聞いたとき「全身全霊を注げられる仕事だと感じ」即応募したそうです。

これ以上望めないような人材を見つけられて、枕崎フランスは本当に幸運でした。

ペリランさんの感動のインタビューはこちらで。https://ovninavi.com/815interview/

 

フランス国産の日本酒 

和食ブームもあって、世界中で酒の売れ行きがここ10年で急激に伸びており、高いものも売れるということです。確かに高級レストランでなくても普通に日本酒は数種類メニューに載っています。

今年画期的だったことは、フランス人が作ったフランス国産の日本酒が販売されたこと。多くのメディアに取り上げられました。

昇涙酒造(Les larmes du levant)これが名前です。 levantには「日が昇る」、ひいては「東」といった意味があります。

Appétit - Les larmes du levant - Appétit - TL7, Télévision loire 7

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写真(tvインタビューから切り抜いている):

蔵元のグレゴワール・ブフ(Grégoire BOEUF)さん。場所はリヨン近くのペリュサン(下に写真)という村。ブフさんは2015年に鳥取県の梅津酒造で修業した。

杜氏には日本人二人を迎えて、現在三人で酒造りをしている。ブフさんによれば「フォアグラと日本酒の相性はバツグン!」なんだそう。

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Brasserie de saké française les Larmes du Levant - Midorinoshima

こちらがサイト   ↓酒3種類(小さくてすみません)。

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所在地: 4 Rue du Regrillon, 42410 Pélussin, フランス。美しい村です。

http://www.hotelroomsearch.net/im/city/p%C3%A9lussin-france-1.jpg

http://www.hotelroomsearch.net/im/city/p%C3%A9lussin-france-4.jpg

Pélussin France - hotelroomsearch.net

写真に見える山の湧き水が軟水(!)なので酒が造れるのですね。フランスはたいてい硬水ですから。

米は日本から玉栄(たまさかえ滋賀県鳥取県を中心に栽培されている酒造好適米)を輸入しているそうです。いずれフランス産の米を使う日もくるかもしれません。

 

さらにあとに続くフランスの若者たちが…。

https://mainichi.jp/articles/20170531/ddl/k44/040/269000c

フランス人の兄弟が宇佐市で修業をしている話を↑毎日新聞で読みました。クリストフ・フェルナンデスさん(39歳)とステファンさん(36歳)。二人は南仏でビール工房を営んでいるが、10年前に来日したとき居酒屋で飲んだ日本酒が忘れられず、酒造に挑戦することにしたという。

ところが東京はじめ全国をまわって修行できる蔵元を探したが、15カ所で断られ、16カ所目の小松酒造所でやっと受け入れてもらえた。小松潤平さん(40歳)とは年が近く、意気投合したとのこと。小松さんのところでは、稲の栽培から酒造りを行い、地元産の米(大分三井)で造った「豊潤」が人気商品だということです。

ただフランス人の二人は、「フランス料理に合う日本酒」を目指しているのだそうです。マリアージュということばがありますね。フランス語で「結婚」ですが、食と飲み物の食べ合わせの意味でよく使われます。ワインには向かない食材でも日本酒にはよく合うことを知ってフランス人は驚き、いろいろな種類の日本酒と食材を組み合わせて試したうえで、レストランでは料理に応じて、白ワインではなく日本酒を進めることもよくあるのだそうです。舌の確かなソムリエの勧めに従っていれば間違いないでしょう。

 

” KURA MASTER” 2017年6月

フランス人によるフランス人のための日本酒品評会 

とてもおもしろいのが、日本人が日本で造る日本酒のコンクールをフランス・パリでやるということ。今年初めて開催されたこのコンクールには全国220社から550銘柄のエントリがあったそうです。

審査員は32人、フランストップのソムリエや有名なワイン醸造家、ワイン業界誌ジャーナリスト、レストラン関係者などで構成され、ブラインドテイスティングで高品質の日本酒を選びます。

審査委員長 グザビエ・チュイザ氏と運営委員会代表の宮川 圭一郎氏KURA MASTERは二人とも日本酒の啓もう活動に力を尽くしてきました。

宮川氏のエピソードはとても有名です。1990年代にレストランを回って日本酒を置いてほしいと頼むのだが、「酒はいらない」と断られる。すると「では吟醸はどうですか」といって勧めたというのです。

こうした人たちが業界のプロやソムリエに試飲させ、日本酒の魅力をわかってファンになってもらう…実に地道な努力、血の通った活動でファン層を広げてきました。ファンになった人は必ず日本へ来ます。好きな蔵元を訪ねたり、和食や居酒屋を楽しんだりするそうです。

チュイザ氏は、フランス国内での日本酒の普及について「一流レストランの多くで、ドリンクメニューの15%を日本酒が占めるようにしたい。今後3年での達成を目指す」と語りました。

 

そうそう、受賞のお酒がまだでした。

最優秀のプレジデント賞

  天山酒造(佐賀県)の「七田 純米吟醸 雄町50」

2位の審査員特別賞

  花の香酒造(熊本県)の「花の香 桜花」

 2銘柄を含む、優秀銘柄2017年度 受賞酒発表は、パリの高級ホテルクリヨンのメニューに採用されるそうです。
 

日本酒の話はまだまだあるのですが、今日はいったん切ります。

 

🌸お知らせ

『鬼火』アトリエ銭湯さんが銀賞!!

日本国際漫画賞(Japan International Manga Award)知っていますか。

外務省が海外への漫画文化の普及と、漫画を通じた国際文化交流に貢献する漫画作家を顕彰するものです。

実行委員長は 河野太郎外務大臣です。

審査委員長は 里中満智子さんです。

第11回受賞作品|日本国際漫画賞

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詳しくはサイトをご覧になってください。

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新潟日報の記事を貼っていますね。

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「 9番目の芸術」さんのTwitter

 

参考資料

東京のこちらの学校に通っていたそうです。

セント・メリーズ・インターナショナル・スクール - Wikipedia

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かつおぶし初体験は14歳、 グエネル・ペリランさん。

 

追記:2018年2月25日

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セシルさん、おめでとう!

楽しい日本滞在を💛

今日は「飛行機の日」国産機で東京ロンドン間の世界新記録の話・「美貌なれ昭和」

今朝はsoftwindさんのおかげで、久しぶりに飯沼正明氏を思い出した。こちらの超カッコいいパイロットの男性のことです。容貌のことばかり言ってはしたないとは思うけれど、もう顔も性格も人物も最高!

今日は「飛行機の日」なんですね。

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kihaseason2015.hatenablog.com

世界新記録!

ライト兄弟の偉業はこちら↑で復習していただくとして、飛行機といえば「翼よ、あれがパリの灯だ」もすぐに思い出されますね。リンドバーグがニューヨーク-パリ間を初めて飛んだのでした。それは1927年のこと。

それから10年後の1937年、当時26歳の飯沼氏は「神風号」で塚越賢爾機関士と一緒に東京-ロンドン間を94時間ほど(睡眠や食事、休憩なども含まれる)で飛ぶという、それまで誰も成し遂げられなかった、有名なフランス人飛行士などが幾度も挑戦したもののすべて失敗に終わった…そんな偉業をやってのけたのでした。

 

http://www.geocities.jp/jkomjkom/IMG_18531.jpg

http://www.geocities.jp/jkomjkom/newpage114.html

写真・解説とも↑こちらよりお借りしています。

朝日新聞社は、1937年5月12日ロンドンで行われるジョージ六世の戴冠式奉祝の名のもとに、亜欧連絡飛行を計画し、キ15の試作2号機を払い下げるよう、陸軍を説得した。愛称には、公募した中から「神風」が選ばれた。
乗員は、飯沼正明飛行士(1912-1941)と塚越賢爾機関士(1900-1943)。一度悪天候で引き返したのち、4月6日早暁立川飛行場を離陸。

台北ハノイビエンチャンカルカッタ、カラチ、バスラ、バクダッド、アテネ、ローマ、パリと着陸し、現地時間の9日午後ロンドンに着陸。立川離陸後94時間17分56秒で、給油・仮眠をのぞく実飛行時間は、51時間19分23秒であった。

東京-ロンドン間15000kmを国産機で飛行するという挑戦を立案した朝日新聞社は、飛行機を借してくれと陸軍に頼みます。

(引用)

陸軍が三菱重工名古屋航空機製作所に試作を依頼した偵察用高速機を朝日新聞の航空部に払い下げてもらい改良したそうです。翼幅12メートル、機長8.2メートル。長距離飛行のため燃料タンクと後部座席を増設し、馬力がでるようにエンジンにも改良を加え、時速500キロ、航続距離は2500キロにも達しました。

(略)

朝日新聞社史によると、「ヨーロッパやアメリカのラジオや新聞ばかりでなく、ソ連でも中国でも新聞は飛行経過を詳報してその成功を賞讃(しょうさん)した」「英国放送協会も飯沼、塚越両鳥人を招いてテレビジョン放送をおこなった」とあります。

国産機で東京―ロンドンの世界記録! - ことばマガジン:朝日新聞デジタル

 

パリでもロンドン(当時の日本大使は吉田茂)でも、大歓迎を受けるのですが、私のブログはベルギーブログなので(笑)ベルギー・ブリュッセルのフィーバーぶりを見てみましょう。

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深田 祐介 著『美貌なれ昭和―諏訪根自子と神風号の男たち』 (文春文庫1985年)の巻頭の写真、2ページ分借りています。
写真左から塚越氏、飯沼氏のお二人。一人置いて来栖三郎パールハーバーを回避しようとギリギリまで奮闘した外交官)、当時ベルギーに留学中で、美貌の天才少女と呼ばれた諏訪 根自子(すわ ねじこ)、その横は来栖氏のお嬢さん。

 

右の写真はフランスのル・ブールジュ空港で、群衆の中から飛び出してきた女性にキスをされる飯沼氏。彼女は来日もしたルイーズ・イルスという女性飛行士。

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諏訪根自子4月16日の日記に記したものを、朝日新聞に寄稿しました。

これが凄いんです。当時の興奮ぶりがよく伝わってきます。全部載せられなくて申し訳ないんですが。

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(現代の仮名遣いに直しました)

(略)
九時頃、飛行機が着く筈だったが、少し遅れて十時半頃ようよう着いた。出迎えの六台の飛行機も一緒に飛んで来た。とても風があって、雨が降って嫌なお天気だ。ピヤちゃん(来栖輝)と私とは花を持って行くので飛行機のすぐそばまで行く。飛行機はあまり大きくないが、水色でとても綺麗だ。ここの大臣や偉い人達は皆来ている、新聞記者や写真班が大変だった。

ピヤちゃんは飯沼さん、私は塚越さんに花を上げる、二人ともとても素敵、殊に飯沼さんはとても綺麗、あんな人は一寸見たことがない、日本人は全部来た。ベルギー人も大勢、皆日本の旗を持って出迎えた。こんな嬉しいことはない。

それから飛行場のレストランで一寸シャンパンを飲んで大臣や大使が演説をした(みなラヂオ放送)。それから大使と両勇士は王様のところへ行く。その間私達はそこに休んで待っている。また十二時ベルリンに向けて出発するまで・・・。

(略)

皆飛行機が見えなくなるまで旗を振っていた。飯沼氏はダンゼン素敵だったので、ジロジロと眺めるだけ眺めた、あゝ今日はホントに嬉しかった」

 

最後の「飯沼氏はダンゼン素敵だったので、ジロジロと眺めるだけ眺めた」ここは笑いますね。

また飯沼のほうも、東京への国際電話で「今日は諏訪根自子さんが、出迎えてくれた」と報告したそうです。

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諏訪の人生も華やかで波瀾万丈なんですが、今日は書くことができません。5年位前に亡くなったので、クラシック音楽に精通していなくても訃報記事を読んだ方、多いのではないでしょうか。

  

神風号の快挙は二つの「日本伝説」を打ち砕いたことだと言われています。一つは、日本の工業製品は性能が悪く安価な模造品というもの。もう一つは、実に驚くしかないのですが、日本人は飛行機の操縦に向かない民族だというもの。

神風号を迎えた当日の英デイリー・ヘラルド紙は

「生理学的に日本人は優れたパイロットになれないものとこれまで信じられてきた。彼らは、ある高度に達すると、方角の観念を失いがちになり、眩暈を覚える…。これは何世紀にもわたる米食と魚嗜好が作り上げた適応以上なのである」

「神風の到着は、この日本人は飛べない、という考えに一大打撃を加えるものだ」と述べている。

(『美貌なれ昭和』より引用)

 もちろん今だって日本人は「下がり目」、中国人は「つり目」といったカリカチュア的な偏見は生きています。アメリカではかつては「眼鏡に出っ歯」でしたが、今はどうなんでしょうか。

深田 祐介氏の『美貌なれ昭和』というタイトルは、当時朝日新聞に「宮本武蔵」を連載中だった吉川英治が、この飛行士二人が美男子で、女性たちの人気の的になっていることに触れて「美貌なれ国家」という一文を寄せたことに由来しています。

しかしその後「美貌な日本」は軍国日本に、そして泥沼の悲惨な戦争へと押し流されていき、二人の美貌な飛行士たちも戦死してしまいます。

    〈「飛行機の日」ここまで〉

 

Twitterで拾ったおもしろいもの。同じ年1937年の広告。

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飛行機の日ハッシュタグ

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私は「トップガン」とエアポートシリーズしか知らないなあ。

 

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紅の豚、好きだった。

 

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櫛を駆使!

 

最後にこちら

Airportraits

https://img.buzzfeed.com/buzzfeed-static/static/2016-10/31/7/asset/buzzfeed-prod-fastlane03/sub-buzz-18933-1477912861-3.jpg?downsize=1040:*&output-format=auto&output-quality=auto

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ナニコレ?と思いますね。

こちらのサイトです。

www.buzzfeed.com

 

飛行機が大好きな建築写真家のマイク・ケリー。

ある日、彼はひとつのアイデアを思いついた。

ロサンゼルス国際空港で飛行機を眺めていました。その時、行き交う多くの機体を1枚の写真に収めてみたいと思ったのです。そうすることで、ロサンゼルス国際空港を行き来する飛行機の数がどれだけ多いのか、表現できたらと考えました」

そして出来上がったのが「Airportraits」という写真シリーズだ。

このような合成写真を成功させるには、撮影時の天候や太陽の位置が重要だとケリーはいう。別々に撮影された飛行機の画像の全てが、1枚の写真に同時に登場していても違和感のない見え方をしなければならないからだ。

「写真の撮影に何週間もかかった後、満足のいく仕上がりにするため、フォトショップで細かい修正を何カ月も続けることもあります」

 

ではまた次回!

中国の羨ましいところ・イケア化に賛成! -3-

中国について前回は、特に羨ましくもなんともないことを書いたが、今日は羨ましく思っていることを書いてみたい。

羨ましいなと思う点は三つある。①高い起業熱 ②再生エネルギーへのシフト ③男女共同参画社会、である。

 

①国民の、特に若者の起業意識が高い。

ベンチャーが盛んなのは国民性に関係があるだろうか。日本人は会社や組織に入ることを好むと思う。友人のベルギー人が「ベルギー人も同じよ。勤め人がいいと思ってる」というので、「違うわよ。新聞のこの統計によると、ベルギーの昨年度の起業件数はEUでも上位よ」と見せてあげた。

「どれどれ、いったい誰が起業してるのかしら。…え、みんな移民じゃないの!」

移民してきたポーランド人はじめ東欧の人たち、ポルトガル人らが個人で商売を始め、順位を押し上げていることを知って、大笑いしたものだ。

 中国人は子どもでも「将来は社長になる」つまり自分の会社や店を持ちたいと言う。自立心旺盛なのだ。(これは韓国人も同じ)

昨今は技術の革新のスピードは目が回るほど速い。新しいアイディアを出し、新しい製品を考える。それに対し投資家などが敏感に反応して投資する。国も様々な優遇措置で支援するので、起業に適した環境が用意されているといえる。失敗してもまたやりなおせばいいと思っている。成功した場合、事業展開のスピードも速く、前回見たシェアサイクルのように、多くの参入があって一気に活気づくのだ。

 

②再生エネルギー 中国は2050年までに全電力の8割目標

先日のNHKの「クローズアップ現代中国“再エネ”が日本を飲み込む!? - NHK クローズアップ現代+をご覧になったかたも多いと思うが、再エネで作る電気が割高だと思っていたのにこんなに安いの⁉とビックリした。

上海のあるパネルメーカー。太陽光パネルの出荷でも世界一であるが、太陽光発電で火力や原子力よりも低い価格を実現したという。国内に発電所は300以上あるそうだ。現在は、こうした発電所のインフラを丸ごと他の国に輸出しようとしている。

中国では他にも多くのベンチャー企業が育っており、ある風力発電のメーカーは世界30か国で取り引きがあり、コストの低さと壊れにくい耐久性が売りなのだという。風車も5年に一度解体するなど、アフターサービスも徹底する。

これほどの猛進撃のわけは、深刻な大気汚染と福島原発事故のショックだという。

 

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/b/b1/KerncentraleDoel01.jpg/800px-KerncentraleDoel01.jpg

写真:Doel Nuclear Power Station - Wikipediaアントウェルペン市の原発。まち中から見えるので常に原発を意識せざるを得ない。テロ攻撃を恐れる割には警備が手薄なのが不思議。

 

スタジオに呼ばれたゲストの中国人学者がこう話している。(話は日本語)

原発と比べると、中国の場合、再生可能エネルギーは、もっといい電源だというふうに認識し始めた。その結果として、例えば今年の1月から9月まで、太陽光発電が実は4,300万キロワットもできたんですね。これは大体、原発の9基分に相当します。

かたや日本では、再エネ市場は震災のあと一旦は盛り上がったが、その後低迷し、倒産も増えている。なぜ日本はうまく行かないのか。

放送を見てちょっと呆れたが、やはりこの国特有の「壁」だった。

まず高いコスト、さらに工期に数年かかる。そのほかいろいろあるが、電気をせっせと作っても「送電線の空きがない」。本当にないのか大学の教授に頼んで調べてもらうと、空き容量がゼロと公表された送電線は、2~18%程度しか使われていなかった。ではなぜ空きがないと言ったのだろう。

原子力発電所は、現在、稼働していません。それでも、将来の再稼働に備え、送電線の容量を確保しておかなければならないというのが電力会社の考えです。

電力会社の考えは政府の考え。さらに株主や金融会社の考え。つまり原発を止めることはできないというわけだ。ずっとしがみついていくんだろうか。地震はまた起きるかもしれないし、事故もテロもないとは言えないのに。

ぜひとも再エネのほうに舵をきってほしいと思う。まだ今なら手遅れではない。このまま世界から取り残されていいのだろうか。日の上る国と言われているのに、自分から沈んでいく、そんなばかな!と私は心配でならない。

また最近の報道によると、中国の国有自動車メーカー、北京汽車(BAIC)は2025年までに全てのガソリン車の販売を停止すると発表した。

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中国“再エネ”が日本を飲み込む!? - NHK クローズアップ現代+

(グラフはこちらからお借りしました↑)

business.nikkeibp.co.jp

↑  こちらの記事はSPYBOYさま↓から教えてもらったものです。ほんとうにタメになる。日経もどんどん記事にしてほしいですね。

『今週のニュース3つ』と日本の成れの果て:映画『ビジランテ』 - 特別な1日(Una Giornata Particolare)

 

③女性が働く社会

これもまたSPYBOYさまの記事にもあって、前々回「中国のことを話そう-1-」で紹介したのであるが、中国では女性はみんな働いている。また組織の高い地位で生き生きと働いている印象がある。

私は昔、中国人の学生が「今度母が来るんです」と言ったとき、息子の顔を見にくるのかと思った。実に日本人的発想で恥ずかしい。遊びや観光ではなく、出張や仕事で来るのである。

「お母さんはどんなお仕事?」

「雑技団の団長やってます」。

世界中を回る雑技団の団長さんは忙しい。日本での日程も余裕がなくて、息子と立ち話程度しか時間がなかったらしい。(その息子は京都大学に進学した)

社会主義国の女性はみんな働いている。ナチスドイツと戦ったソ連でも女性兵士は多かった。戦闘機乗りだったユダヤ人女性やスターリングラード攻防戦を戦った女性兵士たちの手記を読んだことがある。

一方ドイツでは、女性は家庭を守り、子どもをたくさん産むように奨励され、銃後の守りに徹したようで、この対照的な女性の在り方は興味深い。

日本でも口先だけじゃなく、女性が活躍できる社会を作らねば、と切に思う。高い教育を受け、優秀な女性たちはたくさんいるんだから。もっと高いポストを与えてほしい。

人口減少というのなら、移民受け入れよりまず女性たちだろう。働きたい女性は全員活躍できるようにしてほしい。そのためには出産・保育施設などの環境づくりはもちろんのこと、男性側の意識も変えてもらわなくちゃ。

 

ここまで三点あげたが、他に私が気になるのは芸術・文化事業の振興についてである。

欧米では日本学や日本美術などへの関心が薄れつつあるようだ。といっても今に始まったことじゃなくて、ここ10年くらい、ヨーロッパのあちこちの大学で日本学の専攻が閉鎖されるという話を聞いてきた。

朝日新聞で以前読んだ記事では、日本美術研究者が高齢化し、引退するとあとを継ぐ人がいない状況だという。中国・韓国は財団を作り、普及活動に熱心である。たとえば資金提供して韓国美術の常設コーナーを作ったり自国から研究者を送って指導にあたったり、展覧会開催にも資金援助をしている。中国も資金をふんだんに使って文化事業の助成に積極的だ。

文学作品の翻訳などにも言えることだし、日本が自慢に思っているアニメ関連でも、世界最大のアニメーション映画祭、フランスのアヌシー国際アニメーション映画祭は、韓国とパートナーシップを組んで、アジアでの新映画祭を立ち上げると言っている。

仏アヌシー国際アニメ映画祭主催者、韓国で2019年に新映画祭を発足(映画.com) - goo ニュース

 

🌸『日本のアニメーションの100年』

という最近フランスで出た本の紹介です。

このテーマの催しもフランスではたくさんやっています。

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IKEA(イケア)化 私も望みます

本日のカメキチさんの記事、お借りします。

2014.12.16 年寄り向けの商品・企画を増やしてほしいグチ① - kame710のブログ


>「IKEA」旋風が国策レベルでも吹いてほしい。…とカメキチさん。

IKEAはご存知スウェーデンのシンボル的企業。高福祉でしかも経済成長率も高いスウェーデンに学べと比喩的に使っていらっしゃる。

ブリュッセルで住んでいたアパートが「即物的に」完全にイケア化されていたのを思い出し、今懐かしんでいる。つまり家具調度品、食器やインテリア、すべてがイケアのものだった。組み立ても全部イケアファンの大家さんがしたのだろう。

MUJI(無印良品はヨーロッパで大人気を誇るが、以前イギリス人が部屋をMUJIしているのを見たことがある。モノトーンのシンプルさが斬新だった。

MUJIは中国でも人気があって、中国人は派手好みかと思ったらシンプルで実用的なMUJIにぞっこんなんだそうだ。2018年北京と深圳にMUJIホテルが開業するらしい。無印良品のベッドや商品を多彩に使うという。中国人消費者の価値観も特に若い世代で変わってきており、日本人や東アジアの素朴な自然志向に近づいてきたそうで、日本の小売業は今がチャンスなのである。

スウェーデンにはバックパッカー時代に一回、そのあとフランスで知り合った女性を訪ねて一回行ったことがある。その女性は空港勤務の警察官で、主に麻薬捜査犬を連れて勤務していた。もちろん大卒なのだが、「勉強したい分野がいくつもあって週に2回夜学に通っている」と言っていた。

高福祉のために税金は非常に高いが、「皆が幸せに平等に暮らせるように配分する」ためには当たり前で、そのことは小学校の時にきちんと習うのだと言っていた。子どもたちは同じ答えをする。「平等」「公平」ということが特に大切らしい。体に染みついた考え方なのだ。

女性の就業率も世界でトップクラス。そういえばイケア・ジャパンの社長さんも女性だった。

移民や難民も多く受け入れている。その頃は人口の1割くらいと言っていたが、今はもっと多いだろう。労働力の確保に繋がっている。

「私、来年くらいにシングルマザーになろうと思っている」と私の友人は言った。養子でももらうのかと思ったら、スイスに好きな人がいるのだが、結婚する気はない。ただ彼と自分の子供はほしいという。もう35歳なので子どもを産むのも延ばせないからと。

翌年可愛い女の子が生まれ、自身の母親と二人で育てたのである。

 〈中国について語るシリーズ、ここまで〉

 

報告:

アトリエ銭湯さん、トゥールーズでサイン会。

立っている人はたぶん出版社の人。(一石二鳥出版、という名前!)

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アトリエ銭湯さんからお礼のことばをもらいました。嬉しい!

「どうもありがとうございます。

日本語のブログで鬼火に関する大きい記事があってとても嬉しいです。」

↓この記事のことです。

浸透し深化する日本のサブカルチャー-3- 妖怪を愛するフランス人&水木しげる - ベルギーの密かな愉しみ

今見てきたらFacebookのシェアが65となっていて驚きました。

アナリティクスで調べたらほとんどがフランスでした(笑)。

中国のことを話そう-2- 山口百恵からシェア自転車まで

 前回 ( 中国のことを話そう -1- - ベルギーの密かな愉しみ)に引き続き、中国について、思い出やら最近のニュースで印象に残ったことなど書いています。

 

1980年代は蜜月

 中国で人気のある日本人といえば、最近のサブカルチャーはまずおいて、卓球の愛ちゃん、フィギュアスケートの羽生選手などを別にすれば、高倉健さんが筆頭に挙げられるだろう。ドラマの『おしん』も人気だったが、山口百恵にはかなわないかも。40歳以上の中国人で知らない人は恐らくいないと思う。

1980年代に入り、日本の文化が紹介されるようになると、山口百恵はいっぺんに中国人の心をつかんだ。社会現象にもなったTVドラマ赤い疑惑』*(中国では『血疑』、1984年に初めてTV放映)である。

テレビがある家に集まって、ぎゅうぎゅう詰めになって見た。その時間帯、外の通りは人が消えた。視聴率は90%くらいだったかな…とかつての学生が話してくれた。ドラマを通して日本の豊かな生活に驚き、また憧憬を抱いたという。山口の顔は大陸の人好みなんだそうで、たいてい悲運な役柄なのも好まれたようである。

*1975-1976年TBS系列で放送された。「赤いシリーズ」第2弾。平均視聴率23.4%、最高30.9%(関東地区)を記録。出演者は宇津井健山口百恵三浦友和ほか。ウィキペディアから

 

f:id:cenecio:20171212132632j:plain山口百恵 1973年頃。

そのころ仕事で来日した中国人男性が、山口百恵がドラマの中で持っている通学かばんをぜひ買いたい、どこに売っているか教えてくれという。自分の娘は山口のファンでそれを欲しがっているのだと。

ところが当時の人民元と円との換算では、カバンひとつが男性の1か月分以上の給与に相当したのである。そんな買い物、理不尽だよね、きっと買わないだろう、と思っていたら、父は愛しい娘のためにカバンを買ってお土産にしたという。昔朝日新聞で読んだ話である。

 

文化大革命が終わり、ちょっと落ち着いた80年代初めから中国人留学生がぼつぼつ来るようになった。まずは国費や招聘の留学生、そのあと私費の学生も口コミで増えていった。アルバイトをしながら日本語学校で2年間学び、その後大学などへ進学するという形での滞在が許されたからだ。

「やっと日本に来たのにTVで百恵ちゃんが見られない~!」。山口は1980年には早々と引退し、その同じ年に三浦友和と結婚してしまったのである。

 

同じく日本人の中国旅行もそのころ解禁に。

私の妹は1983年にツアーで北京・上海はじめ4都市を回った。ツアーには日本人添乗員のほか、必ず中国人ガイドがつく決まりだった。というのも観光地でも横道や路地など入っていけないところ、写真撮影禁止のところがたくさんあって、ガイドは細かく指示を出し、監視もしているようだったと言う。

妹が最も驚いたのは、声をかけてくる一般の市民がたくさんいたこと。そのなかの若い人たちは「日本に学ぼうと思って今 日本語を独習しています」とか、「文通してくれませんか」と日本語で頼んできたという。

人のいい妹は住所を数人に教えたのだが、帰国後がまあ大変!部厚い封書が何通も届き、自己紹介に始まり、自分の志望や夢、日本についての質問などが達筆でつらつらと綴られている。二人分ほど引き受け、返事を書いたが、私はそのころフランスに住んでいて単なる一時帰国だったため、その後数カ月から一年、妹はひとりで奮闘したようである。

80年代の中国人留学生は向学心に燃え、きついアルバイトと勉学を両立させていた。自分も家族も文革で辛酸をなめ、貧乏には耐性があるのだと言っていた。教養人の家庭で育ち、祖父が清朝派遣の日本留学をしたという人たちもいた。そんな気概溢れる、優秀なDNAを受け継いだ「孫」たちと、かたやバブルに浮かれた社会で、勉強もしないでチャラチャラしている日本人学生と、比べるのは無意味というものだろう。

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小留學生 張素 - YouTube

日本に留学した人で、子弟を日本に送ってくる割合はどのくらいか。統計などはわからないが、私が見聞きする限り少ないと思う。子が優秀で文化的にレベルの高い家庭なら英米・欧州へおくるだろう。

写真の張素(ちょう そ)さんは、日本との架け橋となったシンボル的存在だ。

(参照→中国からの贈りもの - Wikipedia)

9歳のとき、父親の転勤で来日。父は日本に留学したことがある。張素さんが東京の八王子の小学校で過ごした2年間(1996-1998年)はドキュメンタリ(*)になり、日本でも放映されたが、中国では大変な話題になった。

私たちが再び張素さんをメディアを通して見るのは、2008年胡錦涛主席が訪日し、早稲田大学で講演をしたときである。壇上に花束を持ってあらわれたのが21歳になり、中国の名門復旦大学から交換留学で政経学部に学んでいた張素さんだ。

日本でわざわざ働く必要はないのに、コンビニでバイトをしているわけは「親に勧められて」。父は自分の学費・生活費を稼ぐために夜きついバイトをしていたのだが、自分もバイト体験を通してそれに思いをはせることができるのだと。

「若い時の苦労は買ってでもしろ」と日本でもいうが、こちらの親御さんはすごいなと頭がさがる。

 張素さんは現在、中国新聞社にお勤めのジャーナリストである。(右の写真)

*ドキュメンタリを撮ったのは張麗玲(ちょうれいれい)。

1967年生まれ、中国では女優だった。89年に留学生として来日。 東京学芸大学大学院修了後、日本の会社に就職。1995年のある日、フジテレビにやってきてドキュメンタリを撮りたいからカメラを貸してほしいと頼み込む。これをおもしろいと思ったプロデューサーが全面協力することになる。ドキュメンタリは他にも数本あり、私は全部見たがすばらしかった。放映の翌日、山手線の車内で、これについて人が口々に感想を述べあっていたのも思い出される。現在はこちらを運営している→ CCTV大富 ))

http://www.chinanews.com/hr/2011/09-18/U250P4T8D3335217F107DT20110918150838.jpg

 

 

あれから40年 羨ましいこととそうでもないこと

私は昔10年くらい、バックパッカーの一人旅をしていたが、1976年に北京空港におりたことがある。(ちなみに今年は日中国交正常化45周年ですね。盛り上がらないけど)。

シベリア上空経由が解禁になる前のこと、たいていは南回り欧州ルートを利用していた。なんといっても安い。航空会社も組み合わせて使っていて、西アジアや中東諸国のいろいろな空港に止まり、まるで乗り合いバスさながら、長い時間をかけてヨーロッパ諸国へ向かうのである。

1976年の北京空港は、だだっ広く平らな敷地に、地味な2階建ての建物が遠くにあるだけ。その向こうには林が見えた。航空機も私たちが乗ってきたのと、もう一機があるのみ。車が一台、それはトラックでTOYOTAと書いてあった。他には一台も見えない。そばに一人の男。どう見ても空港関係者には見えず、農民だと思ったが実際はどうだったんだろう。

乗客は皆飛行機から降りて、その地味な空港ビルへ歩いていって、中で2時間くらい時間をつぶすのだ。知らない人が青島ビールをおごってくれた。田舎の飛行場という感じの、のどかな昼下がりが今でも忘れられない。そのあと北京から数人の客を乗せて再び飛び立ったのである。

 

さあ、現代に戻ろう。中国のことでは、羨ましいこととそうでないことがある。

特に羨ましくもないことから。

キャッシュレス化が究極まで進み、スマホですべて決済できるらしい。一日に一回も現金に触らず生活できる。だから国外に旅行して最初にすることは財布を買うこと。

食事だってレストランからスマホで注文し配達してもらうから、料理も作らない若者が増えているらしい。

このスマホ決済が基盤にあるのでシェアサイクル(貸し自転車)も猛スピードで発展を遂げた。

シェアサイクルは東京では、幾つかの区にまたがって利用可能になったが、駐輪スタンドが少なく返すのに不便なせいか、乗っている人はあまり見ない。金額も安くないし、手続きもめんどうくさい。ただし東京は交通が非常に便利なうえ、個人の自転車保有率が高いことも普及しない一因だろう。なんせママチャリ王国だから。

 

中国ではスマホひとつで簡単に借りられる。解錠番号がメールで知らされ、駅から職場までとか、広い大学構内の移動などで気軽に使え、日本円で10円とか20円くらいなんだそうだ。使い終わったらあちこちに点在する指定エリアに返す。

中国の交通運輸部によると、中国全土に配置されたシェア自転車の台数は1600万台に及び、1億6000万人が利用中という。

https://forbesjapan.com/articles/detail/17279

一大ビジネスに成長し、数十社が参入しているらしい。自転車もノーパンクタイヤを採用するなど品質でも競っている。マナーの悪い客の情報を会社同士で共有もし、罰則もあるとか。また車を減らすことにもつながり、環境改善にも大いに役立っているだろう。

そう、あちらではビジネス、日本では自治体の行政がやっている。自転車大国のオランダやベルギー、デンマークやフランスにもシェアサイクルはあり、かなり活用されているようだが、やはり自治体のサービスの一環である。

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写真:ベルギー・アントウェルペン市。写真の右のほう、小さな駐輪場が見える。トラックは市のシェアサイクルを集めているところ。さらに中央駅の地下に巨大な駐輪場がある。

 

中国は、UberAirbnb(民泊)と同じように、シェアサイクルという新しいビジネスモデルを作ったわけである。作ったのは1980年代生まれの若い人たちを中心にしたグループで、投資家から資金を借りて始めたそうだ。

そしてこの事業を世界各国で展開しようと、いや、もう始めているようだ。日本でも福岡や札幌などで展開の予定、という記事を読んだが、その後どうなったのだろうか

 

成熟した国

高まるシェアサイクル事業熱に異議を唱えたのがアムステルダム市である。公道とは何か? 公道をビジネス目的で使うのはおかしいのでは?

今後公道に置かれたシェア自転車は撤去します、とアムステルダム市は10月に発表した。個人所有の自転車はもちろん別だ。駐輪スペースの拡充などは市でさらに努力すると言っている。

そもそもシェアサイクルの目的は何か?自転車を有効に活用するためシェアして、混雑を減らすため。短距離なら車を使わず自転車に替えるという人のため。観光客の町散歩の足となり、快適な旅の手伝いをするため…。ところが中国式のシェアサイクルは、自転車の台数を増やすことに繋がっている。このまま増え続けるのは受け入れられないと警告している。

ついでながら、Airbnb(民泊)に関しても、アムステルダム労働党は「禁止にしたい」という。アムステルダムは観光客が大変多い街だが、Airbnbのせいでトラブルが急増しているという。貸主と客、建物の住人との間でもめ事がたえない。解決のための時間や費用もかさみ、街の印象も損なう。貸主だけが利益を得て、他の住民は迷惑を我慢するのはおかしいではないか。

またアパートを貸し出す人が増えれば近隣同士のコミュニティーも消えかねないという。(住居の一室を貸すのは問題ない)。

さらにAirbnbは外国企業なので、税収は市に入るわけではない。労働党は「Airbnb禁止」を市議会選のマニフェストに入れるということだ。

ちなみにベルリンは昨年「禁止」に踏み切り、違反者は約1300万円の罰金だそうである。かたや我が国は2020年の五輪をにらんで、民泊の全面解禁に向かっている。

この問題に踏み込むのは今日はしませんが、フランスの悲痛の叫びに耳を傾けたい方はこちらをどうぞ。↓

www.select-japan.com

 追記:参考までに(12月17日)

airstair.jp

 

次回は、「中国について羨ましいと思うこと」を書きます。

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写真:アントウェルペン市のシェアサイクル。

 

🌸続きはこちら

cenecio.hatenablog.com

 

 

中国のことを話そう -1-

凄まじい勢いで変わる中国

話したいことがいっぱいあります。1976年の北京空港や、「日本って中国じゃないの?」と一切の悪気なく言われた思い出やら…。

その前に、下の「妖怪」エントリを書いたとき、記事末に載せた中国の天津市滨海図書館に対する反響の大きかったこと!皆さんに「近未来!」「クラクラする」と言ってもらえて大満足(笑)。ご覧になっていない方、写真だけでもぜひどうぞ。↓

浸透し深化する日本のサブカルチャー-3- 妖怪を愛するフランス人&水木しげる - ベルギーの密かな愉しみ

この建築家はオランダ人3人組で、私は以前からオランダ国内の建築物を見ては感嘆し、注目していました。記事末に作品をひとつ載せておきます。

あの図書館は、現在の中国の勢いを象徴していると思うんですね。以前読んだはんなりマンゴーさまの記事がぱっと頭に浮かびました。4月に上海に出張でいらして数回に分けてレポートなさってました。(ほかにフランス・インドなどの記事も書いていますが、大変興味深いです)

 

ほら、この写真を思い出したわけです。(お写真、お借りしました)

https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/m/mangokyoto/20170418/20170418082548.jpg

hannarimango.hatenablog.com

hannarimango.hatenablog.com

マンゴーさんは中国人の同僚たちを観察し、ものの考え方や買い物の仕方などを活写します。現金をもたず、スマートフォンと指1本で、いつでもどこでも何でも買ってしまう中国人。「ステータスシンボルなものを買う」から「私が本当に欲しいものを買う」にシフトしていることや、「愛国心の追い風を受けたブランドも製品の技術刷新が遅れたら途端に勢いを失った」など…。

私が大いに納得したのは「文化大革命」のくだり。すなわち、文化大革命は古来の文化や伝統を消滅させたが、そのことで逆に、足枷でしかなかった因習や固定観念を廃し、過去にこだわることなく、未来志向で突き進むことができること。

若い人は祖父母の貧しい時代や辛苦などさらさら興味がなく、自分たちがこれからどうやって豊かになるか、その一点に集中できること。

そして「数千年の文化因習すら整理の対象と捉えるのは それはそれでスケールがでかい。」とおっしゃる。中国の特徴はまさにこのスケールの大きさでもあります。

 

私は1980年代後半、中国人に日本語を教えていたことがあり、上海人が多かったのですが、帰国すると家族写真を送ってくれたものです。地理的にはちょうどマンゴーさまのホテルの立つところ、その辺で撮ったスナップを何枚も見ました。水辺にたつ建物は高層でない煉瓦造りで、異国情緒たっぷりの、おしゃれでのどかな都市という感じでした。

ところが今、マンゴーさまが見せてくれる摩天楼群にその面影はほとんどない。別の街です。あれから想像を絶する勢いで成長し、変化し続けている。それは北京・上海のような大都市だけでなく、中小都市にも広がって、天津市の図書館はそのほんの一例なのです。

マンゴーさんは「上海なら海外駐在もありかな」とおっしゃっている。私は上海人はほかのどの都市の人とも違うという印象を持っていました。垢ぬけていて好奇心旺盛、順応性があり社交的。実によくしゃべります。だから言葉もすぐにうまくなります。

昔は中国人学生に日本人の保証人が一人つく決まりでした。うちが保証人になっていた女性は、日本語学校から東京大学大学院にすすみ、帰国後研究者になったし、優秀な人が多かったと思います。

また上海語(ザンヘーオー、と私の耳には聞こえる)話者は北京語・広東語話者に比べて、発音が近似するものが多いのか、日本語の発音が特段にきれいでした。

留学生は90年代初めまではまだ上海・北京から来ていましたが、その後優秀な中国人学生はもう日本には来ないで、奨学金を得て米英およびヨーロッパに留学するようになりました。

同様に90年代前半までは台湾からも多かったのです。ビジネススクールに勤めていたとき、台湾人のきれいな女の子たちが多く、華やかな雰囲気を醸し出していました。

彼女たちに「秘書コースにいるんだから、卒業後は日本企業で働きたいんでしょう?」と聞いてみると「いいえ、親にまず日本へ行ってこいと言われたんです。これはいわば花嫁修業のようなもの」と言う。日本語と幾つかの資格を取得して、台湾で就職してもいいし、結婚してもいい。2年間東京で暮らしておしゃれや美容にも磨きをかける、ということでした。私の記憶の中でも90年代はまだ明るい色の塗り絵です。

現在日本語学校に来ているアジアの人たちは、「アルバイトをしながら勉強できる」という制度を利用しているのです。あくまで一定時間内のアルバイトということになっています。実際は違いますが。これは日本特有のもので、他の国では考えられませんね。不法労働の温床になってしまいますから。

親が学費を出せない人には願ってもないチャンスです。それとは別に、親が日本語学校から大学卒業までの学費を持ち、裕福な親はワンルームマンションを買って与えるケースもあります。一人っ子ですから、親は何でもします。卒業後は日本語が活かせる仕事につきたいと思っているようです。でも中国人はだんだん減ってきており、ベトナムミャンマー人が増えている、と5~6年前に聞きました。最近のことはよく知りません。

今は閉塞感漂う日本。日本の大学には魅力がない、日本から特に学ぶものはない、と考えている外国人も多いようです。

反対に日本人の学生もあまり外に出ていかない。国費留学生試験に学生が集まらない、と大使館員や教授たちが嘆いていました。外国語がネックなのか、意欲がないのか。留学しても一単位もとれずに早々と諦めて帰国するケースも見られます。かたや中国人は猛勉強をして評価も高い。フランスの大学の経済学部修士過程に留学した人が「うちではいつも中国人留学生二人がトップだった。互いにライバル心燃やして勉強していた」と話していました。

 

日本を知らない 人たち、蛇を食べるかと聞く人たち

2007~08年、ブリュッセルに1年住んで、移民学校でオランダ語を習っていた話は前に書きました。移民難民といっても、自国では教育が高く、戦火や政治的な理由で逃げてきている人もけっこういたのですが、そういう人は世界の地理くらい知っているから問題ありません。でも若い世代で特にムスリムやアフリカ(マグレブ以外の)から来た人たちは「日本」を知らない。台湾と混同しているならまだいいのですが。

「あなたも蛇、食べるの?」と聞いてきた若い女性は難民ですらなく、モロッコ出身の親のもと、ブリュッセル生まれ育ちのれっきとしたベルギー人でした。

「食べないわよ、それは中国人でしょ。私、日本人だもん」

「日本って中国じゃないの?」

「は・・・」

すると横からコンゴ人のハンサムボーイが

「日本は中国とは別の国だよ」。

呆れた私は、SONYとかTOYOTAとか言ってみたものの「日本」のイメージはないようでした。そしてアニメもムスリムの女性は見ないので知りません。

それに当時は(おそらくヨーロッパ中で)SAMSUNG天下だったんです。なんと液晶テレビのことをSAMSUNG(普通名詞化!)と言うくらいだったし。

ベルギー人と結婚して、新居のため電化製品を買いにいった人の話を聞いたときは耳を疑いました。売り場で展示されているのはほとんどが韓国か中国製。ケータイは100%SAMSUNG

なぜなら日本製品は値段が高すぎて、出しておいても売れないから引っ込めているんだそう。ベルギー人はあらかじめ値段や性能を調べてピンポイントで買いに来るので、日本製品が売れることはほぼないんだそうです。確かに我が家(ブリュッセルの家具付きアパート)の備品も全て韓国製でした。

一方で、当時はまちなかで見かけるカメラは圧倒的に日本製でした。会う人会う人しつこくチェックして喜んでいた私。韓国製を提げている人には心の中でダメ出し(笑)。

  

 日本のプレゼンスの低さを教わる

先ほどのコンゴ青年は、母親が国連に勤めていたという人で、ブリュッセルには母親の再婚という形で移民としてやってきた。コンゴにいるときは仕事でアフリカを広く旅行したという人です。この人が私にいろんなことを教えてくれました。

中国人はアフリカに大勢でやってきて、道路を作ったり線路を敷いたり、住民にも仕事をくれたし、農業でも工場でもいろいろな設備を作って残してくれた。だからみんな感謝している。白人と違って上から目線じゃないところがいい。

韓国人はケータイを売る人たちで(笑)、皆きさくですぐ親しくなれる。

日本の企業が来ているのは知っていたけれど、日本人ってまちなかに出てこないのはどうしてだろう。だからいないも同然。(「きっと透明人間なのよ」と私の悲しいジョーク)

また日本企業に勤めるベルギー人が教えてくれたことー ブリュッセル駐在のビジネスマンは日本人サークルで固まっている。ゴルフしたりカラオケに行ったり、食事はすしレストランといったふうに、ベルギー人とほとんど交わることはないのだと。コンサートには一度行ったことがあるけど。せっかくベルギーにいるんだから人脈を広げたり日本ではできないことに挑戦すればいいのにね、お高くとまっているように見える、とのことでした。

ああ、耳が痛いなあと思って、ため息がもれました。

今振り返ると、この頃(2007年)もうとっくに日本は存在感を無くしていたんだなとわかります。取り残されていることに気がついていたんだろうか。リーマンショックのせいでも、東日本大震災のせいでもない。競争に負けたのでもなくて、自分から勝手に滑り落ちて劣化していったんですね。

いや、それとももっと前?1990年代か?それについてはまた次回、展開してみようと思います。

 

衰退するニッポン

こちらは大連に出張でいらしたSPYBOYさまの記事です。

トピックスは幾つかあるのですが、大連旅行記の方は前・後編と読んでもいいと思いました。どちらともすばらしい記事です。

d.hatena.ne.jp

d.hatena.ne.jp

TVのニュースを比較して日本のダメさを感じるところは、私も大きくうなづくところです。中国のテレビはトップニュースに国際情勢をやっているのに対し、日本は来る日も来る日も飽きもせず、相撲の傷害事件ばかりでした。

 

また働き方では

改めて思ったのは『あちらの人の方が日本人より一生懸命』、ということです。ボクが話を聞いた中国の人たちは仕事は極力 定時で上がって、そのあと勉強しています。大学にMBAを取りに行ったり日本語を勉強したりしている。日本人のようにダラダラ残業したり、ほぼ毎日飲みに行って会社の愚痴をこぼしたりなんてことはしない。もちろん全員じゃありませんが、中国でもベトナムでも、そのように向上心のある人はかなり多い。特に女性はそう。

・・・(略)
ボクが訪問した企業は中国人従業員の約3割が修士卒、6割が日本語を話せます。ついでに管理職は女性ばっかり(笑)。中国企業でも女性が幹部に登用されている例は多いと思います。

日本の衰退って日本人自身がもたらしていると思いました。日本の最大の脅威は北朝鮮でもなければ中国でもない、日本人です。男も女もパワフルで前向きな中国の人と比べると良くわかります。日本人は後ろ向き、内向き、現実を見ないで他人の足を引っ張るばかりです。やらないことの言い訳ばかりで、総理大臣や役人は内向きの嘘ばかりついてごまかそうとする。バカな国民は無関心で現実をみようとしない。少子化や産業構造の変化への乗り遅れを見て見ぬふりをする。

ぜひお読みください。

(読まないと損するよん!)

 

🌸今日の写真

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集合住宅「シロダム」(アムステルダム

海上に浮かぶ巨大客船のような集合住宅。建築家集団 MVRDVの代表的作品のひとつ。

MVRDV (@MVRDV) | Twitter

 

🌸続きです

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パール・ハーバー 1941 決意なき開戦

  • なぜ? 

なぜ日本は真珠湾を攻撃したのか(”Why did you attack us at Pearl Harbor?”)とニューヨークの高校でクラスメートから質問を受けた女子生徒は、東京から編入したばかりで英語も拙く、とっさのことで返答ができなかった。いや、日本語でも難しかっただろうと述懐する。

彼女はのちに真摯に歴史研究に励み、アメリカ人向けに、真珠湾までの8カ月を日本側から説明しようと1冊の本を執筆する。

堀田江理さんである。

f:id:cenecio:20171206140248p:plainEri Hotta | Penguin Random House Canada

堀田 江理(ほった・えり)  東京出身。

1994年、米プリンストン大学歴史学部卒業。2000年に英オックスフォード大学より国際関係修士号(M.Phil.)、2003年に同博士号(D.Phil.)を取得。

4年間オックスフォード大学で教鞭をとった後、政策研究大学院大学イスラエル国ヘブライ大学などで研究、執筆活動を継続。

このほか著書に、アジア主義思想と近代日本の対外政策決定過程に迫るPan-Asianism and Japan's War 1941-1945がある。

人文書院の著者紹介より)

2013年に英語版が出るとニューヨークタイムズ紙などで称賛され、2016年に自身で邦訳した『1941 決意なき開戦: 現代日本の起源 』が出版された。 

 英語版が刊行されてすぐ、作家のフィリップ・ロスから手紙がきたという。「真珠湾攻撃のとき8歳だった。80歳でこの本を読み、やっと開戦の経緯を理解できた」と書かれていたそうである。

昨年、第28回アジア・太平洋賞特別賞を受賞した。

日本版・英語版はこちら。

1941 決意なき開戦: 現代日本の起源

1941 決意なき開戦: 現代日本の起源

 
Japan 1941: Countdown to Infamy

Japan 1941: Countdown to Infamy

 

 私も知りたかったことである。なぜ勝ち目がないとわかっていながら、「清水の舞台から飛び降りる」気持ちで、こんな愚かな戦争を始めてしまったのか…その代償のなんと大きいことか。なのに、開戦の責任の所在もわからないとは。さらに70年以上を経ても何も学んでいないように見えるのはなぜなんだろう。

 

パール・ハーバー」はアメリカ人にとって、象徴的・愛国的シンボルであり、卑怯な「だまし討ち」をする日本に対して、正義の戦争で力を見せつけ、さらにヨーロッパ戦線への参入のきっかけにもなった歴史の岐路でもある。

ルーズベルトは演説のなかで、"a date which will live in infamy"(「不名誉に汚された日」堀田訳。または「屈辱の日」「恥辱の日」)と呼んでいる。

話が逸れて申し訳ないが、「 パール・ハーバー」は「カミカゼ」同様フランス語でも使われているのは興味深い。2009年に、小学館集英社がフランスのマンガ出版社を買収してフランス市場に上陸し、自分らの子会社を作ったとき、そのやり方を非難する人が「マンガ界のパールハーバーだ!」と言ったのを思い出す。

その特別な地を昨年、パールハーバー75周年に安倍首相が訪問した。その前にオバマ大統領が広島を訪問して、戦争の始まりと終わりの象徴的な場所を日米のトップが訪ね合うという、画期的な年でもあった。

 

11月くらいから私が去年書いた記事にアクセスが多い。こちら。 

cenecio.hatenablog.com

学校の授業の関連で調べているんだろうか。そうだったらぜひとも堀田さんのをお読みなさいと薦めたい。

堀田さんは何年もかけて日本とアメリカの膨大な一次資料、二次資料にあたり、開戦までの道筋を丹念に調べあげているが、そこに永井荷風など文化人の反応や日記、『昭和天皇独白録』の証言なども織り交ぜて、複層的な厚みを持たせ、カウントダウンまでを描き出している。

また兵士の手記で大変印象的なものに、ネットでしか読めない潮津吉次郎氏の『日中戦争・第2次大戦従軍記』日中戦争・第2次大戦従軍記がある。84歳で亡くなったとき、家族がその「自分史」を発見し、長女が公開を決意したという。堀田さんはこの貴重な一兵士の率直な証言を何度も引用している。

 

  • 避けられた戦争

捨て鉢の戦争を始めたわけ、それは日本の軍部が暴走したのでも、ルーズベルトチャーチルの陰謀でも、対日石油禁輸で自暴自棄になったのでもなかった。一部の真実はあるにしても、日本は独裁国家ではないので、政策決定の様々な会議や御前会議を通して合法的に決定されたのである。

そしてまさにここが問題なのだ。政府(指導者らの意見の違い)や軍(中でも陸海軍の対立)や皇居…といったあちこちの組織にまたがり、腹の探り合いの複雑でややこしいプロセスがまずある。さらにアメリカ(ルーズベルト、駐米大使ら戦争回避にに奔走する人たち、最後にハル・ノート)との交渉が絡むわけである。

戦争を回避するチャンスは幾度もあった。それらをことごとく逃した。例えばドイツがソ連に侵攻したときは枢軸から抜けるチャンスだったのに。それどころかインドシナへ進駐してしまった。そうして「あたかも円錐形の漏斗の狭いほうの先に、自ら進んで入っていって、ひっかかり、後戻りできないような状況」を作り出していったのだ。

ほとんどの指導者は、帰属組織への忠誠心や個人的な事情から、表立った衝突を避ける傾向にあったことは間違いない。遠回りの発言をすることが、常習的に行われていた。特に軍関係の指導者の多くは、当然のことながら、まわりから弱腰と思われるのを何としてでも避けたいと願っていた。そのため、心の内にいかなる疑問を抱いていたとしても戦争回避を訴えることはしなかった。だから同じ人間が、時、場所、場合によって、開戦派にも避戦派にもなり得るのだった。…(p23)

総力戦研究所というのは初めて知ったことだ。これはイギリスの国防大学( Imperial Defence College) をモデルにして作られた研究機関で、平均年齢33歳、各省で10年専門的なキャリアを摘んだ、しかもトップのみを集めた超エリート集団だという。

彼らは様々なデータを検討し、外交的、戦略的場面を慎重に研究した結果、ゆるぎない結論にたどり着いた。すなわちアメリカと戦争をすれば「必ず」負けるという結論。「戦争の勃発当初に、日本が優位に立つことは考えられるが、その場合は長期戦に持ち込まれ、資源は細り、やがて底をつくだろう」

しかし東條陸相は、こう言い放った。日露戦争でもわが国は勝てるとは思わなかったが勝った。戦というものは計画通りにいかないものだ。君たちのは机上の空論だ。

そんな東條だが、実際は開戦前になんとか戦争を回避しようとしていたこともわかっている。

本書を読んで私が思うのは、近衛文麿はもっとも責められるべき指導者のひとりであるということ。リーダーシップのなさ、八方美人という点で。やんごとない血筋で国民に人気があったが、戦争に突き進む3年もの間、首相として無能で責任は重い。

(近衛は)政策が決められる議論の場で、自分の意見をはっきりと述べず、自身の手を汚すことを極端に嫌い、事なかれ主義に走り、対立を避け続けた成れの果てが、外交交渉と開戦準備の期限付きの同時進行だった。

最後には、日米首脳会談で何もかもがうまく行くという幻想にすがりつきながら、自覚なしに崖っぷちに国を誘導してきたが、ハッと正気に戻ると、その進行を止める大仕事を任されるのはまっぴらごめんとばかりに、すり抜けて逃げることになった。(p277)

 

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/4/47/Nomura_and_Kurusu_27_November_1941.jpg

写真:ホワイトハウスルーズベルト大統領との会談を終えて記者団と会見する来栖・野村(左の人)両大使(1941年11月27日

来栖三郎 (外交官) - Wikipedia 野村吉三郎 - Wikipedia

真珠湾攻撃の日までアメリカとの交渉に孤軍奮闘し、戦争回避しようとした二人だったが、実はこの写真の前日11月26日が和戦の岐路だったことを、二人は1942年になって初めて知り、軍や政府から騙されていたことを理解する。

 

  •  一億総懺悔(ざんげ)すれば誰も悪くない?

戦争に負けると、東久邇宮稔彦王(ひがしくにのみや ・なるひこおう)が首相に任命され、戦争は政府の失策だけでなく、国民にも責任があるという演説を行うのである。国民全体が反省し、懺悔しなくてはならない。ということは、ほぼ「誰も悪くなかった」と主張するに等しいと著者は言う。そうやって開戦決定責任は、一億の国民によって、薄められたのだと。

 

最後に、今日の私のエントリはここだけ読んでもらったらいいと思っている。私たち日本人がパールハーバーを思い出す意味は、この堀田さんのあとがきのこの部分にあるのではないか。引用してみよう。

1941年開戦前夜における政策決定にまつわる諸問題は、我々にとって他人事ではなく、敗戦を経ても克服することのできなかった、この国が継承し続ける負の遺産だとも言えるだろう。そのことは、ごく最近では、福島原発事故や新国立競技場建設問題までに至る道のり、及びその事後処理における一連の経緯が、明確にしている。より多くの人々に影響を及ぼす決断を下す立場の指導層で、当事者意識や責任意識が著しく欠如する様相は、あまりにも、75年以上前のそれと酷似している。

 しかし忘れてはならないのは、現代に生きる日本人には、信条にしろ表現にしろ、比べ物にならないほどの自由が許されている点だ。…(略)

「一億総懺悔」ならぬ「一億総活躍」といった標語に踊らされず、その突き詰めたところに潜む危険性、ならびに可能性を十分に理解した上でのみ、様々な、時には大きく対立する意見やイニシアチブがオープンに検討、尊重され、より多くの人々が活躍できる社会が訪れるのではないだろうか。

 

パール・ハーバー1941決意なき開戦 終わります。

 

 

 写真:ルーズベルト大統領。

タイム誌が選ぶこの年(1941年)の顔でした。

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  Franklin Delano Roosevelt outside of his home in Hyde Park, NY in the mid 1930s. FPG/Archive Photos/Getty Images

 

追記:12月9日

美しくも力強いことばで、季節や自分の思いを、鮮やかに切り取るURURUNDOさまです。こちら。

ururundo.hatenablog.com

追記:

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twitter.com

浸透し深化する日本のサブカルチャー-3- 妖怪を愛するフランス人の漫画『鬼火』&水木しげる追悼

みなさん、こんにちは。

これまで扱ってきたヨーロッパにおける日本のアニメ・漫画関連から、今日はちょっと趣向をかえてみようと思います。

こちらです。

ナニコレ?と思うポスターですね。パリの街かどで見かけたらビックリするでしょう。

https://pbs.twimg.com/media/DPPsaUyVwAAZSy4.jpg:large

Fushigi ! - Théâtre de Nesle - petite salle | BilletReduc.com

これはパリで上演中の、ネスレ劇場の芝居(Théâtre de Nesle, Paris)で、タイトルが”FUSHIGI!”です。ご覧のように宮崎駿作品からインスピレーションを得ており、オマージュでもあるんです。

歩く城や自分の名前を忘れた川、少女とモンスターなど…いろいろなものが登場します。日本人だったら皆うなずいてにっこりするんじゃないでしょうか。

フランスの演劇人は宮崎アニメのキャラクターたちを自分の中に取り込んでから、オリジナルな夢幻の世界で表出し、しかも毎回アドリブで演じているようです。刺激的ですね。パリにいたら行ってみたかったのに…。

 

妖怪探し

そう、トトロや千と千尋もののけ姫など、日本は精霊や妖怪の国でもあります。

日本人は子どものころから妖怪やオバケの話に慣れ親しんで育ちます。水木しげるの影響は計り知れないし、私の子ども時代は『妖怪人間ベム』も人気でした。現代だって『妖怪ウォッチ』などがあります。

もし同じようなフランス人がいたらやはり驚きますよね。

こちらのフランス人コンビが出版した本がおもしろいんです。(*急いでお断りします。「本」でも「漫画」でもなくヨーロッパの正統的なBD(ベーデーと読む)を踏襲しています)

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(写真下が本体で、上が掛かっていたカバー。前頁カラー刷り。帯の写真も下の方に載せています。)

 

『鬼火 フランス人ふたり組の日本妖怪紀行』 

カバーの折り返しにはこのように書かれています。

日本の精霊たち、狐やタヌキ、その他の妖怪たちは、田舎の道ばたや神社の影に隠れ、道に迷った旅人をいたずらしてやろうと待ちかまえている。

新潟の日本海の近くに住むことになったセシルとオリヴィエは、

そんな妖怪たちをフィルムに焼きつけるという、ちょっと変わった中古カメラを買う。

2人は妖怪たちの姿を写真に撮ろうと追いかけるうちに、この世とあの世を行き来するもうひとつの日本の姿を描いていく。

鬼火  フランス人ふたり組の日本妖怪紀行

鬼火 フランス人ふたり組の日本妖怪紀行

 

 セシルの方は2010年に新潟大学に留学したので、日本語は堪能。留学先に地味な地方都市を選んでいるところにまず好感を持つんですが、セシルいわく、水田やひなびた神社、森、路傍のお地蔵さん、昔の生活様式などが好きなんだそうです。

その留学生活の滞在中に親しく付き合った新潟の人たちや店などが実名で登場します。しかし本書で下敷きになっているのは2014年秋の来日のエピソードだそうで、フランスに戻ると本にまとめ、出版。するとこれが口コミで国内外に広まり、好評を博し、ついに日本へ。新潟大学でフランス語を教えている女性が翻訳した。そういういきさつです。

セシルのパートナー、オリヴィエも絵を描き、二人でAtelier Sentô(アトリエ銭湯

ATELIER SENTOという制作ユニットを結成しています。

またこの本を出したフランスの出版社の名前もおかしくて思わず吹きました。 "Éditions Issekinicho"(一石二鳥出版)Éditions Issekinicho - Beaux livres sur le Japon 

楽しそうでいいですね。

 

これが表紙にかかっていた帯です。帯の表

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帯の裏側

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さて初めに絵を見た時「おや、巴水じゃん」と思いました。朝日新聞が毎月届けてくれる額絵シリーズ「川瀬巴水~こころの風景~」をいつも見ているので、すぐに連想してしまいました。柔らかい郷愁を誘うようなタッチの絵です。

ほらね、と本を開いてお見せしたいところですが、著作権(本日よんばばさまの記事!)に引っかかるようなので控えます。ただ話を進める都合上、このページだけ写真を撮らせてもらいます。

この「妖怪カメラ」!

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 お話は新潟県猿和田(さるわだ)という小さな集落から始まります。古道具屋の店主が中古のポラロイドカメラを勧めるのですが、「坊さんが磨いたレンズが付いてるんだ。バケモンが撮れる」そう言って、フィルム付き1万円で売ろうとします。セシルはおもしろいと思ってそれを買いとります。フィルムといっても撮れるのは8枚きりです。

その後、内野の鳥居参道でキツネを撮ったり、魔法の森で妖怪を探したり、遠くに不思議な灯篭祭りを見たりしながら、住民たちと触れ合って旅は進んでいきます。

こんな辛辣なくだりも。土地の男性が言います。

原発ってのは青白い光を出すそうだね。鬼火とかね、こういう狐火はお化けが出る前ぶれだよ…不吉な明かりでね。すれ違った人の魂を吸い込むんだ…昔からいる怪物にかえて、新しい怪物を作り出したんだな、われわれは。

その後、不気味な弥彦神社や、豪商の館で有名な旧齋藤家別邸なども訪ね、土地の人からいろいろな話を聞かせてもらいました。旅の終わりには新潟県を離れ、恐山まで足を伸ばすのです。

特に筋があるわけではありませんが、私たち日本人が慣れで見過ごしてしまいがちなものが丁寧に描かれてハッとします。また子どものころ怖かった思い出が蘇ってきます。ああ、闇が怖かった。きっと妖怪もお化けもあちこちにいたんだろうけど、見ないようにしていたなあ。河童は会ってみたかったけれど、雪女はごめんだな…。

 

さて、二人は妖怪の写真を撮れたのでしょうか。興味のあるかたはご自身でどうぞ確かめてください。

ちなみに8枚撮りのうち7枚は確かにセシルが撮ったものですが、8枚目は「その場所には見覚えがない」とセシルが言う、場所・日付とも不明の写真でした。そこでお話は終わっています。

ですが、その8枚目、私には一目でどこだかわかりました。横チンさま、たまうきさまもわかります。私たちがしょっちゅうフラフラしているところです(笑)。

 

セシルとオリヴィエ

https://www.babelio.com/users/AVT_Atelier-Sento_3255.jpg

Atelier Sento - Babelio

 

水木しげるのこと 明日は命日

先ほどのカメラで水木しげるの妖怪写真館を連想する人もいらっしゃるのでしょうね。

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ちなみにAMAZONでは:水木しげるの妖怪写真館 NPCネオジオポケットSNK

出品者からお求めいただけます。中古品の出品:¥ 12,220より

妖怪ウォッチ」の元祖ともいうべき優れものゲームだそうです。私はアトリエ銭湯さんに教えてもらって初めて知ったのですが、皆さんはご存知でしたか。

 

水木しげるはフランスでも人気で20冊以上は翻訳されています。Shigeru Mizuki : tous les livres | fnac

ちょうど私たちがベルギーに住んでいた2007年に、フランスで栄誉ある賞を受賞したのです。のんのんばあとオレ(Non Non Bâ)が第34回アングレーム国際マンガフェスティバル で最優秀コミック賞に輝きました。日本人がこの賞をもらうのは初めてのことでした。

それでベルギーやフランスの書店には水木しげるコーナーが設けられ、人々が興味深そうに立ち読みしていたのを覚えています。

2年前に亡くなった時は、フランスの新聞各紙が訃報を載せていました。下はリベラシオン紙です。明日11月30日は命日です。

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              〔妖怪関係はここまで〕

 

個人メモ:渾身の『妖怪辞典』

www.pika.fr

 まりまどさんTwitter

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  新・たま屋 @shigerumania さん Twitter

 

 

🌸今日の写真

中国の図書館!

https://static.boredpanda.com/blog/wp-content/uploads/2017/11/tianjin-binhai-library-china-mvrdv-15-5a094a23e9cb8__880.jpg

https://www.boredpanda.com/tianjin-binhai-library-china-mvrdv/

天津市海図書館

文字通り息をのむ(Take Your Breath Away)し、クラクラめまいがするような近未来型図書館です。天津市浜海新区に建てられた5階建て、34000㎡の建物で、蔵書数120万冊。中国の勢いを感じますね。

設計はMVRDVMVRDV - HOMEオランダの建築家3人のグループで、新作が出るたびに話題になります。上記サイト内に写真多数。

https://static.boredpanda.com/blog/wp-content/uploads/2017/11/tianjin-binhai-library-china-mvrdv-5a095f15bc0b1__880.jpg

終わります。

 

🌸浸透する~シリーズ①②

cenecio.hatenablog.com

cenecio.hatenablog.com

 

追記:2018年2月8日

朝日新聞にも大きく紹介されている。

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www.asahi.com

 

追記:2018年2月13日

セシルさん、アンスティチュ・フランセ東京にお出まし~!

http://www.institutfrancais.jp/tokyo/files/2018/02/ONIBI-JP-300x206.png

「幽霊と妖怪」バンド・デシネ『鬼火』の作家、セシル・ブランのトークショー

2月22日(木)18時30分~20時30分 アンスティチュ・フランセ東京 メディアテーク

料金: 無料 (要予約)

予約、お問合せ: 03-5206-2560

 

追記:2018年3月30日

日本で漫画賞を受賞し、帰国したらセシルさんを待っていたのはTVカメラ!!

 

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浸透する日本アニメ-2- 懐古派から若い世代のファンまで (マジンガーZ / セーラームーンほか) 

お天気でよかったな

こちら東京ではよいお天気が続きます。

お天気でよかったなと書いたのは、昨日銀座では戸外でこの世界の片隅にが上映されたからなんです。企画したのは#ねぶくろシネマ hashtag on Twitter寝袋シネマさん。大都会のど真ん中で戸外の映画上映というのは凄いですね。その東銀座の空き地にはいずれホテルが建つのだそうです。

車の行きかう音や人の話し声も聞こえる銀座の一角、そして11月の寒空の下、そんな特別な場所で映画を見た人たち、子どもたちにとってかけがえのない思い出になるでしょう。

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「この世界の片隅に」を銀座で野外上映、入場無料 - 映画ナタリー

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昔は、特に田舎などでは野外で映画を見た時代がありました。

私もフランスでなら野外上映を見たことがあります。もっとも印象に残っているのは、1984年パリのポンピドゥーセンター前広場で、黒澤明『乱』を見たことです。あの熱気、今でも思い出します。

 

㊗1周年『この世界の片隅に』ロングランで上映中

その映画『この世界の片隅に』ですが、思えば遠くまで来たものです。数多い受賞と絶賛のなかで1周年を迎えられるとは、監督はじめ映画スタッフと原作者こうのさんにとって、また多くのファンにとってどんなにか感慨深いことでしょう。

私は最初に漫画を読んでおり、映画は封切り4日目に池袋へ見にいきました。お客さんは50人くらいだったでしょうか。娘に聞いてみると「ううん、40人くらいだった」というので、よし宣伝しなくちゃと思って記事を書きました。1年前の11月24日です。↓

http://cenecio.hatenablog.com/entry/2016/11/24/162504

片渕監督がご自身のTwitterで紹介してくださり、以来1万近いアクセスがありました。また映画関係者(?)の方からブログにコメントまで頂きました。

 

現在フランスでも上映中です。映画.comさんhttp://eiga.com/news/20171104/5/

によると

大掛かりな披露試写をもうけて、鳴り物入りで公開した「君の名は。」とは明らかに規模も異なり、こちらがフランス全土で約120スクリーンの展開で、1カ月で25万人を超える動員を集めたのに引き換え、「この世界~」は68館で、1カ月を超えた現状で動員約4万人。

それでもこの規模で2時間5分のアニメ作品としては大健闘…

ということです。大手新聞の批評を読んでも大変高い評価です。こうした映画は口コミでじわじわと広がっていくのだと思います。

 

翻訳されたこうの 史代さんの作品。

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KANA出版(ブリュッセルに本社があるフランス語の出版社)から、今のところ6冊出ています。

 

劇場版『マジンガーZ INFINITY』(Mazinger Z Infinity)

フランスでは、日本での公開より2か月も早く上映となりました。

下は、私のブログではもうお馴染みの Fallaix氏のツイートです。ポスターを日仏並べてみています。

https://pbs.twimg.com/media/DPKjQb_X4AEqRBX.jpg:large

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「グッズがもらえるのは どこそこの映画館の初回のみですよ」(11月21日)と親切に教えてくれています。

私はマジンガーZなどロボットアニメは見たことがないんですが、フランスとイタリアに「UFOロボ グレンダイザー」の熱狂的なファンがいるのは昔からよく知っています。ちょっと頭おかしいんじゃないの、と思うほど入れあげていました。(→過去記事参照フランスで視聴率100%だった日本アニメ・永井豪 追記:2017マジンガーZ&嶋星光壱 - ベルギーの密かな愉しみ)

先日『YOUは何しに日本へ?』(テレビ東京)という番組を見ていたら、イタリア人でマジンガーZ大好きな男性が出ていました。この人はなんでも特殊撮影を使った映画などを作る会社にお勤めとかで、視覚効果分野の専門家といっていいのかな、語らせれば滔々と熱き思いを語ります。そして日本へ来た目的はマジンガーZのフィギュアを購入することであり、中野の店でやっと手に入れると、子どもにもどったようなピカピカの笑顔で喜びを表していました。

 

かつてTVのロボットアニメに夢中だったフランスの少年たちは今はもう50代です。あの頃を懐かしみつつ、新作を見に行くのだろうなと思っていましたが、実際は子連れも多く、また若い世代のファンも増えているようです。

映画封切り前から、つまり10月の「ローマ国際映画祭」の招待作品に選ばれたあたりから大変な話題になっており、私は永井豪さんがどれほど人気があるかを改めて知らされました。興味のあるかたこちら、詳しいです。↓

『劇場版 マジンガーZ /INFINITY』ローマ国際映画祭でワールドプレミア | 映画情報どっとこむ

 

また今日はわっと (id:watto) さまがロボットアニメに関連した楽しい記事をかいてらっしゃいます。こちら↓ ぜひ!

www.watto.nagoya

 

男には頼らない女子戦隊

女性が懐古するアニメはたくさんあるんですが、やはりドロテクラブ世代(Club Doについては過去記事参照)ではセーラームーンでしょう。現在30代の人たちが中心だと思います。働いているから今ならグッズやコンサートのチケットも買える…

https://i1.wp.com/pop-station.fr/wp-content/uploads/2017/09/1504595033840_image.jpg?w=1600&ssl=1

f:id:cenecio:20171126162121p:plainパリ地下鉄通路

というわけで、昨日の「セーラームーンシンフォニー・コンサート(sailormoonSymphony)が盛り上がったらしいので、ちょっと書いておきます。

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石田 燿子(いしだ ようこ)が来て、セーラームーンオリジナル曲を2曲歌ってくれるよ」とFallaix氏はつぶやいています。

2つの曲とはムーンライト伝説(ごめんね素直じゃなくて♪)と乙女のポリシー/好きと言って」です。

フランスでは日本のいわゆる原曲は使わず、子どもむけに作った、幾分幼稚な感じの歌を、当時人気の歌手に歌わせていたのです。


Sailor Moon : le générique de Bernard Minet (Clip officiel)

これはこれで私もすっかり覚えて気にいっているし、フランス人は懐メロとして全員で合唱します。しかし当時でも、絶対オリジナル曲がいいと思うファンはちゃんと入手していたようです。

コンサートですが、今朝Twitterを見たら、すごくよかったという人と、「効果音が入ってなくて残念」という意見に割れていました。またコンサートを録音していた違反者もいたらしい(笑)。

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(写真:クリスマスに向けてDVDが出ます)

 

私がフランスの翻訳版で感心するのは、現在は知らないんですが、造本が丁寧で印刷が美しいことです。日本よりはるかに勝ります。

セーラームーン第一話、表紙をめくったところ。

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見開きにもカラーの絵を入れています。BD(フランス・ベルギーのマンガ)ほどではないですが、表紙も厚くて、本は大切に読むものだということを教えてくれます。

さてセーラームーンの人気の秘密は、絵が可愛いことや変身ポーズ・決め台詞がカッコいいこと、コミカルだが社会問題も扱いつつ、ストーリーもよくできている…などありますが、なんといってもヒロインが自立しているというところではないでしょうか。それまでの戦隊ものは女子は脇役でお飾り程度。セーラームーンでは逆に出てくる男性のほうが花を添える感じで、あくまでセーラー戦士たちは互いに助け合いながら自分たちで敵を倒します。

以前フィギュアスケート関連の有名ブロガー(北米の人)さんの記事を気にいって読んでいましたが、その人がクリスマス休みにぜひしたいこと、というのを幾つか挙げていたんです。その中に「暖炉の前に座ってセーラームーン全巻を一気読みすること」というのがありました。普段のまじめな分析記事とマンガとのギャップに驚きました。

でもセーラームーンと一緒だった、楽しくて幸せな少女時代にもういっぺん戻ってみたかったんでしょうね。

 

 今日はここまで。また続きを書きます。

 

今日の写真

 最後にいつも私たちを大笑いさせてくれるチャンスパパ (id:chancepapa) 

さまのために。

氷点下トレーニングニャ!20161208 - チャンスとティアラ+ココテン

猫のてんちゃんはハイボールをなめるんです。大変!不良少女になっちゃう!

前にお約束したベルギーのビールをなめる猫の写真、貼っておきますね。

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猫の絵柄が付いていますが、もちろん人間が飲むのです。

でもこの子はビールが好きなんですって。カフェのオーナーさんが目を離すとすぐにぺろぺろやり出すらしい。

私のビールだぞ!

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舌が届かなくて残念でした。

 

終わります。

 

🌸 浸透するシリーズ -2-

cenecio.hatenablog.com

 

個人メモ

pop-station.fr

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www.youtube.com

いよいよEU軍創設? 非英語圏で最も英語ができる国民は…

新しい防衛協力体制

北やトランプに目を奪われているうち、ヨーロッパでは次々と新しい動きが…。

下のドイツ語記事によると、先日ブリュッセルで開かれた外相理事会で

PESCO(permanent structured cooperation) 「常設軍事協力枠組み」

という、EU加盟国で有志連合軍のようなものを作ることが決まった。あくまで意欲のある加盟国だけなので「EU軍」というわけではない。(しかもEU以外の国の参加も認めるらしい)。

 

www.tagesschau.de

そのPESCO創設に向けた文書には23か国が署名したという。イギリスはEUを離脱しており、デンマークなどは署名していない。

参加国は共同で軍事プロジェクトを遂行する。どの国も軍事支出の拡大は避けられないし、他の様々な要件も満たす必要がある。

その代わりに戦闘機など一国でそろえるのが難しい軍事装備や、パイロットの訓練、基地の管理・整備、そのほか軍事研究開発など協力して行えるので、効率的かつ費用も節約できる。たとえば戦闘機をドイツとフランスが50機ずつ買うとしたら、他の国々はそれよりもっと少ない。

では、NATO(北大西洋条約機構)はどうなるの?とすぐに思ったが、あれはアメリカ・カナダと欧州諸国の軍事同盟であり、アメリカ主導の組織なのである。やはりアメリカ抜きの新体制をドイツ・フランスが中心となって作りたかったのではないか。

冷戦が終わってもロシアの脅威は増すばかり。3月の過去記事でも触れたが、ロシアの軍事大国化に備えて、スウェーデンが徴兵制を復活させた。女性も対象である。

話は逸れるがノルウェーはその点では先進で、男女平等徴兵である。40年位前から女性も軍隊に志願している。すでに女性のジェット戦闘機パイロットや潜水艦艦長が誕生しているとか。

これでロシアと隣り合う国すべてに徴兵制があることになった。

そういえばたしかマクロンさんも以前、徴兵制度復活の可能性について言及していたっけ。もちろん義務化ではないと思うが。

 

壁とミサイル

2014年ロシアが併合したクリミア半島、まず位置を確認する(赤い印)。

Zeit紙の記事によると、ロシアはウクライナとの国境に壁となるフェンスの建設を開始した。約50kmにわたる境界線となり、2018年前半までに完成の予定だという。

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www.zeit.de
あくまでクリミア半島の住民や観光客の安全を確保する目的だという。

 

次にロシアのミサイル配備を見てみる。

英Daily Mail Online紙から地図をお借りした。赤い丸は

超長距離地対空ミサイルシステム S-400、SA-21 グラウラーというのだそう。

http://i.dailymail.co.uk/i/pix/2017/03/02/22/3DE4C5AD00000578-0-image-a-3_1488494354474.jpg

Sweden reintroduces conscription amid conflict fears | Daily Mail Online

↓SA-21 グラウラー、クリックすれば見られます。

http://i.dailymail.co.uk/i/pix/2017/03/02/23/3DE4C89900000578-4274026-The_Growler_pictured_is_one_of_the_most_advanced_air_defence_mis-a-4_1488496545533.jpg

ついでに記事内の写真に写っていたドイツ国防相フォン・デア・ライエンさんについても。

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ちょっと長いお名前、ウルズラ・ゲルトルート・フォン・デア・ライエン(Ursula Gertrud von der Leyen 1958年生まれ)。ブリュッセル生まれ。夫の姓(van der Leyen) からするとオランダ系のようだ。

この人がまたスーパーウーマンなのである。医師で7人の子どもの母親。夫も医師。父は政治家でニーダーザクセン州首相を務めた人だとか。

才色兼備を絵に描いたような人物である(日本の誰かとは違うわあ…ため息)。

メルケル政権下で、家庭相、労働社会相と来て、現在国防相。(写真:ピンタレスト画像)

https://i.pinimg.com/564x/7f/dc/3a/7fdc3a1a86d17bffad09dbfa0cd90677.jpg

https://www.pinterest.de/pin/471822498444473145/

 

ドイツの不安

そのメルケルさんだが、連立に失敗したようだ。

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www.bbc.com

「再選挙」なんて言って、選挙はそんなに簡単にはできないでしょ。何よりも今選挙したら、「ドイツのための選択肢」(AfD、極右)がさらに躍進するはめになるのでは?

9月、ドイツ総選挙の結果を見て不安視する人は多かったと思うが、案の定、連立交渉は難攻した。メルケル首相のCDU・CSU緑の党自由民主党(FDP)の間ですでに4週間も進められていた交渉であるが、19日夜遅くFDPが離脱して周囲をがっかりさせた。

メルケル首相は「少数政権で首相を担当するつもりはない」と語ったそうだ。

ともあれ、再選挙を実施する権限はシュタインマイヤー大統領にあるということで、最後まで説得を続けるのだろう。

 

 

英語能力指数(EF EPI)試験で オランダ人がトップ 

これは成人対象の英語能力の話である。オランダや北欧の国々はつねに優秀だし、5位のシンガポールも、日常的に英語を使うとはいえ、すごいと思う。かたや日本は37位、去年は35位、その前は30位だった。これからもっと下がるのかもしれない。

毎年話題にあがるのでうんざり、と思われるかもしれないが、ゆゆしいと思うのは職業社会で中心となる年代30~40代の英語力が低いことだ。

www.efjapan.co.jp

↑ 中を見るのが面倒だと思われるので切り取ってきた。

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2020年東京オリンピックが控えている。普通オリンピック開催国では、外国語学習熱が高まり、海外の人とのコミュニケーションをうまくとりたいという機運が高まる、と一般に言われているのだが、日本はどうだろうか。少なくとも私の周りではそんな気配を感じない。皆さんの周囲ではいかが?

日本はとっくに大学教育から第二外国語を「排除」してしまった。初めに理系の学部から第二外国語のドイツ語やフランス語(最低でも2年は習ったはず)が必修でなくなった。ロシア語、スペイン語、中国語なども同様に。

ということは当然教師もいらない。英語以外の外国語入試も受験生が激減して、多くの大学・学部で廃止になっている。

英語さえできればいいじゃないか。ビジネスも学問も英語でじゅうぶんだ。…ともう10年くらい前から言っていたのに、その英語も習熟度が低いというのはどういうことだろう。

私は大学時代は複数外国語とラテン語を学んだが、周りの人もそうだったし、当たり前だと思っていた。

フランスに住んでいたとき、カトリックの女子校(日本でいうと小学~高校まで)で選択科目の日本語の授業を持っていたのだが、そこでは母国語フランス語のほか、外国語を3つとることが定められていた。

たいていの生徒はまず英語を選ぶ。そのあと、スペイン語・イタリア語のような近い言語を選ばず、日本語や中国語、ロシア語のような難しいことばに挑戦する生徒がたくさんおり、今振り返ってみれば、あれは日本語ブームの始まりだったなと思う。頭の柔らかいうちにいろいろな外国語に触れるのはすばらしいし、財産になる。

その後聞いた話によると、あの学校からは毎年数名は大学の日本語科に進学し、日本留学、日本関係で就職と、実に頼もしい架け橋となってくれている。

 

オランダと北欧の国々では小学校から英語を習う。文法は重要視せず、コミュニケーション重視。その後の進学は、成績や親・教師の勧めで異なるのだが、英語学の専門家になるわけではないので、小学校で習ったレベルの英語でも運用能力は驚くほど高い。

知り合いのオランダ人やベルギー人が言うには、「日本のアニメのおかげ」だとか。つまり日本アニメはオランダ語吹き替えは存在しないので、英語字幕のDVDやテレビを見るのだという。

「内容が知りたくて必死で英語を勉強したよ」

「ついでに日本語のセリフも覚えちゃった」

もちろん、ゲルマン語系と英語は非常に近い言語ということもある。

 

最後にもう一回嘆きますが、日本は英語教育、どうしたらいいんでしょうねえ。

みなさん、ご意見ありますか。

ではまた次回!

 

参考:

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編み物の季節ですね!

https://i.pinimg.com/564x/a4/bf/0c/a4bf0cd9c4893687dbb8de17fc101919.jpg

 参考:過去記事

cenecio.hatenablog.com

cenecio.hatenablog.com